02/【02】
――アウルが去っていった、少し前――
・ ・ ・ ・ ・ ・
大陸の北側ほぼ半分、治める者達の身分位階等から、『貴族圏』とも呼ばれる広大な領域。
だが寧ろ、ヒエラルキーに則って、この名で呼ばれる事も多い。
『バーフェルブール』――三大大公家の一つであり、その支配権の中央都市の名――
その中央都市に建つ、絢爛なバーフェルブール大公の居城――その一角の建物の一室。
数人の男が立っている――その中央には、何か、円柱状の物体。
「――良いのでしょうか? 『上の方々』に事前の断りも無く――」
傍らに侍る『エルフ』の問いに、その前に立っている男は笑う。
「『上のエルフ』とて、一枚岩ではない。
我等に賛同、とまでは言わぬが、ここにコレがあるのが証だ。
寄越したという事は、使用する事までも考えての事だろう。
――というよりも、次帝が『彼』でなくて困るのは、貴殿等エルフだろう?」
「然様。大体、レジナールよ。何故伺いを立てねば成らん?
千年前の件をはじめ、様々な失態より、どうにか失地を回復してきたのは、我等『根のエルフ』だ」
自分より年嵩な同族の言葉に、レジナールと呼ばれたエルフは眉をひそめる。
「……建国時の事まで遡るまでも無く、『上のエルフ』にも手落ちはありますが――
――だからといって、『外道賽門』を開かずとも――今動いている事の結果が出てからでも――」
「それでは押し出しが弱いのだ。レジナール=カウランドール殿」
嘆く様に呟く男。
「……『彼』の『弟君』の話は聞いています。
『六星公・オーリ』の再来と迄呼ばれ、初陣で『蛮種』相手とはいえ――」
「大将首を掻き獲ってきよった。『オーク』相手とはいえ、軍閥派には大いに追い風――
――対して我等『廷臣派』の側は、さしたる功も上げられなんだ――
その他諸々の事を考えても、『陛下』の此方への視線は厳しい。
今動いている謀議だけでは、この勢いは殺せぬ。ここは、何かの形で――風向きが変わらねばな」
「……レジナール。事此処に到っては、我等も腹を決めねばならん」
深々とした溜息を吐き、もう一方が続ける。
「……確かに一時、不心得な者が『政務』にて専横を行い――
その結果全ての『エルフ』を疎んじる風潮が出来てしまった事は知っておる。
無理からぬとも思う――国を思えばこそと言った所で、傲慢と捉えられかねん行いがあったも事実。
だが、このまま――『耳長』呼ばわりされるのは、我慢が成らんと思わぬか?
ましてや――お主は、『彼の戦』の折に、『戦況不利』と見て『後退』を指示した者の縁者――
結果はどうだ? 『後退』どころか、てんでに逃げた――人もエルフもだ。
口惜しくは無いか? 一切の責を自分の縁者に負わされ、不当な落としめを受けるのは。
――元々は、中央に列せられていた者の一人として――」
そう言われて、レジナールも溜め息を吐いた。
「私自身が列せられていた、では在りませんからね――ですが、それは、一先ず措いておきましょう」
そう呟き、『大公』の方を向く。
「――このシステムは謎も多く、また、必ずしも望んだ結果が得られるとは限りません。
先日、『森都』で成された様な結果が出るとは確約出来かねますが――」
「構わぬ。事の成否その物は問題ではない。
事が、どういった形式に落ちるかは、『陛下』の御心次第では在るが――
廷臣派にも旧き技術を扱いうる者が居る、そう判れば、軍閥派も軽々な『攻撃』には出れまい。
――よしんば問題に成ったとしても、私が隠居し、譲るだけの話だ」
「――大公に、そこまでの御覚悟があるのであれば」
そういうとレジナールは数歩進み出て――制御板らしきものに触れる。
……円柱状の物体が、分割され、それぞれが浮遊し始め――
その間の空間に、次第次第に光の円柱を形成し始める。
「――やはり、このタイプでは、これが限界ですね」
「人間一人、か――大公」
「問題ない――全く問題ない――後は、私が引き当てれば良いだけだ」
年嵩の方に促され、大公も前に進み出る。
「事前に御説明申し上げましたが、『顕現』するまでは、何度でも変更は可能です。
ですが――強力に過ぎるモノは、こちらの意志で御せ無い恐れもありますので――」
「強力過ぎる輝きの者は、手控えよ、であったな――案ずるな。
かつての『上のエルフ』の様に、自分達の対抗者を抜き出す様な事はせん」
そう言いながら、浮遊している物体に両手を置くと――
「――これだ――先日見たのと同じ光だ、素晴らしい――」
光の円柱は、迸る光の間欠泉の様に動き始める。
「――二人とも、暫し外へ出て居れ。集中して吟味したい」
その言葉に、無言のまま、部屋の外へと出る二人のエルフ。
・ ・ ・
「――エンケリブス殿。彼に、引き寄せる事が叶うとお思いか?」
レジナールにそう問われた、もう一人のエルフ――バルツォー=エンケリブスは、扉へと振り返る。
「対抗馬と成る程の者が呼べる必要は無い。むしろこれは、『上』に向けた事よ――」
「――と、言いますと?」
「"いい加減、本腰を入れてくれねば困る"というメッセージだ。
先日の『異天召喚』――複数人の強力な異天者が現れたのは、『梢の方』がせっついているのだ――
――と言っている者が『上』の中でも少なくないらしい」
「――『神』が、ですか――」
どこか胡乱気な言葉に、鼻で笑って返す。
「――その言葉を直接聞けるのは、『上のエルフ』でも数人しか居ない。
それ故に、疑念を持つ者も現れる――『疑念』、『不信』、『不安』まで、様々だろうが」
そこまで言うと、エンケリブスはレジナールへ顔を向ける。
「その目指す所がはっきりとせず、差し当たりの目的も、地上の人間たちの『啓蒙』。
それでいて、『極端な文明加速は手控えねば成らない』、等という事を一体どれ程続けた事か」
しかし、レジナールの目を見ずに、エンケリブスは続ける。
「天下国家の統一――『帝国』の建国以来、いや、それ以前から、そこは変わらぬ。
だが、それだけではな――いい加減、手詰まりなのだ。
例えば連中は、『魔術』を自分達の特権と考えている。それ故に『魔術師』『魔詠人』を認められぬ。
全員が全員とは言わぬ――だが、我等が顔を合わす様な連中は大概がそうだ。
だが――何の問題がある? 『我等にも彼らにもある』。その事の何が問題だ?」
その目は、酷く乾いた感情を浮かべている。
「――限られた力しか与えずに、要望は御大層なあの連中にも、そろそろ実地で働いて貰わねばならん――
――『高みより降りて来て、同じ目線で』――そう思わんかね? 我が弟子よ」
「――御自分が『使えぬ』事への恨み言にも聞こえますが――」
「無論だ。無論の事だ――恨みを抱かぬ訳があるまい?
我等『根のエルフ』は、上のエルフからすれば、塵芥に思える力すら与えられなんだ。
その癖――寿命は延ばされた。特に、私の様な『将官』級は――
長く研鑽を積んだが、連中の如き力には遠く及ばず、寧ろ――」
「――師匠」
――――
「――何か、聞こえませんか?」
「ん? ――『外道賽門』の稼動音ではないのか?」
「いえ――何か、もっと、甲高い――」
――ジッ――ジジジジ――!!
「な、なんだ!? どうした!?」
「――外からだ――」
ダダダダっ
「お、お二人共!! ま、窓を!!」
廊下を駆けてきた衛兵に促され、二人は窓を見遣る。
そこには――
「――『虹星』――」
「――ばかな――何故、何故再び、わしの前に姿を現す――」
彼の目からすれば、禍々しい、一条の光が――
・ ・ ・
「ちょっと、とおりますよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
すまんのう、すまんのう、よくわからん館さん――!!
地表へ直落下したらエライ事成りそうなんで、その分厚そうな外壁をクッションに――
### 『障壁』を感知しました
――はい?
### 被害予想を再算定します
### ――――
### ドーム形状の多段障壁と判明しました
### 再算定します
――ええ、と――
### 接触します
### 対ショック姿勢を――
――ジジジジジジジガガガガガガガガガガ!!!!
聞いた事も無いようなノイズを発しながら、『種』と『障壁』が擦れる。
――ガチンっ!!
### 一層突破しま――
「ぶああああああああああああ!?!?!?」
俺の意識は、障壁同士の間でピンボールの様に跳ねる光景を目にしながら、暗転した。
・ ・ ・ ・ ・ ・
日は傾き始め――夕刻の空の下。
「被害状況は?」
瓦礫転がる、領主館の東側離れ、その廊下――
レジナール=カウランドールに問われ、衛兵の一人が口を開く。
「東側離れのそこかしこに損傷が。『障壁』も被害を受けております。
カウランドール殿、これは、『上のエルフ』、または、某かの魔術結社の攻撃でしょうか?」
「――いや。どちらでもないが――だが、民へは『魔術結社のテロ』と。
『虹星』を模した何らかの魔術攻撃、とでも伝えてください。下手な巷説が広がる前に」
その言葉を受け、衛兵は礼を取り、離れていく。
「――ああ、待ってくれ。
――首謀者は、大公の側近、『バルツォー=エンケリブス』ではないか、と言う事を混ぜて伝えろ」
「――その――」
「……疑念は出るかも知れん。だが、ここは、師の『上昇志向』に当て込ませてもらう。
何処からの指示とか、そう言った事までは私が後で『偽装』を――」
「――いえ、その、よろしいので?」
引き止められ、振り返り――レジナールとエンケリブスを交互に見ながら、衛兵は言う。
「――構わん。『まことしやかな話』を付け加え、あちこちへ報告してくれ。
……『何者とも、何物とも分からぬ』では、混乱の波がより大きくなる――
――せめて、説得力の材料となれれば、御師匠も、心安けく、逝けるだろう」
左胸から先の消し飛んだ師の遺骸に、レジナールは目を落とす。
「――分かりました。では各所の詰め所に――」
「失礼します、カウランドール殿、瓦礫の撤去が済みました――が、その――」
「どうした、ラップ。報告は的確にしろ」
「た、隊長もおいででしたか――その――部屋の内部が、その、酷く奇妙な事に――」
「――奇妙?」
レジナールの問いかけに、入ってきた衛兵は頷く――その顔は、青い。
「――直接見よう。ブラグ隊長、貴殿も来てくれ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――どう、なっているんだ」
扉を開けた守備隊長ブラグは、そのまま立ちすくんだ。
「――これは――」
同じく部屋に入ったレジナールも、目の前の光景に呆然とする。
だが直ぐに頭を振り、その異様な光景に手を触れる。
「――カウランドール殿。これは、どうなっている? この――『樹』は一体――」
「――まずは、入った者全員に緘口令を。
恐らく、あの様子では大公閣下は生きては居まいが――」
部屋は――かつて部屋であった場所は、床が落ち込み――
部屋一面を、樹木と思しきものが空間を塞ぐ。
その一段下がった床に、夥しい血液と――見覚えのある腕輪のついた腕が転がっていた。
その惨劇を照らすように、壁に空いた穴が、光を落としている。
「――『召喚器』その物が暴走したようだ。
恐らくは、あの複数の穴は、召喚された対象が――」
「――この場への固定に失敗して、飛び散ったのですか」
おぼろげながらも、部屋の中で行われていた事を知っていたブラグは、呟く。
それに頷くレジナール。
「――閣下の死よりも、事態としては不味い――だが――
ブラグ隊長。先ずは、『帝都』へと早馬を。策を詰め次第、私も向かうゆえ」
「『東方領』への、例の一件は――」
「残念だが、詳細を把握していないし、今からでは撤回の仕様が無い。
『念話』で指示を出そうにも、何処の誰にどんな符牒を使えばいいのか、それすら分からない。
それとも、ブラグ隊長――何か分かるか?」
「……いえ。『大公』閣下は、そう言った事はほぼほぼ御自分でなさっていましたし……
……あるいは、『後継』殿ならば――」
「――あの方は関わらせ無い方がいい」
レジナールがはっきりと言い、言葉を止める。
「或いは、上手く治めるかもしれないが――『上手く治め過ぎる』かもしれない。
そうなった場合、下手をすれば――『エスターミアが消滅』しかねない」
「――!! ま、まさか――『攻撃』を――」
続く言葉を、手を上げて制する。
「――やりかねん。そして、やれる。
あの方の『能力』と『立場』と『声望』を考えれば。
……後手になるが――上手く立ち回って、治めるしかあるまい――
――さあ、あちらが気が付くより先に、こちらが片付けるぞ」
目の前に降って湧いた状況を片付けるため、レジナールは行動を開始した。
・ ・ ・
ほぼ同刻――
帝国の南半分の東方側、エスターミア大公領。
「――ぐ――って――」
俺は――え、っと――
「――また、道端、じゃんか――」
ズキズキと痛む体に起こされ、見覚えのある石畳を見ていた。
花で咲いてた頃は、帝国の建国者が造ったとか聞いてたんだが――
軸変わっても、造られはしたんだな、この石畳――
「――ったく、つくづく縁のある――」
ぼやきながら、上半身を起こそうとする――
――上半身を、起こす?
「……人型――?」
体のあちこちが死ぬほど痛いのを堪えながら、体をぺたぺたと触る。
うつ伏せのままではどうにもならないので、ギシギシと悲鳴を上げるのを無視して、無理矢理起きる――
――と同時に、足場が崩れて再び転がりそうになる。
「――これまでで、一番ゴアじゃん――」
ふわふわとした思考に、死体の山が映る。
「どういう、状況なんだ、これ――」
そんで、さっきから発してる自分の声が、妙に甲高いんだけど――
――ああ、川あるな、なんか、ぬめぬめして気持ち悪いし、顔だけでも洗いたい――
「――わー、お……血まみれじゃん」
水面に映る顔は、ショタ顔で血まみれであった――てか――
――メニュー。
### ぴんぽん
### 別の生体に寄生しました。
### クラスの変更が
おけ、把握。
――行動ログの参照とか、出来るのかな?
### 可能です
### 下に行くほど古くなりますので、インジケータ等で
あいわかった――
ああ、なるほど、障壁ブロック崩しみたいになって、その反動でこっち――大陸の東側へすっ飛んできたのか――
体のあちこち痛いのは、むしろこの体の受けてたダメージか――
――なんで? 追い剥ぎかなんか? いやでも、あの死体のとこに金貨落ちてるし――
「――って、おい、まじでか――」
不意に上げた視線の先、少し小高い丘のような物の上に、館が見え――
「なんの因果よ、死に掛けたとこの前で、館が火に包まれてるって――」
### 地点情報参照
### 帝国領・東方、エスターミア領主の館と判明しました
### ぴっぴっぴっぴーん
### ロシュ暦1393年・マルケの月・15日・午後六時をお伝えします
――時報機能は後で切らないとな――てか――
歴史ログ参照、【旧歴】で1393、と――
### 開始します
「――だよなー。全く無意味なとこに落とすほど、俺の運命は優しくないよな」
苦笑いをして、痛む体に鞭打って、その方向に走り出す。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『歴史』の記録には、こうある。
#【エスターミア事変】
#帝国の東方を統治していた、エスターミア家の領主が暗殺された事件からの一連の事件。
#政局的バランスの崩れから、帝国内の内乱を招く。
#実行犯に魔術師が加わっていたとの話から、帝国内での魔術師忌避の風潮にも拍車が掛かり、
#ひいては、人と魔の大戦の遠因ともなった、と考える者もいる――
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「等しく仲良く冒険でもしろやくそったれぇぇぇ!!」
某蜘蛛男の様に、蔦を伸ばしながら、俺は急いだ――




