friendship
《008》
改札の脇、券売機のところであたふたする女の子……桜ヶ丘 綾はその時そこに確かにいた。
「やばいやばいやばいやばい……おかしいなあ……ここにしっかり入れたはずなのに……」
新品であろうピカピカのリュックを地面に置き何かをガサゴソと探している。
遠目から見た感じだがかなり必死になって探しているようだ。
「これじゃあ帰れないじゃんかーあーもう! 」
しかしどうやらお探しのものはなかなか見つからないらしい。しかもそれがないと家に帰れないという。
そんな重要なものはしっかりと管理しておけ……
そんな彼女を横目に俺はそそくさと改札を通過する。それが最善策。ベストアンサー。
彼女はきっと誰かが助けてくれる。周りを見渡してご覧。俺以外にもちらほら人はいる。
探し物はおそらく状況と多すぎる独り言から電車の定期券かなにかだろうけど、まあきっとどうにかなるさ。
全く知らない女子高生にましてや急いでいるのに手を貸すほど俺はお人好しではないし度胸もない。自分で言うのもなんだがクソ人間だ。
もっとも? 困っている人を気づいていながら見ないふりをするという行為に罪悪感を感じていない訳ではない。多少心は痛む……とまではいかないがモヤッとする。
ただそれは結局ところ、誰もいない深夜の交差点で信号無視をするぐらいのものでしかない。
「まあ大丈夫。なんとかなるでしょ。」
頭の中の天使と悪魔は口を揃えてそう言う。
ここで対立はない。自分に正直に生きれるのは俺の良いところでもあるし悪いところでもある。
そう。俺じゃなくてもいいんだ。
大丈夫。なんとかなる。そう。
はいこの話終了おしまい閉店ガラガラ。
……と俺も思っていた。
ふと気付いた時には俺の足は1歩、また1歩と彼女の方へ向かって歩き出していた。
止まらない、止められない。理由はなんだ?
あずぴょん(仮)のためか?違う。あいつは見た目こそ上野小豆だが本質は得体の知れない女の子だ。
ゲームクリアのためか?違う。そもそもゲームとは言っていたがハチャメチャすぎる。どうすればクリアなんだよ。
ではなんのために?なんのために俺は今目の前の女の子を助けようとしているんだ。
まぁ理由なんてどうでもよかったのかもしれない。
その時の俺はちょっとおかしかったんだと思う。あらためて思えば勝手に足が動くなんて狂気の沙汰だ。
ほんの気まぐれ。その程度だと思ってほしい。
「あの……なにかお困りですか……? 」
彼女は俺の声が聞こえたのかピタリと動きを止め、ゆっくり後方へと顔を向けた。
「えっと……その……大丈夫です! すみません! 」
「いや、全然大丈夫じゃないでしょ……」
「えっ……それは……その……」
図星だ。
そんなん誰が見たってわかる。と言いかけたが、ギリギリのところで飲み込んだ。
「これ、良かったら使ってください」
俺は財布から千円札を1枚取り出し、彼女の手のひらに握らせた。
千円札が貴重ではないといえばそれは大嘘になるが、どうせ友達のいないコミュ障童貞オタクの買い物に使われるのなら、健気な女子高生の起死回生の切り札になった方が野口さんも喜ぶだろう。
おれだったら嬉しい。
「じゃ、俺急いでるのでこれで」
「え、そんな!? ちょ待って……! 」
突然の出来事に目をパクリさせた後、彼女は俺を引き留めようとしたがもう遅い。逃げ足だけは早いのでな! はは……
あのホームルーム後のだらーんとした時間! 帰ろうか、いやちょっと残っていこうか、あの子はどこいったと各々の理由で教室にたむろするあの時間と空間からエスケープするために磨かれた技を! 職人技をとくと見よ!
きっと彼女は俺の千円札でなんとか自宅にたどり着き、美味しいご飯を食べあったかい布団で眠るんだろうなあと思うととても清々しく気持ちがよかった。
《009》
「……っていうことがあってな。どうよ。いんじゃねーの? 」
その日の夜、なんだかんだ元々の高校1年と違うことをしたので、ことの顛末をあずぴょんに報告していた。
そんな気は無かったのに気まぐれのようなもので1回目と違うことをしてしまった。別に悪いことではないけど何かが引っかかっていた。
「おお! 凄いじゃないですか! やっぱりやればできるんですよ先輩はもう! 」
なぜだかあずぴょんは自分のことのようにニコニコ……正確に言えばニヤニヤと表すのが近いような気がする笑顔をしているだろう口調で喜んでいた。
電話越しなのでもちろん顔は見えないが、これは絶対にそういう顔をしている顔だとわかるぐらいだった。
「んで、これからどうすんのさ。これでいいの? 」
「んー……その女の子を助けたのはとりあえずスタートラインに立った所……って感じですね。本番はこれからです 」
「マジか...っていうかだからどうすりゃいいのさ俺は。あの子とくっつけばいいの?」
ギャルゲーならきっとあの女の子とこの後偶然の再開を果たし、そこから始まる甘酸っぱい青春群像劇が展開され、極め付きにはそう……! 十八禁コーナーへシューーーーット! 超エキサイティン!
「なに考えてるか知りませんけど多分それは見当違いです。私にはわかります 」
なぬっ!? エスパーか!? こいつ!
「まぁ心配せずともその子とはまたすぐに会えます。そこまでは特に気を張ってなにかする必要はありません。このゲームエンディングまで3年ですから。そんなに焦らずゆっくりプレイしてもらっても大丈夫ですよ 」
「3年!? 」
「あれ、言ってませんでしたっけ? 青春をやり直すって 」
確かに言っていた。青春をやり直してもらうと言っていたけれども!?
そこは高校生活3年間をうまいこと圧縮してそれなりのプレイ時間に収めるんじゃないのか? 今まで色々なゲームを見てきたし、やっても来たけれど、エンディングまで3年かかるゲームなんて聴いたことがない!?ていうかぶっつずけ3年だなんて……
「死ぬやん……俺……」
その時脳裏に蘇る中学生の時に見たアニメの記憶。ヴァーチャル世界にダイブしてゲームをプレイするが、それはゲーム内での死=現実世界での死というデスゲームだったというもの。
ゲームクリアでデスゲームから脱出できるが、そのアニメの中では死を恐れて戦闘を避け、ゲーム内でのんびり暮らすことを選ぶプレイヤーもいた。
一見それも無くはないと思うかもしれないが、ヴァーチャル世界はいいとしても現実の体はそう何年ももたない。魂の抜けた体はいずれ朽ち果てる。制限時間は暗に示されていたのだ……
「あ、そのへんは大丈夫ですよ〜 思い出してください。ここはゲームの中。今先輩の思考速度は何千倍、いやもう何倍かわからないぐらい加速しています。ですから、先輩がここで3年の時を過ごしても、現実の世界では全然時間はたっていませんでした! って感じなので。なんか夢見てるみたいですね 」
「思ったよりハイテクなんだな……このゲーム……」
いきなりこの時代に精神だけをヴァーチャルの世界に移してプレイするゲームが存在するのがまずおかしい。そんなものファンタジーの中のものだ。今のところは。
おかしいところをあげてはもうキリがないし、俺はプレイ時間3年の時点でもう色々考えるのが面倒くさくなってきていたので、考えるのをやめた。この世界の秘密が今わかったところでどうにもならないだろう。懸命な判断だと自分を賞賛したい。
「彼女を落として彼女にして1発ヤるってのも悪くないですけど、あいにくそういうゲームじゃないので……とりあえずお近づきにはなって欲しいですね〜 」
「あーまあなんか考えとくわ 」
......................................................
「お近づきになるねぇ……」
あずぴょんとの通話を終えた後、湯船で1日の疲れと汚れを落としながらさっきの言葉を反芻していた。
口に出してもお風呂なので反響し、それに合わせて頭の中ではもっと反響する。
3年間ボッチだった俺にはもう人と話すだけでも一大イベント。ましてや女の子だなんて……今日のは特別だ。本当に頭の中が空っぽになって体が勝手に動いていた。
本当に、使いやすい言い訳だ。これ。
《010》
「あれ?あなた昨日の……!? 」
確かにすぐ会えるって言ってたけど? 言ってたけれども!?
まさかこんなにも早くて、こんなにも近くにいるなんて、
「クラスメイトだったんだね〜 」
思わないじゃない!?
翌朝、昨日と同様ふらふらーっと1人教室へ足を運ぶと、そこには見覚えのある顔が1つ。俺を待ち構えるかのように。
そう! 昨日俺が千円札を託したあの女の子は、まさかの俺の同級生だった。
いやまあ、あの時は体が勝手に動いてたし? なんにも考えてなかったし? 一周目にはクラスメイト、特に女子なんて全然関わらなかったし!? 今も目の前にいる女の子の名前、思い出せないし!?
「う、うん……そうみたいですね……」
最低限もいいところの返事を投げつけ俯く。きっと顔が赤くなってる。うっわもう恥ずかしい。死にたい。いや、死にたくないけど。
「いやーよかったよかった! この学校の生徒ってのは制服でわかったんだけど、そこからどうしようかなーって困ってたの! 助かったよ! 」
彼女は安堵と喜びの混ざった世界で一番幸せなんじゃないかってぐらいの笑顔を俺に向けてきた。やめて! 溶けそう!(?)
「あ、私桜ヶ丘綾。よろしく〜 」
「えっと、林、林嶺士郎 よろしく……」
明るく元気のいい清楚で澄んだ彼女と、
暗く不健康で根暗で淀んだ俺とは月とすっぽん。もう綺麗に対照的だ。
「えっと、これ! 昨日のお礼! ほんとに助かった! 林くんの千円札なかったらもうどうなったことか……考えるだけで恐ろしい……」
桜ヶ丘さんは千円札を差し出しながら、一瞬顔をこわばらせ体をぶるぶるっと震わせた。あの顔から察するに駅から彼女家まではかなりの距離があるらしい。
「でもまあ……千円札くらい……? 大丈夫だって...」
目の前に差し出された千円札を、俺はそっと押し返す。別に女の子の手に触れるのが恥ずかしいとかそんな童貞じみた理由じゃない。断じてそういう理由ではない。
確かに趣味にお金を使ったりもするが、友達のいない俺にとって友達付き合いで発生する経費、友達費がない。悲しいことに。
故に多少想定外の出費が出ても何ら困ることはない。残念なことに。
「ダメ! これは林くんに受け取ってもらわないといけないの! 」
桜ヶ丘さんは急に声音を変えた。俺を叱るように少し強い感じに。怒り……というよりは義務感のような。そうでなくてはいけないという思いを感じる。
「は、はぁ……ごめん……じゃあ……」
桜ヶ丘の豹変ぶりに、教室という空間が刹那静止し、俺は普通にたじろいだ。一歩後ずさった後、差し出された彼女の手から千円札を1枚抜き取った。
「あ、ごめん!つい……ちょっともどかしくって……ごめんね? それじゃ! 」
桜ヶ丘はすぐに「今までの桜ヶ丘綾」に戻り、自分の席へと戻って行った。
見た目も整っていて(俺基準)、声もおっとりしていて(声優の茅野真衣みたいな)、おっぱいも大きい(大きい)、絵に書いたような優しい女の彼女がほんの一瞬でも声を荒げたのは、クラス中に大きな印象を与えた。
お互いをまだいまいちよく知らないという現状も相まって、クラスには異様な雰囲気が流れる。桜ヶ丘はその後中学の同級生らしき2人の女の子と話していたが、同中のいない俺への印象はきっと良くはないだろう。
なんたってあんな見た目の女の子を叫ばせたんだから。俺だったらそんなやつにいい印象は抱かない。やだもう怖い。
「はーい座る〜ホームルーム始めるよー」
ガラッと前方のドアを担任が開け、異様な雰囲気は強制的に断ち切られた。
これは先が思いやられる……
《011》
入学2日目ということで、今日も軽い集会やらなんやらで午前中に帰れるということだった。
ホールでまたもう聞き飽きたありがたい睡魔と激闘を繰り広げながらお話を聞かされ、教室に戻されたと思ったらなんやかんやで待たされる。
そりゃあね? 年度始めだし色々上手くいかないのはわかる。先生方も大変なのはわかる。
きっとこの年度始め特有の空白時間は、「お前らフリータイムやるからお互い仲良くなれよな! 」という意図なんだろうきっとそうだ。
だってもう周りでそういう輪ができ始めてるもん!
クラスメイト達は既に席に座りながらも親交を深めており、完全に俺は出遅れていた。
中身のない談笑。たわいの無い話。そんなことをすることがどんなに難しいか。あなたにはわからんでしょうね!
1周目もそうだったが、この感じ、どうも慣れない。別にぼっちなのはもう慣れたが、自分だけが遅れ、取り残されていくこの瞬間はちょっと寂しい。
右から左から楽しそうな声が聞こえる度に、胃が、頭が、手足が、胸が痛む。
だから俺は、耳を塞い……
「なあなあさっき何してたんだよ? 」
不意に前から声が聞こえた。
「おーい! 寝てんの? 」
俺じゃないよな、いやいや俺じゃないのはわかってるよ。でもちょっと気になるじゃない。俺はチラッと目線を上にあげる。
「お、気づいた。やっぱり起きてんじゃん!」
前の席の爽やかそうな男が……こっちていうか俺を見てニコっと笑った。
「俺……? 」
「以外に誰がいるのさ! 面白いな〜あ、俺、早川迅。よろしくなー! 」
早川……林……なるほど。俺の前なのも納得だ。
キリッとしつつも優しさを含む目、細身に見えるが所々しっかりしている体、そして全然知らない俺に気兼ねなく話しかけるこのコミュ力……
「さてはてめーリア充だな……」
「何言ってんだよ〜まあなん! せっかくだしさ。林はどこ中? 」
早川はさらっと話題を広げてきやがった。コミュ力の高い人間はこういうさりげなく会話の世界をそっと広げる。これもまた職人技。無意識にやってるのか意識的にやっているのかは知らないが毎回感心させられる。
「田村中……って知らないよな。結構田舎だし……」
「え!? 俺赤崎中なんだけど。」
「うっそマジかよ!? 」
この完璧リア充男(仮定)、なんと俺のすぐ近くに潜んでいた。
うちの学校では誰も受けないようなこんな県外の高校にまさか隣の中学の奴がいるなんて想像できるだろうか。
いいや、んなこた無理だ。この学校はそこまでしてくるような魅力的な学校ではない。校舎もボロいし、立地は悪いし、進学実績がめちゃくちゃいいってわけでもないし。
うちの母親は何を思ってここを俺に勧めたのだろうか。きっと奨学金制度だろうけど。
「いやー驚いたよ。まさか田村中の人がいるなんて。なあ!今日一緒に帰ろうぜ!どうせ最寄り、天見台駅だろ?」
「そうだな……一緒に帰るか!」
「おうよ!」
早川は当然のように話進めいつの間にか一緒に下校することになっていた。
これもリア充の話術...それもかなりの高等テクニックとみた。
「なぁ……その……俺と……」
3年間口にできなかった、いや、務めてしないかったのかもしれない。俺は無意識下でこんなことはしても無駄、むしろしてはいけないとしていたのかもしれない。
「友達になってくれない……?」
「はい?何言ってんだよ 」
早川の返答は、俺にとっては意外なものだった。もしかしたらこれが当たり前の時代が俺にもあったのかもしれない。
公園へ行き、砂場で顔も名前も知らない子とお山を作り旗を立てる。こうして友達になっていたなんて時もきっと。
それが年を重ねる事に友達って何?友達ってどうやったら出来るの? わかんないわかんないわかんないわかんない!
誰に聞いたらいいかわからない。過去の自分は知っていたはずなのに。いつ忘れてしまったのだろうか。
計算やら漢字やら地図記号なんかよりよっぽど大事で便利で掛け替えのないモノなのに。
「そんなんいちいち言わなくても友達だっつーの! 」
早川はそんな俺の葛藤をいともたやすく断ち切った。
いや、元々それは些細なものだったのかもしれない。ちょんと触れば切れてしまうもろい糸だったのかもしれない。
早川の剣も強いだろうけど、勝手に俺が難しく複雑に捉えていただけだった。
入学2日目。高校生活通算4年目にして俺にお友達ができた。
と、同時に俺はある違和感に気づいた。
この世界はやっぱり何かがおかしい。
《012》
「あのさぁ……ちょっと聞きたいんだけど 」
その日の夜。昨日と同様に今日の出来事をあずぴょんに報告するため電話をかける。もちろん無料でかけられるアプリの方で。
「なんですかー! 今のところ順調じゃないですか! 初日から女の子と運命的な出会いを果たし、二日目にはそのことこれまた偶然の再開! さーらーに! あれだけできなかった?お友達ももうできちゃったじゃないですか!いやー先輩がここまで有能だなんて……先輩を選んだ私の目が恐ろしい……」
「あー……その事なんだけどさ。なんでクラスメイト変わってんの? 」
教室に入った時から何か違うなとは思っていた。いくら俺が外界との接触と絶った仙人のような状態で日々を過ごしていたとしても、業務連絡なんかは避けられないし、さすがに毎日何時間も同じ箱の中にいたら顔ぐらいは覚える。見たことあるかないかぐらいは……?
それが確信に変わったのは早川迅との邂逅。
今の俺は高校三年間を経験したとはいえ、その中身は見事にスッカスカ。まるでヘチマだ。
そんな俺にいきなり友達を作れるだろうか。
答えはノーだ。
そもそも早川のようなやつがいれば、前回だって俺は今日のように早川と友達になっていたはず。あいつと会話を始めた時点でそれ以外の選択肢はもはやない。
やっぱりリア充様怖いわぁ……
「き、気のせいですよ……!?ほら、先輩ぼっちでしたじゃないですか!? 」
「あほか。どんだけ俺の視界は狭いんだよ。見たことあるかないかぐらいはわかるわ。」
あずぴょんは電話の向こうで、諦めたように深くため息をついた。
「そーですよ!はい!クラスメイトいじりました!桜ヶ丘綾も、早川迅も元々いませんでしたー!これでいいですか!? 」
今までのサポートをしつつもちょいちょいいじってくる、かなり余裕のある口調とは打って変わって、ぶっきらぼうで雑にも程があるような口調であずぴょんは答えた。
「んーまあいいけどさぁ……他にもめちゃくちゃ色々聞きたいんだよね。このゲームの仕組みとか目的とか俺が選ばれた理由とか3年って長すぎねとかクリアってどうすりゃいいのとかもうたくさん 」
環境はもろ現実世界で、しかも1回通過してきた生活というのでだいぶ不信感も抱かずここまでのうのうと生活してきたが、よく考えてみれば結構やばい状況なんじゃないのか……!? 俺はそんなことを思い始めていた。
「一気に色々聞きますね……先輩ネタバレとかあんまり気にしないタイプですか?」
「割と見るな。見た上で泣く 」
「便利な感性ですね……」
泣きアニメゲームは結末を知っていても面白いものだ。エンジェルバスターズ!とかこの花とか何回見たかわからん。
「まあできれば説明してあげたいんですけど、そう上手くいかないものでして……とりあえず今言えるのは、先輩はこの先今まで体験したことのない困難にぶち当たるのでなんとかしてください 」
「えらくざっくりだな 」
「まあぶち当たればわかります。なかなかハードモードですよーこのゲームは 」
困ったものだ。俺は初見のゲームはノーマルかイージーでプレイすると決めているのに。
「それともう一つ。この世界は98%現実です。ラノベの中みたいに都合のいいことは起こりません。そんなことがあったら意味がありません。」
「ゲームなのに? 」
「ゲームなのにです 」
ますますわけがわからない。現実にないものを具現化するからこそのゲームであり仮想世界であり2次元の世界じゃないのか……?
2次元の世界はいつまでも夢に満ち満ちていてほしい。出なきゃきちい。
「じゃあ残りの2%は? 」
んーと少し考え込んだ後、あずぴょんはこう答えた。
「私……ですかね? 」
《013》
それからというもの、今までしーんとお葬式のようだった俺の高校生活というものは、一気にサンバカーニバルに変貌を遂げた。
いや、別に本場のサンバカーニバル見たことないけど。多分そんな感じ。
「おーっすおはよー林ー! 」
「うっす」
朝は「どうせなら一緒に行こーぜー最寄り同じじゃんかよー」という早川の誘いをやっぱり断ることができず、一緒に行くことになった。
別に早川が嫌いな訳では無いが、こうものすごく綺麗に言いくるめられ手玉に取られてる感じがしてたまらない。いつか目にものを見せてやりたい。
「おー早川と林じゃん。今日もはえーなー」
「桐崎の方が早いじゃんかよ!」
「まー俺の家はすぐそこだしなー」
入学から1週間たった頃には、意外にも早川以外の友達が出来ていた。
ここでクエスチョン! どうして3年間ぼっちだった俺がクラスにこうも簡単に馴染むことが出来たでしょうか!?
正解は〜全部早川のおかげでした!
俺はこれを友達の友達理論と名付けた。
早川はパーフェクトリア充だから勝手に友達をじゃんじゃか作ってくる。んで俺と早川は席が前後ろかつ登下校は一緒とおそらく一緒にいる時間は一番長い。
そして早川の元にはたくさんの早川の友達がやってくる。
んでなんやかんや俺と早川と早川の友達という構図が出来上がり、自然と輪に入っていく。
要はおこぼれをもらっているという感じだ。
プライドなんてママの腹に置いてきた俺にとっては単純に友達っぽい友達ができたのが嬉しかった。
いやー、いいね。友達。もう響きがいい。
完全に神さま仏さま早川さまである。今度早川の家が何の辺か聞いておかないと。お祈りの方角がわからないと困る。
そんな高校生らしい日常を悠々自適に過ごしていた矢先、さらなるイベントが俺の元へと転がり込んできた。
「それじゃあそろそろお互いの顔と名前を覚えたところで、委員会とかそのへん、ちゃちゃっと決めちゃいましょうか! 」
まだ若い俺達の担任の女性教師は元気よくLHRを開始した。
今年初めてクラスを持ったという彼女は俺の感覚では、駅前を意味もなくうろちょろしてたり、電車内にも関わらず大声で話すへなちょこ大学生と大差なく、俺の心は不安と期待とこれはおもろいなと結構可愛いなとおっぱいでけーなが混じりあってぐっちゃぐちゃになっていた。
とはいえ先入観で人を判断するのは良くない。その立派な双丘に免じてポンコツイメージは撤回しよう。うん。しゃーない。
「じゃあまずは定番のクラス委員かな。男子女子1名ずつ。とりあえず立候補から、決まらなかったら推薦とかだけど……誰かいないかな? 」
あーこれは長くなるやつだ。とクラスの大半は今思ったはずだ。
可視化されるんじゃないかという重苦しい大量のため息が教室という空間に吐き出されるのを肌でしっかり感じ取った。
こういうのはほかのヤツらに任せて大人しくしておけばどっかもうあってもなくても関係ないようなところに人数合わせでぶち込まれるか、そもそも人数分係とかがないのが定石。
下手に動かず大人しく。ここ数日柄にもなく張り切っちゃってるしひと眠りするかな。
教室の中心列、かつ列の最後尾というこの席。一見まあ真ん中の列だしなあと思われがちだが、それは違う。
ここは教室内で最高の席だ! まず教室全体を見渡すことが出来る。これは結構楽しい。授業中なんかに普段は見れないあの子の気の抜けた姿なんかも拝めちゃうかもしれない。
実際この席になった時に、ふと横を見たら結構かわいい女の子が鼻くそをほじっているのをただ1人目撃してしまい、相当ショックを受けた。人間の偶像崇拝の限界が見えた瞬間である。
しかも、この列。教師と真正面で向かい合うこのフォーメーション。早川をはじめとする前のヤツらがうまいことタテになって俺を隠してくれる! (ここ掛詞)
あぁなんて素晴らしい席なんだろうか……神は俺に味方した……
気づくと俺は机に突っ伏し、そのままうとうとと半分夢の世界へ足を突っ込んでいた。
□
夕日の差し込む教室に2人。少年と少女が向かい合い会話に花を咲かせる。
声変わりもしかけというような低音と高音の混じり合う声の男の子と、対照的にもうすっかり大人の風格を見せ、余裕のある姿勢で佇む女の子。
「ねえはやっしー。はやっしーはさ、好きなことかいないの? 」
彼女は俺に優しく問いかけた。
「いないよ。可愛いって思う人はいるけど好きとかはよくわからん 」
彼女はフフッといたずらに笑った。
「そうかぁ……まぁいずれはやっしーもわかる時が来るんじゃないかな。誰かを好きになるってことがどういうことか 」
俺と同い年のはずの彼女だが、彼女の発言や行動はいつも俺の数手先を行っている。
追いかけても追いかけても追いつかない。
登っても登っても見下ろされる。
「じゃあ✕✕✕は知ってるのかよ。誰かを好きになるってこと 」
「もちろん。なんなら教えてあげるよ。今ここで……」
□
「ん……? 」
「おーい林〜起きろー! ほれ、早く前行け! 」
バシバシと早川に肩を叩かれたことで一気に現実へと引き戻される。せっかくの睡眠を邪魔した罪は重いぞ貴様。
「前ってなんだよ……」
「あれあれ」
早川の指さす先を眠気眼を擦りながら見つめてみる。ぼやけていた視界がだんだん鮮明になり、黒板の文字にピントがあい……ん!?
《クラス委員 林 桜ヶ丘》
はぁ。一体どういうことだ。俺が寝ている間に何があった。
どうして俺がクラス委員委員なんだ!?
そして、桜ヶ丘さんも……!?
わけもわからず促されるままに席を立ち、教壇の元へと向かう。
既に行先には先生ではなく桜ヶ丘綾が立ってこちらを見ていた。
クラス中の視線が一点……俺に注がれているのを感じる。
もちろん痛くはない。辛いわけでもない。
なんだかもどかしい、むず痒いと言うのが適切だろうか。あいにく俺の語彙力はこの状況に適切な言葉を添えることが出来なかったようだ。
ゆっくりと歩みを進め、教壇……桜ヶ丘の元へとたどり着く。
「1年間よろしくね、林くん!」
慈愛と元気をミックスしたような穏やかな笑顔をする彼女にあんな秘密があるなんて。
俺があんな結末を選ぶなんて。
こんな現実があるんだって。
今はまだ、彼女しか知らない。
というわけでラノベタイトル風に言えば、
「3年間ぼっちを貫いてきたコミュ障オタクが何故か金髪美少女と青春をやり直すことになった件について。」
の始まり始まり。




