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「ユキの家くるの、久しぶりだなー。そうだ、このあいだ実家帰ったついでにお土産買ってきたよ」
「今年もありがとう!開けても良い?」
「どうぞ」
夏休みの終わり頃、バイトもひと段落ついて、嬉しいことに暇ができたので私たちはそれぞれの実家に帰っていた。悠くんの実家は北海道。ここからは遠くて私には行く機会が無いからよくお土産を買ってもらっていた。中身はいつも開けるまで秘密だけど、嬉しくないものをもらったことがない。
「あ!これ…」
「前から欲しがってたじゃん、そんなやつ。好みに合うといいけど」
「ありがとう!!さっそく使うねっ」
匂い袋。上品な香りのなかに若干悠くんの匂いがついてるのがわかった。物がどうこうとかじゃなく、悠くんが私のためにわざわざプレゼントを買ってきてくれて、その上欲しかったものまで覚えてくれていたということだけですごく嬉しい。私の手の中にふんわり匂いが漂った。
「これからはその匂いを辿っていけばお前に会えるってわけか」
「なにそれ超アナログじゃん」
「ほんとにアナログ人間だろお前。ときどきおばあちゃんと喋ってるみたいな気分になるよ」
「さすがにそれはないわ!!」
「今度、デジタルの何たるかを教えてやろうか?」
「遠慮しときますよーだ」
なんだかんだ高校の時から5年以上付き合っている。結婚するのかなって何度も思うけど、仕事もまだ決まってない学生だからお互い本気でそういう話はしない。でも悠くんと話をするのはすごく楽しいことだな、と思う。どんな話題でも。
「…あ、電話だ」
「いいよ、出て」
「うん」
いつもマナーモードにしているので音は出ない。震える携帯を取り出して、発信者を確認すると、悠くんと行ってるバイト先の友達からだった。
「もしもし?」
「ああ、ユキちゃんだね?今どこにいる?」
「え、悠くんちだけど」
「…ふうん。今からすぐ私の家これる?」
「え?なんで?」
「ちょっと、言いたいことあるから。他の人とか連れてこないでね、あと私に呼ばれたってなるべく誰にも言わないで欲しいの」
「どうしてよ」
「それはあんまり大きな声じゃ言えないから黙っとくけど、とにかく来て」
「無理だよそんな…」
「なんで?同じ東京なのにどうして来れないの?電車とか、乗れないの?」
「いやそんなわけないじゃん、変なこと言うなあ」
「じゃあ、来て。3時までには来て。電車あるのちゃんと調べたから。少なくとも10分前には着くはずだから、すぐにおいで」
「…わかったよ、押しが強いなあ」
「待ってるよ」
電話はブツリと切れた。バイト中はすごくおっとりしたかわいい女の子なのに、声の様子も態度もいつものリナちゃんと違う。なんでそんなに急いでるのかなあ。誰にも言っちゃ駄目ってなんでだろうな…
「野田さんだろ?なんて?」
「あ、いや、リナちゃんではないよ」
「あれ、そうなの?声からしてそうっぽかったけど」
「ううん、私の実家からだった。洗濯物忘れてったから取りに来いだって、すぐ行かなきゃ」
「んなもん送ってもらえば良いだろ」
「うちの家系とことんアナログ人間だからさ、送り方とかわかんないらしくて」
「はあ?それはいくらなんでも…」
「ああでも夜には帰れると思うからさ、電車使えばすぐだし。行ってくる!」
「あっ」
このときはまだこれからどんな話があるかなんて想像もしていなかった。