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もう、何も考えたくない。嘘であってほしい。あんな時間、もともと無かったってことにしてほしい…。
駅には人がたくさんいたけど、きっとこの人たちにも一人ずつかけがえのない人がいて、二人だけの世界でお互いに愛し合っているんだろうなあ、そしてその中のひとりに、かつての自分がいたんだなあ…と考えると、ますます嫌になった。まだ陽は落ちていないが、空はほんのりオレンジに染まっていた。いつも見ていた空なのに、今日だけは汚れた空に見えた。こんな気持ちになったら、いつも悠くんに全部話して、それから優しい言葉をかけてもらったり、時には叱ってくれたり。よくそのへんに転がってるような話だけど、そういうことが自然にできる悠くんはやっぱりかっこいいと思うし、理想の彼氏だし、たまらなく愛しい。やっぱり、別れることはできない。まして24時間以内にだなんて…
「―――あれ」
私はふと、リナちゃんに言われたことを思い出した。
『これから24時間、時間をあげるね。明日の4時半以内に帰ってこなかったら次はもっと恐ろしいことをするから』
『どういう理由つけて出てきたかは知らないけど、怪しまれない程度の時間に呼ぶんだよ?』
『でもうちには泊めてやらないよ。自分ちであいつとお泊りしな』
ああ。やっぱり、おかしいじゃないか。どうしてリナちゃんは「私の家に悠くんを泊める」ということにこだわるんだろう。それに、別に悠くんと別れずにいるという選択肢もあるんだから、私が痛い思いすればそれで済むはずだ。リナちゃんは、あたかもに私は「別れる」という道しかないかのような言い回しをして、上手く口車に乗せていただけだったのだ。
そうだ。このことは悠くんには言わずにおこう。悠くんと別れずに済むんだったら自分がどうされようが構わない。恐ろしい目にあったとしても、悠くんがいてくれたらすぐに忘れられるだろうし、そう考えてみたらどうってことないように思えてきた。
「やっぱり、悠くんがいれば生きていける…」
そう呟いたけど、駅のアナウンスの音にかき消されて、自分でも聞こえない声になった。自分の声なのに聞こえないなんて不思議な気分だ。また空を見たら、風でちぎれて筋みたいになってる雲が、やや紫色に染まっていた。そのちょっと桃色のような色は、世界中の汚れを全部吸い取ったみたいに汚い色をしていたけれど、それでも綺麗で眩しかった。まるで私たちみたいだなあ、とかわけのわからないことを考えながら、軋む車輪のあるペンキの禿げたいつもの電車に乗り込んだ。