【05】/09
視点は、数分前の、イムガ陣営に移る。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「相変わらず、厄介な地形ですな。この地は」
「かつては湖が有ったとも、火山の火口が有ったとも言う。ロアズの古い伝承だがな――
帝国建国の段階では、既にこの地に要塞に近い物が有ったとも聞く。
もっともその要塞は、今見る板塀の規模の大きなもの程度だった様だが」
谷間の道を抜けた先には、やや小高く山がある。
現代に近しい世界から赴いた者、その知識に近い者には、こう言える――『カルデラ湖の跡』、と。
ギェヌン=イムガは、師からの知識で、そう呼ぶ事を知って居る。
「とは言え、かつての要衝も今や『板塀』や『逆茂木』でどうにか形を保たせるだけ。
近くの山々全てに巡っていたと言う金城鉄壁は見る影も無い――如何します?」
「だが、要所要所の柵はしっかり編んでいるようだな。
――平押しで抜くのは出来るだろうが、先ずは使者を送るべきだな」
「閣下、それは既に返答が来ているでは在りませんか。
『本営に確認を取るが、数日かかる』など……連中、足元を見ていますぞ」
「……斥候を兼ねて送った相手、書簡もなし、ではあるがな――」
側近の言葉に、ギェヌンは考え込む。
――連中からの、心象が悪いのは分かっている。
あの陥落の一件で、イズマ衆の目は冷たいどころでは無いし、その遠因を作ったのは自分だと分かっている。
――血気にはやった連中、功名心を焦った連中を抑えられなかったのは自分なのだから。
一方で――どれだけ和解をしても完全に丸くは収まらなかったのだ、とも。
ロアズの血統が根深いこの地の者と、帝国正規軍の血統が強い一軍とでは、と――
「――仕方あるまい、進――」
――ヒュアアアアアアア!!!!
正に、その時。
決断を下すか下さないか、その間隙を突く様に、死霊の様な叫びが、後列に降ったのは。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「さーて本日の商品はこちら、イズマ山塊の狩人の皆さん御存じ、『勢子要らず』です!!
『手持ち投石器』で投げる鏑矢みたいなもんですねー」
……きょとんとした顔せんでくれ、と思いつつ、アビーは続ける。
ノリノリで高所に上がって来たのは良いが、みんなテンション高すぎて、そのまま駆け下りかねないのだ。
――崖を。崖をだ。繰り返す、何度でも――『崖』だぞバッキャロウェイ。
断崖絶壁で、何故、飛び掛ろうとする!? 逆落としどころか本当に落ちるだけの崖を!?
――だから落ち着きなさい、という意味を込めて、こんなノリである。
「あー、古くなってるから、使えるか分からんぞ? 一応、手入れはしたが――」
「だいじょーぶだいじょーぶ。最悪、包み紙の方が破裂する仕込してるから。
ハイではニーナさん、一際デカイそいつを、敵陣目掛けて――」
「てりゃぁあああああ!!」
ニーナが投げた紙の包みは、迫ってきている敵陣の近くまで飛ぶと―ー
――パッ――ヒュィィアアアアアアアアアア!!!!
「おおおおお!?」
「うわうわ、なんだ、すげ、なんだこりゃ!?」
紙が破けるのと同時に、高い音を発し始める。
谷の上空にアビーが展開していた風の流れに乗って、遠近へと分散し――
あちらこちらへと、悲鳴にも似た音を引き連れて落下する、礫状の物。
――――!!
――――!!
――――!!
「よ――よーしよし、うろたえとる――てか、怖いな、この木の実、なんて音出るんだよ。
精々が『モガリ笛』程度のモンだと思ってたのに。『勢子要らず』とは言ったモンだよ全く」
「……あんな風が逆巻いた状態のところに投げ込めば、そりゃなあ……
てか、実際問題、俺らも驚えた……西風の強い日でもあんなに鳴かないぞ……」
このブツ、正確にどう出来ているのかは不明だが、この辺りの山の木々に偶にぶら下がっているのだと言う。
『鳥がついばんだ木の実が落ちずに、そのまま萎れ乾燥していくと出来る』との推測もあるし――
『気紛れに迷い出た冥府の住人が触れた果実が呪われる』とか、あれこれ様々な御伽噺もある。
――経緯は不明だが、まあ、あの音を聞けば、熊でも猪でも逃げるわな。
「ま、まあ、この木の実の実証実験とかはまた後――続きましての商品は」
「商品て」
そうそう、ちゃんと乗りなさい。頭を冷やしなさい。笑って良いから。
「どっかの『帝国軍』かよっていう、『破竹』のエントリーだ!! さあ発射!!」
「これも投げるんですね――ていやぁああああ!!」
「おおし、続け大弩隊――放て!!」
ブンっ――ボッ――ブンっ――
盛大な風切り音と共に、知る者からすれば「どうみても竹槍です」な代物が発射(一本投擲)され――
――パァン!! パァン!! パンパァン!!
「おお、どういう――破裂した!?」
「特殊な育て方した竹でな。特定方向に力が掛かると、裂けるんだな、これが。
んで、中に液体が詰まってるから、逃げ場の無くなった液体ごと破裂する」
「ど、どど、どういう木――」
「ニーナそれ、厳密には『樹』じゃない――
ってまあ、いいや。生態系修羅過ぎませんか、この地帯……」
こんなやばい物がゴロゴロしてるのだ、ジンなら嬉々として召喚出来る様になるだろう。
……あいつ、今何してんだ?
・ ・ ・ ・ ・ ・
「な、なん――」
「……うろたえるな。どちらも、師の言っていた通りの事だ」
そう、そして、文献等で学んだ通りの事だ。
「どちらも、音の鳴りやらは派手だが、実際の攻撃力がある訳ではない。
直掩部隊、大盾を構えて前進陣形に移行を――」
「か、閣下!! 第三隊が!!」
見れば、自分の居る部隊の脇を抜ける様に、後続の部隊が突撃していく。
方向は――イズマ関の中央部、小高い丘のような部分の砦状の場所。
「な――何をやっている!? 指令もなく!!」
「――いや、かまわん。第一第二も続け」
一際低い声音で発せられたその言葉に、側近がぎょっとした顔に成る。
「し、しかし、閣下――」
「……想定されている敵数は少ない。
予定外だが、勢いが付いた状態で門扉を破れるならば――
セオリーから行けば、こちらの勝利が確定できると言っても良い。
出てきて混戦と成るなら、外輪山の崖からの撃ち下ろしが出来ず、高所の有利が相手に無くなる」
そう言って、ギェヌン=イムガは采を振るった。
「――駆け、穿て。狙うは城砦の南東区域。
兵の集中が見られたならば、周囲を囲むように展開せよ。
皇軍相打つは心苦しいが、古き因縁の亡霊は、ここで振り切る」
その声に、長い隘路から抜け出た隊が、どんどんと一点へと、淀みなく流れ始める。
「――流れは、止めては成らん。もはやその段ではないのだから」
ゾワゾワと、まるで虫が流れにそって動く様に、一つの塊が、殺到していく――
――そこで、有利な差配、させると思うか?――
そう、聞こえるとはなく聞こえた音に、そちらを振り向いた瞬間――
……――ゥゥゥゥウウウウウウウウン!!!!
ひひぃぃぃいいいいいン!!
突然、何処からか放たれた音の矢に、恐慌状態となる騎馬と――
「――なっ!? かっ、閣下!!!!」
「くっ、落ち着け!!」
「閣下を、閣下をお守りせよ!! 前進だ!! 下手に外に居ては狙い打たれるぞ!!」
側近達によって、自身も大きな流れの中へと放り込まれるギェヌン=イムガ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――うっそだろ、こいつ、この距離でかよ!?」
「流石だぜ、『一矢開門』!!」
距離にしてかなりの所を正確に通した腕前に、大興奮の兵たちと――
「いいから、そろそろ後続に射掛けてくれ。上手く調整しないと、流石に多過ぎる」
今度は全く逆の方を向いて、矢を番えるアロケル。
「それに、俺の師匠なら、あの飾り兜の房毛に矢をブッ込んでただろうさ」
「それはそれで頭おかしいって」
「腕前もな――」
「いいから、撃てって――」
そう言って放つ矢は、赫と燃える火矢。
それも今度は、兎に角満遍なく扇撃ちしている――出来るだけ、ヒトには当てないように。
「――自信失くすわ……」
「比べるな、悲しくなるぞ」
「良いから、撃て、頼むから、俺だけでは疲れるから」
次々に注ぐ火の雨に、後続の流れが止まる。
「――脚が止まっても、急には止まれない。
だが、前には、意味ありげな火矢の攻勢。そうなれば――」
――ッ!!
――ッ!!
「――脇に反れる道があれば、そっちに向かうわな――んで――」
ふっ、と外輪山を見渡すと、あちこちから火の手。
「――なーんでみんなバカスカ燃やそうとするかね、うちの師匠といい……」
そんな溜め息を吐きながら、アロケルは――
「甘ぇ。証拠も戦果も全部消し潰して逃げようとか、クソ甘ぇ」
逃げようとしてか、流れと異なる動きの騎武者に矢を放ち――
その衝撃の鋭さからか、主が落ちた事にすら気が付かず、馬は走り去った。
落ちた鎧武者は、ギェヌン=イムガの傍に居たはずの男。
――『矢』とは言ったが大分大きなソレで、肩を地面に縫いとめられ、バタバタともがいている。
「……俺、音に聞く呉用先生とこいつには逆らわないようにするぜ」
「俺もだ。御先祖さん方に怒られても、こればっかりは――怖すぎるよ、この親子……」
「人聞き悪いな、お前ら程やけっぱちじゃねえよ。
てか、親父に怒られるな、これ、想定と違うじゃねえか、って――」
そう言いつつ、中央砦の方を見遣るアロケル。
「……実際のとこ、本当にいいのか? ホントに? 折角直したのに……」
「まあ、そういう事の為に作ったらしいからな、あそこ……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
妙だ――とギェヌン=イムガは思った。
敵の抵抗はあるし、戦っても居るが――
「――何故、身動きが段々取れなくなっていく?」
砦内とは言えど、敵を排除しながら、『広場』へと向かっている。
小隊として陣形を再編する余裕が出そうなものなのに、実際は身動きがし辛く――
「――しまっ――」
「もう遅いわい、一軍の!!」
敵の意図に気が付いたと同時に、その敵手がただ一人、何処からともなく自分に切りかかってきた。
「――名を聞いた事は有るぞ。
守る為ではなく、入った敵を諸共に鏖殺する為の城の築き手――」
「ガナン=ロフトックちゅう、しがない大工崩れよ」
「――やってくれる――気が付かぬ様に、狭めている造りか――」
「くく、まあ、そんなところじゃな。
――だが、ここは別に――『殺し陣』じゃあねえんだ」
そう言うと、ロフトックは、大きく手を打った。
その瞬間――
カッ――ゴアアアアアアアアアア!!!!
どういった原理か、いきなり、最大燃焼の状態に燃え上がる、柵、柵、柵!!!!
「ひ、火だ!?」
「ぎ、ぎゃぁあああ」
「に、逃げろ、焼け死ぬぞ!!」
もはや、統率も糸瓜もなく逃げ惑い、火の手の薄い方へ殺到する兵たち。
「――まあ、こういう事よ。何、心配するな。死ぬ造りにゃあしとらんから――」
「――それほどに、私のしくじりが憎いか?」
「……さてなあ。御輿担いで祭りの勢いだけで他の町内に乱入する馬鹿どもが、憎いちゃ憎いが。
あんたは、哀れにも思うんでな――木偶にされて、たまったもんじゃない、と見える」
その言葉に、イムガの中の何かが燃え――
「――ふ、くく、なんじゃ、立てる腹は、のこっとるんか……」
「デク、ではない……私は、人だ……」
腹に槍を突き立てられながら、笑うロフトックと、
心に刃を突き立てられて、無表情のギェヌンと。
「くはははは!! 人!? 人なら、人を人と思うわい!!
お前の師と同じ様に、お前も人を『家畜』や『愛玩』としか見ておらぬ人でなしよ!!」
「違う――私は違う!!」
「違うなら、側近連中の顔面を鉄杓でブッ叩いてでも、下らぬ無駄吠えを止めとったじゃろ。
『成果』の為に為されている事に目を瞑り、聞き流し――その結果がこの関の失陥だ!!」
「――黙れ。盗賊如き相手に守れなかった、ロアズの残党が何を吠える――!!」
「分かれ!! お前自身が何の手も下さんでも!! お前がこの関を壊し!!
結果として、この国に混乱を招き入れ取るんだ!! お前の『師』の――『遺言』通りにな!!!!」
――ゾブっ
――酷く重い音が耳に残り、相手は事切れた。
その手には、折れ、血塗れの剣。
「――再編せねば。消火も」
その心には、実際の所、人間らしい希望など何もなく。
されど、使命と義務のみが、道を続ける。
――過ぎる疑問を、全て無視し――
――往き過ぎねばならぬと――
「――少し見回せば――ガナン=ロフトックにさえ解る程――
即ち、『敵』と怒れる者にさえ、その在り様の異様さが見える――
――でありながら、当人は、全く以って気が付く事が無い」
――両脇に燃える、劫火の途の向こう、その人影が立っていた。
「――故に、貴方は哀れなのです」
「――呉用ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ギェヌン=イムガは、全てを悟った。
この状況の全てが、この男のあった故と。
――そう悟った気になり、切り掛かり――
ビュオっ――ギャリリリリリンッ
――ブンッ
訳も分からず、視界の天地が返り――
ドザァアッ!!!!
「――ゴハッ」
「……残念ですが、私だけでは、貴方をここまで追い詰める事は出来なかった。
引いては、貴方の師の亡霊を追い詰める事も――貴方をこの様に、ブン投げる事もね」
傲然と見下ろすその目に、しかし、確かな哀れみを見た。
それすらも――理解が出来なかった。




