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【05】/05


 ――さて、視点は暫し、全く別へと移る――


「――『秘教的』――『教導者』――

 『正義』――『基準育成』――ぬぬぬぬ……」


 ……『エルフ』とは何なのか、と問われて、彼女は考え込む事になった。


 そう難しく捉える必要等無いはずだ、落ち着くんだ、自分。

 あくまでも、『初等従卒採用試験』なのだから、問われているのは『一般教養』で――

 ――自分が、最も知らん事じゃないか……


 殆どが埋まった答案用紙を前に、シャルの脳はグルグル回る。

 ――ここのトコの記憶やらなにやら、ごちゃ混ぜに。


 + + + + + +


「『一般教養パンキョウ』が全く無いな、シャルは……」

「え、えへへへ~……」


 島を出て、最初に待ち受けていたのは、『東方の根の国』という魔術結社への入団試験だった。

 まあ、『試験』というのはあくまでも建前で、適正や基本知識等の把握の為らしいのだが……らしいのだが……


「――問題が?」

「『国家元首あなた』クラスの立場なら問題無いでしょうが、ねぇ……カルハ。

 この子はあくまでも『冒険者A』からのスタートですもん。

 加えて言うと、あくまでも『この世界産』だから、言い訳が効かないと言うか――

 ちょっとした事から変な不審抱かれる可能性も」

「……『邪属イーヴィル』の尖兵と看做されると?」

「そこまで苛烈でなくても、人から舐められますね。

 ――舐めて掛かられた方が良い場合も有りますけど」


 自分の『先達役』を請け負ってくれたアビー=ウィルのぼやきを眺め、シャルは途方にくれていた。


 ――『一般常識』、は問題ないはずだ。

 大概違うといっても、世界の最大宗派『聖樹教』と根を同じくする物の教えの元、生きてきたのだ。

 国毎の細かい法律は兎も角、物を盗るなとかは同じだろう。


 だが、まあ――問題はもうちょっとこう、『空気読め』的な所だ。

 隔絶された場所で十年も生活していた自分には、外の『一般教養』なんてモノはあまり縁が無かった訳で。

 ――要するに、『社会』に入って行くのに、足りん物がある訳だ。


 思わぬ躓きであるのだが――ふと思う。


「あの……それ言っちゃったら、あちらの――」


 「待ちなさいカーラ!! 勉強の時間ですってば!!」

 「俺は『じっちでまなぶ』タイプだ!!」

 「語彙力ばっか増えやがってこの!! まちなさい!!」


 窓の外、屋根の上を走っていく二人を見送り、溜め息をつくアビー。


「……カーラは、ダンジョンにいきなり入っても通用しちゃうからなあ……」

「差別だ!! 後衛差別だ!!」

「戦闘スキル一つも無い状況で『冒険者』で名を上げるのは無理だって……

 ――てか、私的には、追っかけてるマリーが何考えてんのなんだが……送還するぞあのお姫……」


 無論、そんな事を言っている場合でもないのは分かる。

 そもそも、彼女カーラと自分とでは、向かう先が違う。


 カーラに、『目的』はない。

 『自分を残してくれた者に恥じない様生きる』という大きな理由はあるだろう。

 だが、自分の様に、『自分の一族に、あんな状況をもたらした者が誰なのかを探る』とか――

 ――『その目的の根底に何があるのか確かめる』といった、明確な筋道は無い。


 自分が話を聞かなければ成らないのは、恐らくは『上のエルフ』。

 それも、『森都しんとヴァルフォレ』の中枢クラスの連中だ。

 そして、そこに『穏便に』入る為には、必要な事が幾つかある。


 『上のエルフ自体の許可』。

 『それを取り付ける為の、一定権限以上の存在の紹介』。

 『そもそも、其処の入り口である『門』に辿り着けるだけの力』。


 ――要するに、高い壁に囲まれた『お城』に入る為に、必要な事がかなり多いのだ。

 差し当たり――『学ぶ』に当って、悪目立ちしない程度の事が。


 青写真があるが故に、一歩一歩進まなければならない自分。

 指針が全く無い故に、あっちこっちへ走り回れる彼女。

 ――羨ましい。心から思う。

 彼女の背負った悲劇や因縁の類は聞き及んだが。

 彼女は、それを笑い飛ばせる存在――


 + + + + + +


 ――適当な模範解答でも書いて茶を濁せばよかったのだろうが――


「いやー、剛毅な解答だよな。

 『エルフと言っても複数の意味がある。目的も複数。故に解答不能』とは」

「いわないで……」


 『もう直ぐ時間です』の声と共に、焦って書いた解答が、まさか自分の黒歴史になるなど――

 ……そして『特別正答』として掲示される等、誰が考えようか。

 おまけに、『シャル=レムナエク』(形式上、そう名乗る事に成った)の名前入りで。


『設問の問題点、そして事実を簡潔に述べている為、正答とする。

           特別審査者 カルハ=カノイ=ルオーラン』


 じゃねえよ、あの『国主トップ』。晒し者にしている自覚が無いのが、尚、性質が悪い。


「んで? わざわざ自分の恥を再認識させに来たの?」

「んな訳無いでしょう、シャチョー。相談です、相談」


 ――そして、現在。

 どうにか役人見習い&魔術師見習いの立場になり、日々その学習に勤しみながらも、その問いが晴れない――

 つまり、『エルフとは、なんぞや』、と。


「何、相談って。今ゲンちゃん出払ってるし、護衛の仕事の類は受けれないよ?

 まあ、アパムの腕でいいなら貸すけど」

「いや、荒事じゃないんですよ。ミツキさんたちは六星連、くまなく放浪したんですよね?」

「まあ、路銀やらなにやら稼ごうとして、あっちゃこっちゃに出向いて戦闘はしたね」


 うん――この筋かもしれない。シャルは頷く。


「ドワルフでも、獣人でもいいんですけど、ある程度纏まった人数で生活している集落とか知りませんか?

 それも、出来る事なら、『聖樹教』の影響が少ない所で」

「妙なこと聞くね。何で?」

「――『エルフ』を外から見てみないといけない気がするんですよね。

 んで――そこから、『理由』を見出すべきかも知れない、と。

 周囲の『普遍人オーディナ』一般だと、そこまで深くないですし――」


 ――ずっと考えた――

 何故自分が、夜の夢に知らぬ知を見る、訳の分からない存在に存在になったのか。

 何故、エルフ達はそれを生み出す必要があったのか。

 もっと突っ込んで言うのならば――


「――『エルフ』が、この世界に何を夢見ているのか、探りたいんです」


 それは、或いは、エルフだけではないのだけれど。

 探り、考えているうちに、僅かに指先に触れた様な、この感覚。

 誰もが、目的を抱いて生きている、手段を振るって生きている。

 その根底には、何があるのか。

 目的の為に、手段を絞り込んで行っているとするならば――

 『世界をもっと良くしよう』、なんていう薄ぼんやりとした目的の裏に、本当は何があったのか……


「――いいねえ。『世界の謎』を追う心意気」

「そんな上等なもんじゃないですけど……」

「そろそろ私も、大きなイベントに取り掛かるべき、と思ってたのよ、実際。

 ジンにもゲンちゃんにも負けてらんねえ、わたしの主人公はわたしだ、とね」


 そう言いながら、傍らの雑嚢からゴソゴソと手帳を取り出すシャチョー。


「――なんです?」

「日記。まあ、目に付いた物事だけ書き留めてる、ネタ帳と化してるけどね。

 さて――んじゃ、虱潰しに行ってみようか」


 そう言って立ち上がるシャチョー。

 え、ちょっと。今から?


「一番近場から、ってなると、ほら」


 そこには、テーブルを拭き掃除している猪顔の店員がいる。

 獣人の一種、『グリンブス』の人らしい。


「……なんだよ。お前に関わると碌な事無いんだよ、やめてくれよ」

「そう言いなさんな、パーガンス。家無くなったお前に、この店紹介したじゃん?」

「俺の家を獣魔の罠にしてぶっ壊したの、お前だよね!?」


 頼んだ相手間違ったかな、と思うシャルだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「『神意をただすべからず』」

「何ですか、その頭悪そうな言葉」

「おう、実際、頭悪いと言うか、どうしようもない言葉だとは思うがよ」


 『金猪グリンブス族』のパーガンスは、床をモップで拭きながら答える。


「実際問題、それを言った連中は『神の威光』で勢力を伸ばし、従わない連中は散り散り。

 十二在ったとされる獣人の大支族は半分以下に減った。なんで減ったかは様々だがな」

「――それを言ったのが、『エルフ』ですか?」

「エルフなのか、人なのか、それはさしたる問題じゃねえな。

 要するにだ、『フィンブルの冬』って呼ばれてる時期、そういう激し目の思想があった、って事さ――

 詳しい事は分からんがな。金猪うちは口伝が大半だったから」


 そう語るパーガンスの言葉に、シャルは考えを巡らせる。


「なんだよ、それだけ?」

「……お前ね、金猪は基本、成人したら家を出るのな?

 んでテリトリー定めて定住して、って暮らしなの。狩人なんだよ、基本は。

 狩人の一家に、そんな上等な伝承が伝わってる訳ねえじゃん」

「下手狩人が何か言いよる」

「俺は!! 工芸師!! 焼き物をする人!! 一族代々!!」

「――歴史を、壷の絵柄に落とし込んだり、とかは無いんですか?」


 シャルの言葉に、パーガンスは考え込むが――


「ねえなぁ。うちのは絵柄ってより、紋様だし。

 俺も町場に近い場所に住処構えた関係で、興味持って色々調べては見た事もあるんだが――

 所謂『文字』とか『なになに語』ってのでは無いみたいなんだよな。実際」


 そんな風に答え、シャルは溜め息をつく。


「にしては、随分古い時代の事が口伝になってるな。『フィンブル』って事は、少なくとも千年は前でしょ?」

「口伝ってより、御伽噺だもんよ。夜寝る時に、婆っ様とかに聞かされる様な奴だ」

「ふーん――って事らしいよ、シャル」

「いきなり当たり引くとは思ってなかったけど、先行きが遠いな、これ……」


 パーガンスの口にした内容は、細部こそ違うが、エルフや『聖樹教』に伝わる伝承と同じ様な感じだ。

 明らかな違いや、明白な事実は無い――それを言ったのは、相手が比較的『聖樹教』に縁遠いからだろう。

 きつい言葉の部分が残ったのは、恐らくは獣人が反意を示していた事からだろうけど……


「――一応、記憶にある範囲で、紋様描いてもらっても良いですか?」

「おう、かまわねえよ。ええとだな……」


 そう言って、テーブルの上に紙を持ってきて、書き始めるパーガンス。


「……えーと。シャチョー?」

「……ごめん、私も今初めてまじまじと現物見たわ」


 その手元を見て、引き攣った笑いを浮かべる二人。


「なんだ? どうした?」

「あ、いや、うん――はは、注意力散漫だな、私。もっと色々観察しないとダメだな」

「……そりゃ、この世界の知識しか知らなきゃ、意味わかんないでしょうよ……」


 そこには――その知見の経路は不明ながら、自分でも『異世界のモノ』と認識している――

 ――『QRコード』――らしきモノが見て取れた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ああでもないこうでもないと話している内に、アパムとクラマが帰って来た。

 どうやら大陸側で、『軍事の関わる戦闘』が起きそうだと言う事で、港湾の防衛哨戒を頼まれていたらしい。

 ……この人たち、無駄に『光銃ひかりづつ』だのの扱い上手いしな……


「別に、シャチョーを弁護する訳では無いけど、だな」


 テーブルに置かれた紙を見ながら、クラマが呟く。


「パーガンスの作ってた現物の壷だと、これが複数重なって、網の目みたくなってたんだ。

 だからまあ、俺らも気がつかなかった――ってより、シャルちゃん、よく分かったな」

「うん、あれです。『得体の知れない知識』からです。すんません、薄気味悪い存在で」

「いや、話が早いわ――

 さっきまで『大規模揚陸船』とか『沿岸にトーチカ構想』つって通じなかった身の上としては……」

「ノルマンディじゃねえんだから、過剰な軍事発展促してどうすんのよ」

「備えるのは重要だろJK」

「程度があるわ――でも、これが在るって事は、『読む為の何か』も在るって事だよね」


 シャチョーの言葉に、紙をジッと見ていたアパムが顔を上げる。


「――在る、或いは在った、かもしれないが――これそのもので読み取れるかは分かんねえぞ?」

「どう言う事?」

「時間の経過、世代の経過ってのは、結構残酷だからな。

 伝わって来るうちに簡略化されてたり、装飾が足されたりしてると、本来のモノでなくなってる場合もある。

 バーコードなんかと同じだ。一本足しただけで読み取り出来なかったりな――

 どれだけ厳密にやっても機械コピーじゃない上、壷なんて曲面に描かれてりゃ、尚更にな」

「『系統の違うコードです』、ってか……」

「ああ。だが、読み解ける事も在る」


 順を追うとだな、と言いつつ、アパムは続ける。


「こいつがもしホンモノの『QR』の類だとして。

 それを使用出来るだけの技術力なり何なりが、かつてのこの世界には在ったって事――

 ただし、これは別段目新しい情報でもない、ともいえる。何せ、俺らゲンちゃんを知ってるからな。

 元の形状がわからん位、俺らの愛機と融合してしまっては居たが――

 ああいうのを『軍事展開』出来る、大規模な『文明』が在ったらしい事は分かってる」

「そうだね。シャルの家でも、そんな類の伝承があるんだよね?」

「ええ。んで、そういう機構文明を作ってたのはドワルフのご先祖と言われてますけど――

 ドワルフ自体に直接の継承がされてないみたいなんですよね、聞く限り読む限りだと。

 ドワルフはなんと言うか、後から技術力を掘り返して、再発展して来たと言うか」


 二人の言葉に頷くアパム。


「だが、『これ』からは、ドワルフ原種と呼べる――

 ゲンちゃんの創造主の連中だけが『文明』を持ってた訳ではない、と言う事が分る。

 少なくとも、『金猪』の一部はその『文明』に加担、もしくは近かった筈だ。

 そうでもなけりゃ、『意味の分からない絵柄』を伝える意味がほぼ無くなる――

 意味や技術まで含めて共有してたのか、はたまた単なる模倣なのかは分からん。

 だが少なくとも、『模倣物』を作る『理由』があった、って事だし――それに――壷そのものもな」

「――壷?」

「組成までは知らんけど、かなり高度なレベルだったろ?

 『土器』、と言うよりちゃんとした『陶器』のレベル――

 叩くとコツって音じゃなくコーンって音の成る位の、『焼き物』っていうより『セラミックス』みたいな。

 そんな硬い焼き物を、単なる獣人の狩人一党が必要とするか?」

「――技術力を継承する、契機――『伝えなきゃ』って思う何かが在ったって事か」


 クラマがそう呟き、アパムも頷く――が、同時に手を上げる。


「だが、残念ながら、そこまでだ。

 話の筋道を構成する要件が抜け過ぎてて推測も難しい。

 パターンが多すぎるんだな、これが。

 パーガンスの血族からは辿れないし……」

「何でです?」

「あー、うん、なんというか……」

「全員くたばってるからな。『金猪』自体は亡んじゃいないが。

 つか、普段から散々ぱら無遠慮な癖に、今更何の遠慮だ」


 そう言うと、四人の前に、鍋を置くパーガンス。


「あいよ、『張尾鳥のテール――


「うひぃっ!?」


 ――シチュー』だ――まあ、その反応は分るが、物騒なモノじゃねえから、落ち着け」


 パーガンスの暗い過去を弾くほど、それは強烈な見た目だった。


 ――それは、スープと呼ぶにはあまりにも凶悪な何かが屹立していた。

 鍋の中央部、スープの丁度中間ほどに、ぐさり、とばかりに突き立つ、凶悪な肉の塔。

 それが何なのかを分かって居なければ、悲鳴の一つも零れそうな景色――

 ――というか、実際零れた――何、これって、世間じゃ普通なの? シャチョー普通によそってるけど……


「――相変わらず、見た目よ……美味いのは美味いんだけど」

「あっこのシェフに言ってくれ、俺が盛ってる訳じゃない。というか、お前――」

「あにさ」もぐもぐ

「……シャルとか言ったな、そっちも喰え。全部喰い散らかされるぞ」


 そう言いつつ、パーガンスは仕事に戻っていく。


「――しかし、アパムっつぁんよ。

 実際問題、こっちを調べてる場合では無い気もするが」


 早速そのテールを取り、かぶり付くクラマに、アパムは顎を撫でる。


「――そんなに大陸側、不味そうなの?」

「――手下に海賊連れてたらしいんだよな、ゴルドワーンとかいう男爵。

 まあ、本当に手下だったのかとか、詳細までは突っ込んで聞かなかったけど。

 その海賊の動向が今不明らしい――こっちに来られても、って事だろ。

 ――けど、こっちを調べる方が良いかもしれないな」

「なんで?」


 シャチョーの言葉に、アパムはシャルをちらと見て話す。


「色んな事の背後に、エルフが噛んでるとして、俺らって、エルフに関して何も知らんだろ?

 戦争戦略は呉用先生なんかに任すとして、俺らはもっと別の側面から見るべきだと思う。

 別段後詰を頼まれた訳でも無いけど、厄介事が来た場合に対応する為にも」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――それだけか? アパムっつぁん」


 さっき話した理由を言葉に上げ、聞いてくるクラマ。

 そのコップに酒を注ぎながら、アパムは呟く。


「俺らの様な存在が、なんでここに来たのか。

 なんでここに呼ばれたのか――

 イゾウさんや呉用さんみたいな、大きな『力』があるでもないのに。何故なのか。

 ――俺らの、『役割』ってのはなんなのか……ここんところ、ずっと考えては居たんだ」

「――答えは?」

「知らん――知らんが――

 今焦ってノコノコと大陸に向かうのも、海賊に備えるのも、何か違う気がするんだよな――」


 言いながら、アパムは杯を煽る。


「――先ずは、俺ら、もっと知らなきゃいけない気がするんだよな。

 この世界という、良く似た、しかし全く異なる、何かについて――」

「――不愉快な思いをしない為にも?」

「ああ――大前提、今居る所が悪くないってのもあるけど――

 前言引っ繰り返してなんだけど、来た意味が無いなら無いなりに――ってな」


 アパムの言葉に、クラマは薄く笑って、酒を注いだ。


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