僕も異世界からの帰還者になれますか?
魚屋を後にしてしばらく歩き、今度は店頭に木の実を置いた店にきた。
「こんにちは、おばさん。」
そう話しかけられた店主は店から体を乗り出し、リリィエストの頭に平手で叩いた。
「おばさん言うな!前から言ってるでしょ、あたしのことはミシルって呼びなさいって。」
叩かれた頭をさすりながら、ミシルと名乗った女性を見上げる。
「それか、お姉ちゃんと呼んでもいいわよ?」
「叩いてくるお姉ちゃんは嫌だなぁ。ところでミシル、この木の実買ってほしいんだけど。」
そう言ってミシルに木の実の入ったかごを渡す。
「木の実じゃなくて果物ね、まあ買うけど。」
果物を見てもらっている間にリリィエストは気になったことを聞いた。
「そういえば、今日なんか人多いね。なにかあったの?」
顔はそのまま果物に向きながら、ああそれはね、とミシルは返事をする。
「二つあってね。一つは森の方から煙があがったからちょっと騒ぎになってるだけ。あれ、あんたでしょ?」
その通りだったのでリリィエストは、たははーと笑いながらごまかした。
「やっぱりか。で、もう一つなんだけど、これが本当なのかは知らないけど、異世界から帰ってくるらしいわよ。」
その言葉にリリィエストは驚き、
「それ、本当!?」
「だーかーらー、知らないってば。ただの噂の元が、あの魔法使いらしいから本当かもってみんな気になってるだけよ。」
あの魔法使いとは、つまりは異世界に行く魔法を作った魔法使いがなんらかの方法で異世界からの帰還を知ったらしい。
その情報がどこからか洩れてそれが広まったようだ。
「どこに帰ってくるかわかる?」
「広場の噴水の近くらしいわよ。って言ってもそろそろ帰ってくる時間らしいけど。」
それを聞いてリリィエストは広間の方へ向かって走った。
「あ、ちょっと!リリィ!!どこ行くのよ!お金は!?」
「あとでまた来るから、それまでよろしくね!おねーちゃん!!」
そのままリリィエストは人込みに消えてしまった。
果物の代金を手にしたまま、ミシルはため息をつき、
「まったく、こういう時だけはお姉ちゃんていうんだからさ。」
かわいい弟のわがままのようにお願いされたことに、ミシルは顔をほころばせる。
「はっはっはっ・・・はぅ!?」
広場までの道を走り抜け、広場前の曲がり角のところで人込みにぶつかった。
「すっごい人だなぁ・・・」
広場の噴水を囲むように人だかりができており、リリィエストの身長では背伸びをしてもジャンプをしても前が見えない。
どうしようと考えていると、人込みの近くの露店の一つに酒を売っている店があった。
その店の横に雑に積まれた酒樽があり、これを見てリリィエストは目をピカーンと光らせた。
一つ一つ酒樽を上り安定しない足場のなか、ようやく頭一つ分高くなった。
そうこうしているうちに時間が来て、あたりが軽い緊張感に包まれる。
広間に静寂が訪れるその前に、噴水横の人だかりの合間に空間の歪みが生まれた。
何だ何だ?と周りが騒ぎはじめるその間にも歪みはどんどん大きくなり、ついには大人一人分くらいの歪みになっていた。
そして一瞬、歪みから光が発せられ皆が一同目を覆い隠した。
光が弱まり歪みのあった場所を再度見ると、そこには一人の青年が立っていた。
「あれが本当に異世界から帰ってきた奴か?」「恰好ボロボロだけど」と疑惑の視線を向けられた青年は周りの様子から何かを感じ取ったようでニヤリと笑い、
「俺は、異世界から、帰ってきたぜ!!」
と周囲のざわめきをかき消すように大声で叫び、天に拳を突き上げた。
一瞬広間にはシーンと静まり返り、青年も「あれ?こういう感じじゃないの?」と疑問を感じた。
しかしそのすぐ後に「うおぉぉぉおおおおおお」と青年の周りで皆が叫び、各々が「本当にかえってきたんだ!」「かっけーーー!!」と叫んだ。
一方リリィエストは驚嘆と歓喜が混ざった表情を浮かべ、
「あれが異世界の入り口・・・僕も、あそこに・・・」
周りの熱にあてられて、リリィエストも感情の高ぶりを叫ぼうとした。
が、酒樽がバランスを崩し視界が一気に下がった。
リリィエストは酒樽と酒樽の合間にお尻が挟まった状態になってしまった。
ふわりと落ちてきたリリィエストの帽子が顔を隠した。
帽子の奥は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。
「はーー、恥ずかしぃ。」
赤みを帯びた頬をぐにぐにといじりながら広場を背にしてリリィエストは町中を歩く。
先ほどの転落がよほど恥ずかしかったのか、なかなか顔の赤みが引かない。
異世界からの帰還者に皆が注目していたおかげで誰にも見られてなかったのが不幸中の幸いだった。
そうして歩いているうちにミシルの店の前まで来ていた。
顔の赤みもようやく引いてきた。
「また来てねー!・・・あっ、リリィ!」
他の客の応対の後ミシルはリリィエストを見つけ呼び止める。
「あんたねぇ、勝手にどっか行くんじゃないわよ。」
「あ、あははー、ごめんね。でもおかげでちゃんと見て来られたよ。」
ミシルに持っていてもらったお金を受け取りながらそう話す。
「そう・・・どう、異世界行けそう?」
「どうかなぁ、でももうちょっとだとは思うんだけどね。」
「ま、頑張んなさい。でも、たまには顔見せなさいよ。」
魚屋のおじさんもミシルも、普段森に引きこもりっぱなしのリリィエストを心配している。
「うん。ありがとね、ミシル。また来るよ。」
バイバイと手を振られながらリリィエストは店を後にする。
前を見るその顔は先ほどのように少し赤みがかっていた。