puzzle
《022》
マンガの中の主人公はいつも輝いていた。
強くてかっこよくて優しくてみんなから慕われている。
まさに非の打ち所のない人間がそこにはいた。いや、欠点も弱点もあった。けれどもただ欠点弱点のままにはしていない。それすらも魅力へと変換する。
もちろん、それは創作、フィクションの存在でその本のから出てこれない物語の住人だってことは早い段階で分かっていた。
それでも、それだからこそなのかもしれない。
俺はそんな主人公に会いたかった。
会って話しがしたかった。会っていろんなことを聞きたかった。彼はどんな人間なのか、彼を知り尽くしたかった。
そしてあわよくば、彼らのような人間になりたかった。
そんな夢の中で夢を見るような幼稚で単純で子供っぽい願望はいつしか俺自身の手で心の奥へとそっとしまわれていた。
《023》
翌日、意外にも桜ヶ丘綾は普通に学校に来ていた。
それはいるに越したことはないし、全然問題は無いのだけれども、逆に違和感を感じる自分がいた。
昨日、2人きりの教室で俺だけに見せたあの顔。
彼女の慈愛に満ちたあのいつもの笑顔にはもう既に大きなヒビが入っていた。
きっと彼女は今までもそうだったように、これからもヒビを隠し続けるつもりだろう。
昨日だって俺がわざわざあんな話を持ちかけなければ、教室に誰かがいたならば、あんな顔を見せはしなかっただろう。
どんな人間でも、一見完璧に見える人間でも、いつかは必ずボロが出る。
いつもボロボロで、むしろ傷を自己申告する勢いの俺には、傷を隠すその気持ちはわからない。
けれども、彼女は決して今いい状態ではないことぐらいは童貞コミュ障彼女いない歴=年齢の俺でも察せる。むしろ人の顔色を気にして生きてきたしわかる方だと思う。ただし女心を除く。
なんとかしたい。彼女を救いたい。
おこがましいかもしれないけれど、傷だらけの女の子を見て見ぬ振りするほどクズではない。俺に見られたのが運の尽きだと思ってほしい。
「しっかし……どうすりゃいいんだこれ……」
何とかしてやると意気込んだものの、至って普通の男子高校生である俺には取っ掛かりさえも見えないのが現実であって。
そもそも何をそんなに思いつめてるのか。
友達関係? 女子のコミュニティは複雑と耳にたこができるくらい聞いてきたがそれか?
ちなみに大概聞いてもいないのにそういう話をしてくるやつはそのコミュニティでもあまり慕われていないやつだ。休日とかあんまり遊びに誘われない。そいつ抜きのグループもたまにある。
それとも恋愛関係? 男に振られたか好きな男をかっさらわれたか。何れにせよその場合俺はこの右手で誰かを一発殴らないといけないことになる。
こんな女の子をここまで追い詰めるやつを俺は寛大な心で許すことが出来ない。
しょーがねーだろ童貞なんだから。
結局理由はわからないし、わかったところでどうにか出来る保証はどこにもない。
いくらやり直しが効くとはいえこんなんじゃどうしようもない。ずちなし。
桜ヶ丘は普段の桜ヶ丘の顔をして、相変わらず他の女子とおしゃべりをしている。
こうして見ると全然おかしな所なんてないのだが……その裏側を俺は見てしまった。
一度見てしまったその裏側をもう忘れることは出来なかった。
「よっ! どうしたんだよそんな思いつめた顔してさ 」
「うおぁ!? ……ってなんだお前か。ビックリさせるな 」
「なんだとはなんだ〜早川様が心配してやってんだゾ☆」
「心配しろと言った覚えはない。あとお前キャラぶれぶれだなおい 」
机の下から湧いてでるように現れた万能人早川を一蹴する。実はこれもなかなかすごいことをやっているらしい。噂によると。
既に女の子にも大人気早川氏。多くの人がそのスペックの高さにちょっとフランクに接するのを躊躇っているとのこと。男にこの単語を使うのはいささか躊躇われるが、高嶺の花といえばわかりやすいだろう。
この前も前川さん(クラスの女子。the JKという感じでやかましい)が
「早川くんってすごく優しいしかっこいいしいい人なんだけどいい人過ぎてちょっと接しにくいかも〜私なんか釣り合わないし〜」
と言っていた。でもね前川さん、僕は知っているよ。前川さんが早川と話している女子をあからさまに睨みつけているのを。
その時の前川さんマングースみたいですっごく怖いよ。ホントに。
故に俺がこんな風に接しているのはまあまあすごいらしい。全然わからん。
あと、これは最近増えてきたのだが、俺が早川とよく一緒にいるからって「早川迅専用窓口」として俺を使うのはやめて欲しい。言いたいことがあるならぜひ直接言った方がきっと彼も喜ぶだろうし。
そんな女の子を扱うのに慣れてるであろう彼が今目の前に現れたのも都合がいい。
「なあ早川 」
「なんだい林くんよ! 」
「女の子から上手いこと秘密を聞き出す方法を教えてくれ 」
早川は一瞬ぽかんと俺を見つめたあと、すぐにクスクスと笑い出した。
「何言ってんのさ。気になる子でもいるの?あーやっぱり桜ヶ丘さん? 」
「まあそんな所かな 」
別に間違ってない。桜ヶ丘のことだし。
普通なら「ち、ちげぇし!バカかよお前! 」などと反論した方が良かったのかもしれないし、良くなかったかもしれない。
とりあえず面白さという観点で見れば俺の返答は2点とかだな。
「おぉ〜その包み隠さないありのままの林が俺は好きだぞ? 」
「すまない、ノンケ以外は帰ってくれないか? 」
「ちぇ〜」
たまにこいつがそっち系なんじゃないかと不安になる。女の子にモテすぎて飽きたとか……あーなんかありそうで怖い。
そうであっても俺は友達で……いられると思う。多分。おそらく。うん。
「で、なんだっけ。女の子から上手いこと秘密を聞き出すだっけ? そんなまどろっこしいことしないで直接聞けばいいじゃんか。桜ヶ丘さんでしょ? ダメなの? 」
「ことがことなんだ。そううまくいかないもんで 」
「ふぅ〜ん……なるほどなるほど 」
早川は俺が多くを語らない様子を見て深追いはしてこなかった。
俺が早川の立場だったらモヤモヤしまくっていずれキレるか落ち込むルートだった。相手の心中を会話から察して一旦引く。これもリア充の会話術なのかもしれない。あとでメモしておこう。
「じゃあさ、こんなのはどうよ。」
早川は少し考え込んだ後、案外単純な結論を導き出した。
《024》
「あのぉ……」
「はい!? って林くんか〜どうしたの? 」
「ちょっと聞きたいことあるんだけど……いいかな? 桜ヶ丘のことで」
早川の出した回答は随分単純なものだった。
□
「名付けて、桜ヶ丘さんのことをもっと良く知ろう作戦!」
「名付けるも何もそのまんまじゃねーかよ 」
「ひと目で作戦の概要が把握できる有能タイトルと言ってほしい」
「どーせ俺とお前しか聞かねーだろこの作戦名……」
□
早川のことだからもっと俺には思いつかないようなリア充テクニックをかましてくるのだとばかり思っていたが……俺でも思いつきそうだな、これ。
そこから数日、桜ヶ丘本人にはバレないように桜ヶ丘の情報を集める作戦を決行した。
本人に気づかれずに嗅ぎ回るなんてそんなこと無理だわ〜あ〜鬼畜ゲーだわこれ……なんて当初は思っていたが、聞いてみれば案外上手くいった。
流石にクラスメイト全員に聞くのは怪しすぎるため却下したが、よく桜ヶ丘と一緒にいるおそらく同中と思われる女子達にそれとなく聞いた( つもりだったがあとで早川に聞いたところかなりぎこちなかったらしい )ところ、
「綾のことね……やっぱり林くん……まあそうだよね〜いいよ! 色々教えてあげるよ……何から聞く? バストサイズ? 」
「いや、そういうのはいらないんで……」
とすんなり色々教えてくれた。
俺はエスパーではないので彼女達が何を考えているのかわからないけど、わからないはずなんだけども。なんかもう大体想像がついた。
やっぱり女子高生という生き物は色恋沙汰に目がないのだろうか。
時にはその事実さえもねじ曲げて色恋を生み出すその屈強な精神力と発想には敬意を表する限りだ。
まあでも確かに人の色恋沙汰ってのは面白い。すごくわかる。
だって上手く行けばそれこそお祭りのように喜べる。相談に乗っていたりアシストと日々していたのならば、自分が手間暇かけて積み上げてきたものがついに完成したかのような達成感を得る。
逆にもし失敗したとしても、結局は外野。特に失うものは何も無い。言ってしまえば、他人の恋愛関係に首を突っ込むのはノーリスクハイリターンの育成ゲームをプレイしているのと大差ないのだ。
安全地帯からプレイするゲームはさぞかし安心して楽しめるだろうよ。
そしてあわよくば上手くいかなかったそいつの傷ついた心につけ込んで掻っ攫う……なんてやからもいるぐらいだからもうわからない。海賊かあいつら。貪欲すぎるだろ。
とにかく今回ばかりは一緒にいるのを見かけるのが他の男子よりも( それも同じクラス委員だからってだけの理由だが )多いってだけで俺が桜ヶ丘を好きだなんて勘違いが生まれてくれたのは好都合だった。
これなら俺が色々聞こうとも本人にこのことが筒抜けになることはないだろう。え? ないよね? 女子高生そこまで卑劣じゃないよね!? 慈悲もあるよね!? ねえ!?
にしても、高校生の恋愛事情って言うのは実際どんなもんなのか。
俺は高校生活ぼっちだったから恋愛なんてもっとありえなかったのでちっともわからないが、世の高校生は本当に恋愛に勤しんでいるだろうか……誰か詳しい人教えてください。
ぼっちだったあの頃、友達いなさすぎて勉強ぐらいしかやることがなかった俺はよく人間観察をしていた。それも結構ガチな。今思えばかなり気持ち悪いやつを。
趣味が人間観察だなんて言うやつとはできればあまり関わりたくはない。絶対やばいやつだし。
ぼーっと教室で寝た振りをしたり、ノートを眺めながらクラスの会話を聞くだけでも、あいつはあいつが好きだとか、付き合ってるとか、仲がいいとかまあ色々聞こえてきたし、実際そんな感じだなあと行動を見ることも出来た。
まるでアニメか劇かなんかを見る観客のように、あっちからはなんのアクションもない一方通行の視線を送り続けていた。うわぁ改めて思うとマジで気持ち悪いな俺。
まぁ何はともあれ桜ヶ丘のことを間接的とはいえ知ることが出来た。
家はマンション暮らし。妹が2人いて桜ヶ丘は長女らしい。
両親は桜ヶ丘が小学生の時に離婚して、今は母親が1人で3人を養っているらしい。
いやお友達ここまでしゃべちゃっていいの? ちょっと怖いよ僕。
中学の時から彼女は真面目で世話焼きで優等生という今のキャラを確立させていたという。その容姿と内面のせいか、何回か男に言い寄られたこともあるとか無いとか。
気持ちはわからなくもない。
っていうか、こういうのを求めてたの。複雑な家庭環境とかどんな顔すればいいかわからないから困るから。
さて、そんな桜ヶ丘綾がリストカットを決行するほど思い悩むのは何故か。
優等生桜ヶ丘綾がテストの順位を20も落としたのは何故か。
いつも笑顔の桜ヶ丘綾が寂しそうな顔を見せたのは何故か。
よく喋る活発な桜ヶ丘綾が友達にも言えないような悩みを抱えてるのは何故か。
そういえば……
学校で初めて彼女に会った時、お金を返そうとしたら柄にもなく声を荒げたのは何故か。
真面目で誠実な桜ヶ丘綾が梅雨の頃から度々学校を休むようになったのは何故か。
そんなに優秀な桜ヶ丘綾が自らを傷つけたのは何故か。
今まで見てきたシーンの欠片が一つ一つ組み合わさっていく。
でもまだ足りない。圧倒的大部分を占めるピースが手元にない。
きっとそこにはこの物語の結末が描かれているはず。
だんだん主人公っぽくなってきたんじゃないか俺……!?
幼き日、まだ本当に幼く無知で純粋だったあの頃に夢見たヒーローはもう目の前にはいない。
それはもちろん。
俺がなってしまったからな!
《025》
週末、俺は最後のピースを手に入れるためにある作戦を決行した。
桜ヶ丘綾のことはだいぶ知れた。クラスの男子じゃおそらく俺が一番桜ヶ丘のことに詳しい。自信はある。
でも、結局の原因は、元凶がなんなのかには全くたどり着けていない。
それに憶測だけでは結論は出せない。
既にいくつかこうじゃないかと思っているものはあるが、今のところどれもただの空想物語の範疇を出ることは出来ていない。
ではどうするか?
「で、尾行……ですか……」
「なんだ。なんか文句あるのか。じゃあくんな 」
「いやいやありませんよ! ただ、このインターネットが普及するような情報社会の現代に尾行とはなかなか古典的だなぁと思った迄です。確かにシンプルイズベストという言葉もありますしね〜 」
「そういうわけだ。あんまり目立つようなまねすんなよ。普通にバレそうで怖い 」
「あいあいさー!です!」
「だから大声を出すな!」
日曜日の昼下がり、天見台から電車に揺られること数十分。県内屈指の都市、美浜丘に俺達はやって来ていた。
桜ヶ丘が休日何をしているか探る。そのために俺は尾行を選んだ。これでなにかわかればいいのだが、とあずぴょんに話したところ、
「じゃあ私もついていきますね! 」
と自然にくっついてこようとした。
もちろんこんな金髪ツインテール美少女を連れていたら目立つ。そんなことは誰だってわかるだろう。
もちろん来るなの一点張りで、出発の日時も場所も全く伝えていなかったのに……当然のようにこいつは現れた。
というか桜ヶ丘を尾行する俺をさっきまで尾行していた。
「もー先輩何も言わずに行っちゃうんですから! ちょっと傷つきましたよ……」
「そんなこと考えるならその金髪もうちょいどうにかなんねーのか? ウィッグなんだろ……?」
「まあそうですけど……これがないと私は私じゃないんです!」
「制服は脱いでもいいのか 」
「アニメのあずぴょんだって私服ぐらい着てました〜! 」
珍しくあずぴょんがムキになって俺にかみついてきた。俺も随分めんどくさいことを言っている自覚があったが、こいつも相当あれだ。
白いワンピースにいつもとは違い下で結んだツインテール。正しくいえばお下げだろうか。そして夏の日差しが反射してきらめく金髪……のウィッグ。
地毛はきっと黒か茶なんだろうが、もう金髪に慣れてしまっている俺がいる。
ぴょこぴょこ俺のあとをついてくる姿はなかなか可愛い。幼さのだいぶ残る顔に低身長。
そして慎ましやかな胸。あれ? ちょっと兄妹っぽくね?
こんな女の子と街を歩ける日が来るなんて……ありがとうゴッド……この際なんの神でもいい感謝させてくれ。
「ちょ先輩先輩! あれ! 」
「なんだよだから静かにしろって……」
あずぴょんの呼びかけと彼女の指差す先の光景は、感傷に浸っていた俺を現実世界に引き戻した。
夢のない世界がそこには広がっていた。
「嘘だろ……」
俺の瞳には、明らかに顔見知りではないであろう成人男性と桜ヶ丘綾がピンクと紫を基調とした建物へと吸い込まれていく姿が映っていた。
頭の中で、パズルのピースが音を立ててはまった。
完成。
あとがき失礼致します。天々座梓です。
やっと物語が動いた気がします。ここにたどり着くのは最初から考えていたんですけどなかなか誘導できず、こんなに文字数を使ってしまいました。
ここからは展開も加速するのでぜひ次回もよろしくお願いします。




