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【05】/06


 戦争ってのは、大規模な消費活動であるとも言える。

 消費する内容は、糧食としての食物から、実際に戦う存在の命まで、ピンキリだが――

 基本的には目減りしていく事を念頭に置く必要がある。


 自転車操業染みた『略奪経済』で回しているんでも無ければ、回し続ける事の出来る余地――

 直接間接問わず、『資源力』を持ってないと、『戦争』なんてのはやらない方がいい。

 そもそもで、世の中通した金の流れは大きくなるけど、『恩恵』が受けられる所は結構少ないのだし。

 経済効率ってものからいけば、長い目で見ればマイナスが大きいと思う――

 『市場』そのものを担うモノまで、一緒くたに回してる訳だからね。


 戦争で景気が良くなる場合もあるが――

 それはあくまで『劇薬』を受け止められる素地がある場合だし、全分野にブーストが掛かる訳でもない。

 ――マイナスにブーストが掛かる場合も。


 で、この影響過多な現象、出来る事なら起きない方が良いんだが、

 厄介な事に、起こしたくなくても起きてしまう場合もある訳だ。


 詰まる所、『A』と『B』という二国があって、片方が豊かだったりすると、それだけ起きる。

 『向こうの国は、うちらから不当に吸い上げて豊かになっている!!』とかな。


 まあ、そんなヒャッハー回路な連中ばかりな訳は無い、と思いたいが――

 Aという国の中に、一定数以上の不満を抱えた存在がいて――

 それを巧く抑える事が出来ないと、そのまま爆発するってのは、何処にでもある話だ。

 んでもって――


 # # # # # #


「……いや、なんで首傾げてる?」

「いや、シャチョー、頭でも打ったの?」

「おま、自分から訊いた癖に、落とすの!?」

「うん、アウル、お前の反応が正常だよ、どんなアイドルだっつの」


 傍らでクラマとアパムが苦笑いをしている。

 訊いた当人であるアウルは、何か珍獣を見る様な目である。


「ワースゴイナーアコガレナイナー」

「ちょちょちょ、シャルまでドン引きしなくても良いじゃん!!

 こんなん爺ちゃんから聞いた話をそのまま引いて来てるだけなんだから!!」

「爺さんが不憫だよ、こんなのを嬉々として聞いてる孫とか」

「逆だっつの!! 嬉々として英才教育してたのはジジイの――」

「んなんだから『帝国軍人アイドル』言われんだよ」

「押し出したPが悪いんだよ!!」


 彼女がかなり特殊な推し方をされたユニットの一人であったのは、また別のお話。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「まあ、ある意味、聞いて正解だったか――かなり偏った感じではあるけど」

「解せぬ……解せぬ……っ」

「はいはい、泣かないの、シャチョー」


 シャチョーがシャルに慰められるのを横目に、思考を続けるアウル。


「しかし、唐突にやってきて、『ロアザーリオでの軍事衝突の理由』訊いて来るとか、どういう流れよ?

 ――というか、ダンジョンから駆け上がってくるの止めてくれ、心臓に悪い」

「ああ、すいません、経路的に一番早かったもんで――」


 クラマの言葉に、アウルは頷く。


「うーん……色々調べて考えたんですけど、どうも噛み合わないと言うか。

 はっきりとした理由に辿り着けなかったんですよね。

 まあ、シャチョーの一言で、ある種氷解しましたけど」

「氷解?」

「『今』起こす必要性については。

 ロアザーリオ『四軍』内で、不満が溜まった状態だった、と考えればいいのかな、と」

「――だけかね」


 アウルの言葉に、今度はシャチョーが返す。


「詳しく知らないけど――

 ロアザーリオ四軍の統治場所って、元々はそこの原住の人たちの王都というか首都なんでしょ?

 んで、そこに、タカ派で強権的な人が座ってる。

 んで、大規模軍事行動を起こして、主要な街から軍隊を動かしてる。さて、その心は?」

「……えげつない事考えるね、お前……」

「ひねくれ者だからね、はっはーだ!!」


 アパムの合の手にそう返すシャチョー。その反応にアウルは思考する。


「……先住の住民の、『蜂起』を狙ってる?」

「蜂起した瞬間に刈り取る心算じゃないかな、とね。

 『黒妖狗モーザ・ドゥーグ』って名前は知れ過ぎてるから、別の何かでやる心算かも知れないし――

 まあ、やるかどうかは分からないけど――あちこちに飛び火し出す恐れはあるね」


 それを聴いた瞬間、アウルの中で何かが噛み合った。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――嫌な手を打つ」


 呉用は溜め息を吐きながら、地図を見下ろしている。

 その隣で、ベルが茶を飲みながら聞いている。


「『一軍』の中から別働隊を編成して、領地切り取り――対象となるは、恐らくはこの辺り――

 どの程度までやるかは別として、見せる構図は決まっている」

「その心は?」

「ロアザーリオ全体に、『緊張状態』をもたらす事。

 とは言え、『旧王国派』への弾圧目的と言うよりは、それを口実に噛み付いてくるのを期待。

 ――もっと言えば、ソレへの対応を口実とし、分断されている『軍団』を再編する事が目的でしょうな」

「――再編した先に見据えるは、バーフェルブールとの戦いか」


 ベルの言葉に、呉用は頷く。


「――切っ掛けがあれば、バーフェルブールの貴族連は、ロアザーリオに対して戦争を吹っかける心算がある。

 ただし『二位デュラ』という旗印を頂いた状態の軍勢は、相手をしたくない。

 何せ、意図の大手は『最終的決着』等ではなく、『貴族連の軍とて弱兵ではない』という事実を積みたいだけ。

 ここ数年程、対獣魔にせよ『戦果』という点において大きく水を開けられていますからな。

 分かり易く『上下』が付く直接対決は、さぞ美味い果実に見えるでしょう」

「――直接指揮を執らせずやったとして、勝てるのか?」


 練度等でいけば――そう続ける言葉に、うむむ、と唸る呉用。


「算段も無しでおっ始める程とは思いたくないですがね。

 ――『貴族連』らしい手段で、『味方』を増やすとか――」

「ああ……成る程な。『四軍将・ナイグトハーロ』の行動も、その辺りが端緒か」

「だから――と言うには些か飛躍し過ぎの感が有りますがね――

 そもそも、『四軍』は境が接している訳では無いですし。

 まあ、『再編』自体、元々無かった話でも無し、『これを機に』という事やもしれません」

「――そうだな。実際問題、説得の類には十分な材料だな。

 だが、それが起きる事を想定した策謀にしては――」

「ええ。些か、『貴族』めいていますな――

 というより、『絵図面』は『貴族側』で、『四軍将』は乗ってやった、かもしれません」

「『割く』為の策謀を利用して――逆に結束を、か?」


 怪訝そうな口調が返って来て、呉用は苦笑いする。


「引き込むに危ない札なのは分ります。態々乗る理由も薄弱ですし――

 だが、逆を言えば、貴族連の中でも色々在るのでしょうし――それは『四軍』も同様――

 ――恐らくは、『一軍』が態々動いている理由にも関わりは在るでしょう」


 だが『四軍』の将は、それを分かっている、と呉用は続ける。


「『一軍』と連携を取っている様に見えて、その実『事実を積む為』の駒に見ている。

 恐らくは、『このままではロアザーリオが割れる』という事態、それを喧伝するのを目論んでいる。

 事実として、ロアザーリオ各地の足並みが揃わなくなっているのは事実ですし――

 ――そういう潜伏している危機を、目に見える形にして提起するのが、差し当たりの目的でしょう」

「差し当たり、か」

「ええ――ゴルドワーン男爵は、恐らくは単に混乱の切っ掛けをもたらす為に踊らされただけ。

 『一軍』も、恐らくは同様でしょうな――『貴族』側の思惑としては――『厄介そうな人物の孤立』、とか」

「ミヒャエルか」


 頷く呉用。


「恐らくは。したが、『排除』まで行き兼ねる、そう見た者が居るのやもしれませんな。

 だが、『四軍将』としては利用出来る『絵図』。

 『落し所』を上手くすれば、自分の想定に届かせやすい――だから、乗って見せたまでの事――」

「――そうまでして、自分が『軍権』を握りたいのか?」


 いや、それは――言い淀んで首を振る。


「おそらく、『軍権』を握る事が目的では無いのでしょう。

 だったら今のままで事態を移行させて行った方が無難でしょうから。

 『二位』の行動を待望していた、若しくはその方向性を確認していた――とまでは見てもいいでしょう。

 それに、聞き及ぶ限りに於いては『四軍将』と言うのは、実際は兎も角も――

 ――妙な言い様を承知で言うのなら、『正義の為に謀議を重ねている者』、とも言えます」


 そして、だからこそ厄介だ、と呟く。


「――さぞや、腐って見えるのでしょうな。自分の属する陣営も、相対する『貴族連』も。

 少なくとも、漏れ聞こえて来るような言動や行動からは、そういった風合いが読める――

 そして、『正義』の為の犠牲を仕方ない事と看做す程度に冷徹である。

 ――良く分からん人物なのです――目的の明快さに比べて」


 呉用の評に、ベルは少し考える。


「――成る程、腹の底は兎も角、表向きは『正常化』する為、か。

 軍閥同士の足の引っ張り合いや、貴族との牽制合戦ではなく――

 まさしくただしい意味の『帝軍』に立ち戻れ、と――」

「普通に考えて、そんな事を考えたとしても、実行には移さない――あんまりに『青い』ですからな――

 そもそも、それを実現し得る程度の器は既にあるのに、そんな事をやると言うのは――

 やはり、誰かが後ろに居るのでしょう。『貴方の正義ゆめは正しい』と囁くものが。

 そして、それに対する協力を以って、自分の目的も行っている、と思えます。

 ――まあ、当人の人と成りと、その方向性が相性が良い、と言うのも在るとは思いますが」


 しかし、この手順となれば――と、一頻り唸って――


「……実際の所――ゴルドワーン男爵が、余りに早く転げ落ち過ぎた、と言うのが一番かもしれません。

 そして、動かざるを得なくなった――それが恐らくは、『四軍将』の『事情』でしょうな。

 束ねた刃で何をする、と言う所までは、測りかねる所があります。

 ――『正義』の為にせよ、些か『謀議』が過ぎる嫌いがありますし、『目的』は兎も角『思惑』が見えない」


 呉用は再びの溜め息。


「――まあ、根底から崩される訳だが」


 その様子を、くすくすと笑いながらベルは見つめる。


「……というかですな、連絡を取り合える『機械からくり』が在るのなら、言っていただかないと」

「『エルフ』連中や、一部の『魔詠人マナス』だけが使ってるモノだからな。

 今は数も少ないし、もう少し先に実戦投入する予定だった――安定性も今一だし。

 それに、『優位性アドバンテージに追い付きましたよ』と、正直に言ってやる必要もあるまい?」


 木の箱をパシパシやりながら笑うベルに、呉用は苦笑いする。


「――『相手が知らない事の優位性』、ですな。

 良く分かっていらっしゃる――『追いついた』事を、大きく考えていないのもいい」

「精々がやれて『追い付く』迄で、また直ぐに突き放されるのは目に見える。

 連中の伏せている札は、もっと多量で、想像を絶する所も在るし――

 それに、『相手が知って居る事の優位性』を逆手に取る、貴殿ほどではないよ。

 たかだか数語だけで、軍勢を崩そうなんていう貴殿ほどではな」


 そんな風に言われ、更に苦笑いする呉用。


「……まあ、正直――

 政治上のあれこれで、こんなのに関わらねば成らん者を、少し哀れに感じますよ。

 ――全く以って、一面識も無い、という間柄でもなし――」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――何をやっておるのだ、ナイグトハーロめ」


 先遣隊からの伝令に、ギェヌン=イムガは舌打ちをする。

 『四軍』支配地域の北側――

 ゴルドワーンの領地との接点を南進していた『一軍』の部隊は、思わぬ迂回を強いられる事になった。


「この辺りは『境』が込み入っておりますからな――手出しを控える部分もあるのでは?」

「したとて、交通設備の整備は最重要じゃろうに。『橋』が渡れぬ等――イズマ関までの道は他には?」

「通れる道はありますが、隘路になりますぞ?」

「――かまわん。進む。支障が出ては、『貴族連』が五月蝿い」


 殊更に飾った口調でそう言って、山道に入っていく道を見るイムガ。


「……しかし、ローアンもローアンですな。

 ゴルドワーン如き、貴族へなりさっさと投げ渡せば――」


 後ろの方で上がる、そんな部下の言葉に――


「……それを催促せねばならん様な立場で、言えた事でも有るまいよ」


 殊更、という訳では無いが――面倒そうに呟く。


「ですが、その様な話が持って来られる事、そのものが――」

「――分って居る――この手の事も、勤めは勤めよ」


 不快気という風でもなく、馬を進める。


「……さりとて――御膳立てがあるというのも、面倒なものよ……」


 誰にと無く、呟きながら。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「……桶狭間だなぁ……」


 可哀想に、と呟くアビー。


「――オケハザマ?」

「ああ、うん、大丈夫。なんでもない」


 まあ、そうする心算は無いんだけどね、とカトルに笑う。


「――さっぱり分からんが」

「うん、わかんなくて良いよ。世の中、知らない方が良い事も在る」


 なーんという手を使うんだかね、あの軍師は――

 そんな風に呟くアビーだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ――『一軍』が、着々と進軍していた、その頃――


 『黒妖狗モーザ・ドゥーグ』の小隊長は、困惑していた。

 当初の指示通り、ゴルドワーン領地の中枢、その領主館へと突入――制圧した。

 ――正確を期するなら、兵力と呼べる人員は、その中には居なかったのだが。


「――ゴルドワーンとうにんめがやられたのと、同じ様な手か。兵が全く居ないとはな――」


 二番煎じよ、と吐き捨て笑ったのは一日前の事。


 ――ローアン勢の来襲を警戒し、哨戒に出していた部下から、思わぬ報告が上がってきたのは今朝の事だ。


「――ロアズ人の避難民だと?」

「は、はい。ロアズ人だけでは無いのですが、北の方から、続々と――」


 この時点では、『一軍』の別働隊に対して舌打ちをしただけだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 『黒妖狗』は、強襲部隊であると同時に、特務部隊でもある。

 この場合の『特務』とは、『特殊な諜報活動』から『汚れ仕事』までを含んでいる。

 近隣勢力や蛮族、或いは『旧王国派』に対する『恐怖』の対象として運用されてきた。

 明確な『凶刃』を必要とする程、『第四軍』は『立場的には』弱かったのだ。


 治める土地にはロアザーリオ先住の民であるロアズ人が多く。

 彼らの王国が健在だった頃から、天険の地とされた山岳の類も多く。

 ――何よりも、『ロアズ王国』の中枢地を内包していた。

 厄介事の巣窟の様な地を、様々な要因から引き受けざるを得なかった――それが、『第四軍』である。


 他の軍団が『内政』にシフトし、『交易・殖産』を以って力を伸ばしていく横で、ひたすら耐えてきた。

 他に比べて、引かれた『道』が険しかったというのも有ったかもしれないが――

 率先して商業に血道を上げる様な者も少なかった。

 そこに在ったのは、ロアザーリオに入植した当時から変わらない矜持。

 ――極端な言い方をすれば、『武人という高みを求め続けた』とも言える。


 ――本を糺せば、『黒妖狗』はそんな中でも、極端に武人で有り続けた連中の『群れ』である。

 平和が一応と言えどもたらされた後の数百年――

 内陸部の蛮族・獣魔を抑える事だけをもって、一族を継承してきた連中の吹き溜まり。

 逆を言えば、『矜持』だけを以って、何百年も営々と牙を研いできた一党ともいえる。


 その矜持を、当代は受け入れてくれた。

 ある種、その矜持故に持て余されていた自分たちに、明確な住処を与えた。

 ――それも、此処数代のそれとは、まるで異なる――正しく求めていた形としての、居場所を。


 ――故に『黒妖狗』は、あらゆる敵の恐怖に成る事を是とするのだ。

 黒革の鎧を、赤黒く染め上げてでも――全ては、『シャロール=ナイグトハーロ』の御為に。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――――」


 だが、今のこの状況は――何だ?


「……状況の仔細は?」

「はい、何人かに聞き取りをしましたが、少し錯綜しています。

 ただ、何でも、大規模な火災が発生した、と言う所は共通の様で」

「――『火災』?」

「ええ。『ムーリア』の町の穀物集積基地で火災が発生、との事です。

 火の手は治まりつつはあるが、収穫前のエリアにも、と――

 その火勢に押されて、獣魔が出て来るという話もあるようで――」

「――近くには『一軍』が居たはずだが、動いていないのか?」

「避難民からの話には在りませんでした」

「……そうか」


 自分の知る情報から、話せる範囲での言葉を選んで口にする。

 ……『別働隊』での『ムーリア襲撃計画』は、隊長クラスでなければ知らない事だ。

 『襲撃』ではなく『火災』――上辺を整える為に要らん事をしたか、と舌打ちをする。

 単なる襲撃では風聞が悪いとでも考えたか、バカめ。

 一人残らず切り捨てるのを条件とすれば、風聞も糸瓜もあるまいに、と。

 ……如何に内応をしたと言っても、所詮貴族寄りに堕した連中か――

 いや――考えそのものが違い過ぎる故、仕方在るまいか――


「隊長」


 取り留めも無い思考に、不意に声が届く。


「覚えていますか? ムーリアの町の近くには――」

「――数年前の『オーク』どもの拠点のひとつが在ったか。

 今更残党でもないだろうが――そちらを先ずは警戒した、とも考えられるか」


 『剛豚』『闘猪』――様々に呼ばれた『オーク』が、大規模な蜂起を起こしたのは凡そ五年程前。

 はっきり言ってしまうと、『ロアザーリオ』にとっては『不名誉』以外の何物でも無い一件。 

 ――何せ、『武力』で鳴る筈の『ロアザーリオ』に、如何に『皇命』と言えど『貴族』の兵まで入ったのだ。

 しかも、その『発生地』がゴルドワーン領とあれば――


 ――だが、同時に。

 今の『ロアザーリオの戦闘力』を、華々しく見せ付ける機会であった事も、また事実。


 自分も端に参加した、あの決戦が思い浮かぶ。

 あの戦いで、自分たちも名を挙げた。


 ――そして、それ以上に――


「――しかし、何故こちらに避難民が流れる? 色々考えるに、北や西へ逃れても良い筈だが――」


 もしも、放火によって街を追われたのだとしても、はたまた別の理由があるのだとしても。

 わざわざ獣魔蠢く森近くの道を通ってやってくる必要性は無い筈だ。


「――それが、どうも――妙な噂が」

「何だ?」

「……『目に余る他軍勢の行動に、四軍が義挙に出た』、とかいう噂が流れているようでして――」


 その言葉に、『黒妖狗』の隊長は頭を殴られた気分になった。


「『四軍統治下は、苛烈な面もあるが、基本的には平等』とか。

 どうせ他の土地に流れても差別を受けるのなら、という事ではないかと」


 ……ロアズ人は、ロアザーリオでは位階的には最下層にあたる。

 そして、自分たちの主は、確かに不平等ではないのだ。

 『王権復興運動者』等に対する苛烈な処罰ばかりが目に付くが、決して不実な人間ではない。

 『ロアザーリオ人として、引いては帝国人として生きよ』と言っているだけだ――『ナイグトハーロ閣下』は。


「……閣下の『正義』を、解する者が現れたか――吉報かも知れぬ。

 ――閣下にお伺いを立てろ。『保護』してよいかどうか――

 ……一部は先行しても構わん。ただし、厳選しろ」


 ついに――遂には『黒妖狗』が、日の光の下を整然と行進出来る日が来たのかもしれない。

 隊長の心は、そんな思いで満たされ始めている。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 無論。相手が、そんなに甘い訳が無い。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「街というモノは、基本的に『群れ』な訳だ」


 火の手のまだ燻る一帯を、丘の上から見下ろしながら、呟く人影。


「『群れ』ってのは、『個の集まり』だな。んで、強固な意志で統一されている群れでない限り――

 その時その瞬間に大きな声で叫ばれてる事の内容は、心に刺さる。

 大規模な火事の様な、緊急事態の時には特にな」

「……だからって、点けるかよ、火……」


 その傍に立っている別の人影が呆れた様に呟く。


「何――お前さんの調べた所では、あの中身はどこぞの『商会』のモノなんだろう?」

「……まとめて買い上げてる、って段階までは分かったけど、違ってたらどうする心算なんだよ……」

「そこは『うちの上』が交渉で買うさ――ある程度盛った値段で、相手の面を張ってな。

 秘密裏にそういった手を入れている相手、表立って大声で叫べもしないだろうし――

 なんなら、害虫を駆除する必要経費として考えるさ」

「だからってあんなボーボー燃やさなくても良いだろ。

 あんた、俺と組むと毎回何かを燃やしてねえか、『放火弓師』め……」

「街の外からのあの叫び、中々真に迫っていたぞ、『剣鬼』殿」


 そう、人影は、それぞれ花栄とイゾウである。

 数日前に呉用と面会した足で、馬を乗り継いでここまで来たのだった。

 ――そしてやった事といえば、今現在、別方向から到着しつつある『一軍別働隊の目的そのものの破棄』――

 何せ、街の中に、殆ど人が残っていないのだから、『大規模な暴動鎮圧』なんていう筋は成り立たない。

 ――つまりは、『無理矢理な理由での虐殺』そのものが成り立たなくなる訳だ。


「――しかし、こんな手を打つ意味はあんのかね?

 なんでわざわざ、ロアザーリオ内の住民を救う様な手を――」

「まあ、そこは俺や『二位デュラ』が頼んだから、というのも在るだろうが、呉用曰く――」


 んんっ、と咳払いをして、花栄は呟く。


「――『正義を夢見るものが、弱きを見捨てては立ち行かない事もある』とさ」

「……えげつねえんだよ、あんたの戦友……相手に『正義』ひっ被せて縛るかよ……」


 心底呆れた、という口調で、苦笑いのイゾウ。


「まあ、これで状況の半分なんだ――

 逆を言えば、この位ドギツク縛らないと、誰かの思い通りになってしまうと判断したんだろう――

 ――『誰』とは、あの時点では一言も言わなかったがな――」


 そんな風に呟き、西の方――やや遠い所の山嶺を見遣る花栄だった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「どうなってる」

「わからねえ、だが、不味いかもしれねえな」


 一方、視線の彼方――イズマ関へと続く旧街道。


 一軍本隊は、混乱していた。

 主街道の橋が使えなかった以上、あるいは、の思いを抱いた者も居たかもしれないのだが――

 その懸念は当たっていた、と言うべきだろう。

 山賊の類の襲撃――それは散発的に起き、食料を掠められた。

 この辺りを縄張りとする熊も多かった。

 ――通常の行軍より、面倒な事に成っているのは明らかだった。


 ――だが、もっと深刻な問題が、じわじわと押し寄せていた事に、誰が気がついて居ただろう。

 ……居ないではなかった。

 しかし、その『座りの悪さ』を、全軍に伝えるには――彼らは余りに『現場』に近すぎた。


「……最後列の部隊から、じゃんじゃん伝令が走ってる……こりゃ、なんかあったんじゃ……」

「……狭い地形を利用して、横っ腹から突いて来るかと思いきや、後ろから追い立てられてるのかも知れねえ」


 小隊を率いる隊長二人が、不安げに呟く。


「待て待て、そりゃ、どういうことだ?」

「大軍をイズマ関に置いて、待ち構えてるって事さ――」

「挙句にケツから急かされてる、てか――不味くねえか?」

「不味いともさ。それも、こちらに内容を伏せなきゃ成らんような内容の伝令の可能性が――」

「おい、二人とも!!」


 領主直属の『騎士』が声を掛ける。


「――旦那、どうなんです?」

「本陣からは何の通達もない。いや、『粛々と行軍せよ』とだけあったな。

 兎に角、休憩を適時取りつつ、進むのだ」

「…………」


 小隊長二人は顔を見合わせ、騎士は走り去る。


「――こりゃ、いよいよ以って不味いな」

「『詳細』が明かされないのは何時もの事だが――今回の行軍は、特に話がわからねえ。

 『四軍の行動の支援の為』、なんて聞いてるが、『あの四軍』に何の支援が要る?」

「――脇道探しておいた方が良いかも知れねえな」


 ただただ、不安だけが募る二人の心中は、穏やかではなかった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――おかえり」

「ただいまです――あの、アビーさん?」


 何度と無く走っては戻りを繰り返し、一度戻って来たアロケル。

 鎧まで着て、かなり往復したはずだが、汗をさして掻いていない。

 そう。行ったりきたりしているのは、伝令そのものではないのだ。


「これ、俺一人で行ったり来たりって、逆に怪しいんじゃ……」

「でも、呉用先生はそうしろってさ」

「親父ぃ……」

「はい、アロケルさん、ご飯ですよ」

「おう、ありがとう、ニーナさん」


 手渡された食事をほおばり、茶で流し込む。


「――後何往復でも、やれってんならやるけど、これ、効果あんのかね?」


 アロケルのその言葉に、アビーはニヤァ、と笑う。


「うわ、なんだよ、その顔……」

「効果、ちょっとずつ出て来てるんだけど、分かってる?」


 呉用に言われた手順を見つめ、アビーは笑う。


「え? なにが?」

「くくく、やべえ、楽しいな呉用策。孔明的な痛快爽快な感じは無いけど、相手がド壷にはまる快感が……」


 線がすっかりと延び、或いは無駄に縺れる程近くなり――

 所々では途切れ始める場所すらあるその戦列――

 事態は、少しずつ――しかし、滔々と流れていく――


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