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【05】/07


「進軍速度が段々上がっている――とな?」

「はい、各小隊長が隘路を警戒しての事と考えられますが、極端に接近、或いは離れる戦列もある様で……」


 上がってきた報告に、ギェヌン=イムガは少し考え込む。


「――最後尾に山賊どもが噛み付いて来ているから、であろ。

 後ろから急かす気配が起きれば、自然と足も速まる。速まってしまう、と言うべきか。

 一応、見越して配剤はして置いた筈だが――如何程持っていかれておる?」

「報告によれば、そこまで多くは。進軍に影響は有りません。

 あるいは、糧食目当てより、武器防具の類が目当てなのやも知れませんな」


 そう言う部下を、じろりと睨みつける。


「――失礼。予断を致しました」

「状況判断から言って、そういう答えに成るのも分かるが――そう思わせるのが肝かも知れぬ。

 かつて在った様な大群は流石に考えづらいが、様子見とも取れる。

 ――『あらゆる物事に対処する為に、常に考えを中程に置け』」

「先代軍師殿のお言葉ですな」


 ああ、と無感動に返す。


「――だが、兵が神経質に成っているのは、分かる。

 気を張っている証ともいえるが、長く続けられるでもない。

 ――ふむ、適宜の休憩と見張り役の交代頻度を上げるよう指示せよ。

 やって居る所はやって居るじゃろうが、徹底させい」


 特筆する様な手を取る必要ない、そう判断し、イムガは命じた。


 ――確かに、今現在自分たちは『隘路』にいる。

 山から迫る敵が居るならば、これほどに危険な状態は無い――

 だが、山とは言っても、峻険な崖の続く地点も多い。


 崖を背に陣を組めば防衛する事は容易だし――

 敵が山賊の手合いなのだとして、こちらを『獲物』と見るならば、大岩だのを落とす手には出ない。

 獲物そのものが被害を受けて、目減りする可能性――大将首を下手に取った後の危険――

 それらを考えれば、精々が弓での牽制と小勢での乱戦だろう。

 目的が『糧秣』にせよ、後から武具の類を回収するつもりにせよ、大規模に仕掛けてくる勢力は居まい。

 ――想定している以上、対応出来る――その程度の『訓練』は積み上げて来ているのだ。


「『四軍』も掛った頃合――連中なら疾うに落としている事だろうし――

 ――腹の底は兎も角、我等も粛々と進むのみよ」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「しかし、わからんな」


 粛々と近付いてくる『一軍』の影を見ながら、アロケルは呟く。


「何がだ?」

「いや、だって、来るの分かってるのに、だぞ?

 ローアン候も親父も、進軍そのものを中止させずに、迎え撃つ様な手を使うって――

 イズマのあれやこれやは知ってるけど、態々戦う理由が分らんな」

「――まあ、それは……止めても止まらない因縁にまで遡ってしまうからな」

「因縁?」


 ああ、と呟いて、遠くを見るカトル。


「何年前だったかな――

 ローアンの処遇を巡り、ロアザーリオが内乱寸前まで行った事があるのは知って居るか?」

「……流石に、詳しくは知らないな。そんな事があったらしい、ってのは聞いてるけど」

「聞こえの良い話でもないし、そんなものか。

 ――先代のローアン候を、ギェヌン=イムガとナイグトハーロの父が告発したのだ。

 内容は、『バーフェルブールの貴族共と、胡散臭い会談を繰り返している』とな」

「――胡散臭いって、また大雑把な」

「まあ、理由そのものはどうだって良かったんだろうが――

 出自定かならぬ『夢告者』を妻とし、その妻の死に得体の知れない何かを探している――

 格式を貶め、その行動は怯懦なり――と、こういう謗りに始まり――

 挙句、幾度も密議を重ねている形跡がある、ロアザーリオ武人の風上にも置けぬ、という流れだ」


 あまりの論法の荒っぽさに、アロケルは乾いた笑いを浮かべた。


「理由があった、と今では知れて居る。だが、当時はそうではなかった。

 その理由にしたとて、詳らかに語る訳にいかない類のもの――

 また、確かに接触が多かったのも事実だ――『二軍』の先代殿も、諸事で居なかったしな。

 統治権の剥奪云々まで話が及びそうに成った時――とある人物が彼らを掣肘した」

「……その流れは何となく知ってますよ。『二位の皇継デュラ・カハル』その人でしょう」

「ああ。当時七歳だかだったらしいが、各軍の上級武将達の前で、こうやったらしい。

 『娘一人に命を張れない者が、民の為に命を張れると思えない。

  己の大切な物の為に頭を下げるのを怯懦と笑う者は、さぞ勇ましいのだろうな』

 満座の前で面子を潰された訳だ――まあ、イムガ殿は半分以上、引っ張られた状況だったともいうが」


 そこまで聞いたが、アロケルはまだ釈然としない。


「――『二位』に、でしょう? 因縁、ちゃ因縁だが――

 向こうさんは兎も角、こっちの受ける理由が薄い気が――」

「そうだな。実際の所、『四軍』の動きに傾注したかった所だが――

 ――だが、二人が告発を行った理由は分かるか?」

「……まさか、ゴルドワーン家擁立の流れ、その頃から?」

「『その頃にも』だがな――まあ、ゴルドワーンは単なる御輿で、正確には――

 イムガ家を主体とした、ロアザーリオの軍権再編計画の様なモノを、画策した人物が居たらしいのだな――」


 不意に、アロケルの顔が曇った。 


「――『ティゲニウス=ズーフ』は、くたばったでしょう」

「くたばった。だが、あの『怪僧』、自分の死位で折れる計画は立てなかった様だ。

 ギェヌン=イムガの政治の手腕は、あの男――

 『聖と政の二本の杓』を持つと言われた、あの怪物の手からまだ離れていない――そして、恐らくは――」


 言っているカトルの顔も曇る。


「――この状況も、恐らくは、読んでいた」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――しかし、閣下――軍師殿の『遺言』の通り、ですな」


 近習にそう言われ、ギェヌン=イムガは溜め息を吐く。


「――未だに、『親離れ』が出来ぬ、と言いたいか?」

「その様な事は――軍師殿が偉大な方だった、と申し上げたいだけです」


 そう言われて、師の事を考える。

 ティゲニウス=ズーフは、確かに偉大な男だった。

 だが――今や、薄気味悪くすら感じる。

 予言めいたその先見は、あまりにも当たり過ぎている。

 ナイグトハーロの親殺しから――『遺言』に残った、今のこの状況まで。


「――それはそうと、バーフェルブールの貴族共の考えが読めませんな。

 ゴルドワーンを巡ってごたごたすれば、あちらに利するでしょうに」


 ――寧ろ、そちらは分る。


「詳しくは知らぬし、知る必要もない事であろう。

 ナイグトハーロやローアニクスの小童どもが噛みあい消耗するよりも――

 そうさな――そこで『武名』を挙げて『勢い付かれる』方を嫌って居るだけやも知れぬ――

 『選帝』も迫って居るしな――その判断なら、我らとしても、利がある。

 となれば、相互の主張の要となる、『ゴルドワーン自体の裁き』、連中に委ねる事も下策ではない。

 ――それに、『一位エノ』直々の書簡で来られてはな」


 もっと言えば、ゴルドワーンという手札を、自分たちで処分するなりしたいのかもしれないが……

 そんな風に考えながら、届いていた内容を思い出す――ゴルドワーンを帝都へ移送しろ、との内容を。

 ……無論、本来ならば、ロアザーリオの一軍に下るような命ではない。

 というよりも、『貴族連』はこちらへの直接の命令権等ない。

 突っ撥ねれば突っ撥ねられる、『依頼』に過ぎないが――だが、それに従わざるを得ない理由もある。


 事実か否かは分からないが、『ゴルドワーンの爵位は先代皇帝が与えた物である』との一文があった為だ。

 となると、ゴルドワーンは『正式な貴族』であり、『正式な貴族』を裁くのは『皇帝直々の領分』だ。

 無論、その辺りの真偽と成ると、非常に怪しい部分もあるが――

 確かにゴルドワーンの家が、先代の皇帝に接近した時期が有ったのも事実なのだ。


 ――だが本来、その辺りは、『三軍領主』であるローアニクスの裁量に委ねられている。

 血縁の上からも、やった事の状況からも、自分が出張る事の筋違いは、分かり切っている。

 それでも、多少無理をしてでもさっさと引き渡した方がいいと判じ、兵を引き連れてまでやってきたのだ。

 無論、『四軍』からの要請もあったが――

 それよりも、『演習』を題目として領境をうろうろしている貴族に、出来るだけ早く引き取り願いたいだけだ。

 もう少し見に回って、として置けなかった理由の大手は、実は其処だ。


 ――この辺りの流れは、師の遺言にも詳しくは書かれていなかった。

 何れ起こり得るだろう『衝突』に対して、如何に対応するのかは兎も角、原因を如何にせよとは。

 読み切れない物事を明言はしない事の多かった師だ――不思議ではない。

 ただただ――ゴルドワーンに長く関わらぬ方がいい、とだけ。


 だがそれは、自分も思っていた事だ。

 ローアニクスの系譜から出ただけあり、妙に頭の回転は速いが、ムラっ気が多過ぎるあの一族。

 長く手は掛けられないと踏み、じわじわと距離を置き――結果相手は、貴族連に再接近した。

 あちらこちらへと手をつけるその様に、自分の判断は間違っていなかったと思ったものだが――


「しかし、斯様な内容、伏して動かす内容では有りますまい。

 もしも、我等を何処かに釣り出す為の策略であったならば――」

「分かって居る。ローアニクスの小童、それ位はやるだろう。事実、不審な手紙も何通かあったし――

 判断材料にした手紙とて、出所がはっきりしているというだけで、サインも何も無いものだった――

 だが、動かぬ訳にはいかんだろう――黙って置いても、面倒事に代わりは無い」


 『二位』が統治圏の外にいる以上、序列の上で自分がその名代だ。

 そこで、何もせずに見ているというのは、流石に出来ない。

 『貴族』連中に利する判断、と言われる可能性はあるが――

 『そちらで動かないのならば、こちらで勝手にする』等と、余計な事をされても困る。

 面倒事はそもそも、芽吹かさないに限る。


「だから、わざわざ、ナイグトハーロめの思惑に乗ったのじゃ。

 騒乱の矢面にあやつが立つというのなら、それでよい。

 ローアン側も、如何に分家の領地と言えど、踏まれて黙っていては面目が立たぬ――

 そうなれば、こちらに大規模な軍勢を送る事は出来まい――その間に、此方は『獲る者を獲る』。

 ――ローアニクスの小童の様な、何処にも与さない者を抱えておけるほど、情勢は予断を許さぬのよ――」


 『三軍』のミヒャエル=ローアニクスは、有能だ。有能過ぎる、と言っても良い。

 それでいて、一軍にも二軍にも接近するでなく、始末に負えない事には『二位』の覚えが明るい。

 更に厄介な事には、『貴族』の一部からすら、『好意』とは言わぬまでも『興味』を向けられている。

 だが、その立ち位置は明確でない――『ローアニクス』という家を体現したかの様な、掴み所の無さがある。

 下手に放置の出来ない『怪物』を、大義名分を背負って糺せるのならば、これに幸いするものもない――


 ――だからこそ、考え得る推察を考え、そのうちで自分がしくじらぬ手を打った。

 それがこの、イズマ関への進軍であり、そこからローアンに向けて話を通すという算段だ。

 通れば、ここで待ち受け、そのまま移送し――通らぬならば、この軍勢で南進する。

 何もローアンまで向かう必要も無い――『四軍』に兵を集中させない、囮役とも言えるのは気に食わぬが――

 『ゴルドワーンの残兵が北へ逃れる事の警戒』を題目とすれば、『イズマ関に入る』の自体は問題に成らない。

 ……無論、危惧は色々残るが、部下に其処までを語る事も無い。


 ――それに、あのナイグトハーロが、なんぞ自分の軍に仕掛けているのも分かっている。

 怪しい部隊は、そのまま分けて別命を与え、南進させ合流を企図させた。

 ゴルドワーンの地で起きるだろう事は推測は付くが――

 自分に掛かる火の粉は、最小限に抑える算段が付いているのだ。


 ……何を恐れる必要があろうか。

 自分は――もっと恐ろしく手の長いモノを、ずっと見てきたのだ。


「――怪物どもに付き合うのは、『師』が最後で良い……

 如何様に言われようが、私は私の身の程で進める――」


 疲れた様に、彼は呟いた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ギェヌン=イムガは、分かっていない。

 彼が相手取っている相手の事を。

 彼が相手にしているのは、貴族でも、ナイグトハーロでもない。

 まして、自分の師の亡霊でもなく――


「うむむ……梁山泊の連中にも引けを取らぬ、『細工』の力量だな」

「……二度三度は、御免被りますからね……こんな危ない橋……」

「そうさな、次頼む時はもっと期限を長く切るから勘弁してくれ、リーアム殿」

「……そういうんじゃねえから……」


 箍の外れた、軍師の悪ふざけだと言う事を――


「――しかし、実際の所――呉用先生」

「ん? 何だね?」


 改まったリーアムの言葉に、呉用は見ていたものから顔を上げる。


「一軍が、確実にイズマ関に向かうと読めたのは、何故なんです?

 経路の取り方は兎も角も、其処へと向かう事だけは断言してましたよね?」

「ああ、それは私も聞いて置きたいな。人の行動を読むに当たっての後学にしたい」


 二人の眼差しには、ある種の尊敬がある――いや、その、と呉用は口ごもった。


「……無自覚な弱みに付け込むやり方ですから、褒められたモンじゃないですよ、私のは。

 それに、手段自体、お二人が学ぶ必要の無い、手妻みたいなやり方ですから――」

「こちらが使うのが『手妻』なら、自らの死後にまで人を縛っているのは『呪詛』か?」


 ベルがそう言うのを聞いて、呉用はそちらを見る。


「――リーアムがロッホバーネの帰りがけに、ギルド支部で聞いてきたんだ。

 といっても、名前だけは余りに有名で、聞くまでもなかったが――

 態々、それとなく、『その一門と呼べるものはもう居ないのか』を確認させた段階でな――

 それが、お前が『敵』と――正確には、『奥に居る』と目している男を、私たちが知って居る『手妻』の種だ」

「…………」

「こっちだって、ただただ『届け屋』の役してる訳にいかないですからね。

 ギルド『にも』相応の利が無いと、あんなすっ飛ばした早馬の経費すら落ちない」

「――お二人が考えている様な、濃い因縁がある訳では無いですよ。

 『舅殿』――トマーシュ翁は、相応の因縁は有ったようですがね――」


 実際の所、呉用とその相手――『ティゲニウス=ズーフ』は、顔を合わせた事も無い。


「――逆に、そちらが亡くなった事で、ギェヌン=イムガ当人には、会えたのですがね」

「……会った事あるんですか? 呉用先生、一介の町医者じゃ……」

「これを一介の町医者と考えるのなら、ギルドの人材評価は随分だな」


 ベルの乾いた笑いを聞きつつ、呉用は考え込んだ表情のままだ。


「……舅殿の御縁で、『軍師』というか『相談役』と言うか、そう言った者に推挙されたんですよ。

 あまり気が乗らなかったので、丁重にお断りしましたがね」

「――ロアザーリオ『一軍』の軍師を、気が乗らないって理由で蹴るって……」


 そんな事を言われてもだな、と呉用は返す。


「――『大兵に軍略要らず』、という。

 まあ、私個人的には、もう少し細かい言い方があると思いますが――

 兎に角、前任者が既に『誰が使っても強い軍』を作ってしまっていた。

 勝って当たり前の軍で、勝って当たり前の戦を行うのが仕事、など、つまらんでしょう。

 それに、ギェヌン=イムガ当人も、私はあまり好かなかったので――」


 もっとも、そのあまり好かなかった部分に付け込んだのだし――

 あの出会いもまるで無意味ではなかっただろう、と呉用は思う。


「――軍師殿がそんな言い方をするとは、珍しいな。人の好き嫌いが無い人間かと思っていたが」

「まさか。私はかなり激しい方ですよ――表に出さないだけの事です。

 でなければ、元の世界に居た頃から、さっさと官吏でもしてたでしょうよ。

 ギェヌン=イムガの事は――」


 ふう、と物憂げな顔をする呉用。


「――『哀れ』でもあるんですがね。凡庸の幹に、傑物の枝を接木された様な、あの有り様は」


 そんな事を口にし、馬車の窓から山並みを見るのだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――良いんですか、小隊長」

「――死にたいか? お前」

「死にたい訳無いでしょ――けど、命令違反なんかをしたら、結局困るのは――」

「――ああ、そうだな。田舎の家族が困るな」


 そんな事は、自分自身が一番分かっている、と思う。


 ロアザーリオ『第一軍団』の軍人と言うのは、基本的に領民皆兵型の徴兵制度で集められている――

 『練兵』という訓練期間が、一定の年齢に達した領民全てに課されている。

 正確には、必ずしも兵士・軍人の訓練を受ける必要は無く、それに準じた労役等でも代替とする事は出来る――

 だが、そちらに行く者は少ない。


 基本的に、『常設部隊』の存在する一軍においては、新人がいきなり戦場に出向かされる事は無い。

 新兵ですらないひよこ以下が、いきなり『兵』としての行動を出来る筈が無い――

 そういう酷く醒めた観念の元、適う限りの訓練がされる。『練兵』とは正に其処に当る。


 労役での代替と違い、兵役についている間は、相応の手当ても支給される――まああくまでも相応だが。

 そして希望する者は、特性に応じた『常設部隊』への配置がなされる。

 成れるとは限らないし、予備役部隊に回される場合もあるが。


 希望する者は――か。

 希望する以外の道が、何処にあるってんだか、と思う。

 新兵の給料は練兵の手当てとトントンだが、作戦行動があれば、手当ても出る。

 武器防具も貸与される。自由は無いが、元手も掛からない冒険者になるようなモノだ。

 或いは、冒険者よりも安定しているとも言える。

 ――そして、だからこそ、他の道が無い。


 自分たちの様なロアズ人、或いは目の前の歩卒の様な、農民の次男三男坊。

 そう言った連中は、練兵になる事を皮肉を込めてこう呼ぶ――『出荷』と。

 『義務の期間』を終えて家に帰ったところで、居場所は無いのだ。

 冒険者になって大きく稼いでみせる、なんて息巻いたところで、だ――

 恩知らずとでも怒鳴られるか、鼻白んだ反応が返ってくるだけだろう。


 先代の軍師が発案したというこのシステムが運用されだすと、一軍領内での出生率は跳ね上がったという――

 貧乏子沢山とか言うが、少なくとも一軍領内では、子宝に恵まれるというのは――

 ――そう――『家畜に子が生まれる』のと、同程度には改善したのだろう、と思う。

 ――バーフェルブールの寒村部では、子返しの風習の類はまだ厳然と有るとも言うし。

 自分の知る限りではこの二十年、一軍領で、目立った子返しは無い。少なくとも、聞いた覚えは無い。


 ――『運が無い出来事』の筈の『兵役』を、『果報をもたらし得る好機』に変えてしまった。

 だが、それで、『誰が幸せを得たのか』。


「――だが、その恩、お前の命を払わなきゃ成らん程か?」

「――いや、小隊長……」

「……『家族は尊し』――聖樹教の教えを否定、とかじゃねえ。

 無駄死には御免だ、と思うんだったら、俺に――いや」


 スッと出した手には、矢が握られている。


「……この手紙に賭けるしかねえ」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――準備は完了したが――ワシらは兎も角、本当にやるんか、カトル嬢ちゃん」

「……ロフトック殿、一応、その……」

「っとと、失礼、カトル=ベルゾネル特務部隊長殿」

「「「――――」」」

「お前ら、笑いたいなら笑え、このおっさんはもう、何年言ってもこの調子なんだ」

「――ぶふっ。嬢ちゃんwww」

「わ、笑うなよ、実際、御嬢なんだからwww」

「純情系野生淑女www」

「お前ら、後で覚えてろ、特に最後の奴」

「――良い上司持ったなあ、あんたら。性質悪い奴だと後ろから撃たれるぜ?」


 カトルの言葉に、堪えていた笑いを各々に出す部下を、苦笑い混じりに見るアロケル。


「しけた面の大軍と、爆笑してる小勢……普通逆だろに」

「まあ、諾々と従うしかない連中と、曲がりなりにも故郷を守ろうって連中だからね」

「……故郷、ったって……」


 アビーの言葉に、アロケルは頬を掻く。

 カトルが引き連れている部下連中や、関所とも言えない様な板塀の守護兵連中が、この辺りの――

 もっと言えば、かつて有った、イズマ砦の係累なのは知って居る。


 ――だが、それは数年前に破却されてしまった。

 群れ集う野盗に、衆寡敵せずに、抜かれてしまい――今や、残骸が残るだけ――


「――故郷ってのは、帰って安心するだけの場所じゃないんだよ。

 実際には帰れないからこそ、大切な故郷、って場合もある。

 ――『一軍あっち』の軍勢とは、逆な感じだね」


 呉用の言っていた事を思う。

 ――一軍の連中の大半は、実際には帰れる田舎がある。実家がある。

 だが、そこは彼らにとって帰りたい場所では無い。


 対して、彼らは――

 実際には帰れる『実家』は瓦礫だが、彼らにとっては帰りたい故郷で、守るべき場所なのだ。

 ――その違いが、或いは、普通なら衆寡敵しない程の戦力差を、覆す鍵になる、と。


「……まあ、そこはいいや。元々、ここの人ら、結構そうだし……

 問題は、親父殿がなんでこんな手を使うのか、って事だな。

 この局面で、相手の兵を離反させる必要、無いだろ。やるならもっと手前だ」


 手元の矢文を見ながら呟くアロケルに、アビーは頭をかく。


「私もあんまり良い手には思えないけど、後々の被害を減らす為には有りだと思う」


 実際の所――と考える。

 今回動いている『兵』の大半以上は、『上』の事情を知った上での者は殆ど居ないだろう。

 しかしそれでも、実際にぶつかって戦って傷付けば、それが後々の摩擦になる。

 呉用としては、それを嫌うのと同時に――『何か』に気が付いた連中を、『保護』しようとしたのだろう。


 『四位フェル』を勢力として見れば、『二位デュラ』の手駒は減るに越した事は無いが――

 ――恐らくは、呉用も気が付いているから、この策だ。

 戦力が減るのは、『一位エノ』にも利する、というのと――『敵』、と想定し得る相手にも利する、と言う事に。


 ――アビーが、それに気が付いたのは、経験則だ。

 こういう、一つ一つが別な様でいて連動している状況――

 そこには大体何時も、誰か、或いは何かの思惑があった。

 ――事によっては、生者ですらない、『何か』が。


「伝える内容精査して、戦意の低い連中にだけとか、細かい手間が多いけどね」


 一旦それらの思考を棚上げにして呟くと、アロケルも笑う。


「――行軍速度で、戦意判断するとか、無茶な事させるよな、親父も」

「というか、数日でこれを纏めさす花栄やデュラが無茶だわ」


 本来の『智多星』なら、もう少し『下準備』部分を詰めるだろう。

 あるいは、ニ正面作戦に成っている今の情況自体を避けるだろう。

 ――もっとも。呉用が、ここで『亡霊』を止める、と判断したのは、アビーも賛成だが。


「――まあ、ここまで来ちまった以上、仕方ない。やりますか」

「そうそう、後はもう、滔滔と流すしかない――みんなー、例の奴持ったー?」


 アビーの言葉に、カトルの部隊が頷く。

 その手には、スリングと、紙の包み。


「はいでは皆さん、異世界魔女っ子による敵軍分断作戦(物理)を開始しますよー」

「……作戦名よ……」

「歴史に残さないんだから、名前なんて何でも良いんだよ!!」


 こうして、後に呉用が『色々盛りすぎました』と語った作戦は、最終局面に落ちる。


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