01/【Ⅰ】
――『空虚の野』島から西方50カイロウ程――
イスマート王国・王城。
・ ・ ・
「『勇者』は、まだ見つからんのか?」
「まだですな。『標』の反応が完全に途切れております」
「……『死亡』した、と見るべきか?」
「いやいや――『死んだ』ならその反応が返ってくるはず――
加えて『鎧』そのものと比べてもかなり堅牢に造っている故、壊れたとも思えぬのですが――」
軍人というよりは、武将風の風体の男の質問に、学者風の男が返す。
「――弱ったものですね。予定上の帰還予定を数日も過ぎています。
『無人機』を使っての捜索も、軍列を構えたままのこの日々に掛かる費用も、共に只ではない。
ここは、人を惜しまず、部隊を編成して送り込むべきでは?」
「……そう仰るならば、自国で募って編じては如何かな、『共和国』の。
我が軍は、魔族どもへの備えに、各砦各町の守護で手一杯でな」
官僚とも商人とも言えそうな男は、武将風の男の言葉に、苦い顔をする。
「我等『学院』としても派兵には賛成いたしかねますな。
あの地の状況がはっきりと掴めない内は、折角にこの『計画』で行った意味が無くなる。
随時観測していますが――何せ、あの煙だ――」
「貴殿等の所もだ、『学院』の。莫大な研究費を捻出させて、結局相打ちでした、では済まんのですよ?
早く、毒を中和して渡る術なり、なんなりと考え出していただかなくては」
「容易く言う。あの煙が単なる粉塵なのか毒煙なのかも分からぬうちから、そのようなモノは作れませんな。
『無人機』とて貴重ゆえ、下手に踏み込んだ座標へは送れませんし――」
「成る程――なれば、尚の事、『王国』の軍勢には率先して――」
「――責任の押し退け合いをしている場合か?」
不意に響いた言葉に、三人がそちらを振り向くと、フードを目深に被った、ローブ姿の人影が立っていた。
「――『賢者』殿。随分と遅い御入来で――」
「来る心算はなかった。お前らが馬鹿げた事をやらかしたおかげで、来ざるを得なくなっただけだ。
あれほどしつこく書いたのに、よりにもよって『あの場所』で事を構えさせたのは、誰の責任だ?」
鋭く発された言葉に、三人は息を飲む。
「――あ、敢えて言わせて貰うならば――『王国』軍の各地攻略が遅延したのが――」
「待て、『学院』の。『転移阻害』の陣を張るのはお前達と『共和国』の領分――」
「何故そこで我が国を引き合いになさるのです。こちらは人員を送り込む安全が確保され次第と――」
その有様に――深々と溜め息をつくローブ姿。
「――貴様等。未だに『例の力』を欲しがっているのではあるまいな?」
その言葉に、更に息を飲む三人。
「この世に余る力だと、百年も前に結論を出して『封印』して置きながら――
今度は欲しくなったのではないだろうな――『尖り耳』共」
そう言ってフードを剥ぎ取る『賢者』――
其処から露わになったのは、眼鏡を掛けた短髪の少女の顔だった――対する三人と違い、その耳は短い。
「ま、待たれよ、『賢者』殿――しくじりはあったかも知れぬが――
『尖り耳』等と言う『帝国』時代の蔑称で呼ばれる謂れは――」
「然様!! 幾ら何でも不愉快ですぞ!?」
そう叫ぶ、『共和国』と呼ばれていた商人風の男に――
「――『不愉快』、だと?」
「え、あ――
ごっ、ごっ、ごっ――バキっ!!
――ぐぇあ!?」
机を歩いていって、その顔面を蹴りつける『賢者』。
「貴様等が、言うに事欠いて、『不愉快』だと?
私に向けて、貴様等が、それをのたまうのか?」
「――『賢者』殿、それまでに――『共和国』特使殿も、言動には気をつけられよ」
「――時間の無駄だな。私は私で探しに行く」
そう言うと、椅子ごと相手を蹴倒して出て行く『賢者』。
「――く、くそっ――なんたる、なんたる――」
「――『無礼』、等と言うなよ、『共和国』の。失言と気まぐれで、国を滅ぼされたいか?」
「く、くそ――何故あんなモノを野放しにしているのです!? アレもまた【異天力】の――」
言い掛けた口の前に、鈍く光るモノが突き付けられる――
「そこまでにせい。さもなくば、貴殿の首を貴国に届けねば成らなくなる。
――『暴風の如き、天災に近い者が、協力をしてくれている』。
それが野放しの理由だ――そんな事が分らぬか?
下手に手を出せば、国が丸ごと更地になりかねん――分っていよう?」
そう武将風の男に言われ、鼻を押さえながら押し黙る『共和国』。
「――しかし――暴風にも、人の情はあるか――」
「――? 何故です?」
ふう、と溜め息を吐きながら、武将風の男は応える。
「――『勇者』はアレの弟子だ。
それ故に態々出て来たのだろうさ――暴風殿も、存外人間味のある事だ」
他の二人を見ながら、武将風の男はクツクツと笑った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
しくじったな、と思っていた。
相手に対抗する為に、禁断の一手を打ったのが仇となったな、と。
もっとも、その手を打っていなければ、一撃目で勝敗が決してしまっただろう事も痛いほど分かっている。
だからまあ――アレと戦う事になった時点で、自分は詰んでいたのだろうと思う。
他への影響の少ないだろう場所を選び、その御蔭で恐らくは自分の背後には影響は無いだろうが――
それで、連中が迎えに来れるのかと成れば、恐らくは難しいだろう。
ザムウェスト。オリドナーク。ガラントール。
『六将』の内、三将は既に亡く。
マルード。ファルバ。シグナティオ。
三将は、自分の意志の外に居る。
――しかし――第三勢力が音も無く介入出来る程、自分は鈍っていたのか――?
そう問われれば、それほどでは無いと思う。
と言うか、あの場にアレだけの事を起こせる奴が来ていたら、それこそ自分だけでなく――
――『相手』も気が付いていた筈だ――
「――おい――おい、『勇者』――死んだか?」
「――生きては、いる――だが、声を出すのも、億劫なくらい、だるい――」
自分の僅か上から発されている『声』――その方向を見る。
「――おい、なんて様だ――腹から木生やして」
「――胸元から生やしてる、お前が、言うな――」
深い深い穴の途中――
そこには、巨大な――本当に、想像を絶するような、巨大な木が立っていた。
葉は遠い昔に枯れ落ち、生命と呼べる気配は残っておらず、その風体は正しく立ち枯れた裸木だが――
未だ底が見得ない程の深淵から――凛然とその幹を伸ばしていた。
否――それは、正確ではないかも知れない。
何故なら――それは。
『勇者』と『魔王』を刺し貫いている、それは。
「――光栄なもんだな。『鍵の境木』に、生きてお目にかかるとは思わなかった」
「…………」
「――おい、寝るな、『勇者』。暇になるだろうが」
「――『穿たれた界樹』なんて伝説と向き合ってるのに、やかましい奴だな、お前は」
それは――逆様に突き立った木の、広大に広がる、『根』の部分だったからだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
……そして俺は、お前ら二人の間に引っ掛かってるんだけどな、話聞いてくれる?
いや、あのさ。聞いた事はあったよ、酒場側の頃に、吟遊詩人歌ってる奴で。
『神と邪神が戦った時代に、天地を支える木が有った』、とかな。
んで、それをどっちだかがぶっこ抜いて相手に向けて投げた。
投げたんだが、相手もそれを払いのけて――
二つの『神の力』が加わったソレは、天にも地にも穴を開けるほどの勢いで地表にブッ刺さったって。
そらあな、感動モンだろうさ。
状況無視して俺も「な、なんだってー」とか会話したいよ、ああ、状況が許せばな。
――んなこたあ、どうでもいいんだ、重要な事じゃない。
問題はな――お前らが動く度にこの根っこが揺れて、俺が落ちそうだって事なんだよ!!
なんでこんなみみっちい状態で落ちちゃったんだ俺!!
ありったけのパワーで根を成長させて絡ませてるけど、かなりやべぇんだよおぉぉ!!
動くな、動こうとするな、こら、そっち、火を掛けて焼き切ろうとするな!!
バランス崩れたら全員が落下しそうなんだよ、これ!!
###ピコン
まて、メニュー、今それどころじゃない、BBBBBB!!
「――おい、『勇者』。黙ったと思ったら、今度は五月蝿いんだが」
「――いや、さっきからずっと五月蝿いのはお前だろう。
自分の行動に自分から『ツッコミ』を入れるとか、気でも触れたか?」
「――いや。お前じゃねえのか、これ――」
「――お前以外なら、誰だ?」
――おい、怪訝そうに見回すな鎧二人、お前らの位置の丁度中間ほど、そうそう、その辺りだ――ん?
<――なんだ、これ、気持ち悪っ!? は、花が話してる!?>
<……おっさんか、この勇者、どんなレベルの駄洒落を――>
<うん、ひでえレベルだな、また――じゃなくて、動くなって!!>
<違うわ、そういう意味じゃ――え?>
<まぁまぁ、そんなバカな事も考えなきゃやってられ――おぅい……>
<――えっ、なに、これ――>
<<<きぃぃぃぇぇぇぇあああああ『念話』ったぁぁぁぁぁ!?>>>
・ ・ ・ ・ ・ ・
深く深く――底とて見えない深淵の縁で。
奇妙奇天烈、奇怪極まる物語が、幕を開けようとしていた――