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Missing √  作者: 双葉 ミリカ
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 《014》


「林くん! また委員会すっぽかしたでしょ! 」


「あ、すっかり忘れてた。すまない 」


 6月。2回目の学校生活もそろそろ板についてきたところ。

 日本的には梅雨に突入し、毎日雨雨雨。

 湿気が多くジメジメして気が滅入る……というのも分からなくはないが、このあとやってくるであろう夏を考えると、案外今のような季節が1年で1番過ごしやすいんじゃないかとも思い始めている今日このごろであった。


「まったくもー……林くん私が言わないといっつも委員会仕事忘れちゃうんだから……」


「あんまりこういうのなれなくってさ。今までもあんまりやってこなかったし 」


「クラス委員初めてなの? 」


「もちろん。普段ならこういうめんどくさいことにわざわざ首は突っ込まない。それにリーダー的な役割は柄じゃないしな 」


「ははっそれわかる! 」


「俺もちょーわかるー 」


 なんの成り行きか知らんが、クラス委員という俺に似合わない大役を任されてしまい、正直どうしようもなくなっていた。だって定期的に委員会の集まりとかあるし、その後も伝達とかなんとかで色々仕事あるし。

 今まで何もやってこなかったからいきなりはきつい。慣れないことはしない方がいい。ボロが出まくってボロボロだ。


「もう……しょうがないなあ……」


 それでもなんとかやっていけてるのはこの方、桜ヶ丘(さくらがおか)(あや)のおかげである。

 ウザイぐらいに世話焼きで、寛大な心を持つ。まさにお母さん。おっと危ない俺のバブみがバーストするところだったぜ……となる場面が多々ある。

 同級生にバブみを感じるのはいかがなものかと俺も当初は思ったが、彼女の母性はそれをも超越するとてつもないものだった。


 ちなみにバブみと言うのは対象に母性を感じることである。これは桜ヶ丘のようにマジで色々お母さんっぽい(特に胸部が)人だけではなく、あまりお母さんっぽくない(特に胸部が)人にも使うことがあるらしい。

 むしろ貧乳にこそバブみを感じる……なんてギャップ萌えみたいな思想家たちもいるとかいないとか。


 一応言っておくが本物の母親にバブみは全く感じない。実の妹に妹萌えしないのと同じ理論と考えて欲しい。


「とりあえず伝達事項は全部私が聞いてきたから。はいこのメモ。貸すから後で写しておいてね 」


「はーい 」


 桜ヶ丘から1枚メモを受け取る。

 きっちりときれいな字で次回の委員会の日時と、文化祭体育祭関連のことが所狭しと書かれていた。

 きっとこの4割ぐらいは桜ヶ丘が勝手に必要だと思って書き足したものだろう。以前の委員会の時も黒板に何も書いてない時ペンが動いていた。もちろん俺はぼーっと虚空を見つめていた。


「お、林く〜ん今日も夫婦円満ですねぇ〜」


 桜ヶ丘が俺から離れたのを後ろで今か今かと待ち構えていたこいつ……早川が獲物を見つけた肉食獣のようによってきた。


「そんなんじゃねーよ。あえて言うなら親子だ 」


「なんだよその返し……お前なかなかこじらせてんな……」


「人を病人扱いするな。俺は至って正常だ 」


 早川はニンマリと歯を見せて笑った。

 早川だけではない。このクラスではこういう扱いがだいぶ浸透している。

 桜ヶ丘の母性と俺の怠惰。綺麗に二つのピースがハマった……まあ実際は俺が桜ヶ丘におんぶにだっこだけなのだが、何を思ったかいいコンビから転じて夫婦みたいな扱いに昇格していた。

 関係ないがおんぶにだっこってめっちゃ親子っぽい。俺めっちゃ幼い。


「見ててなごむんだよな〜あんたらふたりって。いいコンビだと思うぞ? お互いもかけてるところをこう、うまいこと埋めあってるみたいな?」


「ばか言え。桜ヶ丘欠けてるところなんてない。もしあったとしてもんなもん俺が埋められるわけがないだろう 」


 早川もたまにおかしなことを言う。

 こいつは基本的に的確に物を言うし空気もしっかり読む。コミュ力お化けは一言一言が的確だ。言葉から光がさしてる感じがする。


「そうかなぁ……俺結構的を射てると思ったんだけどなぁ〜 」


 早川は少しムスッとした顔をしてさっさと去っていった。納得いかないのだろうか。


 ありえないぐらい順調に日々は過ぎていっていた。

 5月末のテストでは多少色々あったが、まあ特筆すべきでもないくらいだ。

 友達がいる高校生活というのはこんなものなのかと、ここ数週間で改めて認識した気がする。

 登校も授業中も休み時間も昼食も掃除も放課後も下校も休日も、

 今まで一人で過ごしていた。

 けれど今は誰かがいる。そばにいてくれる。


 長いことこの感覚を忘れていた。

 振り向けば誰かがいる。ふと見上げれば誰かがいる。モノクロだった日々の光景に色彩が生まれ、動きがこころなしか加速する。

 楽しい時はすぐ過ぎるなんて言うがまさにこんな感じなのかもしれない。



 《015》


「最近調子いいですよね。先輩もここに慣れましたか。いや〜私もこれでやっと安心できますよ〜まったく 」


 学校生活に慣れて来ると、あずぴょんとの通話は減り、大体メッセージでの報告になった。

 でも、こうしてたまに通話することもある。

 あずぴょんの声を声を聞くとなんだか安心する。出会ってから3ヶ月ほどのはずなのに、妙に落ち着いて話すことが出来る。まるでずっと前から友達だったかのような。いやまぁ、桜ヶ丘には負けるけど。


「そろそろ1学期も終盤ですけどどうですか? 」


「どうですかって何が 」


「もーわかってるくせに! 桜ヶ丘さんですよ! 桜ヶ丘さん! 」


「桜ヶ丘がどうしたってんだよ 」


「いい感じじゃないですか〜! 周りの評判もか・な・りいいですし! どうですか? ここらでいっちょ落としてみませんか? 」


 あずぴょんはどこかから俺の動向を見ているのか、俺が言う前にクラスのことも大体把握している。故に先手でいじられる。

 毎度のことでもうそろそろなれてはきたが、なんとなく心の奥で悔しい気がしてならない。

 いつか彼女のことをいじれるネタをゲットしてやりたい。


「アホか。俺にそんなテクもルックスもねーよ。そういうのは早川みてーなやつがお似合いのポジションで、俺は三枚目を演じるか大人しくしとくのが適材適所ってわけだ 」


 我ながらきちんと身の程をわきまえている素晴らしいコメントだと思う。誰も評価してくれないから自分で自分に星をあげておこう。


 実際早川はモテた。

 そもそもあのスペックでモテない方がおかしい。顔は爽やかで清々しいし、スタイルもシュッとしてるし、大きくぱっちりした目に薄い茶色の髪。少し長めだが不潔感の全くないその佇まいにもう何人もの女子が陥落した。


 その上性格も頭もいいときた。

 俺はもう早川に勝てるものがない……数少ない俺の特技であるタイピングも多分この調子だと抜かれるのも時間に問題だ。

 そのくらいやばい。


「あー……確かに早川さんはすごいですね……なんですかあの完璧人間! ステ振りおかしいですよ! 創造主はアホなんですか!? 全く……」


 いや、お前じゃねーのかよ。このゲームの世界を作ったのは。

 ということはあずぴょんはあくまでナビゲーターみたいな役割で、黒幕は別にいる……? んなわけないか。それは流石にラノベの読みすぎだっつーの。


「な? だからそういうのは早川に任せとけばいーの。はいこの話おしまい。今日はもう遅いし寝るか 」


 スマホの画面上部に映し出されているデジタル時計は11:45の4文字を映し出していた。

 そろ期末テストも背中が見えてくる頃合。

 ぐっすり寝れる時にはしっかり寝て起きたいもの。

 2週目ということもあり、勉学の方は多少余裕があるが、その貯金もいつつ切るかわからない。そもそも取り分け頭の良い生徒ではなかったし、なんかもうちょっと危うい。


「あ、ちょっと待ってください 」


 通話終了の赤いボタンにタッチする寸前にあずぴょんが俺を止めた。


「確かに早川さんも桜ヶ丘さんも先輩より何回りも優れていて輝いている人間かも知れません。でも、彼らだって弱点がないわけではありません。もしかしたら先輩が役に立てる瞬間があるかもしれませんよ? 人は誰でも1人では生きていけません、支えあって生きているんです。引き止めてすみません。おやすみなさい 」


 そう言って通話は切れた。

 早川も言っていた。欠けているところを俺が埋めている。

 そんなことができるのだろうか。そもそもそんな機会が来るのか。


 己の無力さを再確認しながら、少し優秀すぎる友達を持ったことを後悔した。



 《016》



 学生生活で最も苦痛を味わうだろうイベント……テストが無事に終了した。


 毎回テストでは残酷にも点数とクラス順位というものがはっきりと現れる。

 これはその後のクラスでの立ち位置に大きく関わってくるので注意したいところ。


 ぼっちの頃の俺には全く関係の無い話だったが、クラスの中で「まああいつはバカだからな」とか「やっぱりあいつはすげーな! 」みたいな風潮が出来上がる。

 それがなかなか厄介なもので。


 固定観念……ステレオタイプ。もっと学生っぽくいえばキャラ付け。

 勉強に限ったことではないが、一度ついたキャラを払拭するのはなかなか難しい。むしろ勉強ははっきり結果が出るので嫌なイメージを取りやすい方だ。


 話はテストに戻るが、俺も無事にと言うにはいささか状況は酷すぎるが、とりあえず終わったことに変わりはない。テンプレだがやっぱり二重の意味で終わった。


 1回勉強したんだし、受験だって乗り越えたんだし! とだいぶタカをくくってテスト前なのに思いっきりゲームやらSNSをしていたところ、思いのほか問題内容が前回と変わっており大目玉をくらった。特に理系科目が爆死だ。元々俺は文系なものだから、3年の受験期にもなると全く手をつけない理系科目と言うものも多少は存在する。

 落とし穴はそんなところに潜んでいた。


 中間テストの時もこんな感じでまんまとハメられたがまあなんとかクラスの中間ぐらいには順位を置くことが出来た。

 今回もそんな感じでうまいこと危機回避してくれれば嬉しい所存だ。神様お願いします。


 もちろんこの世界の神(最近その立場も怪しいが)である上野小豆(うえのあずき)様にも「おいなんだこれ! 」と怒鳴り込みに行ったが、

「え? まあ運命ってのは変わりやすいんですよ。些細な行動で未来は変わるんです 」

 とかなんとか言って諭され1時間ほどパラレルワールドのお話をされたからもう2度と文句はつけない。あの女意外とめんどくせえ。


「おい! 林〜この後カラオケ行こうぜ! 」


 クラスのムードメーカーである(やなぎ)だ。

 クラスの中心こそ早川だったが、柳はあまり先頭に立ちたがらない早川に変わってクラス引っ張っていっていた。

 こういうやつも今まではうるさいだけでうざったらしい存在だったが、今こうして立場が変わればいい盛り上げ役に見える。

 見方を変えれば人の印象はだいぶ変わるものらしい。


「ああ、もちろん行くよ。どこのカラオケ? 」


花守坂(はなもりざか)駅前のカラオケ大国ってやつ 」


「あーあのドリンクバーがぬるいとこ 」


「しゃーねーだろ金ねえんだからよ! 」


「その気持ち痛いほどわかるぜ……」


 バイト禁止の我が校では、生徒はほぼみんな等しく金欠である。

 俺や柳はもちろん、あの早川でさえもお金には勝てないらしく、毎回おたがいを慰め合いながら安い自販機のジュース選んで飲んでいる日々だ。


「まあ今日は女子も誘ってる……からな……? 」


「なに……? 一体誰を……!? 」


「前川さんと神崎さんだ……! 」


 前川さんと神崎さんは俺の見た感じクラスでも活発な部類の女の子。

 あまりこの言い方をしたくはないが、わかりやすく言うならば1軍と言うやつだ。

 前川さんは明るい茶髪に肩にかかるかと言うぐらいの長さの綺麗な髪。きっとあの髪型にも名前はあるのだろうけれど童貞でオタクの俺にはさっぱりわからない。


 ついこの前までボブはムキムキな黒人男性の事だと思っていた。最近の女子高生の間ではそんなものが流行っているのかと思った俺もだいぶ錯乱していたと思う。


 神崎さんは黒いポニーテールの似合う元気な女の子。テニス部に入っているらしく、最近少しずつ肌が黒っぽく焼けてきたのがまたこうエロい。エロスを感じる。童貞だから些細なことにエロスを感じてしまうのはこの際目を瞑っていてほしい。


「どうだ……テスト明けの気分展開には最高のセッティングじゃあないか? 」


「柳……お前のこと見直したよ 」


 男子高校生はエロいことで最も強い絆を結ぶ生き物である。


「ん? 」


 柳はみんなの輪に戻っていき、俺はそうと決まればさっさと帰ろうと荷物をまとめ始めた時、一人俺よりも早く教室から立ち去る桜ヶ丘が視界に入った。


 こういうクラスの集まりみたいなものはもう何回も見られたが思い出してみれば桜ヶ丘がそのような集まりに参加しているところを見たところがない。そういえば無いな。


 まるで逃げるように廊下をかけていく桜ヶ丘の後ろ姿はなんだか暗くぼんやりとしていて、妙に寂しかった。

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