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Missing √  作者: 双葉 ミリカ
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real



 《026》


 現実と言うのは大概理不尽だ。

 可愛い幼馴染にはいない。

 美人な先輩はいない。

 不思議な超能力は存在しない。

 異世界からの侵略者もいない。

 宇宙から隕石も降ってこない。

 おかしな部活は存在しない。

 心臓が高なり、身震いがし、ワクワクが止まらないそんな日常はどこにもない。


 つまらない。味気のない。かんでも噛んでもなんの味もしない。ないないないのないものづくしの日常。


 俺はそんな日常にうんざりしていた。


「なにか……おかしなこと……非日常が欲しい」


 そんなことを思っていた時期もあった。

 夢を見て、希望を抱き、期待をした。


 しかし実際に俺の元へとやってきた非日常は、思っていたそれとは似ても似つかぬ物だった。


 そんな都合位のいいことが起こるはずがない。

 起こるはずがないからこそ、そんなことを考えているのが楽しいんだ。

 どこでもドアは実在しないから面白いんだ。興味を持つんだ。

 誰もいまキッチンに置いてある電子レンジに夢や希望を抱かない。

 玄関のドアに興味をそそられない。


 理不尽なのは一体どっちだ。


 完全に俺じゃないか。


 《027》


「嘘だろ……」


 眼前に広がる光景に、俺はただただ黙って立ちすくむことしか出来なかった。


「先輩……これって……」


 隣であずぴょんも目を見開きソレを見つめている。無理もない。こんなのおかしい。


 桜ヶ丘(さくらがおか)(あや)は文字通りその身を削っていた。

 今思えばヒントはしっかり散りばめられていた。

 お金。彼女にとって俺は非常に大切なものだった。

 だから借りたお金を適当に精算しようとした俺を叱った。彼女にとってそんなことは許されざる行為だったのだ。

 単純にがめついだけならそんなことは言わない。


 そして母子家庭。こんなことを言うのは偏見だとか、ステレオタイプだとか言われるかもしれないが、両親のいる家庭に比べてその家計はだいぶ窮屈で貧窮したものだろう。


 そして今、全ての答え合わせが完了した。

 腕の傷も、定期的な休みも全部全部これが原因だ。

 桜ヶ丘を追い詰める悪魔はここにいたんだ。

 この建物の中に彼女は今も囚われている。


「い、行くぞ……上野……」


「なんですか改まっちゃって。違和感バリバリですよ先輩がそういうノリって 」


「うるせえ。緊張しまくってんだよ。柄にもねえことしようとしてるのはわかってる。むちゃくちゃなことをしようとしてる。いくらやり直せるっつったってこええもんはこええんだよ 」


 さっきから体の震えが止まらない。

 こんなところまで来たらもう振り返りさっさとお家に帰ることなんてできない。

 誰が許そうと、どこかにいるかもわからない神が許しても、俺は俺をもう止められない。


「大丈夫です。私がついてます。先輩ならできます」


 あずぴょんは震える俺の右手にそっと自分の左手を添え囁いた。


「どうして私が先輩を選んだのか。いくつか理由はあるんですけど、そのうちの一つは先輩がどんな逆境にでも、非日常にへも挑んでいける、そう思ったからです 」


「お前……俺の何を知ってるんだよ……」


「結構色々知ってますよ。あ、いや何でもは知りませんけど」


「恐ろしいもんだ。俺の個人情報はザルじゃねえか 」


「ふっ……ふふっ」


 あずぴょんはくすくすっと笑みを零した。

 俺もつられて笑った。さっきまで、いや今も怖いはずなのに、ショックなはずなのに、自然と笑いがこみ上げてくる。

 ついに俺も狂ったか。いや違う。まだまだ正常だ。


「ここで一旦退却して後日問い詰めるなんて手段もあるんですけど……まあ選びませんよね……」


「もちろん。行こう。現行犯でとっちめてやる。任しとけ」


「そう言うと思ってましたよ。やっぱり私飲み込んだとおりです。じゃあ行きましょうか 」


 《028》


  作戦はこうだ。今から潜入するのは大人が夜を過ごすあの場所。当然正攻法では入ることが出来ない。あいにく俺は童顔気味なんでね。身長もないし。

 故に受付はあずぴょんにひきつけてもらうことになった。女性なら男性ほど幼い顔でも怪しくない。ほんとに最近先輩か後輩か学校の中で判別がつかない。これが結構困……らない。俺女子と喋んねえわ。


「じゃあ……」


「「作戦開始!」」


 先にあずぴょんが受付に向かい、その後ろを駆け足で自然を装いつつ俺が通過し潜入する。

 実はあずぴょんが規定年齢を超えているという淡い期待を抱いていたが、まあそんなラッキーなこともなく。

 順当に「15ですね! あ、次の11月11日に16歳になるんで誕生日プレゼント! よろしくお願いしますね! 」と余計な情報まで添えて申告してきた。いやーホントつくづく運のない男だ俺は。


 結局あずぴょんが引きつけ俺が突入になった。妥当な判断だろう。

 しかし、もしあずぴょんが勝手についてきてなかったらどうしてたものか。

 流石に俺1人で囮も無しにこんなところへ突入するのははっきりいって無理だ。


 囮云々以前に多分ビビって何も出来ない。

 友達とか第三者がいる前だと意地を張っているのかなんなのかわからないが、自然と勇気と度胸が湧いてくる。逆内弁慶……外弁慶とでも言うのだろうか。


「あの〜えっと〜こういうところ初めてでぇ〜」


 思いっきり声を作り受付をちんたら続けるあずぴょんを横目に見ながらすすっと中へ入っていく。ナイスだあずぴょん。迷惑かけたな。後でアイスでも奢ってやろう。


 外装も随分派手で、いかにもという感じだったが、中もしっかり派手な色使いだった。

 今まで感じたことのない「そこ」独特の雰囲気が本来招かれざる客である俺を弾き出すかのようにチクチクと肌に刺さる。


「おぇ、くそ……なんだよこれ……なんか気分わりいな……」


 入口付近でうろちょろしているのも危険なのでとりあえずわけもなく奥へ奥へとなにかに誘われるよう進んでいった。

 無地の壁が左手を、質素なドアが右手を、走る俺を中心に流れていく。

 理由はわからないが、こんなところさっさと抜け出したい。出ていきたい。体が頭が悲鳴をあげている。


「で……桜ヶ丘はどこだ……」


 入口で見かけた時、あんなところでもたつかずにもっと早く攻め込んでいればよかった。

 外から入ってまっすぐの道へ行ったのは見えたが、遠かったのもあり、そこから先の彼女とあの男の行先はわからない。


 突入したはいいものの一体どうすればいいんだこれ……!?

 とりあえず手当り次第に開けてみるか……?

 いや、そんなこと出来るわけない。アホか。


 耳をすませてもきっとこういう施設だ。多少防音の類が施されているはず。却下。


「ここまで来て詰みかよ……んだよちくしょう……」


 計画性が無さすぎた! 勢いに任せすぎた!

 何やってるんだ俺は! 馬鹿も休み休みやれ!


 興奮してアドレナリンドバドバ出て、ちっとも正常な判断ができてねえじゃねえか。

 誰もいない廊下で1人、膝をつき嘆く。

 音のない悲鳴をあげ唸り号哭す。

 結局こうだ。何もどうにもできない。


 でもまぁ……俺も所詮こんなものだよな。

 わかりきっていた馬鹿げた結末だ。


「……ここでですか……? 」


「ん……? 」


 微かに今聞こえた。


「……わかりました……」


「この声は……桜ヶ丘……? 」


 どこからか声が聞こえた。

 確かに桜ヶ丘綾本人の声だ。

 でもなんで……? 防音加工がされてないのか……?

 でもそんなことをしたら建物中、特に今俺のいる廊下なんて艶かしい声の大合唱コンサートになってしまう。そんなのたまったものではない。想像するだけで気が狂いそうだ。


 エロいことは歳相応に好きだ。

 エッチな動画も画像も漫画も見る。

 童貞だけどエロいことはしたい。

 それでも今、そんなことは微塵も頭に浮かばない。

 桜ヶ丘のことが気がかりだからだろうか。

 きっとそれもあるだろう。友達が意思が介入しているか否かに関わらず、凌辱されようとしているのにそんなことを考えていられるわけがない。


 でも一番はそうじゃない。

 理想と現実とのギャップが強烈すぎること。

 俺が今まで頭の中で、空想の世界で作り上げていたイメージと、現実とは全くと言っていいほど異なっていた。


 美化されすぎていた。規制、制限、検閲、そして修正。あらゆる手が加えられた後に俺達の元へ届く情報だけを元に作り上げられたイメージはもはや別の物。

「思っていたのと違う」

 その一言に尽きる。


「......いや......待ってください......」


 再び桜ヶ丘の声が耳に入ってきた。

 やっぱり桜ヶ丘本人だ。間違いない。

 声のなる方へ、さあ私を見つけてみてと言わんばかりに。


 そして一つの扉の前にたどり着いた。

 よく見れば少し空いてる。ドアストッパーか何かが意図せず引っかかっているのだろう。

 ここから聞こえる。この扉のすぐ裏側あたりに桜ヶ丘はいるのだろう。廊下にまで声が漏れるぐらいなのだからおそらく。


 いざ決戦を目の前にすると一層震えが止まらない。恐怖が心の底から無尽蔵に湧き上がってくる。怖い。怖い。怖い。とてつもなく怖い。

 この扉の先に、何が待っているのか。

 想像するだけでおぞましい。


 それでも俺はいく。

 行くしかない。

 桜ヶ丘のために。


 《029》


「おっっっっらあああああ!!」


 鍵は施錠されておらず、力任せに開けたドアはそのままの勢いで俺に道を示した。


「え……? は、林くん!? なんで!? 」


 扉のすぐ先には……衣服がかなり乱れ、恥部を露出した桜ヶ丘が震えながら立っていた。

 その桜ヶ丘には、さっき見た男が覆いかぶさるようにくっついている。


「お前を助けに来た 」


 桜ヶ丘も男もピタリと動きを止め俺の方を向く。視線が体に刺さる。むず痒いというか気持ち悪い感覚に苛まれて吐き気がする。

 片方は桜ヶ丘のはずなのに。


「なんで……? どうして林くん……嘘……見ないで! 」


 一瞬の硬直もつかの間、状況を全員が理解し桜ヶ丘は濁流のように一気に流れ込む羞恥襲われていた。

 女性のあらぬ姿、ましてや顔見知り、同級生だ。あまり見てはいけない。見たら可愛そう。そんなことはわかっている。


 でもこの光景から目を背けてはいけない。逃げちゃいけない。戦うんだ。俺の手で桜ヶ丘そ助ける。そう決めたんだろ。


「おいてめえ! 恥ずかしくねえのかよ! 一応大人だろ! 無垢な高校生を凌辱して、ふざけんなよ! 」


 小さいからだに高めの声、体型は細身で威圧感なんてどこにもない。

 たいして相手はガッチリとした大人。真面目に殴りあったら確実に負ける。怖い。やっぱり怖い。でももう……引き返せるわけねえじゃん。


「あぁ? お前には関係ねえだろガキ。こっちは金払ってんだよ。俺はこの姉ちゃんと取引してんだ。お前もコンビニで買い物したことあるだろ? そういうことだよ! 」


「はぁ? 桜ヶ丘を……するな……」


「なんだよ? 」


 震えが止まらない。マナーモードの携帯電話もびっくりだ。


「桜ヶ丘を……モノみたいに扱うんじゃねえええ! 」


 意外にも俺はこの時冷静で、己の拳程度ではこの男を打倒することは不可能だと悟っていた。

 故に1歩2歩踏み出し体の52kgの体重全てを一点にかけ、タックルをした。


「うぉ! なんだこいつ痛えなおい! 」


 しかし52kgでは少々重量不足だったらしく。

 男は後ろに数歩よろめくだけで、吹っ飛ばすというくらいのダメージは結局与えられていなかった。

 まずい。非常にまずい。俺はこの体格。初手で全てを決めないとおしまいだ。

 今男がピンピンしてると言うには事実上の失敗宣言……チェックメイトを受けたも同然だった。


「好き勝手やりやがって……タダで済むと思うなよクソガキ……」


「ひっ……! あっ……その……」


「どうした? さっきの威勢の良さはどこいったんだよ!? あぁ!? ほら来いよ! さぁ! 」


 俺は悟った。おしまいだと。

 もうどうしようもない。このまま俺はこの男にぼこぼこにされ、全部おしまいゲームオーバー。

 やり直し、ちゃんとできるのかなあ……次は上手くやらないと……


「動くな! 」


 俺の背後……つまり廊下から室内へと怒号が飛び込んできた。


 振り向いた先の光景を見て俺は全ての終結を悟った。

 国家権力のお出ましだ。


 すべては終わった。

 廊下にちらっと見えたあずぴょんの姿から考えるにきっと彼女が途中で呼んでくれたんだろう。何から何まで申し訳ない。最高のパートナーだ、あいつは。


「あはは……やった……」


 もう安心とわかった瞬間、それまで張っていた緊張の糸はプツンと切れ、四肢は力を失い、死んだように俺は床へと崩れ落ちていった。


 《030》


 それから事態は急速に収束へと向かった。

 警察が来てからは俺の出番はほとんどなく、その場は整地されるかのようにさっさとまとまっていった。

 その男は実際の行為や、女の子とのやり取りの記録、桜ヶ丘の証言などからとりあえず連れていかれた。詳しいことはわからん。全然わからん。


 桜ヶ丘と俺は警察に保護され、事情聴取を受けた後保護者に引き渡されることになった。

 あずぴょんはなんかいつの間にか現場から消えていた。やっぱりよくわからない。


 今は警察の施設で「保護者を呼ぶからちょっと2人で待っててね」と応接室っぽいところに俺は桜ヶ丘と2人残されていた。


「なぁ……大丈夫だったか? ……って大丈夫じゃないよな……」


 無反応。さっきから桜ヶ丘は2個となりの椅子で黙って俯いている。ピクリとも動かないその姿には恐怖さえ覚える。人形みたいに綺麗とかは言ってられないようなオーラをまとっているが故に。


「この事は内緒にしとくからさ。あんま気にすんなよ。な? 今は辛いだろうけど、また落ち着いたら学校……来てな。待ってるから」


 俺は思いの丈をぶちまけた。

 あぁ、もっと活かしたセリフが言えればどんなにいいだろうか。こんな時早川ならなんていうだろうか。なんでもできるあいつのことだ。きっとこんな時でも上手いことやるんだろうなあ。弟子にでもしてもらいたい。


 それでも俺は成し遂げた。不器用ながらも成し遂げた。桜ヶ丘綾を救い出した。

 悪の手から、汚い現実から。

 俺にもできたんだ。勢いさえ、思い切りさえあればこんなことだってできるんだ。


 主人公紛いなこともできるんだ!


 嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!

 俺もなれるんだ。こんな俺でも。やった!


「林くん……」


 桜ヶ丘が俯いたままだが口を開いた。

 正直俺はこの開口一番に期待していた。いや、もう確信していたのかもしれない。

 この時俺は、自分が主人公になれたと思っていた。



 でも、



 現実は甘くない。



「林くんのせいで……林くんのせいで……何もかもめちゃくちゃだよ! もうおしまいだ! おしまいだよおおおおお! 」



 怒りと悲しみを同時に爆発させ泣き崩れる桜ヶ丘綾を、俺はただただ呆然と見つめることしか出来なかった。


 無知は罪だった。

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