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【05】/03


「――ふむ」


 手渡された手紙を黙読し、花栄は髭をさする。


「……ふむではないでしょう、花栄さん。

 呉用先生のその手紙の内容が事実ならば、取って返して何とかしなくては」

「――デュラは放って置けと言ったのだろう?」

「言ってましたよ。『ローアンだけで何とか成るだろう』とね」

「では、それで良いだろう。何を焦っとるんだ? ファルガス」


 こっちもかよ、と溜め息を吐く、ファルガスと呼ばれた男。

 顔立ちと、鹿爪らしい態度のせいで、兎角老けて見られるが、これでもまだ22である。

 公式の場だったのも有り、ああいった口調で話をしていたが、普段は割とラフな口調の――

 はっきり言うと、苦労性の青年だ――主に、上の二人の鷹揚な性格のせいで。

 剣の腕こそ矢鱈滅多ら立つが、基本的には田舎出身の真面目な青年なのだ。


「正に『内乱』が起きそうってのに、なんで二人してそんなに落ち着いてるんです?」

「『内乱』というか、『粛清』だな。理由はそう、『四位フェル』への内通とか」

「それ、口実の半分、二人の指示じゃないですか。『『六星連』に鉄鉱の輸入を打診しろ』っていう」


 一部の兵の兵装の更新に合わせ、その素材が必要、と言ったのは自分だが――

 それを色んな『商会』すっ飛ばして、ローアン候に六星連から引っ張って来い、と言ったのは彼らだ。

 ……そして、その難題を攻略してしまう、あの人も大概なんだがな、と思う。何で応えたよ、寧ろ……


「それに、其処だけでなく、気に成るのは――」

「『一軍』の動きだろう?」


 ぴしりと言い当てられ、息を飲む。


「『一軍将』ギェヌン=イムガが、貴族連中と繋がっている事位、ミヒャエルは見抜いているだろう。

 まあ、繋がっている、と言い切ってしまうには少し風合いが違うが。

 何れ、街道沿い――イズマ関、お前さんの故郷辺りに兵を置く事で防衛、後背を脅かす様に――」

「……ある程度、予想通り、って訳ですか。それでも、『黒妖狗モーザ・ドゥーグ』何かは――」

「やれやれ、心配し過ぎではないか? ファルガス」


 不意に、デュラが入ってきた。


「――貴方が、心配しな過ぎなんですよ。仮にも自分でも『有能』って言ってる相手を」

「だからこそだ。だからこそ――

 お前がかつて、死線を彷徨ってその剣技を得た様に――

 アレにも、もう一段化けて貰いたいのさ――アルヴァール」


 もう大分前に捨てた筈の名で呼ばれ、その話の筋に記憶が刺激され、顔が強張る。


「……人相変わる様な戦いを、他人に強いるのはどうかと思いますよ?」

「お前のソレ程厳しい訳が無い。お前の様に――

 失陥した城砦で、寄って来る賊をひたすら切り伏せ、敵の剣を奪ってそれを突き立て――

 そんな無茶苦茶な地獄の釜、そう有って堪るものか」


 ――それを言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 正直、あんな事をまたやれと言われても、無理だ、と答える。

 あんな事がまたあるか、と問われても、ある訳が無い、と答える。

 そんな地獄を、ファルガスは、アルヴァールと呼ばれていた頃に、経験し――

 ――そして、アルヴァールという青年は、あの場所で、死んだのだ。


「ま、まあ、一人対百人の『戦争』と言うより、一対一を百回の『奇襲』に近い状況に持って行ったので――

 それに、半分は搭の方におびき寄せて、塔ごと爆殺しましたしね」

「聞いたか、花栄。無自覚なバケモノの怖い事怖い事。流石の俺も、ちと呆れたわ」

「……似た様な組み手、この間やってたよな、お前さん……」


 呆れた相手を、更に別の相手が呆れると言う珍妙な状況に、思わず苦笑いをする。


「まあ、心配するな。呉用が『警告』だけで済ませているはずが無い。

 あの場所には娘もまだいるし、あの親バカ殿が何の手も打たない訳が無い――なあ、花栄?」

「そうだとも、はっはっは」

「――あの、お二方、考えから漏れてるかもしれませんが。

 呉用先生のもう一人の子、一時的に戻って来てるの、覚えてます、よね?

 戻って来て、俺らがこっち出る前に、一回挨拶しに来てましたし――……」


 ――あっ、だめだ、この二人、覚えてなかった面だ。


「……おい、花栄。弟子なんだから、言う事聞くだろ、無茶するなって手紙を」

「――いや、何処に居るか分からんからな、あいつ……」

「あー、だめだ、俺の故郷また瓦礫に成るわ」


 エルフとは思えない豪快な奴を思い浮かべ、頭を抱えるファルガスだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 とある人物が、道を歩いていた。

 エルフに特有の耳を隠す事も無く、冒険者風のローブをばさっと羽織り。

 背中に大弓と、槍を担いで、とことこと道を歩いている。


「――あ、すいません」


 不意に、声を掛けられてそちらを向くと――

 道とも言えない様な獣道から、ガラガラと荷車を引いた娘が出て来た。


「道を尋ねても良いですか? ロアザーリオのローアンへ抜けたいんですけど……」

「……街道、一本間違ってるぞ、ねえちゃん」

「……やっぱ、そうですよね……」

「むぐぐ……ぐぐ……」

「ぐぐぐ……ぐ……」

「水はもう少し我慢してください」


 荷車に積まれたモノを見て、青年は目を見開く。


「……何となく察せた。山賊かなんかに追われて、こう、か」

「当たってます」


 ロアザーリオとバーフェルブール南部、そして皇帝直轄領の接するこの辺りは、兎に角細々とした道が多い。

 おまけに、峠に出る様な道ではなく、谷の合間合間を縫うように続いている為、宛が付けづらいのだった。

 まあ、土地勘の無い人間の歩ける場所ではない――典型的な、『慣れれば速い地元道』だ。


「あー、失敗した……山二つ越えれば、の筈だったのに」

「……どっかで聞いた事のある失敗だな、おい」


 身内の人間の冒険譚の失敗を思い起こす。


「こんななら、呉用さんからちゃんと路銀貰って馬車で行けば――」

「――親父元気?」

「元気ですよ――親父?」

「義父だ」


 今度は逆に、相手の娘の方が目を丸くする。


「……ファリエさん、何時の間にこんなに……」

「そりゃ妹だ。俺は男。オス」


 それが、ニーナと、呉用のもう一人の子との、思いも寄らない出会いだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 凡そ五年前の事。

 アールフトゥルの街で、一組の夫婦が誕生した。


 一人はエルフの末裔であり、街の顔役の嫁であった、シーハウ=レガナ。

 夫は、『転世者』であり、その家の居候であった、呉用。

 シーハウはこれを機に、名をシーファという呼び方に改め。

 呉用はその家に掛けられていた看板を、『レガナ診療所』から『無用診療所』に改めた。


 そして、その宴からさして時を置かず――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「んじゃ、俺は行くから」


 街の外れで、呉用と対峙する青年が一人。


「……どうしても行くのか?」

「何を今更――賛成してくれたじゃん、親父」

「賛成はしたが、機があまり良くない気がするのでな。

 凶賊どもに合流の兆しがある、何て噂も聞くし――」

「危険の無い冒険者なんて無いだろうに」


 そう言って笑う青年に、呉用も苦笑する。


「なぁに――『危なくなったら』?」

「『さっさと逃げろ』、か。逃げられる状況だけとも限らんからなぁ……」

「じゃあ何か? 腕の方が信用出来ないとか?」

「十分信用しとるよ――腹が据わっているのも分っている。分っては居るんだが……」

「……というか、うん、正直に言うとさ……親父見てると、イライラすんだよ」


 怒りも不快も然程無い口調で、ぴしりと言って、青年は続ける。


「親父の過去に何があったとか、そう言うのは俺は分からん。

 けどさ。野盗の類といっても、かなりの大きさの連中を、だな――

 口先と罠だけで壊滅させる様な才覚もってんのに、なんで田舎で畑作って燻ってんの、と思う。

 もっと――もっとでかい事で、人の為になれるだろうに、って」

「……まあ、言いたい事は、分かるが……」

「ああ、うん、そうしてくれ、って言いたいんじゃ無くてだな。

 あんたが『無用』なんかじゃない事を、俺が証明したいんだよ」


 呉用を真っ直ぐ見る目、それを見返す。

 ――分からないでもないが、と思う。

 積極的に危険を排除しに行く姿勢の人間は、この街には珍しい。

 そして、それを為しえてしまった自分に、この青年が憧れを抱いたとしても無理は無い。

 若さと言うのは、時には無謀に思える事が眩しく見える事もあるのだと、知って居る。

 同時に、自分が憧れられる程の者では無い、という思いもある。

 そんなご立派なもの等ではない、と――


「まあ、こんなのは、俺が勝手にそうしたいだけなんだ。

 親父は、母ちゃんを大切にしてくれ――」


 青年はふふん、と笑うと、背を向けた。

 ……人を煙に巻くような所が、自分に似てしまった、いやはや、と苦笑いする呉用。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「以来、殆ど旅暮らしなんだよな、俺――ほれ、褒章金」

「有難う御座います」

「手馴れてますね、『賞金稼ぎ』の方ですか?」

「いや、違います」


 村の役人の人からの問いに、そう答えるニーナに、怪訝そうな顔をする青年。


「違うのか?」

「たまたまです、捕縛術習ったばっかりでしたし」

「習ったって……」


 縛り上げ方が手馴れ過ぎだろ、と思いつつ、村の出入り口の方へと歩く。


「さて――アロケルさん、でしたっけ、折角なんで、一緒に行って良いですか?」

「方向真逆だぞ、俺の向かう方――」

「イズマ関に出れば、道なりに進むだけなんですよね?

 だったら、その方が早いかもと思いまして」


 青年――アロケルは頭を掻いて考え込む。

 身動きは呉用さんに似てるな、等と考えるニーナを横目に、彼は考え――ポツリと呟く。


「――面倒事に巻き込まれても知らないぞ、俺は。

 何せ――向かう先は、面倒事がこれから起きようって場所だしな」

「ああ、まあ、面倒事は、慣れました」


 なんだそれ、と互いに思いつつ、村の門扉を潜る二人。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「でもさ、親父。エルフの予言めいた事じゃないけど。

 このままで済むとは、到底思えないぜ、俺は」

「――何故だ?」

「そこら辺は、親父の方が詳しいんじゃないか? 何かの時に言ってたじゃないか。

 『人間は永遠に争い続ける事は難しいが、永遠に平和を謳歌する事も難しい』」

「……あれは、街の皆を説得する為の――方便だ」

「そうかい? だが、真実だと思うぞ?

 『上のエルフ』みたいな『奇跡』を乱発を出来る様な連中ですら、永遠に続く王国は作れてない。

 人間の本質が諍いだなんて枯れた事言う気は無いし、そんな風には思いたくないけど――

 完全に永遠に回り続ける平和ってのも、多分無いんだと思う」


 そう語る彼の心の内には、とある物事が浮かんでは消えている。


「――アロケル。お前、『父親』の死を探る心算だろう?」

「……爺ちゃんは、危険が勝ち過ぎるから止めて置け、っては言ってたけどな。

 俺としてははっきりさせておきたいんだよね、実際――」


 目の前のもう一人の父親に向け、そんな風に呟く。

 その死因を知ってしまっている自分には、放って置く事は出来ない、と。


「――まあ、そこは半分。

 もう半分は、なんだろ、一族の悪い性格だよな、腰を落ち着けてられない、というか」

「……そういうとこ、御老にそっくりよな、お前も」


 探求が一族の根底なのだ、と分かっているからだろう。

 呉用もそれ以上は強くは言わない。


「ま、たまに手紙書くよ」

「おう、息災でな」


 そんな風に、彼は旅立ったのだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「じゃあ、あいつも向かっている、というかロアザーリオに居るんだな?」

「そうだ。国境沿いで斥候をします、とか言っていた」

「――手紙を書け、あのバカ息子め――本当にたまに、だし……」


 よもや自分の『息子』が状況に噛んでいると思わず、額に手を当てる呉用。


「……何がおかしい、花栄」

「いやいや、前の世での苦労が、多少分かったか? と思うとつい」

「そんなもん、大分前に分かってる」


 子育てが大変なのは、こっちの世で身に染みた、と思いつつ、ふうと溜め息を吐く。


「……だが、懸念してそちらに言った身の言う事でも無いが――何故、まだそんな風に動けるのだ?

 一致団結して、自分の上を皇帝に据えねば成らん時期に差し掛かって来ているのに――

 どこの群れも、未だ定まらぬ動きを繰り返しているのは、何故だ?」

「――デュラは、こう言っていたがな」


 軍師の目になった友に、花栄も、軍人としての目で答える。


「無数の思惑が一致団結を見るには、平和の時が長過ぎたのかもしれない、と。

 」


 花栄の言葉に、呉用は考える。


「……『商会』が商売をする機会と捉えている可能性。

 大半が、他人事のように捉えている可能性――色々在りそうではあるが――」

「どの道、一当て位が起きる事は確定だったのだ、とも言っていた――

 ――で、だ――呉用――」

「……被害を少なくする術の模索なんて、『敵対陣営』の人間に頼む事では無いだろうに」


 そんな事を言いつつ、地図をテーブルに載せる。


「――というか、代行殿、良いのですか?」

「まだ敵ではない、だろう? 恩を売って置け、軍師」


 鷹揚過ぎる上司に苦笑いしつつ、呉用は盤面を俯瞰した。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 誰が最初の絵図を立てたのかも分からないまま、状況はじりじりと動いていく。


 ### 旧暦

 ### 1356

 ### 大陸内奥にて、小規模な軍事衝突

 ### 後の、大戦争の端緒と――


「……あ、すっかり忘れてた」


 世界の果てで、一人のメイドがそう呟いた。


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