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《078》
「三笠さん、少し話があるんだけど明日の放課後いいかな? 」
桜ヶ丘と話をし、自分のやるべき事、そして決意が決まった俺はそのまますぐ三笠さんにメッセージを送っていた。
いつもなら返信をじっくり考える派の俺だが、今日この時だけは頭で考えるより先に指が文字を打ち込んでいた。まるで魔法のように。
「はぁ……どうなるんかなぁ……」
俺の気持ちは決まった。俺は三笠 露の味方でい続ける。頑張って俺以外の味方もつける。彼女を一人ぼっちになんかしたくない。いや、させちゃいけない。誰に言われたわけでもないが無性にそんな気がした。
思わず教室を飛び出し、階段横の自販機スペースまでかけてきてしまった。放課後ということもあり人は少なかったがやっぱり廊下は走っちゃダメだ。反省しよう。そうしよう。
「ん……ん〜! 落ち着かない! 」
そんなにすぐ返信が来るわけないなんてことはわかっている。分かっているのに落ち着かない。
とりあえず気持ちを沈めるため右ポケットに直入れしていた小銭でココアを買う。ゆっくり両手ですくい上げると、缶の温かさが一瞬で全身に染み渡った。冬の自販機は暖を取るのにも役立つ。褒めて遣わす。
自販機スペースの横にあるボロボロのベンチに一人腰掛け、先程のココアをちびちびと口に含む。室内にあり隣に自販機もあるので普段ここにはたくさん人が溜まっている。
しかし、放課後。しかも委員会の集まりが終わったあと。ふとスマホを見ると既に6時を回っていた。あたりはもう暗く月がぼんやり夜空に浮かんでいる。
昔は一番星をお母さんより早くみつけようと頑張っていたっけ。懐かしいなぁ……
誰もいない、誰も通らない廊下には静寂が流れていた。チカチカと古ぼけた蛍光灯が時折点滅するだけ。この世界にもう俺一人しかいないんじゃないか、そんなおかしなことまで頭に浮かんでは消えた。
これを飲み終えたら教室に戻って今日は帰ろう。きっと桜ヶ丘はビックリしただろうな……後で謝っておくか。どうせ見抜かれているんだし迅と桜ヶ丘には三笠さんのこと相談してみようかな。そしたら三笠さんに2人を紹介する方がいいかな……
負け戦なこと前提に未来に思いを馳せる。失敗した時のことを考えているのになんだかあまり悪い気はしなかった。自分の事じゃないからとかそういうことではない。こう、案外それも悪くないかなという感じに。
「あれ? 林くんまだ学校にいたの? メッセージ来たからもう帰っちゃったかと思ってたよ〜」
ぼんやり考え事をしていた俺に冷水をぶっかけるがごとく話しかけてきたのは……明るい茶髪、すらっと伸びた両足、ばっちり決まったメイク。紛れもなく三笠 露だった。
「三笠さん……その……」
メッセージを見てくれたなら言うことは決まっている。ただ一言伝えたいことがある。
なのにこう面と向かうと言葉が喉に引っかかって出ていかない。風邪をひいた時のような違和感がべっとりと喉に残る。
「あーいいよいいよ言わなくて! 愛香とかのことでしょ? 」
「え!? なんで分かったんだよ……」
「そんなの林くんに言われなくともふつーにわかるから! あ、隣失礼〜」
三笠さんはいつもの軽いノリでちゃっかり俺のすぐ隣に座った。少し間を空ければいいものの、肘がぶつかるぐらい近くに座るものだからフワッといい香りが漂ってくる。同じ人間なのにどうしてこうも違う香りがするのだろうか……同じシャンプーを使えば同じ香りになるものなのか。なんかそんな単純なものではない気がする。
「さて……私ね、決めたんだ 」
「どうしたのさ唐突に 」
三笠さんはベンチに手を付き足をぶらぶらさせながら呟いた。
「私が実はオタクだってこと愛香達に言おうと思う 」
「……え!? まじかよ!? でもなんで……」
せっかくここまでひた隠しにしてきた秘密をこうもあっさり解放するなんて。確かに隠したいとは言っていたが俺にバレるぐらいのガバガバセキュリティだったし時期にバレるかもしれなかったけれど……でも……
「なんかさ、息苦しくなっちゃって。 中学の時ばっちりオタクで、だから高校では華やかなJKになるんだーって意気込んで。美容室に行って髪を整えて、色もこんな茶髪に染めちゃって。今まで一度も見たことないジャンルの動画を見漁って、雑誌を買って、なんとかイマドキの女子を演じてた。 でもさ……林くんと色々遊んで分かったんだよ。 やっぱり慣れないことはしない方がいいなーって 」
三笠さんは終始、斜め上を向いて話していた。まるで天空にいる誰かにこの声を届けるかのように。夜空に光る星々はきっと聞いてくれているはずだろう。
「でも、せっかく友達もできてここまで来たのに……」
「いいのいいの! もしこれで絶交されたらそれまでだったってことで! なんかそこまで自分を偽って友達作った気になっても、そういうのって違うかなって。それに……」
「それに? 」
三笠さんは急にぐるりと体を回しこちらを向いて言った。
「私には強力な同志がいるからねっ! 」
その笑顔はもちろん仮面ではなく、素顔のままの笑顔だった。
危ない危ない。俺ほどのエリート童貞じゃなきゃ爆散していた……これは凶器だ。ぜひ取り締まってもらいたい。
《079》
翌日、「じゃあ行ってくる!」と元気よく俺にサムズアップして三笠さんは告白をしに行った。いや間違ってはいない。断じて間違ってはいないのだけれどもこの表現は自分でもやっちゃいけない気がする。
そして、俺は待っててとこうして教室に残されているのだった……
とでも言うと思ったか! 心配で心配で大人しく座ってなんかいられないわ! 大学入試の時も、結果発表当日かなりそわそわしながら待っていたが、それぐらい……いやもしかしたらあの時以上に落ち着いていないかもしれない。
静かに明日の課題でも片付けようとペンを握るもモヤモヤが頭の中に充満していく。
気晴らしに飲み物でも飲むかと席を立ったら、ふらふら〜っと操られるかのように廊下を歩いていき、結局三笠さんの後を追うという形になってしまった。
「うん、うん……分かった。ありがとう! 」
しかし、追いついた頃にはもう話は終わっていた様子だった。廊下の影から覗いてみるとちょうど前川さんと奥峰さんと思しき二人組に別れを告げるところだった。
クソっ……ここだけじゃどっちの可能性もあり得る。まだ油断はできない。きっと彼女のことだ、拒絶されようとも表面を取り繕うと必死になるはず。不器用だが1年間そうやって仮面をかぶって生きてきた彼女ならきっとそうするしそうできる。
ええい、なるようになれだ!
俺はそっとゆっくりこちらへ歩いてくる彼女の前に飛び出し声をかけた。
「どう……だった……!? 」
心臓の鼓動が高鳴るのがはっきりと分かる。クイズ番組で答えを焦らされた時きっとこんな気持ちなんだろう。ほんの数秒がとても長く感じた。彼女の唇が動くのがまるでスローモーションかのように見えた。
「だ……」
ゴクリと生唾を飲んだ。どんな返答が来ようと俺は覚悟ができていた。そう思ったから彼女の背中を押そうとしたんだ。
「大丈夫だったよおおぉ! 2人ともめっちゃいい人だったあああ! 」
「うおおおお!!! 」
「あああああ!!! 」
俺たちは叫んだ。このなんとも言えない感情をどう扱ったらいいのか、性根からオタク色な俺達には分からなかった。分からないからとりあえず叫んだ。獣のように高々と。
ひとしきり喜んだ後、一息ついてから詳しい顛末を聞いた。
結論をいえば「今更何言ってんの? 」ということだったらしい。あまりに拍子抜けなオチに思わず呆れてしまった。あんなに悩んでいたことがまさか取り越し苦労だったとは……良かったといえば良かったのだがなんだか無駄に走らされた感が否めなかった。
「いやーまさか2人とも気づいてたとは……いやいやなんだったんだろうね 」
「全くだ……何を心配してたんだろ……ほんと……」
「でもよかった。2人とも本当の私を知った上で友達でいてくれていたなんて。 それが知れたし、今回のこともいい思い出になっちゃったね 」
終わりよければすべてよしとはよく言ったものだ。でもまあ事実、ここまで来るのに色々な思いの交錯があったが、誰も不幸になることなく、むしろ今まで以上に笑顔で結末を迎えることが出来た。
この1年を通して見ても、たくさんの出来事があったけれど、こんな最終回を迎えられたならいい1年だったと言わざるを得ないのではないだろうか。
「じゃあこのあと……いつものところ行かない? 2人にオススメ聞かれちゃってさ〜」
「あぁ、もちろん! 俺のおすすめも教えてやろう……きっと三笠さんは知らない世界が見えるはず……」
「あ、エッチなのはちょっと……」
「違うわ!! 」
不意に窓の隙間から風が入ってきた。
少し温もりを感じた。
人の優しさを感じた。
春の訪れを感じた。
◆
「やっと私も参加できるのか。いやはや随分と待たされたものだ……」
とある高校の正門の前で純白の少女は呟いた。頭の先からつま先まで雪のように真っ白な少女。
「さぁ……楽しい5年目の始まりだよ。はやっしー 」
いつもありがとうございます。 天々座梓です。
今回で√T 三笠 露 ルートは終了になります。
なんか拍子抜けした感じではありますが、やっとハッピーエンドに辿り着けた、そんな気がします。
超Bad Endの√A、根本的解決になってない√C、そして今回の√T。幸福度曲線があるのならきっと今は右肩上がりでしょう。
次回からは2年生編がスタートします。
1年生編では書かれなかった季節のイベントを中心に嶺士郎をはじめとした仲間たちがまた青春のトラブルに巻き込まれます。
ぜひこれからも応援よろしくお願いします
ありがとうございました。




