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【05】/08


 ――ある程度、相手の陣容を確認出来る程――

 その位近くなっても、アロケルは何処かで迷っていた。


「――今更、俺の言う事では無いんだが、良いのか? ロフトックさんよ」

「あん? 何がだ? 『長馳ナガハセ』とも有ろう者が、びびっちまったか?」


 二つ名の方で呼ばれ、アロケルは渋い顔をする。


「……あの日、俺がもう少し早く付いてたら――

 ここも此処までぶっ壊れなかったんだろうけどな」

「ああ? バカいうんじゃねえよ。

 あの時お前が知らせなければ、イズマ衆全員が何も知る事も無く、あの『野盗連合』にぶっ潰されてたんだ。

 お前が一軍支配地から、山々をぶち抜いたルートで知らせに来なけりゃよ。

 三軍のそれぞれの街に散っていった、戦えない連中は全員死体か慰み者だ」


 相手の言葉に宥められながらも、出るのは、熱い溜息だ。


「――もっと、早い段階で、知らせられた筈だ……それを俺は……」

「それこそ仕方ねえさ。一介の傭兵に、そこまで読めるとはおもわねえ。

 音に聞くお前の親父さんだって、状況を纏めなきゃ分からなかっただろうさ。

 一軍のバカヤロウどもが、辺縁の野伏・野盗を、掃き集めるように追い立ててる、なんてな」

「――――」


 ――数年前の事を思い出し、更に渋い顔に成るアロケル。


 野盗等の、領内からの一掃を企図したその攻勢は、結果的には大きな流れを一点に集約させてしまった――

 傭兵の端くれとして、掃討の一部に関わった自分は、それに加担を――

 その肩を、ロフトックと呼ばれた兵士が叩く。


「――『手』としては正しかったんだ。間違いなくな。

 気に食わねえのは、通すべき仁義通さずにやった事だ。

 『軍団』違いつったってな、一声掛けてりゃこっちもやる事やったさ。

 だっていうのに、何を惜しんだのかこっちには一言も無しで、最後はあんな様だ。

 『正義』でなんでも通るってんなら、俺らの『仁義』も押し通ってみろや――

 とまあ、俺らが盾突こうって理由は、そんなもんだ。

 ――後はまあ、俺ら、あの時の戦いで死に損なった連中だからな。せめて一発、ドカンと戦いたいのさ」


 そんな風に言ってガハハと笑う相手に、アロケルもやっと顔を崩す。


「――あー、あー……やだねえ、軍人挽歌みたいなノリ……」

「ロアズの時代から今まで、頑固者のロクデナシの住処がここだ。

 とこの上でくたばるんじゃ寂しいんだよ、俺らは」


 そんな風に笑う武人に背を向け、自分の配置へと走るアロケル。

 やった事を覆す事は出来ない。

 だが、今回はせめて――自分の心に従って戦おう、と。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「一軍は、豊富な資金力と簡便な機構に裏打ちされた『大軍』だ。

 元々の軍勢領地の特性を上手く回して作った、その手腕は舌を巻く。

 『ティゲニウス=ズーフ』というのは、間違いなく『傑物』、或いは『怪物』の類だった筈だ」


 馬車の揺れが大きくなる中、呉用は呟く。


「問題は、怪物の弟子が、必ずしも怪物な訳ではない、と言う事だ。

 ――怪物足らんと欲したのかもしれないし、そう足掻いたのかもしれないが」

「その足掻きに、付け込んだ、って訳ですか」

「逆だ」


 リーアムの言葉に、呉用は物憂げに返す。


「『お前は怪物でなくても良いのだ』――

 そう言って欲しかった、その心の隙に付け込んだと言って良い。

 ただ野辺にある凡庸な雑草の、何が悪いのかと。

 師の編んだ策をなぞりながら、怪物の後継である事を『勤めて』きたのが、奴だ。

 添え星である事を認められるなら、ギェヌン=イムガは動かなかった筈だ」

「『一軍』の将に恥じぬ判断をしようとして、動いてしまったか」


 ベルの言葉に、呉用は頷く。


「――舞台の真ん中に立とう等と思わなければ、こんな粗の目立つ手段には、引っ掛からなかったでしょう。

 しかし、そこにあるのは別段功名心とかではなく、義務。

 どうにかこうにかして、自分が流れを制御しようと、師同様にせねばと思ってしまった――

 師を怪物と認じて居ながら、自分はそうは成れぬと心のどこかで思っていながら――

 最後の最後、時間の無い中で、こう思ってしまった――『師であれば、どう動いただろうか』――とね」


 だから、好かない、そう呉用は言う。


「自分で諦めた癖に、師と同じ所へと登れると、無自覚に思っている。

 口にしている事を、夢物語にしているのは、他ならぬ自分の諦めであるのに――

 『師の様に偉大には成れないが』なんて言葉を平然とのたまえる、その程度に分かっているのに。

 同じ様に出来ないなら、自分自身の道を探して登れば良いものを、『師曰く』と繰り返すだけ――

 自分で歩く心算の無い者と、私は一緒に歩きたくない――そういう所が、正直、『好かない』」


 呉用はそう呟き、窓の外を見る。


「……『好かない』、か――意外と、捻くれ者でもあるのだな、呉用」


 ベルが笑いながら言う言葉に、頭を掻く。


「――不細工な道行きだろうと、困難な道程だろうと、自分の道を歩く。

 ……それを、出来ぬ出来ぬと泣いているだけの者は、やはり好きませんよ。

 ――それが出来ない程に『教育』されてしまったから、哀れでもあるのですが――」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「一軍の強みと言うのは大軍が滑らかに動く事に有る。

 その為の『寄親・寄子』制度みたいなのがちゃんとして居て――

 トップから流れるように指令を下す為、出来うる限り簡略な指揮でも動けるようにしてある。

 逆を言うと、本当のトップの考え方って言うのは、最下層までは徹底されていない。

 『命令に従い、正確に陣を組み上げる』システムがあるだけ」

「――そこで、偽伝令作戦。状況が慌しくなると、何とはない不安が過ぎる事もある――

 号令一下で動けない場合は『小隊判断』になるから、そこに付けこんで戦意と戦列を、ね」


 呆れ気味に呟くカトル。


「……呉用先生とは、一体……」

「――一地方の山賊だった筈の連中を、最終的に官軍代行にまで持って行った怪物。

 ――まあ、状況が許した面も大きいと思うけど、バケモンだよね、ある種の。

 『晁蓋チョウガイ』や『宋江ソウコウ』――

 首領の声望があって、そこに何千人もわんさか集ってきても、それを回せる人間が居ないと無理な訳だし」


 そんな風に返すアビー。


「あの人の面白いとこは、『孔明士元』に及びも無いが――つっても分かんないか」

「――他世界にそういう英傑が居た、というのは、聖樹教の一編に有ったりはするぞ」

「へえ――それはそれは……まあいいや、そこは。

 要は、呉用先生は『土臭い』というか『ヤニ臭い』というか。

 羽根扇子バサーで川風起こします、な神がかりでないというか。

 人なんだよね、良くも悪くも。そこはスマートに戦えよ軍師、ってとこで失敗したり」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 クシッ


「――もっとも、私は、人に偉そうに説教垂れられる人間じゃ在りません」

「……『恥多星』、だったか?」

「……ふ、ふふ……そのとおりなんでなんとも言えませんがね。

 過去の私に言ってやりたいですよ、お宝強奪に成功した段で、酒飲んどる場合か、と。

 前後策を考えもせんと、よくもまあ……」


 糸目を更に細くして震える呉用を見て、ベルは笑う。


「――しかし。そうやって失敗を連ねたからこそ、半端な自尊心に囚われた時の人間の判断が読めるんですが」

「――まだ何か有るんですか」

「あるとも、ごろごろしてるさ。

 そうさな――『高廉』、まあ、とある敵と戦った時なんぞは、私もイケイケでね。

 前年に失敗してるんだから、もう少し自重すればよかったのに、ちゃんと統率せずに――」

「……何か、余程だったんですね……」

「思い出して歯軋りする程には、手痛い事が在ったんだろう、ほっとけ」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――しかし、これだけちょっかいを出されても、『進軍』するのか、連中」

「冷静に判断は出来ている、つもりなんだろうね。

 『その判断が、誰の物なのか』――それが分からない位に、焦ってる。

 焦っているのが、当人なのか、周囲なのかは分からんけど」


 このままでは主導権を握られたままになる、とでも思っているんだろうな――アビーはそう読んでいる。

 実際のところは、そういう心持に成るように、断片的な情報を虚実入り混ぜて送りつけられたのだろう――と。


 呉用がどう動いたか、具体的な事は分からない。

 だが、一軍の動きと、こちらへの指示で、何となく察せる。

 『信じるに足らない情報』と『信じるに足る情報』を、ありったけ送りつけたのだろう。

 そして――その為には――そこに説得力を持たせるためには――

 自分がかつてやった間違いを、逆手に取った策をとるとか、悪魔かなんかか、あの人は。

 そんな風に思うアビーだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――失敗の中に、まあ、何と言うか、『凡ミス』としか言い様の無い物がありましてね」


 山掛かっていく景色を見ながら、呉用は言う。


「本来、その相手に使うべきでない印鑑を、ぺたんとやって送ってしまったわけです」

「……あの、呉用さん、それって……」

「実際、助かりましたよ、貴方経由で、多量に作れて」


 あの大量の手紙の意味を理解したリーアムは、席に深く腰を沈めた。


「――情報の『浴びせ倒し』ですか」

「貴族連中から、役人連中、聖職方面に至るまで――

 『デュラ=カハルという凄烈過ぎる相手では話に成らないから、貴方に頼みたい』。

 こんな話を、さも当然のように流し込むと、ギェヌン=イムガとしては対応せざるを得ない」


 何せ、立場的にはロアザーリオのNo.2なのだ。

 様々な事情から、それまで勢力内でおざなりにされていたとしても――いや、だからこそ。


「――見掛けの上では、好機到来だな」

「『捲土重来』って程の機会ではありませんが、そこは寧ろ立場の上での『義務感』でしょうな。

 『第二軍』の『長老』殿ではなく、自分に話を寄越された――その意味を深読みはするでしょうし」

「……じゃあ、出した書簡、八割が時候の挨拶だったのは……」

「一々返答する必要は無い手紙、その中にちらっと差し挟まれた頼み事――

 即応する必要までは無いが、頼られているとは思うだろう?」


 うわー……というリーアムのうめきに、呉用はにやりと笑う。


「そしてそんな中に、『真剣に対応しないといけない』、しかも『時間が限られた内容』があるなら、どうする?

 嘘か、真か、あるいはどの程度まで介在する必要が有るか。

 確認の取り様のない情報を、時間が無い中で判断する方法論としては――

 出した相手が誰なのか、持ってきた相手が誰なのか、と言うので判断するのがあるだろう?」


 呉用の言葉に、リーアムはさらに唖然となる。


「――相手が時間を掛けられない、ってのに賭けて、無理矢理相手に判断を強いたんですか」

「恐らくは真筆だが、署名に齟齬のある内容の手紙。

 恐らくは真筆だが、自分に不合理な選択の必要が在る手紙。

 走り書きとも取れるような簡素な書体、加えて、本当に重要な内容は口伝えだが――」


 そういって、にや、と笑う呉用。


「――信用出来る立場の人間から直接受け取る、書簡もある言葉。

 ――どれを信じる? いやさ――どう動いた方が、『損が少なく済む』?」


 引き攣った笑いを浮かべるリーアム。

 わざわざ、全部それっぽく作ったのに、それは小道具でしかないとは。

 わざわざ、『自分』に持って行かせたのは、それか――


「だが、こんな焦った策を立てるのは、これっきりにしたい。

 本来なら、こんな綱渡りは要らなかった――『一』と『四』を牽制させる手もあった。

 それに、騙すと言うよりは、決断を遅らせる、というだけだった訳だしな。

 ……もっとも、聞くところに寄れば、イズマの山の連中、準備は万端のようだが……」

「――その準備を、相手にとって致命的にする為に、色々やってた訳ですか――

 収拾付かない事に発展させない、その仕掛けを準備させる為に」

「そう。私の国の言葉ではないが、『どろなわ』という奴だ。

 何せ、どう動いてくるのかは読めても、何処が何処まで本気か分からんし、時間も無い。

 だからもう、落とし所に上手く落ちてくれる様に、手を回し続けるしかなかった――」


 心底疲れた、という顔で本を再び読み出す呉用。


「――んで、呉用先生」

「――はい?」

「――見えるか?」


 ベルに促され、窓の外を見――


「…………」

「何で燃えてるんだ、あの山」


 派手に炎上している、イズマ関のある山。


 ――なさい――おちつきなさい――加亮(道士名)、これはあれです、孔明の罠です。

 あるいは、あるいはそう、ジャーンジャーンジャーン、おのれ仲達ぐぬぬ……

 ええい落ち着きなさい、貴方が考えずどうするのです、何時考えると言うのです――


「――いまです!!」くわっ

「おう、すまない、貴方のせいじゃないと分かっていたが、つい」

「――成るほど。冷静な顔でパニックになるんだな、この人……」

「というか、やっぱりそうするよな、イズマ衆は。あんな修羅の末裔連中は……」


 頭を掻きながら、楽しげに笑うベルだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 うぁぁぁああ――

 うわぁああああ――


「おおし!! 退け退け牽け!! 仕上げだぞ!!」

「あ、あの、ホントに良いんですか、皆さん、一応此処――」

「おう、ニーナ嬢、詳しい話は後だ!!

 兎に角、ここの連中は全員納得してるし、鼻を明かせりゃそれでいいんだ!!」


 楽しげに走っていくおっさん達に、アビーとニーナも続く。


「慣れろ、ニーナ。この国の武人、こんな、『愉快な蛮族一家』ばっかりだ……」

「だって、一応、自分たちの故郷なんですよね!?

 なんでそれ全部罠にっ――て言うより、『よし燃やそう』って発想に!?」

「私が知るか!! 言っとくけど、そこは私でも呉用でもないぞ!!

 やってきたら、既にプランと下準備完璧だったんだから!! どうにもなんねえだろそんなの!?」


 もう、この蛮族連中ときたら、と苦笑いしながら走るアビーだった。


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