【05】/04
帝都『エイバロニア』の高級ホテルの一室。
俺は、ふかふかお布団のベッドで、ゆったりとした睡眠を――
### ぴんぽーん
### メッセージだよ
### ぴんぽーん
### メッセージだよ
### ぴんぽーん
### メッセージだっていってんでしょうが
「やかましいわ!!」
夜中に!! 脳内に!! 何してんだ魔ニピュレーターめ!!
### おお勇者よ、今正に起きようしている戦争を
「やかましい、キャラ違うだろ、アホの子」
「ああ、もう、それどころじゃないんだと!!」ヌルッ
――だからって、いきなり照明器具から生えるなよ、なんなんだお前は。
「流石高級ホテル、『結界』がほぼ完璧で、利用出来る魔素源がこれしか――でなくて。
大変な事を思い出しましたよ、というか、大惨事ですよジン」
「おい、天井から下がりながらわたわたすんな、視界が煩い」
「んなこたぁ重要じゃないんだ、どうでもいい。
すっかり見落としてましたけど、『大戦』へのフラグが立ちそうなイベントが差し迫って――」
「ああ――『旧暦』への揺れ戻しが来そうな奴か?」
「そうで――って、ああ、『賢者の知見』で把握してましたね、貴方」
一応な。異世界で『世界史』勉強するとか、苦行だったけど。
「ああ、良かった、じゃあ、なんか手を打ってるんですね?」
「打ってないけど」
――そんな『UMEZU顔』されても。
「え、ちょ――何でです? 『正史』に行かない為に行動してるのに――」
「そらそうだが、お前の心配が『ロアザーリオ』のアレとして――
この戦争と言うか内乱に関しては、どうにも成らないと思うぞ」
「えぇ? なんでです?」
「『二位の皇継』なんてカリスマが上に立ってる陣営で起きる御家騒動だぞ?
外部の誰かで何とか出来るレベルじゃないって――引っ掻き回しても、水が更に汚れるだけだ」
「あっちもこっちも引っ掻き回してきた人が、今更何を」
言うな。好き好んで掻き混ぜたんじゃないっつの……
「それにミヒャエル――ああ、ローアンの太守が上手くやるだろ」
「――ローアン?」
「……お前、何処と何処が争ってるのか、把握してないのかよ……」
「――ええと、まあ。年表流し読みしてて、慌てて来ただけなので……」
夜中に叩き起こされた挙句、俺が説明すんのかよ……
・ ・ ・ ・ ・ ・
「勇猛なる、我が猟犬どもよ」
ロアザーリオ・『第四軍統治領』の西端。
黒ずくめの鎧の男が、同じく黒く染め抜かれた硬革鎧の集団を前に立っている。
「これを不要な争いと思う者もあるだろう。この時期に起こす事ではない、と思う者も。
だが、考えてみて欲しい――貴殿等が何度煮え湯を飲まされた?
あの入り組んだ領地境に野盗どもが入るたび、何度相手を慮って引いた?
勇猛果敢で成る第四軍が、敵を前に手をこまねいて引かねばならなかった事――
先代たちが、どれほどの苦悩であったか、察して余りある!!」
男の言葉に、兵たちはただ目を爛々と輝かせている。
「ローアン太守に手入れの意向が無いのか、在って尚出来ぬのか、真偽は分からぬ。
だが、長きに渡って掠められていた物事は、再び何処かへと流され、証拠すら消えるだろう。
――ゴルドワーンの一党、そんな事はお手の物――それを許しては置けぬ。
――往け、『黒妖狗』。
ゴルドワーンの領主館を攻め落とせ。我等の正義を指し示せ」
その言葉と共に、兵たちは四方へと散っていく。
「……モノは言い様とは、この事ですな」
「ゴルドワーンの館に、わが方にあるべき筈のモノが複数あるのは、事実だ。
――それより、ヘクトル。貴殿は貴殿で動いてもらうぞ」
「――やれやれ、こんなに早いとは思ってませんでしたが――『おあし』の分はしっかりと」
夜更けの中、その人影二つも、それぞれの場所へと消えて行く。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「デュラ様は、もう一週間程滞在するとの話だ。
――あの方も、すっかりと『四軍』が動く事を期待しておいでの様だな」
「――性格悪くない? あなたのボス……」
ミヒャエルの言葉に、アビーが溜め息を付く。
「駆け戻ってきて、諍いを収めても良いんだろうが――
それをすると、今度は内に何時破裂すると分からない火種を抱える事になる。
――『四軍』は兎も角、『一軍』がな」
「というか、もっと強権的に絞めて――ああ、ダメか」
「ダメだな。ダメだからこそ、『部下同士での事情の行き違い』を一方に巧く収めろ、と言っているんだ。
『不平勢力』が競合して貴族側に、何てなったら、目も当てられない。
各軍が張り合いやらで仲が悪くても、部下全般までは話が別――同盟して、別の幕下につく頭はある。
そうなると、『一位』は兎も角『廷臣派』が力を持ち過ぎる恐れが出る。
『聖樹教』に付かれても同様だな――要するに、厄介事の芽を摘め、という事だろう」
「だーから『修羅の国』呼ばわりされんのよ、ロアザーリオ。
四六時中、『軍事演習』にかこつけた事実上の戦争してんだもん……」
ぐうの音も出ない、と笑いながら、ミヒャエルは答える。
「――兎に角、ロアザーリオの形が揺らぐ様な事になって、困るのはそこに住んでる民草だ――
とんだ無理難題では在るが……なんとかするしかない」
「というか、なんで『四軍』はそんなにこっちに粉掛けて来てるの? あんたの先祖がなんかしでかしたの?」
「――曰く因縁は色々あるが――」
そう言いながら、溜め息を吐く。
「――最早、もっともな理由、なんてモノは、きっと何処にも無い。
大きな理由としては、家の始祖まで遡れなくも無いが――
それよりも、複数理由があってそれ一つ一つは単純でも、絡まりあったら複雑怪奇になってしまう――
そういうモノの、見本標本だと思ってくれ――」
そう、天井を見上げつつ言うのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――わあ……」
「お隣の大公領は、異世界の皮被った戦国ニッポンでした、だ。止められるか?」
ロアザーリオについてバサッと説明すると、アウルの引いた声が響く。
まあ、ロアザーリオ地方への移動以降、何百年もの長きに亘って国獲りの巷だからな。
詳しく説明すると、色んな意味で頭痛くなってくるから止めておくけど……
「触りは知ってたけど、無茶苦茶じゃない、ロアザーリオの歴史。『修羅の国』言われるは、それは――」
「というかだ。呉用先生に読める位――
或いは内部の人間に分かる位、はっきりと表面化してしまってる兆候を、今更どうにかは出来ないだろ」
そこを無理矢理『御老公』的に解決しても、その歪みが別に出るだろうし。
自分の属する陣営なら、歪みを少なく少なく、小まめな曲げ直しも出来るだろうけど――
他陣営の運営論理にまで口出しし続ける程は、暇じゃないよ、俺も。
「――じゃあ、傷が広がり過ぎないように、って流れに?」
「ああ、んで、話は戻るんだが……
俺ら以外にも、『本筋』というか『正史』を知ってる奴が居ないか?」
「――『上のエルフ』の『予定表』の事ですか?」
「だけとも限らないだろ。身内には居ないと思うけど」
居たら楽だから、呉用辺りには言っても良いかと思ったんだけどな。
「『正しい歴史に戻したい勢力』・対・『あの悲劇は御免な勢力』の戦い――
で済めば楽だったんだけど、どうもそうじゃないだろ、今の状況って」
「まあ、そうですね――うーん……
知ってる私たちとしては、世界の終わりに繋がっていく筋と分かってるから……」
「その筋に行かないようにする、ってのが本来取る手で――
その先に、好き放題にしてる、『神(仮)』を打倒する、ってのが最終目標――だった」
「――だった?」
「ああ、心配すんな、目的そのものが変わった訳じゃない」
じゃあ、何故、とアウルが問いた気だが――いいからまずはシャンデリアから降りろ、お前。
「『賢者』『魔王』『勇者』――あいつ等が来れなかった『軸』だ、これは先ずいいか?」
「ええ。でも、大局的に見ると、『接がれし者』の大元みたいなのも居ますし――」
「つまり、俺たちの知って居るあの『未来』――
もっと前から『予定』に書かれてる可能性が高いと思わないか?」
何せ、身内であるはずのエルフ――まあ、身内の認識で無い可能性もあるが――
それを実験材料に使う様な連中だ――レムナエクのシャルの事を思い出しながら、呟く。
「もし仮に、エルフ――
『神の枝』と呼ばれてる連中の、『目的』の過程にあの状況があるんだとしたら?」
「――世界にあの気持ちの悪い『人間型』が蔓延する事が『過程』って――
何を目的に設定すれば、そういう演算結果に成るんですか」
「さてね。御偉いアールヴァン様々の考えてる事なんて知るかよ。
これも単なる想像だ――だがお前、あれが『最終目的』だと思うか?」
正直、ゾンビゾンビしてる奴が蔓延してる方がまだマシだよ、あんなの。
「――ここから見ての、異世界にまで蔓延するのが、目的?」
「そう思えるよな。『賢者』から貰った知識だと。
だが、それだって想像の域を出てない――
俺ら、『神』か何か知らんが、あの未来へ持っていった『存在』の『意図』を全然知らんしな――
知らなくても、邪魔は出来るから、知る必要はない、とも言えるんだけど――」
其処まで言うと、アウルは頷く。
「――つまり、この小競り合いに焦点が集まっているうちに、出来るだけ情報を集めようって話ですか。
戦争そのものは、見ない事にして――」
「手出ししないだけだっつうの」
……嫌そうな顔すんなよ。
世界も救いたいが、他にも救いたい奴がいる。
その為なら、多少汚い手でも使うさ。
「なんというか、呉用さんと会ってから、生き生きしてますね、ジン。主に、黒さが」
「『綺麗な目標の為の汚い手』を平気で使う大人を見て、俺も学んだのだよ、アウル。
――やるからには、容赦無用、とな」
「元からじゃん」
うっせうっせ、確かにそうだけど。
・ ・ ・ ・ ・ ・
理由。理由。理由。
この世は、理由の坩堝だ。
明瞭・不明瞭、
理解可能・理解不能、
利己利他・正義悪徳・背信殉教。
顕正、冥理、教理、俗利。
形は様々だが、理由と言うのは、それこそどこにでも転がっている。
天命に見出しても良い。
運命に見出さなくても良い。
人命御大事と引いても良いし、自明の理が大事と踏み止まっても良い。
一つ一つに、理解が及ぶか及ばないかは、別の問題として。
この世界は、多様な理由の連鎖が動かしている。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「……理由、か……」
本来の自分からは、最も遠い言葉を、彼女は呟く。
本来の自分というのは、突き詰めればシステムの一端――それも、自発的な行動を取るものではない。
所詮は、という言い方はしたくないが、『メニュー』の発展系でしかないのだ。
呼び出されれば応え、呼ばれぬ時は、黙している――それが、『普通』。
『異世界再開拓ユニット』としての『普通』は、そうである、と『アウル』は認識している。
無論、自分が普通とは異なる事は自覚しているが……
それを自覚し得る事自体が、普通ではないのだろう、とも思う。
通常通りの挙動ならば、そんな事を自覚すら出来ない筈だ。
あくまでも行動の主格は『開拓者=転世者』であり、自分の立ち位置は支援ユニット――
あるいはその為のシステムでしかないのだし、思考し、推察するのは彼らの領分だ。
それが出来る程度に最初から『柔軟性』を与えられていたのか――
それとも『邪神』と呼ばれる存在によってもたらされたのかも、知らない。
極端な話、自分は自分がこうやって、一方の存在に肩入れしている『理由』すら良く分かっていない――
上げれば確かに、幾つか説明はつく。つくが――
『開拓』を主目的とするに当たって、世界の安定性が必要だから――
『開拓』の目指しているベクトルが、『敵』と仮定している相手と違うから――
言葉での説明のしようはあるが、どれもこれも、自分の『感情』そのものには沿わない。
『別世界からの存在を引き入れ、その存在を主格とし、世界を改革する』
やっている事は、相手側も自分の属するシステムも変わらない。
なのに、何故、『敵』と認識するのか。
自分の『感情』に即して言うなら――『神』のやり様が気に入らない、のだ。
ただし、それが何故気に入らないのか、という話に成ると、ぼんやりとしたモノになってしまう。
ぼんやりとというか、それこそ『感情論』『反りの合う合わぬ』の話に。
――何が気に入らないの。アウル。
溜め息混じりに、自分に問う。
無論、答えは無い。
答えは無い、というか――『気持ちが悪い』、という、至って非論理的な事に行き着く。
――そう。『気持ちが悪い』のだ。
『端末』なのか『末端』なのか、はたまた『信奉者』なのかは知らないが――
その意思か計画の代行者であろう、『神の枝』を見ていても分かる。
明確でない目的、場当たりに思える介入の影、それでいて一個一個は洗練された戦略。
――老獪な手で、無邪気な悪戯をしてくる様な、得体の知れなさと。
盛り立て盛り立て、それを一遍に滅ぼすような、琴線の読めなさ。
「…………」
ジンが最初に居た軸――彼の言葉を借りるならば『旧暦』。
そこでは、『帝国』と言う『作品』も、『聖樹教』という『結果』も、叩き売る様に滅ぼし去り――
その先鋒であった筈の『異天者』達すら使い潰し――
何をやったかと言えば、帝国と言う物の三分割。
その挙句に、『接がれし者』なんて物を大繁殖させるがままにする。
そして――
――自分に本来在る筈の無い『感性』が忌避する、『あの光景』に全てが集約する――
『賢者』の記憶の一端を受け取った、ジンを経由して垣間見た、あの景色。
沈黙。静寂ではない。全てが沈黙している、あの光景。
生物も植物も、風や日差しといった自然現象さえ。
何らの躍動無く、必要な所に、必要な分が配分されているだけ。
――まるで、手入れの良く届いた、『庭』の様な、世界。
「――最終的にああなるのに、なんでこんなにもゴチャゴチャ掻き混ぜに掛かってる?」
そんな風に呟いて、少し沈黙し――溜め息を吐く。
「……最初から『人間』だったら、もっと分かったのかもなぁ……」
しみじみと語るその存在の頭上を、変わらずに、光の帯が流れる――
――人間でない、というのは、アウルがずっと考えてきた事だ。
――出自が違う。肉体が違う。存在が違う。
メイデン種という、『受肉した精霊の様な存在』――その肉体に、さらに間借りして居る自分。
『たましい』だけで魔素の流れを往還し、その場の魔素を使って、擬似的な肉体を構築すら出来てしまう自分。
この世にそんな『術式』を使える存在は――居るかもしれないが、まだお目にかかっていない。
『特別』と採るか、『特殊』と採るかの問題なのだが――
アウルには自分が、『まともな存在』とは思えないのだった。
普通なら、薄気味悪がられても仕方の無い自分を――
ジンもシオもアビーも、さして気にする事無く受け入れてくれる。
――だから、自分に出来る事で、皆のバックアップをしたい。
それが例え、誰にも知られない暗躍の形であったとしても――
或いは、誰よりも人間らしい『人外』の少女は、密やかに決意を重ねるのだった。
まるで――心に言い訳をするように。




