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【05】/10


 理想と現実は凡そ、乖離しているのが常の物。

 無理押しは禁物である――彼は、常にそう生きてきた。

 それは、巨大な義務を負った故の処世術で有り、師の教えでもある。


 ロアザーリオ『第一軍』――

 その治めるロアザーリオ北東方面の地と言うのは、同地への侵攻に当たり、最初の根拠地であった領域である。

 ロアズ人の王国――『ロアズ王国』の勢力範囲が西寄りであったのもあるが――

 分割される以前の『南征軍』の大所帯、その巨大な軍営を置くのに都合が良かったからでもある。


 ――各軍団それぞれに再編されていったとは言え、基本の基本の根拠地である事に変わりは無く。

 そして、それ故――『一軍』の筆頭は、極端に寄った意見をもてなかった。


「しかし、それでは行き詰まり――見回せば解ろうもの。

 はや幾百年を過ぎ、各軍勝手に動き回り――これでは最早――」


 師はそう言っていた――然り、とは思った。

 では何が入り用だろう――


「公人としての貴方は、尊敬に値する。

 だが――一個人としての貴方には、何らの魅力も感じない。

 極論するならば――貴方は未来へ至れない」


 直接では無いが、自分が手塩に掛けた『若木』は、そう言って自分の手を離れた。

 これを以ってすれば、と思っていたが――否、理想とは、儘成らない、そう――


「――始まりから数百年。

 同じ大樹から枝分かれしたと言え、完全に同一のモノへの帰趨等不可能だ。

 ――無意味、と言い換えても良い。分かるか? 我等は既に、異なるが故に分たれているのだから。

 そして異なっていると言う事は――と言っても、貴殿には関係ないか。

 ……何れ、敵対は無論せぬよ。しかし、無意味に協調・協力をせねばならんでもなかろう」


 双璧たる筈の『二軍』はそう返答をした。

 ――無理に、とあれば――身内にも反発を招くか、と――


 ――守旧であった訳ではない。

 危うい『理想』に乗るのを是としなかっただけだ。

 それが何故――仕方在るまいと動き出した、その途端に――


「――それもまた、時流ですよ」


 あくまでも自然体に立つ、その異世界の男は、残酷な事実を告げるのだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 哀れむは、失礼なのだろうが――呉用はそんな気持ちで相手を見ていた。

 男は土埃や灰に塗れながらも、敢然と立ち上がりこちらを見ている。


「――時流、か」

「――時流でしょう。

 実際の所、貴方の今回の『進軍』――十年前ならば、通っていたでしょう。だが、通らなかった」

「――『野盗連合の騒乱』が、原因か――」

「――いえ」


 そうではない――其処ではないのだ。

 確かに貴方の部下たる一軍の『部将領主』達が遠因のそれは、溝を更に深めただろう。

 だが――其処ではない。


「……分からん。何故だ」

「――七年に成りますか。貴方と私が、最初に会ってから。

 ――あの時に申し上げた通りの事です」


 愚かな男よ。賢き故に、愚かなる男よ。

 貴方は、捨てては成らぬ事を捨てたが故に、破れたのだ。


「――ギェヌン=イムガである事を諦めた故に。

 人である事を諦めたが故に。貴方は人の意地に――

 或いは、『何も為せぬ賢者』、その亡霊に負けたのです。

 そして、それは、実際の所、貴方の敗北と言うよりは――」

「――違う!!」


 折れた剣で尚斬り掛かって来る――その腕に鎖を巻きつけ、今度は腰から相手を払う。


「――哀れなり、ギェヌン=イムガ。

 怪物に取り憑かれた自覚無き男よ――目を覚ましなされ。

 貴方の師は、十年前のあの日に、たった一人の『小童』の『人』の論理に敗れ去ったのです」


 背から地へと落ちる相手に、呉用は静かに告げる。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ――十年前。

 『三軍』の前任者を追い詰めた師の策は、自分が『切り札』として育てて来た筈の者に崩された。

 『二位の皇継デュラ・カハル』という存在の、器の片鱗を見たその事件は、自分の中では『是』であった。

 ――『師』もまた、その大器を認めた筈だった。『大きな謀は必要ない』とまで言い切った。


 ――もしや、の懸念はあった。

 その言葉が、逆の意味であったのならば?

 自分という存在を見限り、より大きな器へと乗り換える心算の言葉だったならば?


 しかし、師は自分の下を去るでもなく、それから数年後に寿命を全うした――

 様々な状況に対応する為の指標たる遺言を残して――


 ――そこまで脳裏を過ぎり、ギェヌンの脳裏に、再びの疑問が沸いた。


 何故、師は、様々な状況を見据えた詳細を残しながら――


「それこそが、貴方の師の失敗ともいえます。

 ――人でなしの腹の底に、老いて沸いた人の執念と言いますか。

 ――デュラ=カハルという鬼札を育て、図らずもその謀を砕いた貴方を――

 ……自分の計略の『贄』にして、成し遂げる心算なのでしょう――己の絵図面の完成を」


 ――黙れ、と言う事が出来ない。

 自分に渦巻く疑問――『何故に、上手く噛み合わないのか』への答えに、余りにも相応しい解だ。

 ――そして、それ故に、ただ相手を呆っと見る事しか出来ない。


 ――尖った才能を使いこなすのは、苦労が絶えない。

 凡庸な万能を使いこなすのとは異なる苦労がある。

 あえて言えば、『気苦労』と『労苦』の違いだ。


 尖った才能と言うのは、極端に言えば特殊な歯車の様なモノ。

 それを上手く適合させるには、軋轢が起きる分の油を頻繁に注すか、配置そのものに気を配る必要が出る。

 が、それ程の手間を掛けても、良い結果に繋がるかは別の話。

 相性が余程良い場合以外は、無理に手を伸ばす必要は無い――

 新規に陣営を構築、という段階から行うのなら話は別だが――それをやれる状況は限られている。


 唐突に、師の教えの中の一節が過ぎった。

 ……七年前、この男を手に入れるのを諦めた時と、同じ――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「申し訳在りませんが、今回は御縁が無かった、と言う事で」


 そんな風に言って立ち去ろうとする呉用を、ギェヌン=イムガは不思議そうに見つめる。


「――何故だね、学士殿。待遇が不満かね?」

「いえいえ。とんでもない。

 提示して頂いた待遇の内容は、バーフェルブールの――

 そうですな、領主補佐官にでも匹敵する様な、私如きには勿体無い内容です。

 其処が問題ではないのです」

「――では、何故だね?」


 そう言い募るギェヌンに、呉用は静かに考え、答える。


「……端的に申し上げるなら、『私ではお役に立てないから』です。

 現在の『一軍』は、先達――あなたの師が造った『機構』が完璧に機能している。

 態々部外者である私がしゃしゃり出て、更に手を入れる必要が無いでしょう」

「――断る理由としては、弱いな」

「――然様ですなぁ……ただ、世の中には、言葉にしてしまうと取り返しの付かない軽口も有りますからな――

 ――まあ、それを言うならそもそもあの言葉こそ、言わぬが花だったかもしれませんが」

「『誰でも一定の功を上げうる機構で、勝った負けたも無いものだ』か。

 一つの事実としてその通りだろう――連中にはいい薬だ。

 それに貴殿は、余人の評を気にする人間とも思えないが」


 昨日の朝から、今日の夕まで。然程長くない仲ではあるが――

 ギェヌン=イムガは呉用の中に、確実な才と、師に似た性質を見出していた――

 この男は取るべきだと、自分の『勘』が告げている。


「――申し訳在りませんが――私とこの『機構』、相性が悪く感じます」


 ――同時に、自分が思考していた事を相手が語り、心の何処かでホッとしている。


「誤解を覚悟で言うならば、この機構、『賢者』が造った『愚者』の為のモノなれば」

「――自分が『賢者』とでも?」

「いえいえ、とんでもない。我ながら、言い方が不味いな、相変わらず……

 ――『物を考える者』と『それに素直に従う者』の為の物です。

 私の様に、自分自身でああだこうだと考える者が混じってしまうと――」

「……言いたい事は分かった」


 ――呉用の言う所の『機構』――

 そして、その『物を考える者』とは、師である『ティゲニウス=ズーフ』のレベルの者なのだ。

 『従う者』とは、他ならぬ自分であり、その下の部下で有り――

 ――詰まる所。この学士を『入れる』のは、賭けに等しい。

 師からの教えを統合すれば、そういう結論に成る。


「……貴殿が、我が旗下に居れば……」


 そこまで言って、言葉が喉から出なかった。


「――つけぬ侘びでも在りませんが、一言助言申し上げます」

「――なんだね」


 学士は、それまでに無いほど穏やかに微笑んで言う。


「――偉大なる者が、常に勝つとは限りません。

 賢明なる者全てが、常に誤らぬとも限りません。

 短い会談では有りましたが、『貴殿は貴殿のまま』で行くべきかと存じます。

 濡れ紙を破る如く、城壁を破れずともよいでは在りませんか。

 道脇に生える花を、いとおしげに見つめるその目で、民を見つめたとしても――」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――心を捨てた故、師の『下心』を、見抜けなかった、と?」


 ギェヌンはそう呻く。


「麒麟も老いぬれば駑馬に劣る――いや、策を巡らし得た故、駑馬とも言い切り難いですが。

 非情な判断を取らねば成らぬ事も有る、そういう立場や職掌――

 それ故に合理的に、心を捨ててあくまで合理的に判断を進めた果てに、心の喚きに負けた――」


 あるいは、最初からそうする心算だったのかもしれないが――

 と、その事を呉用は告げられない――それでは、この男は、あまりにも悲惨すぎる。

 策士が策の為に育て、策の為に殺される等……


 その思考の一つ一つは分からないが、功績や業績の繋がりを見ていけば、見えて来るものもある。

 『題目』の上では、『一軍の、ひいてはロアザーリオの安定的発展』。

 だが――恐らくはそれだけではない、というより、それは『手段』なのだろう。

 何の為の手段か、となると――崇高な何かから、口に出すのも憚られる様な理由まで、様々に考えうるが。

 少なくとも――権威の結集で済ませる事では無い。


 それならば、単に『二位』に馳せ参じればそれで良いだけだった――でありながら――


「――それでも、貴方には、まだやれる事がある。

 だからこそ、貴方を態々誘引する手を打ったのだし――」

「――生かさず殺さず、情報を引き出そうと?」

「それも有りますが、今や貴方自身が一番疑っている事でしょう。

 いや、疑うと言うよりも、懸念だな――『あの怪物は、どの程度まで根深く策謀を張っていたのか』と」


 呉用の言葉に、ギェヌンは――


「――やはり、貴殿ならば――」


 バスッ


「――!?」


 立ち上がりながら呟いたその言葉を、彼は最後までは語れなかった。

 その胸元には、大穴が開いていた――『一軍将』に代々受け継がれてきた、『名物』の筈の鎧に。


「……これは――どういう――」

「――やはり、仕掛けは、あったか――」


 その兜に、怪しげに光る宝石を見て、呉用は兜を脱がせて遠くへ放った。


「呉用、頼みが――」

「なんです?」

「敵対、したかったのでは、ないと、デュラに――それと、執務室の、政務帳簿を……」


 そう言うと、彼は動かなくなる。


「――最後まで、『義務』に殉ずるのか、貴方は……

 『真面目』に過ぎる――いや、そう育て上げられたのか……」


 そうして――ギェヌン=イムガは、あまりにもあっさりと、暗殺されたのだった。

 融通が利かない、不器用な個人としての性格や、あまりにも酷い劣等感に苛まれたその生を、呉用は知って居る。

 ……だから、何処か、『嫌い』だった――


「――やってくれよったな、誰かは知らぬが」


 友ですらない、いや、むしろ敵だった筈の相手の死に、呉用は静かに立ち上がり――


 # # # # # #


 ――それは、既にして次の手へと移ろうとしていた。

 まだ足りぬ――そう感じて。

 見通しが立つには、いまだ足りぬ――そう思案して。

 見るべき道筋の前を立ち塞ぐ『藪』を刈り払う如く。

 見るべき景観の前に生い茂る、『草』を抜き去るが如く。

 無造作に、作業的に――


 ――それ故――

 鋭く冷ややかな視線に、気付きもせず――


 # # # # # #



「――だからー!! なんで軍師が直々に罠の中に入ってるかな――!?」


 呉用が振り返ると、其処にはアビーとニーナが立っていた。


「――捕らえ損ねました、すみません」

「其処じゃねえよ、すっとこどっこい!!」

「す――うん、罵倒されるのは分かりますが、分かる言葉で……」

「ええい、何がどうなってるの!?」


 予定と違う場所に、火の手が上がっている事。

 呉用が現地のど真ん中まで来ていた事。

 色々と、想定と違うところ所だらけだ。

 こちらから知らせた条件で立てた呉用の策――

 それは、ロフトックの爺様の立てた陣を利用して、ギェヌン=イムガを捕らえる手筈の筈だ。

 外輪山に火の手が上がって焦っては分かるが、自身で直接捕らえに入る必要が有ったとは思えない。

 ……その陣を立てた当人からして、斬り掛かって事切れている始末――


「命をもっと大事にしろよ!! どいつもこいつも!!」

「落ち着いて、アビーさん」

「ちょ、ま、ニーナ――きゅぅ(^q^)」

「あ、力入れ過ぎた――」


 物の見事に絞め落とされるアビーを横目に、呉用は周囲を見回した。


 ――所謂、『魔術』による狙撃。

 それも、あらかじめ何らかの『付与』を施した装備、恐らくはさっきの兜を与え、それに向けて撃った――

 恐らく、外輪山からだろう――傷口の確度からそう見える。


 そして――魔力の収束があったのなら、アビー=ウィルが先んじて別方面から動けた筈だ。

 収束の過程をすっ飛ばし狙撃を行うとすれば、その過程で使用された物は限られる――

 ――『光銃ひかりづつ』だろう。


 ――呉用の脳内で、高速で絵図面が組みあがっていく。


「――ニーナさん。近くに代行――ベルさんが居るはずです。

 ギェヌン=イムガとロフトック殿の死を、両軍に告げさせてください。

 指揮を執って、外輪山の北東部分を囲め、と」

「呉用さんは――」

「それがすんだら――息子が南東方面に居るはず。そちらにも伝令を――」


 ニーナは思わず息を飲んだ。

 そこには、学者的な涼やかな笑みの壮年は居ない。


 バヂィン!!


「――っあっ――なに、するんです、おお――……」


 思い切り平手でぶん殴られた、と気が付くまで数秒を要する強烈な平手だった。

 頬が、痛いのを通り越して熱い。

 あまりの痛みにしゃがみこむ呉用に、ニーナが詰め寄る。


「冷静に!! その人とどういう絆が有ったか知りませんけど、頭を使う人がそんなんでどうするんですか!!」

「ちょ、いや、ほ、頬、有るよね、おれ……」

「加減はしましたよ!! アビーもだし、みんなかっかかっかし過ぎです!!

 戦争なんでしょ!? 犠牲がゼロで終わる訳が無いです!!」


 ――あまりにも当然の事を言われ、呉用の頭が急速に冷える。


「――すみませんね。なるほど、そうだな。

 頼まれた事を果たしもしないで、仇討ちの為だけに猛るのは、卑怯ですね」


 すう、と一つ呼吸をする。

 ――ロフトックという男の引いた火の陣の残り香が、鼻を付く。


「――この匂い。一瞬だけ爆発的に燃える物を使ったか。

 ――となると、この陣は、やはり追い立てる為以上のものでは無い。

 ……頼んで聞くとも思わなかったが、そうでもなかったか――」


 イズマの残兵が、一軍の鼻を明かしてやりたがっている、というのは聞いていた。

 ――態々、何故最前線に出て来てしまったのか、という感はあるが――

 それは恐らく、死に場所を求めた老兵の矜持なのだろう。


 ――本来、何年も前に切り結びながら死ぬ心算だった。

 そう出来た筈が、状況が許さなかった。

 だが、状況の根源を見た瞬間、抑えが効かなく成る程、火が点いてしまった。


「――馬鹿め」


 ギェヌン=イムガも、自分が態々此処へ出向けば、どうなるか想像しなかった訳でもないだろう――

 イズマ衆の恨みをどれ程集めているか、『個人としての』彼が考えなかった筈も無い。

 だというのに、のこのこと軍勢を率いてやって来てしまった。


 自分で率いて、と決断する『方向』へ、追い立てた自分の言う事ではないが――

 個人としての彼には、詫びたい心が残っていたと言う事なのだろう。


 ――もしも、単に兵を送っただけだったならば。

 それら全てを平らげて、彼が出て来ざるを得ない状況にする腹心算があった。

 だが彼は、呉用の見立て通りこの場所にやってきて、呉用の願いとは異なり、死んだ。


「全く――莫迦め」


 当人に突出した才は無くとも、人を育てる才があった筈の男。

 デュラ=カハルという『化物ケモノ』――

 その素地を築いたのは、それに適切なものをあてがったギェヌン=イムガに他ならない。

 それを――あたら、自分が認められないから、潰そうとした者の悪意。


 ――自分で言っておきながら、なんという様か。

 『ティゲニウス=ズーフ』の悪意、その本質の所――見立て違いをしていたかも知れない。


「――暗殺の片棒を担いでしまった不始末は、拭うとしますか」


 呉用の目に、再び爛とした光が宿る。


「――独りで勝手に行ったら殴り倒しますからね。グーで」

「……そうですね、それは顔面が消し飛びそうなので、勘弁してください。

 それに――行くにせよ、然程遠くまでの必要はないと思います」


 外輪山の北東を見つめ、呉用は呟いた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――どういう事だ、ありゃ――」

「おい、屈めって……」


 間道に入った、『離反』した小隊の隊長二人が、尾根筋へと抜ける道の途中で見たのは――


 ――――

 ……――


 自分たちと同じ様な『兵装』をした小隊が、何時の間にか陣を組んでいた光景だった。

 位置は、山の中腹ほど――だが――


「……どうなってるんだ? 何時の間にこんな所に進んでた?」

「――当代の軍将のやり方と、少し違うな」


 繰り返しになるが、二人はそこそこの軍歴を持つ。

 むしろ、その長さ故に小隊長に成ったと言っても良い――

 その軍歴の中で、ギェヌン=イムガの指揮する戦いに加わった事は10数回。

 蛮族・獣魔の討伐が殆どではあるが、回数としては相応に――下手をすると直下の部将よりも多い。

 ――そして――


「雪崩れ込んで行ったのは、仕方ねえ。

 普段ならもう少し『溜まり』を作ってからやったんだろうが、そこは相手が上手かった。

 追い立てられる形で、幾分か引き込まれた感じだしな。

 ――だが、あんなのが居たなら、無理に中央まで流れ込まなくて良かった筈だろ」

「――側近連中も知らなかったって事か?」

「あの坊ちゃん方が知っていたなら、こっちを一旦押し留める為に、こっちに向けて剣抜いてただろうよ――

 おまけに、あの武器を見ろ、『光銃』だ――んなモン、伏兵に許す連中か?」

「……くせえな」

「臭すぎてどうしようもねえよ――『軍将』、誰かに『ヤラれた』んじゃねえか?」


 一方が口にした言葉に、もう一方が渋い顔に成る。


「……なあ、俺、兵士になんぞ成りたくなかったし、何度逃げようかと思ったか知れねえ」

「知ってる。今正に逃げてるじゃねえか」

「だがよ、軍将その人が嫌いだったんじゃねえ。

 金払いもちゃんとしてたし、勲功があったらその分はしっかりと払ってくれたしな」

「……おいおいおい、止せよ。

 恩義なんてねえだろ、あっちにゃ当たり前なんだから」

「その当たり前さえちゃんとしてねえ連中だらけだったのを、一応とは言えちゃんとしてくれたんじゃねえか。

 御蔭様で帰りたい家庭を持てた――『故郷』に何ざ帰りたくもねえが、ロッホバーネの『自宅』には帰りてえ」


 片方の言葉に、今度はもう片方が渋い顔をする。


「――バカ、お前――なら益々だ――さっさと退こうぜ」

「言ってるのは分かる――恩だ何だって言う訳でも無いが――

 ……息子によう、男らしく生きろって言っておきながら……

 その息子持てる権利をくれた相手が、こんな所で訳分からず殺されて――

 ――黙って見てるのは、男らしくねえ気が……」

「……ああもう、やだねえ、全く、俺は娘に会いてえ。それだけだ。

 ――くそ、ああもう、ケツ捲って逃げて、どっか別の街に逃げ込む心算だったのに」


 深々とした溜め息――自分の頬を、音を発て無い様に張り――男は身を翻す。


「――『凱旋』出来るなら、その方が良いやな」

「――ああ――っと、待て。気に成ってたんだが、連中、なんで火を点けてんだ?

 態々、此処に誰か居るって報せる必要が何処に――」

「……狼煙代わりかもしれねえな」

「――イズマの山に火をつけて狼煙ってお前……」


 何処に報せる……と言いそうになって、男はぱっと思いつく。


「――あの連中、ひょっとして……」

「……気に喰わねえな。ほんとに。

 『四軍』の思うままに踊らされたって事じゃねえか?」

「『四軍』とは限るめぇが――気に喰わねぇのは同感だ」


 唾を吐き、それぞれ自分の小隊へと走っていく男。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――間違いない。ある種の『目印』だ」

「流派とか、そういった物の特定は出来ますか?」


 ベルの呟きに、そう問いかける呉用。


「……仕込みが細かいな。これだけの事を出来るのは、多くは無いだろう」

「因みに、流派とかは無いから――無くは無いけど、そこまで分化してる訳でも無いし」

「ああ――有るのかと勝手に思ってましたが、無いんですね」


 アビーが途中から答えるのに、呉用はそう返す。


「――まあ、誰かは分かるけど」

「……これだけの『掘り込み型』に心当たりが?」

「うん。陣営の特定には至らないけど、出所の『人』は確定――リック=バーゼック」

「……成る程。お前の元・同僚か」

「今は『一位エノ』の『影の軍勢』に居るらしいけど――ただ、技術なんて譲り渡しが利くからね。

 供与した技術から、別の誰かがやった可能性もある――多分だけど、そっちが本筋かもね。

 手ずからやったモノにしては、ちょっと冗長性が無い」


 兜から外された『宝石』を弄びながら、そう語るアビー。


「……あの、皆さん」


 ビュガッ


「バンバカ撃たれてるのに、余裕過ぎませんか?」

「『魔素』操作の基本式位の代物だから、平気平気」


 飛んでくる光の弾は、アビーの張った『傘』に悉く弾かれているが、ニーナは気が気でない。


「……だが流石にうざったいな」


 バジィ


「――高所に陣取るのは、兵法の基本。まあ、分っていらっしゃる。

 おまけにメクラ撃ちで良い仕掛け。さぞや楽しい狩りでしょうな」


 不愉快そうな顔で、呉用は呟く。


「――だが、基本は基本。そして――私を舐めたな。誰だか知らんが」


 飛んでくる光の弾を厭わず、呉用は前に出る。


「――始めましょう」


 その言葉を合図に、ベルに再編された兵たちが動き始める。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――始まったぞ」


 平地の方で兵たちが展開するのを、アロケルは見ている。


「……お師匠の真似事をするとはな」


 その顔には、失笑が浮かんでいる。


「――皆、構えろ。当たりは適当で良い」


 その指揮をする連中には、火矢が番えられている。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――火矢の到達を確認」

「……裾からの火計で来る心算のようだな。

 ふん、頃合だ。引くぞ。『光銃』は仕込んで置いておけ。

 起動方式は六番――それで、勝手に撃ってくれる筈だ」


 面白くも無い、という表情で、その男は部下達に命じた。

 全員、一軍の兵装に身を包んでいるが――その顔には、神経とも血管とも付かない筋が走っている。


 ――ギャン!! ギャン!! ギャン!! ギャン!!


「――どうした?」

「尾根筋に逃げていた、『一軍』の小隊の連中が、武装やらを打ち鳴らしている様子です」

「――はっ。窮したか――間道を抜けて、一目散に逃げるならば、と思っていたが。

 死にたいならば、死なせてやろう――全員、白兵戦用意をせよ」


 男の言葉に、部下達は剣を抜く。


「この地点までは、直接『降りて』など来れない。斜度がきつすぎるからな。

 ――北東方面に抜ける間道を、切り抜けながら進む。案ずるな、所詮は『只人』連中だ」


 男の言葉に、部下達は間道へ向けて走り始め――


 ズルっ


「!?」

「な、なんだ!?」


 いきなり転倒する。


「――はい、どうも。『ヌメリ坂』へようこそ。

 『お前たちの地獄はこれからだ』――なんてな」


 その光景に、のんびりとした声が降ってくる。

 ――その坂の上に、紅葉したような赤い髪の人影が居る。


「因みに、デート中断させられて、最悪に不機嫌なんで、手加減とか一切しないから。

 ――死にたい奴だけ掛かってこいや」


 そう言って中指を立てたのは、ジン=ストラテラだった。


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