beginning
《006》
桜の舞い散る季節。
それは結構春の序盤だったりする。
地域によってかなり時期は異なるが、少なくとも俺は春だなあと感じた頃に桜がしっかり咲いていたのを見たことは無い。
四月の序盤。
入学式の日。
新たなる門出。
ある人はそれをめでたいものだと言う。
ある人はそれを辛く厳しいものだと言う。
そして俺はそれを...
「既視感しかないんだけど」
と言う。
さっきまですぐそばにいたあずぴょん(仮)はいつの間にかいなくなり、周りには多くの高校生……カバンや制服の新品具合からしておそらく新入生。親が近くにいる生徒も多い。
俺はこの光景を見たことがある。
それも三年前に。
入学式の日、校門の前。
こうやって周りの生徒を見て、希望に満ち溢れた綺麗な志を抱いた自分がここに立っていた。
今はもうそんな奴この世にはいないのだが。
ともあれこの状況は一体……?
頭にハテナマークを山ほど浮かべていると、ポンと音を立てポケットのスマホが通知を知らせた。
画面には無料メッセージアプリのアイコン、送り主は、「上野小豆」
「あずぴょん!? 」
急いでアプリを起動しメッセージを確認する。
「どうですか? 私のゲーム『アオハルクエスト』! 楽しんでますか? 」
一瞬期待したが、やっぱりあずぴょん(仮)からだ。
春の新たな門出の雰囲気に全く似合わない、渾身のため息を発射。
「なんなんだこれは」
「もちろんさっき言ったとおり『アオハルクエスト』です! 」
「幻覚か? それともヴァーチャルか? 」
状況的にいえば彼女はゲームと言っているが完全にアレだ、タイムリープだ。
しかし、まだ本当にタイムリープしたなんて俺は信じちゃいない。
もちろん? 幻覚もヴァーチャルもまだまだ二次元チックだが、タイムリープよりはまだまだ現実的だ。
「いやいや! そんなことありませんって! 本当に、ゲームの世界に入ったんですって! 」
猫耳の美少女がペロッと舌を出しているスタンプが続けて送られてきた。
なんかイラッとしたのは気のせいだろうか。
「100歩、いや、1億歩譲ってそれを信じるとして俺は何をすればいいのさ」
トーク画面開きっぱなしで携帯にかじりついているのか、既読が一瞬で付き返信も20秒もしないうちに返ってくるからほぼほぼ対面して話しているのと変わりない。
「とりあえず先輩には前回と同じ道を辿ってもらっては困ります。なので、『前回と違うこと』してください。なんでも構いません。そうですねぇ……いきなり彼女つくれーとかは無理ってわかっているので……とりあえず誠実に生きてみてはいかがでじょう? 」
こんな長文だって一瞬だ。
こういうのに慣れているのだろうか……まさかネットへばりつきオタク……?
上野小豆が休日ラフな格好でPCをコーラやポテチを貪り食いながらいじっている姿を想像した。やべえ萌える。
俺に絵の心得があったとしたらぜひ完璧に描きあげて全世界の少年達と共有したいぐらいだ。
「はいはい……とりあえず行ってきますよ」
「ぐっどらっく! 」
《007》
前回と違うことをしろ……などといきなり言われても俺は俺であるわけで。
というかそもそもこんなリアリティしかないゲーム存在するのか?
勢いでやるって言ったけど大丈夫なのか?
これなに? え? ゲームの中なん? どんなゲームなん!?
あまりにも意味不明な場面に遭遇すると人間逆に落ち着いてくるものだ。とりあえず俺は、このゲームのルール「青春をやり直す」という目標のため何かしらのアクションをとることにした。というかそんなんしか思いつかなかった。
新入生は1度教室へ集合し、その後担任の指示に従いホールへと向かう。
さすが新入生と言わんばかりの指揮系統からの指示の伝達しなさ。
中学からの知り合いがいるものはその人とただただくっちゃべり、そのような助け舟がいない者は流れに身を任せとぼとぼ進んでいく。
この時点で教室という奇妙で異様で人によって抱く印象が完全に2分する空間に形成されるであろう生態系ピラミッドがうっすらと見えてきた。そんな気がした。
もちろん俺は助け舟なし荒波を平泳ぎで乗り切るマンであって。
入学式のあとは教室で担任の話をひたすら聞かされる。
高校生になったからどうのこうのと教育委員会から台本が送られて来ているのか疑うほどの内容。
俺が高校1年をやるのは1度目...ではなかったが、1度目の時も既にデジャヴを感じる程のテンプレ具合だったのを覚えている。
その後、健康診断等の書類を配り終了。
初日なんて大体こんなもんだ。
さあ、ここまで
まっっっっったく同じ道をたどっておりますプレイヤーネーム:林嶺士郎!
まさかここまで同じ道を辿るとは俺も思っていなかったよ!?
言い訳をしたい。
そんな一瞬で人は変われない。
今の今まで一人寂しく帰路を歩いていた少年にこういうこと強いるのはおかしいって?
こういうのはもっとイケメンでコミュ力お化けで女の子が自然と寄ってきて、でもそれを綺麗にばっさばっさ切っていくようなラノベ主人公がいるぽじっしょん!CV松岡禎〇!!
さて、こんな時に便利な接続詞がある。
そんなこんなで……高校生活2回目、もといアオハルクエスト初日があっけなく終了した。
完
「っていやまだ終わってませんから! 」
校門を出て、また同じように駅へと歩いていると、あずぴょん(仮)から急に電話がきた。
今朝はメッセージだったのに一体何様なのだろうか。
「なんだよ」
「いやいやなんでそんなにテンション低いんですか先輩? もうなんかやらかしたんですか? もうどうしようもないですね先輩は! 」
「俺の高校デビューを捏造をするな。現実はもっと地味で穏やかで惨めだ。いっそなにかやらかして注目された方がよかったのかもな。」
薬にならなきゃ毒になれ。
出なけりゃあんたはただの水だ。
以前どこかでそんな言葉を聞いたきたことがある。
モブキャラより大悪人。
この方がアニオタの俺にあってる。そんな気がする。
「またまた〜! そう落ち込まないでくださいよ!まだまだ初日ですよ初日っ! 」
「あぁ……そうかもな」
あずぴょん(仮)はかなり余裕がある口ぶりだが、実際どうなんだろう。
別にアオハルクエストとかいう超常現象に巻き込まれて、青春をやり直す機会を与えられたのに初日から前回と同じような道をたどっていることを気にやんでいるのではない。
アオハルクエストなんかどうだっていい。
むしろこのままゲームオーバーになってしまっても構わない。
死ぬとかは……まあ考えものだが。
別にぼっちなのはもう慣れているし、失敗するのももちろん慣れっこだ。負け犬根性染み付いてるぜ。
ただまあ? ただ?
「俺は失敗をした」と自分で思ってしまっていることに違和感を感じている。
俺のこの過ごし方は間違いなのか……?
俺は間違っているのか?
今までの俺は全て不正解だったのか?
1人教室で過ごすのは不正解だったのか?
孤独のランチタイムは不正解だったのか?
SNSで友達作って同じアニオタ同士で語り合うのは不正解だったのか?
休日は家で惰眠を貪ったり、アニメ消化したり、長期休暇にはイベントに行ったりするのは不正解だったのか?
じゃあ正解ってなんだ……?
「せーんぱいっ?」
あずぴょん(仮)の声でふと我に返る。
こう脳内で勝手に物語を展開させるのはオタクの悪い癖だ。
これ日常的にやってると素で出ちゃうから気をつけないといけない。最も喋る相手もいない俺には問題ないけどネっ!
「ゲームマスター的には? プレイヤーがなーんにもしないで勝手にゲームオーバーになっちゃうのはいかがなものかと思いますけど……上野小豆的には全然問題ありません! ゆっくりでいいんですよ? ね? 」
電話越しでもあずぴょん(仮)が向こう側でにっこにこしているのが鮮明に見えた。(気がする。)
おっと……俺としたことが……年下の女の子にバブみを感じちゃうところだったぜ……ひゅう!
「まーそういうわけで初日の戦績報告でしたっと……んじゃ」
あずぴょん(仮)の返答を待たずにすぱっと電話を切った。
どうせくだらない話が続くんだろう。
しかもそろそろ電車も来るしな。
通話画面から慣れた手つきで路線検索アプリを起動。このアプリにもだいぶお世話になっている。
次の電車は約5分後。
幸いあまり大きくない駅なのでホームまでの移動はほぼゼロと考えてもそろそろ改札をくぐっておきたいところ。
田舎の電車事情はなかなか厳しいものでして。
一本逃すとざらに30分も待たされてしまう。
高二の頃...今の状態からだと1年後に訪れるであろう夏コミの時、俺は初めて東京へと電車で赴くのだが、その時世界の違いを思い知らされた。トイレ行ってたら一本逃すなんて...
入学式を終えて、既にできた友達と帰る者、親と一緒に帰る者、各々が各々のパートナーと共に帰路へ向かう。
もちろん……初日ということもあり、俺みたいなソロプレイヤーもちらほらと見受けられる。きっとその大半は今週中に同じ方面に帰る人同士でパーティーかギルドかを結成しソロではなくなる。
真のソロプレイヤーは本当にごく少数。今の時代レア中のレアだ。
しかしまあ入学式後のホームルームが終わった瞬間誰とも顔を合わせずに、放課後のあの人生で一番無駄で、人生で一番有意義な時間を楽しむクラスメイトであろう人々を横目に見ながら教室を飛び出したので、駅構内にはまださほど人は多くなかった。
きっと30分か1時間後にはもっと人も増え賑やかなものに変貌するだろう。
賢いソロプレイヤーは下校さえ洗練された帰り方をする。
既に購入しておいたSuicaで改札をスルー……
しようとした時、視界に1人の少女が映った。
見たことない光景だった。
3年前にはなかった出会い。
いや、きっと彼女は3年前もここにいたんだろう。
俺がそれに気づかなかっただけだ。
なぜ今は気づいたのかわからない。
運命ってものは同じように進めようとしても、案外簡単に、些細に、突然に変わってしまうし変えられてしまうものなんだなあってその時俺は実感した。
それはあらゆる可能性を手に入れて嬉しくもあったが、同時にいつでも何もかも一瞬で失ってしまう危険を孕んでいるという現実を突きつけてきた。
俺、林嶺士郎は彼女、桜ヶ丘 綾のことを初めて認知した。
それはプロローグの終わり。
√Aの始まり。




