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【05】/02


 『ゼテルフォニ=ケルウス=エルマルデイス』は、謀議と粛清の嵐の中を生き残った人間である。

 帝国の歴史に血塗れの君主は多いが――

 こと、身内の血でその衣を朱に染めた数で言えば、彼ほどの『凶王』は中々居ない。


 非常に計算高い統治を行う一方、縁戚にも当る者たちを、『その所業が気に食わない』という理由だけで郎党まとめて殺したりもする。

 同時にその血塗れの手で、他の機構――例えば、冒険者ギルドの効率化、安定化等に介入したりもする――

 ダンジョンの危険度判定の厳密化などは、彼の指示による所も大きい。

 この事によって、無駄死にする冒険者が半減したとも言われる。


 『効率的な恐怖政治』とも言える『公人』としての振る舞いの一方――

 『個人』としての彼は、非常に謎の多い人物でもある。

 『后』を取らず、子をなすことも無く――孤独とも隠者とも思える生活を送っている。

 もっともそれは、父であった『先帝』が多くの側娼を抱えた結果、混乱が起きた事への当て付けにも見えるが。


「――『個』としての人と成りを見るのに、悪い手では無いでしょう」


 会談から戻ってきて、その内容を語られた呉用は、そんな風に呟く。


「……良い手でもないさ。大叔父は基本、自分の事を他者に語る人間でもない。

 会談そのものは受けてくれるだろうが、内容となれば、煙に巻かれて終わりだろう――」

「……自分の身内を、随分信用しておられないようですが――それは、やはり――」

「父を殺された事、ではない――」


 陰鬱、というには軽く語る。


「むしろ、父は率先して私を『樹の巫女』にした人間だ。

 『世間一般』からすれば、『樹の巫女』に成る事選ばれる事自体は然程の問題とは言えんが――

 『エルフ連』だ『教会』だとの『現帝』の不仲は、暗黙でも周知の事実だしな。

 皇帝の傍に、そんな人間が居ると成れば、風聞が悪い――理由の程は知れるだろう?」

「――まあ、そうですな」

「叔父のあまりの孤高さに耐えられなかったのも分かるが――

 諸事色々有ったにせよ、傍から見れば軽々に過ぎる行状だ。

 ――父の方が悪いのだと、はっきり分かっている故、それが理由ではない」


 そんな風に、寂しげに語るベルに、呉用は溜め息を吐く。


「――国の頂点に立つというのは、半分人で無くなると言う事ですからな。

 だが、代行殿はそれを理由としているのではないという――」

「……大叔父は、人間に絶望している。

 幼い頃から、人間の負の側面を見続けてきた――それも50年だぞ?

 身内ですら、その心の深淵に触れる事は、最早――」

「――逆に、良いかもしれませんぞ?」


 呉用は、ふふ、と笑って呟いた。


「――ジンは、人の心にズカズカ入って来ますからな。

 それも、触れてはならない事はしっかりと分かった上で。

 当人が敏感だからなのか何なのか知りませんが、そこら辺はよく分かっているでしょうし。

 それに、代行殿。心配する点がずれておりますよ」

「――まあ、権利を得ただけだからな。ジンが行使しなければいいだけ――」

「しないと思いますか?」


 その言葉に、ベルの口元が、ひくっ、と歪んだ。


「……するよな、あいつは。礼儀作法を叩き込むしかないか……」

「まあ、彼は考え無しでは無い。直ぐに使う事は無いでしょう――問題はむしろ、別の所に有る」


 呉用の言葉に、ベルは頷く。


「未だに、『選帝』の内容がうすぼんやりとしか決定されていない。

 これが、今起こっている種々の出来事に対応する為なのか、それとも――」

「――代行殿が疑っているのは、むしろそこでしょう。

 『皇帝自ら、この様々な問題に噛んでいる』、と」


 陰鬱そうな表情で、ベルは頷く。


「……信じたくはないのだ。だが、あの人は――

 国の発展を為してきた一方で、滅ぶならば滅べ、とでも言いたげな、投げ遣りなやり様を採る事もあった。

 その座に着いてすぐ『西方国』が無理難題を吹っ掛けて来た時の事等、知る者の間では、未だに語り草――

 国が弱まっているのにも関わらず突っ撥ねて、軍事部隊に使節を送らせる様な無茶をしている」


 そう言った事は、詳細ではないが聞いている。というよりも――

 片手間ではあるが学んだこの国の歴史を思い起こすと、現帝の強気とも捨て鉢とも言える行動が浮かんだ。


「――もしも。今のこの国に、何かの懸念を抱いているとして――

 その懸念を取り除く為ならば、何もかもひっくり返す事まで考えている可能性もある」


 ――ベルの言っている事は、確かに考えられる。

 国の状態の詳細までは把握出来ていないが、問題は目に見える範囲でも多い。

 そして、呉用が見るに、その問題の発生する素地は――この国の機構そのものが内包しているとも言える。

 ――だが、と思う。


「――可能性は低いと思いますよ」

「理由は?」

「問題となるのは、『一定数の人間の考え方』であって、全体ではないからです」


 確かに、この国は機構的な問題を抱えている。

 貧富の格差という目に見えるものだけを考えても、相当な水準だろう。

 そして、富める者は、それを認識していない者の方が多かろう。

 だが、手を入れる心算なら、自分や花栄がやって来た大宋国よりは遥かにやれるはずだ。


 ――自分の故郷を悪し様には言いたくないが――

 あの頃の大宋国は、四高官が専横し、それに異を唱えうる心あるものが中央に殆ど残っていなかった。

 もっと言えば、皇帝の目が開かれていなかった――末期とも言える、『現実』に。

 だが、この国の皇帝は違う。得体の知れない所は有るが、無能ではない。


「――何れにしてもですよ、代行殿。

 誰が敵と成ろうと、貴方が味方し、貴方に味方する者ははっきりしている」

「……なあ、呉用先生。シオを皇帝に就けるのは、余計なお世話だと思うか?」

「皇帝に就くか否かは兎も角も――

 手出し出来ない、手出しするのが割に合わないと思わせなくては、安全を確保出来ない。

 ――そう考える代行殿の考え方は、間違っていません」


 そう呟く呉用に、ベルは向き直る。


「というか、すっかりと話が脱線してしまいましたな。

 先ずは、無事に会談を終えられた、祝いの言葉を述べようと思ったのですが」

「めでたくもなんとも無いからな……

 結果として、ジンの程度を喧伝し、シオの感性を喧伝する事になっただけだった」

「だけでも有りますまい。分った事もある。

 少なくとも、『一位』の勢力は、まだ『謎の勢力』を表に出す心算が無い、と言う事が分かります。

 それはまだ、準備が整っていないから、でしょう。

 つまり――なんらの問題も無く動いているのは、実は我々の方だと言う事です。

 まあ、問題を問題視せずに、好きに動いている、とも言えますが」

「――その内容、何故言い切れる?」

「公の場に、自分の考え得る最上の札でない者を連れてくる、というのは――

 まだやる事、させたい事が有り、表に出したくないから――または出せぬ理由があるからです。

 もし何も無く、全ての手順が終わっていて、後は消化試合でしかないのなら――」

「無いのなら?」

「『我が方にはこの様な者がある。さあ、どうする? 本気で戦うかね?』――

 ――とでも言いたげに、それを引き連れて出て来れば、聡い者はそれ以上戦わない様にするでしょう」


 例え、『皇継カハル』当人達が戦意を挫かれなくても、その周囲は動揺する可能性がある。

 そうなると、協力者が目減りする事に繋がるはずだ。

 もしも、こちらにもそれが出来るのなら、自分とてその手に出ている。

 相応の陣容を、戦いには不向きなれど華々しい装備で――その点、『一位』は矢張り心得ている。


 ――出来なかったのは、一重に、自分たちの側の『兵』の層が薄過ぎる為だ。

 もしも、『戦争』の形式で戦う事になれば、分が悪い。

 『一騎当千』を名乗れる札は何枚もあるが、それで全てを戦い抜けるほどではない。

 何せ、『一位』も『二位』も、抱える中の即応出来る兵数は、一万を下らないはずなのだ――

 まあ、動員できる数、という点だけで士気も何も無視して、であるが――それでも不利だ。


 エスターミアは、あまり兵を抱えていない――

 その兵を維持管理する分を、様々な投資に落とし込んできたのが『先代』だ。

 当人が強者だったのも有るのだろうが、エスターミアの『家』に直属の兵士は、殆ど居ないに等しい。


 自分とて、叶うならば他の三者の様に、部隊で送り迎えをしたかった。

 だが、各町の豪族から無理に兵を借りても、ちぐはぐにしかならない、と踏んでたった三人――

 当人・シオ、従者・ベル、ジンで送り出したのだ。

 ――言っては何だが、ジンに叩き伏せられた奴も、それは油断はするだろう。


 ――後数年、いや、事によっては一年。

 そうすれば、今は『少年親衛隊』等と呼ばれている者からも、もっと戦える者が出て来るだろうが――

 仮に、今の段階で『模擬戦』等となっても、勝てそうに無い。

 と言うより、無いとは思うが、他勢力に圧倒されて負け犬根性を付けられても困る。


 だからこそ。ジンという『鬼札』を一枚だけ切った――イゾウは行きたがらなかったし……

 『上辺の数で物を見ていると、そちらの首に手が掛かりますよ』、という、隠喩として。

 圧倒的に見せられないなら、せめて『得体が知れなく』見えれば、と。

 ――そういった点、ジンは良くやってくれた。

 『刺客』が居たか居ないかは分からないが――

 居たとしても、場の空気が度々凍るような状況では、手出し出来なかった事だろうし、と呉用は笑う。


「――戦わずして、相手の戦意を砕く、と言うわけか――まあ、如何にも『一位』がやりそうではあるな」

「そんなところです。だが、その手には出なかった――出たは出たが、あれは民衆向けでしょうし。

 『抜かなかった』のか『抜きたくなかった』のかは別として、『一番の利剣』は秘している――

 煩雑で深遠な『やらなかった』理由も考え得ますが、考え出すと切りが無い」


 そういうと、呉用はテーブルの上に地図を広げた。


「さて、限の無い事を考えてもまさに限が無い。

 だが、別の側面から『観察する事』で見えて来るものもある」

「……これは、帝都の地図だな」

「観光案内に毛の生えた程度のものですがね。

 伊達にブラブラ歩いていた訳では在りません。

 で、各勢力と関係の深い『商会』を調べた所――」


 言いながら、コトコトと駒を置く呉用に、ベルは呆れる。


「――やれやれ。大叔父も怖いが、貴方も大概怖いな」

「物の流れは、読み易いですからな」


 呉用は、ニコリと笑った。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 『商会』――この世界における、商家の複合体。

 ――と簡単に説明する事は出来るが、その定義を詳細にしようとすると、中々難しい。

 田舎町の町医者程度で良かった時には、それ以上の認識は不要だった。

 だが、政治に関わるようになると、もう少し突っ込んで考えなくてはいけない。

 何せ、政治経済に隠然たる力を持っている所が多過ぎるのだ。


 自分は知識は在るが、どうも浮き世離れしている所がある。

 自分の考えだけではダメだと思い、他に尋ねてみる。


 『いや、商会は商会でしょう』、と、この世界の人間に言われる。

 ――失敗だ、それはそうだ。常識の上の『固有名詞』を問われても、そう答えるだろう。

 その成り立ちがそれぞれで違ったりするのだし、こう、と言えないのも分かる。

 ――別の視点からだ。


 ある転世者は『あー。創業家が力持ってる株式会社だね、うん』と言い。

 またある転世者は『トレード地獄かな?』とぼやいている。

 ……自分の生きた時代の何百年も先を生きているから、ではなく、この二人に問うたのがダメだったらしい。

 もう少し分かりやすく言ってくれ、アビーとジンよ……


「噛んでる商売の種類の多い、規模も矢鱈にでかい、『隊商』の発展型だろ、多分」

「…………」

「……何意外そうな面で見てんだ、呉用さんよ」


 ――いや、だって。

 貴方、ジンの言う所の『脳筋』でしょ? イゾウさん。


「殴るぞ、おっさん」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「『ダルフォル』『オルブレント』『ラージェヴァ』。

 この三家で、政治に噛んで居ないところは無いといってもいいでしょう」

「『本家』で噛んでなくても、中間・末端では噛んでる事が多い。

 『政商』って程あからさまでない事も多いが、ある程度の関係ってのは何処にでもある」


 呉用の説明を受けながら、イゾウが補足する。


「――で、何が問題なんだ? 何処にでも有るような話だろうに」

「そうですな――実は、分かりやすい形での『問題』は在りませんでした。

 この場合の『問題』とは、『何処かの勢力の依頼で武具を多く集めている』、とかですな。

 だがまあ、上手い事やっているのか、『平常通り』の荷動きで、あからさまなのはありませんでした。

 ですが、大きめに俯瞰して見た時、どうにも説明のつかない流れが見える部分も――

 いや、持って回った言い方は止しましょう」


 そう言うと、呉用は地図上の駒を二つ取り上げた。


「――『ダルフォル』と『オルブレント』。この二つの商会は本質的に商売敵。

 それも、その因縁は、辿り辿れば帝国建国まで遡れるとか言う、筋金入りの因縁。

 この二つの商会は、『冒険者ギルド』の後援者というか、大手出資者でもありますな」

「――言われるまでも無いな。仲の悪さも、内乱の切っ掛けになった事すらある」

「そう。ですが、ここ何年も『住み分けて』いる」


 ベルが眉を顰めた。その一言だけで察する辺り、自分と違い、こいつはやはり頭がいいよな、とイゾウは思う。


「……まさか、ラージェヴァのエスターミア領での発展に危機感を抱いて、手を取ったとでも?」

「ラージェヴァ――正確には、ラザイエヴァ貿易。

 大元を辿れば、政争に負けてエスターミアに流れてきた――

 『貴族』の家の末裔が起こした、『六星連』との貿易を主軸とした商会。

 その先代当主は、先代エスターミア公の様々な改革を手伝い、時には損失の肩代わりまでしたという。

 当代の当主殿は、中央志向が強い様で、こちらにはあまり興味が無いようですが――

 この家の『再興』を、『脅威』と捉えた誰かが居るのではないかと」

「ラザイエヴァの『家格』は、階級でいけばそんなに高くは無いぞ?

 それに、商売の点でも、その二つの商会に及びも付かない筈だが」

「こうは考えられませんかな?

 『他の選択肢が出て来る事』こそが脅威、と――」


 呉用の言葉に、ベルは考え込む。


「この大陸の主食は、様々に加工されては居ますが、麦ですな?」

「ああ。そうだ――っ!?」

「恐らく、まだラージェヴァ貿易すら気が付いては居ますまい。一部は別として、群れとしては。

 自分の扱う商品の中に、現行の『主食』に取って代わり得る物があるなど」


 うーん、とイゾウは唸る。

 『耕作面積辺りの収穫量』がどうたらとか、説明はされたが今一分からなかった。

 ――だって、『米』だもんなぁ……という感覚、だ。


「――だが、待て、呉用殿。

 麦の流通というのは、末端幾ら幾らの世界だぞ? 儲け話とは程遠いような……」

「儲けなくても良いのです。水準を自分たちで回せれば」

「――他の物価の安定に繋げる為か? だが、どうやって……」

「『商会』という組織の上の方で、『先物買い』をしている可能性は有りますよ。

 いや、恐らくは、間違いなくしているでしょう――目に見える様には成っていないでしょうが」

「何故だ?」

「私は専門ではないので、はっきりとは言えませんが。

 『物の値段が数百年単位で然程変わらない』というのは、あまり正常とは言えない気がします。

 あくまでも、庶民の感じるところの大雑把な感覚、では有りますが」

「……すまん、何言ってるんだ、お前ら」


 流石に訳が分からなくなってきて、イゾウは声を掛けた。


「……何処の誰かは分からないが、主食である麦を、一手に買い上げて、だな――

 常に自分たちが儲けられる水準の価格で回している可能性がある。豊作の年も、凶作の年も、変わらずにだ」

「……おいおい、混ぜてんのか? 古いも新しいも無く」

「どころか、飢えて死ぬ貧民が居ても、それを市場に出す訳でもない。

 いや、逆に、そこまで見越しての『管理』ですらあるのかもしれない」


 呉用の言葉に、イゾウはふとある考えが頭に浮かぶ。


「……奥にいるのは、『エルフ』どもか?」

「証拠は全く無い。だが、可能性はあると思わんかね? いうて、『上』の話では在ろうが」

「……そうなると、今この国で起こってる事の大半も連中が怪しくなってくるんだが」

「――いや。恐らく、そこは半々だろうな」


 呉用はそう呟く。


「エルフ――『上のエルフ』の連中の『計画』の細部までは分からんが――

 エルフのそういった手から、どうにか逃れようとしている動きもあるのだと思う。問題は――

 双方『混濁』し過ぎて、どちらがどちらの指示とはっきり分からなくなっている恐れがある、と言う事だ」

「――待てよ、呉用先生よ。

 それじゃ、ホントに、この大陸――誰が暗躍してるのか分からなくなってないか?」

「操りの糸が絡み合い過ぎて、どれがどう動くのかが定かならなくなっている恐れはある――

 こんな、足を出せば『謀略』を踏む様な状況ではな」


 呉用は深々と溜め息を吐く――だが、にやっと笑った。


「まあ。子供等を、自由に動けるようにするのが、我々のやるべき事。

 やるべき事がはっきりしているのなら――」


 ズバッ――勢い良く、地図をテーブルから剥ぎ取る呉用。


「全部まとめて、場を壊すだけよ」


 その目には、軍師とは思えない勇猛な光があった。


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