friends
《076》
「いや……その……大したことじゃないって! ね? 」
「ん〜? なんか怪しいなぁ」
「い、いや〜そんなことないって〜……」
問い詰められる三笠さん。相手は……ここからは見えないがきっと前川さんと奥峰さんあたりだろう。口調の軽さも、内容の無い空っぽな感じも前川さんっぽい。
「迅……お前分かってて……」
「あそこに嶺士郎が行っちゃいけないだろ。完全に逆効果だ 」
「でも……あれじゃ三笠さんが……俺が行って上手いこと誤魔化せば! 」
「あのなぁ……」
ある程度離れたところまで来ると、迅は引っ張っていた俺の腕を離し、くるりと俺の正面へ躍り出た。
「神崎さんのこと、もう忘れたのか?」
「なんだよいきなり……」
迅は右手を額に当てはぁ……と大きなため息を吐き出した。
「こういうのはいない方がいいんだよ。下手に取り繕うよりも。それにこれは三笠さんと三笠さんの友達の間での話だろ? それに口出しするのは野暮だ 」
迅は珍しく真面目なトーンで俺を叱った。そもそも叱られることがあまり無い上にこんなマジトーンで言われるとかなり刺さるものがある。ギャップ萌えの一種じゃないかと推測するんだがみなさんどうでしょうか。
「とにかくここは触らぬ神に祟りなし、そっとしておけ。三笠さんからなんかあればまぁ……力になってやれよ 」
「当たり前だろ……友達なんだから」
「嶺士郎ならそう言ってくれると思ってた 」
「ったく……俺のことならなんでおお見通しってか……」
俺は迅と一緒にその場を後にした。
わかっている。あいつの言うことは正しい。
というかいつだってあいつは正しかった。そして俺は間違っていた。だから俺はあいつを模範解答としてここまでやってきた。
でもよ……なんでこう何度も何度も己の無力さを痛感させられなきゃいけねえんだよ……
俺だって自分の無力さはわかっている。
運動ができるわけでもない、勉強ができるわけでもない、顔がいいわけでもない、コミュニケーション能力が高いわけでもない。そんなことは端から分かりきっている。
それでも、それでも目の前で苦しんでいる友達を前にただ立ち尽くすしか術がない自分が酷くもどかしく愚かに思えた。
何も出来ないと言われたから何もしない。
何も出来ないと言われたけど何かする。
どちらを選んだとしても俺は愚者にしかなれなかった。
その時、ふと思い出したかのようにスマホを取り出した。朝来ていたメッセージ。すっと見逃したメッセージ。
「今日ちょっと面倒なことになるかもしれない。ごめん!!愛香達が何か言ってきたらほんとごめん!」
アニメキャラが両手を合わせて謝罪するスタンプとともに予告状は送られてきていた。
幸い俺の元へ前川さん達はやってこなかったが、この時もう既に亀裂は入り始めていた。
でも……あの時気づいていたとしても俺には何も出来ないんだよな……
《077》
それから俺は三笠さんと少し距離を置いた。
置いた……というかできた。元々買い物のお誘いはあっちからだけだったから、俺から誘うのもしっくりこず、そのままなんとなく無くなっていった。
三笠さんも分かっているのだろう。LINEでは数は若干少なくなったものの、平生を装っている。俺に気を使わせないようにしているのならやめて欲しい限りだ。
しかし、おいそれとそんなことを本人に言えるはずもなく、俺達はもやもやした距離の測れない関係を保っていた。
直接言葉を交わさずともお互い分かっているのだろう。いつか来るとは思っていた。あのガバガバなセキュリティ俺と出会うまでよくまあ隠しきれたものだ。とはいえ……少し早すぎやしませんかね……まだこれからって時なのに。
今日も空は雲に覆われ、どんよりした天気が続く。2月末にも関わらず、春の気配はまだ遠く冷たい季節が世界を支配していた。
冬って擬人化したらどんな感じなんだろうか……やっぱり銀髪かな。性格は……キツそう。冬だし。こんな寒いもん。
「ん? おーい! 林くん? 起きてる? 」
「ん……あぁ、ごめん桜ヶ丘。ちょっとボーッとしてた 」
「意識は吹っ飛んでるのに号令にはしっかり体が反応するって……なんか怖いね……」
いかんいかん。クラス委員会議中につい思いふけってしまった。
会議室からは既にちらほら人が出て行っている。この会議ももう次回が最後。この1年、桜ヶ丘には本当に世話になった。思えば色々あったなぁ……夏休みに文化祭。クリスマスも大変だったなぁ……バレンタインは……まぁまぁ……
大変なこともあったが、そんな一つ一つも掛け替えのない思い出だ。人は傷と共に強くなる。生きていく。傷だらけでも笑顔で終わりを迎えられたなら、それで十分じゃないか。
「最近様子おかしいよ? 風邪? インフルエンザ流行ってるらしいよ? あ、予防接種した!? ダメだよ絶対しないと! 去年したらいいや〜は無しだからね! それから……」
「ふふっ……はははっ……」
「何笑ってんの! ったく林くんはいっつも適当なんだから……」
「いや……なんかお母さんよりお母さんみたいで……くっ……」
すっかり忘れていた。俺はひとりじゃない。
つい1人で何とかしないとと思ってしまった。ぼっち時代の悪い癖だ。
人と人との間に存在する秘密は守らないといけない。もし誰かに漏らそうものならそれは相手のためにもならないし、もちろん自分のためにもならない。
しかし、それはそれ、これはこれだ。誰かに頼るのは悪いことではない。むしろ俺みたいなやつはもっと誰かに頼るべきなんだ。いや、楽したいとかではなくてね。
確かにこればっかりは俺に同行できる問題じゃない。三笠さんのオタク趣味がバレたらどうなるか。色々想像はできるがこういう時は決まって最悪のケースが頭に浮かぶ。だとしたらなんだ? 三笠さんがハブられたら? 俺がいるじゃねえか!そりゃあ俺だけじゃ力不足かもしれない。でも、こっちには迅も桜ヶ丘もいる。少なくともこの2人は人を趣味一つで判断するような薄っぺらい人間じゃない。それはこの1年を通して知っている。
「なぁ……桜ヶ丘。俺さ……桜ヶ丘が友達でよかったよ。あ……友達……だよね……? 」
「……何言ってんの林くん! まだそんなことを気にしてたの? ははっ! 面白いぃ! はー……ふふっ……」
自分ではちょっといいこと言ったつもりだったのだが、最後の最後で緩んでしまい案の定桜ヶ丘に大爆笑された。
「あ、あんまり笑うな……」
「てっきり私達は親しき仲だと私は思っていたんだけどなぁ……ちょっと悲しいぞ〜? 」
いたずらっぽくニヤニヤしながらこちらを指さす桜ヶ丘。机一つ挟んだ向こう側からでも面白がっている様子が良くわかる。もう「あー面白いおもちゃみーっけ♪」って顔してるよこの子。いつもは献身的なお節介ママなのにたまにこういう子供っぽい一面も見せるんだから……たまんねぇよ……
「お、おう……すまんかったな! ありがとう! それじゃあ俺もう帰るわ! 」
「え、ちょっと林くん! 」
俺を引き留めようと手を伸ばすも桜ヶ丘の右手は空を掴まされた。
行かなきゃ……ちゃんと話をするんだ……俺は味方だって……
教室のドアを思い切り開け、廊下へ飛び出す。冷たい空気の中をどんどんどんどん先へ先へ進んでいく。あの日言えなかった一言を、今なら言える一言を。
限りなく無力な俺でも出来ることがある。力なんかいらない、欲しいのは意志だけ。誰にだってできる。やってやるさ存分に。元はぼっち、今は戦士。所詮2回目の青春、ボーナスステージだ。
同志を救うのに理由なんていらない。
あいつを笑い軽蔑する奴を俺は許さない。
三笠 露は……俺の友達だ。




