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おかしい。絶対におかしい。だって、あいつが実家に忘れ物をするのはあるとしても、あの面倒臭がりなユキが電車で取りに行くなんてまずないはずだ。そもそもあいつは掃除もまともにしないしすぐに物を無くすまたは壊すし飽きっぽいし…あ、まさか俺にも飽きたとかそんなことは…まさか、実はほかの男と付き合ってて急にデートすることになったとかそんな…ことは…


「ただいまー」

「え!?」

「…はぁ?その声は…ゆ、悠くん!?なわけないよ、ね?だってもうあれから2時間半ぐらい経っちゃってるし、ていうかそもそも今日悠くんをうちに呼んだ覚えは…」


やばい。何か手がかりになりそうなものはないかと思ってユキの家に行ったは良いが、このままだとばれ…いや、この家にはクロという猫がいるんだし、その猫の物音だと思わせておけば良いか。よしよしそうしよう。


「…みゃ、みゃーお」

「…」


突如、バタバタというせわしない足音とともに、ものすごい勢いで俺のいる居間の扉が開けられた。俺は隠れていなかったので、もちろんその正体はバレバレである。だがよく考えてみれば「ちょっと忘れ物しちゃったみたいで、ここに無い?」とか「掃除しに来てやったよ」とかいくらでも理由はあったではないか。それに、「え!?」なんていうモロ人間の声を猫の物音とするには無理があるし、むしろこちらから音をたてたらばれるのは当たり前だし、もっと言ってしまうと大の男が「みゃーお」って…


「悠くん?」

「…あ、いや、これはその」

「留守中に人の家に勝手に入って、その上『みゃーお』ってどういうこと?」

「いや、別に、掃除に来てやろうかなーなんて」

「昨日エアコンのフィルター取り替えてもらったついでにしてくれたじゃん」

「でも、お前すぐ散らかすしさ、あと俺ここで忘れ物したっぽくて」

「余計なお世話だよ。しかも悠くん、一昨日得意げになって『俺はお前と違って人んちに忘れ物なんてしねーよ』とか言ってたじゃん」

「…というのは嘘で、クロの様子を見たくてさ」

「なんで?ほぼ毎日うち来るんだし、いつでも見れるのに?」

「や、これから猫飼ってみようかなって」

「綺麗好きな悠くんの発想とは思えないんだけど」

「…ごめんなさいっ!」


ユキの蹴りが飛んでこないうちに謝っておく。こういうときに決して我を通そうと意地になり、喧嘩腰になってはいけない。これは俺の中で鉄則であったりする。そうしないと、己の身が危ないのだ。


「ねえ、悠くん。頭上げてよ」

「え?」

「…さっきの『みゃーお』ってやつ、もう一回やって」

「…ハァ!?わけわかんねえし!」

「ねえーいいじゃんかー」

「う…み、みゃーお…」

「かわいいっ!」

「え、あ、ちょっとちょっと」


突然抱きつかれ若干嬉しいものの、何か大事なことを忘れている気がする。この違和感は何だろう。ユキから抱きついてくるなんてあまりないし、いつもだったらとことん罵倒した末にちょっとずつデレていくものなのに…


「悠くん…さっきはごめんね。急に飛び出して行っちゃったけど、悠くんとはもうずっと離れないから」

「なによ、いきなり」

「だから、急に出て言って申し訳なかったけどもう二度としないよ、大好きだよ、って話」

「お前らしくないことするなあ。さっきから何があったのよあなた」

「えっ」


そうだ。その、「急に飛び出して行った」ことだった。俺に電話の相手を悟られないように、とにかく急いでいるから適当に理由を言って、まるでこれからどこかで秘密のやり取りをするかのような様子を…


「…お前、野田さんと何かあったのか」

「ええっ?はは、リナちゃんが、一体どうしたって」

「ちゃんと話せよ。電話の相手、野田さんだったんだろ?俺に嘘をついてまで、話せないようなことなのか」

「で、でも別に浮気とかじゃないから安心して、ねっ」

「――いいかげんにしろよ」


俺はユキの目を真っ直ぐに見て、さらに続ける。


「野田さんなんかじろじろお前のこと見てたし、もしかしたらいじめられてんじゃないかって考えたんだよ。それに、お前は全然浮気してそうな感じじゃないから当然信じてるよ。それぐらいのことはずっと一緒にいるんだからわかる」

「ゆ、悠く…」

「それより心配なのは…お前、野田さんに何か強要されてないか」

「強要?」

「例えば、暴力的なこととか、その…性的なこと、とか」

「―悠くんこそいいかげんにしてよ!」


ユキの脚が飛んできた。あ、これはまずい、と思った頃には俺の腹にまともにくらっていた。


「馬鹿。リナちゃんあんなにいい子なのに、そうやって疑うなんて。しかも私の家に勝手に上がり込んで。ちょっとかっこいいこと言ったと思ったらすぐこうだよ」

「ゆき…」


つまり、いい子すぎて引っかかるってことなんだけどな。


「出てって」

「あのさ」

「はやく出てってえ!もう一回蹴るよ!?」


仕方ない。俺は痛みに疼く腹をかばいつつ、玄関へ逃げるようにして駆け込む。本人としても混乱しているのかもしれない。最後に、扉を閉める前に俺は言い捨てる。


「なんかあったらすぐ俺に言えよ!!」


それから二度目の蹴りを喰らわないうちに、急いで退散した。

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