02/【03】
濛々たる煙の中。
襲撃者達は、着実にその歩を進めていた。
「兄貴、もう大丈夫じゃないですかね? こんな燃えてたら――相手も死んでんじゃ?」
「エディック。お前はもっと詰めを考えた方がいい」
彼らは、いわゆる『暗殺者』ではない。
帝国各地を荒らして回っている凶賊集団――通称を『ヘルボアの棘』と言う。
「この一件を提案してきた連中、ありゃあ、『一位』か『三位』かは知らんが、『皇継』の陣営の誰かだ。
まあ、色々な関係から、『二位』では有り得ねぇと思うが――
何れ、こんな『汚れ仕事』を俺らに投げて、そのまま俺らを見過ごすと思うか?」
「いや、それは――でもロド兄貴、その監視の為に、何人か町に残したんでしょ?」
「――あいつ等は囮だ」
にやりと笑う、ロドと呼ばれる男。
「こういう館には、落ち延びる時を想定した通路があるもんだ。
俺たちは、そこを通って逃げる。『隠し財』位あるだろう。
あわよくば、そこを逃げてるだろう、領主の縁者の一人でも捕まえて、連中に渡す」
言いながら、扉を開けつつ部屋を覗いて回る。
「えーと、つまり?」
「兄貴、エディックに難しい事言っても無駄ですぜ――」
「パラーゴ、見張りの一つも出来ないお前に言われる筋合いはねえぞ!!」
「声がでけえよ、バカ――」
そう言いながら、切り掛かって来た衛兵を、分厚い鉈の様な武器で殴り倒す、パラーゴ。
「いいかバカ。ここで巧く立ち回って『傭兵』として売り込むんだ。
どこも汚れ仕事をやる連中は人手不足だろうからな、うま――」
言葉が途中で途切れた相手を振り返る、エディック――
「――なんだ、てめ――」
白目を剥きながら倒れていくパラーゴ――
その背後に見えた人影に、言葉を発しきる前に、意識がすっ飛ぶエディック。
「おい、なにやって――」
振り向き様、その声を発しきる前に、二つの人影に蹴り飛ばされるロド。
「――お前、誰じゃ」
「――いや、あんたこそ、誰だよ」
後には、ボロ布染みた格好の男と、血塗れの服の少年。
・ ・ ・
――ええと。なんと、いうか――
『お前』って言った? この人?
いや、あのさあ――『異天召喚』って、節操無く出来るの?
蓬髪、てかもじゃもじゃの髪。おまけに、なんだよその髭。
刀っぽい剣――反りが凄いし、シャムシールかな、これは……いや、何でシャムシール?
そして、なんというか、こう――小汚い『THE・素浪人』感の格好。
……俺の知ってるこのイメージの『土佐弁』の人って――すっごいやな予感がするんだが……
「――とりあえず、その物騒極まるブツ、下げてくれないかね、お兄さん――」
「――お前が、敵じゃねえと言えるならな――」
「――標準語喋れるんじゃねえか――あ、江戸暮らしもしてたからか――ぁあ!?」
って、あぶねっ、切り掛かってきやがった!?
「――お前も、『土州の田舎の野良犬』とでもいいてぇのか? ああん!?」
ひぇっ!? 何て笑顔だよ!?
「違ぇよ、その小柄しまえって、『オカダ=イゾウ』!!」
――いや、目付き。小柄投げ止めてくれたのはいいが、なんでそんな爛々とした目で見てるんだよ。こええよ。
「――お前、俺より『未来』って奴から来たのか?」
「――一応な――」
「――俺の『末路』は知ってるか?」
「――とっ捕まって、仲間ゲロって、死にたくない死にたくないって泣き言喚きまくってくたばった――
――って言われてる――『売られた』側が脚色したのかもし――」
「――く、くひひひ、くひゃひゃひゃ!!」
……あー、もー、やっぱり『岡田キチ蔵』さんじゃないですかヤダー。
「ひひひ、やっぱ、そうだよなぁ。ああ。そうだよなあ――
あの『猫』の言ってた事は事実かよ、くそが!!」
「――とりあえず、もう行っていい――」
「おお、行くぞ行くぞ、飯の恩には応えなきゃならねぇやな、こっちだった筈だ、ほれ」
……お前は、何を、言っているんだ。
後、肩に手を回すな。色んな意味で鬱陶しい。モジャ髪が顔に当たる。
・ ・ ・ ・ ・ ・
話を聞くと、この人、俺が知ってる半生と、大概違う半生を送っていた。
――まあ、『暗殺マッシーン』には変わりないらしいんだけど。
正史にては『岡田以蔵宜振』。
諱の『宜振』は、『よしふる』とか『のぶたつ』とか、諸説ある――ってそれはまあいい。
「俺が切って無きゃ、貴方が切られてましたよ」で有名。確か――因みに言われた人は勝海舟。ホントかよ。
この人はまあ、大雑把に幕末知っている人なら、ちらっと知っているだろうが――
『武市瑞山』、通称半平太さんの腰巾着と言うか、『良い刺客』というか、まあ、そういう流れの人な訳だ。
まあ、要するにだ。土佐勤皇党っていう、言い方悪いが、田舎政党の荒事担当みたいな人だった訳だ。
『坂本龍馬』近辺の人でなきゃ、ここまで話題が残らないんじゃないかな、って感じの人で――
――言い方悪いが、当時の土佐の武士の最下層中の最下層の出の人だ。
ただ剣術の才能はあった様で、それを武市半平太に認められ、そういった流れで江戸に剣術修行に出たとか――
変な言い方だが、表向きとは言え天下泰平の江戸時代に、剣腕一本で這い上がれる程度には、強かったらしい――
――まあ、問題は――俺からすると『問題か?』とも思えるが――
『それに比するだけの心が無かった』とか言われまくってて、多分に狂人キャラに成ってる辺りなんだが――
有名所で行けば、某『鵜堂刃衛』のモデルの一人だったりな。
その上、さっき言ったが、死に方回りがあんまりだし。挙句作品によってはサイボーグなってるし……
だが、まあ――蝶の羽ばたきなのか何なのか、この人は、俺の知る人生を送っていない。
江戸に剣術修行で出てきた所までは同じ。
ところが、このイゾウさん――
江戸に出てきて、そこでとある剣友や知己を得て、がらりと人生が変わってしまったらしい。
そうか、確か品格第一とか言われた道場に――「桃井からは逃げた。逃げたとも違うが」――さいですか。
……有体に言うと、酒と喧嘩と女で、身を持ち崩した――表向きは。
実際には、リアル剣客商売みたいな生き方してた様だ。
まあ、当人が端折り過ぎで、推測だけど。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「とある岡場所のとある見世でな、『銀猫』じゃなくて本物の猫が居たんだよ」
「――はぁ」
「んでな、そいつが言ったんだな――『棒で追われて歩く犬か、信義を歩く御蔭犬か』ってな」
「――どっちにしろイヌ呼ばわりされてるじゃん」
「ひゃひゃひゃ、田舎採れの泥付きの野暮が、服着て歩いてた様な有様だったからな、無理もねえさ――
だがまあ、膝枕されてそんな事言われたらな、分かんなくなった訳だ。
――同じイヌでも、どっちがいいのかな、なんてよ」
「いや、どんな猫よ、それ――ってか、結局自慢話かてめえ」
「まあまあ――んで、色々あって、気が付いたらコッチでな。
腹減らしてぶっ倒れた所を、ここの御館に飯食わして貰ってな――まあ、色々」
『色々』を端折りすぎじゃないですか、このもじゃもじゃ野郎。
今や異世界で『侠客』じゃねえか――いや、『侠客』ともいえねえよ、なんだよこの小汚さ。
――というか、メニューで見れる情報が少ないんですが――開示レベルとか付いてるし。
おいこらアウル!! 信頼度的な物で開示とか聞いてないぞ!!
――くそ、「てっへぺろーい」とか返って来るのが目に見えてて、なんか負けた気がする!!
……まあ、見える情報から言うと、種族は『人』。まあ当たり前。
年齢・不詳。は、はあ、って感じだな。
そんなに年食っても無いだろうけど、格好が――
ああ、何かに似てると思ったら、某森メタルの人たちか。あんな北欧な感じしないけど。
装備欄は――ああ、信頼度ロックね、スキルもそうだよね。
クラス――『アサシン』は分かるけど、『エインヘリヤル』って、お前――『暗殺者』じゃねえのかよ。
てか『ソードウォーリア』とか、『剣豪』とかじゃねえのかよ――『剣聖』感は無いけど……
「ん? なんだ、人をまじまじと見て」
いいから肩から手え放せ、暑苦しい。
「いや、その『御館さん』を、はやく見つけないとやばいんじゃないのか? こんな煙で――」
「焦るな焦るな、燻して相手を焦らせてるだけだ、こんなの。
それにラハルドの旦那、化け物みたいに強いん――
――ブンっ――ゴギッ
――だからよ」
……角で待ってて襲い掛かってきた襲撃者を、片手峰打ちで昏倒させるって、あんた……いや、蹴飛ばすなよ。
……ソレより強い御館様って、何者だよ――『エスターミアの大公』なんだよね?
「――そんな強いのか?」
「強いなー、獲物の違いも在るとは思うんだが、素が強いんだよな、あの人はよ」
「へ、へえ」
「リョウの字も強かったが、旦那の強さは――うん? ああ居た居た――」
そう言って、立ち止まり――
「――くそっ――目算誤った――!!」
凄い勢いで駆け入って行くその先に、人影が一つ立っていた。
「おい!! 旦那!! 何してんだあんた!!」
「――いぞう、か――」
――弁慶の立ち往生もかくや、という有様だ。
もっとも、矢が立っているわけじゃない――『穴』だらけだ。
そんな格好ながら、肩膝立ちで――ハルバード? 所謂『戦鉾』を立てている。
辺りを見回せば、ひっくり返っている人人人。
――見るだけでわかる。メニュー無しでも。
この人が、『御館様』――エスターミア家の、主だ。
「――しくじった――わ――数は多くても、盗賊と、侮った――
まさか、味方ごと、撃ってくるとは――」
「――そうかい。こんなんやれるって事は、術者か?」
「いや――『鉄鬣』の、旧い、技術――」
「――『光銃』かよ、じゃあ――東方」
「違、う――いぞう、答えを、逸るな――煙を巻いた奴等と、この相手は――」
ごぼ、という音と共に、朱が広がる。
ああ、この人は――もう――
「――おい。ちょ――旦那?」
――考えろ――考えろ考えろ考えろ!!
俺に今出来るのは何だ、このままだとまた『勇者』と『魔王』が戦う事になる。
あんな良い奴等が、あんな悲しげに戦う未来を、繰り返さないには――!?
「おい、死ぬなよ、旦那――俺、まだ――まだ、なにも返せて無いぞ――?」
「――立て、イゾウ。誰かが逃げた形跡がある。そっちを助けるぞ」
「――おい、旦那って――」
「――ソレは、もう、死体だ」
「るせぇ!! お前に何が分かるんだよ!!
やっと――やっと会えた、『親父』らしい『親――」
「ならそのまま、どこかの犬の様に死ぬのか!?」
――胸倉掴んだって、ダメだ。
何人相手がいるのか、何人助ければ良いのか、ソレすら分からないのに。
お前の様な手駒を――お前の様な佳い奴を、無駄死にさせるわけにいかない。
お前が、何人殺したか知らん。
お前が、何人を泣かしたか知らん。
だが――縁が在ったにせよ、『他人』の為にそこまで泣ける奴なら――
絶対に、無意味な死など、与えはしない。
「――どいつもこいつも――俺が、好いてるってのに、勝手にくたばって行きやがる――」
――泣くなよ。泣いてる暇に、きっと助けられる――
……だが、言葉にするのは、野暮だろう。
「――先行け――」
「――ああ」
「直ぐ、追いつく」
「――ああ」
俺は、抜け道の入り口へと踊り込んだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――勝手なもんだよ、あんた」
イゾウは――『苡叢』とも、『威象』とも名乗った事のある、捩れた歴史の男は――
当たり前の様に、涙を流していた。
幼い頃から、涙を流す位なら、怒りに任せて剣を振った。
学は望むべくも無かった――それほどに、自分の家柄は低く、貧しかった。
郷士の塾に行けた、といっても、『書』を買える当ても、写せる機も無かった。
父親は、父親らしかったかと言われれば、あまり記憶に無い。
幼い頃は、酔って殴られ――自分が剣腕に秀で始めると、怯えた様に大人しくなった。
もっとも、そんなものは、あの頃のあの場所には、よくある話の一つだったのだ。
自分も『足軽』分として、良い様に使われて終わるが精々だろうと思っていた。
良い様に――本当に、良い様に――そのドブが、自分の住処だろう、と。
ドブから引き上げてくれた武市さんへは感謝があった。
だから傾倒した――絶対の『崇拝』に近いほどに。
――前に立ってくれる者に、『父親』を求めていたのだろうと、今は思う。
それを裏切るのも、見捨てられるのも嫌で、何人も手に掛けた――
――だが、殺しをしたかった訳ではない。
もう殺しをしたくないと呟いた時――
あの女は、あんな澄ました顔で、俺の為に泣いてくれたっけ――
「――49敗1分――やっと1勝出来そうかと思ったのに、勝ち逃げはズりぃぜ、旦那」
あの女が死んだ時も、こんな風に泣けたっけな。
人殺しをしても吐くだけで、涙なんか出なかったのに――
泥塗れ血塗れの自分に、涙を流す権など無い、そう思っていたのに――
あんなにも、泣きながら、望んだこの世界で――俺は、また、泣いている――
「――っは」
だが――恩義の返し様が、まだ残ってるんなら――
「わり、旦那――預けてた『これ』、返してもらうぜ」
壁に掛けられた一本の『刀』を取る。
――と、俄かに、火勢が強まって来ている気配がした。
「――あ~あ……情け掛けねぇで、ざっくりやっときゃよかったかな」
自分が心の中で、『父』と認めた男に一礼し、イゾウは『抜け道』へと飛び込んだ。




