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《073》
非日常というのはすぐ過ぎ去っていき、俺たちはまたレールの上へと帰ってくる。
連休や長期休暇明けが妙に苦しいのは、やはりそこまでとこれからのギャップを感じ取っているのだろう。ならいっそ、ずっと同じレールの上を進んでいけば苦しむことは無いのだろうか。いいや違う。それはずっと苦しみ続けているだけだ。
「なーにボーッとしてんのさ嶺士郎? 」
「ん?あぁ……代わり映えの無い毎日ってつまらないなぁって……」
「何言い出すんだよいきなり! 厨二かっ! 」
そう、随分と凝った表現をしたが、要は「学校行きたくねー! めんどくせー! 」ということである。
とはいえこうして律儀に朝早くから迅と登校しているあたり、俺はなかなか偉い子なのではないだろうか。誰か評価してほしい。
三笠さんとコスプレイベントに参加してからというもの、いつまでもその余韻が消えず、なんとなくぼんやりと日々を過ごしていた。
また行きたいなぁ……次はなんのイベントに行こうか。今はまだ高校1年生。時間はたっぷりある。
3年になれば受験があるし、2年の後半もそういう雰囲気になってくるだろう。校風的にも。
あれ、受験……って俺も受けるのかな。
だって3年間を走り抜ければ元の生活に戻っちゃうんだよな。だったら必死こいて勉強する意味ってあるのか……?
その時俺はふと思い出し、痛感していた。
この世界はどんなに崇高でも儚い。いずれ消えゆく世界ならいっそ……いや、やめておこう。せっかくのダブルチャンス、無駄にする訳にはいかない。俺は考えることをやめた。それはもしかしたら逃げているだけかもしれない。現実から目を背けているだけかもしれない。けれど今はそうするべきだと思った。ただそれだけだ。
「ん……? あぁ、ちょっとすまん 」
不意に右ポケットのスマホが短く振動した。
俺はまだからかいたりなそうな迅をそのままにし、さっきの通知をチェックした。
送信者は……Tsuyu。三笠さんだ。どうせ数十分後には教室で合うのに何をこんな朝早く送ってきたのか。なんか情報解禁されそうだったアニメあったっけかな……
「誰から? あ、三笠さんだろ? 」
「なんで分かるんだよお前は……」
「んなもん表情見れば大体誰からか分かるっつーの! 」
まぁ後でで良いだろうとそっとスマホを暗くした。
今までのことを考えればもう分かっていたのかもしれない。いや、ここまで考えつくのは相当世界を疑っていると言えるかもしれない。臆病で疑心暗鬼で。それでもそんなことを頭の片隅にでも置いたならば、もうちょっと違う道を進めていただろう。
《074》
「おーっす……」
「お、嶺士郎に迅におはー」
朝教室に入ると、学校から近いチャリ通の柳が出迎えてくれた。最近のような寒い時期には大抵柳が1番に学校に着き、暖房やストーブを付けておいてくれる。本当にありがたい。
教室内には柳以外にも数人ちらほらと机に向かっているのが確認できた。朝早く学校来て勉強とは熱心で素晴らしいと思いますよ俺は。絶対真似出来ないね、特に今の時期は。
「早川と林じゃん。今日も仲が良いこと」
「そうだろうそうだろう!前川にも分かるか!? 」
「えっ……あ、うん……いいと思いましゅ!」
そういう言い回しは誤解を招くからやめてくれ迅。そして、迅に詰め寄られた瞬間マングースから乙女に変身するのやめてもらえますかね前川さん。危うく吹くところだったじゃないですか。いやホントマジで。いいと思いましゅってなんやねん。ましゅって。……可愛いな。
あたふたしてる前川さんの後ろからすぅっと奥峰さん、そして三笠さんが教室に入ってきた。三笠さんはともかく奥峰さんってどんな人なんだろう。
三笠さんもあんなんだったし、前川さんも迅つながりで割と絡むけど結構いい人だし……ん〜……気になる。
とは言え基本的には住む世界が別なので、教室の中で積極的に関わることは無い。これは俺以外の人にも十分言えることなんじゃないかと思う。男女の間にある溝というか壁というか、なんとも形容しがたいソレはどこにでもある。無くしたい! ……とは特に思わないけど、まあないほうがいいよねくらいには思う。
「なーなー今日の英語の予習やってきたか? 」
「あー……一応。ステップ3までだけど 」
「じゃあそれ見せてくんね!? 」
「自分でやれ 」
「そんなぁ〜頼むよ林さーん! あ、早川も! な!? 」
「ん〜どうしよっかなぁ〜」
そう。こういうのでいいんだよ。
なんだかんだこれが落ち着くんだ。気を使う必要が無いし、ここまでは入っていいよなという線がだいたいわかる。こればっかりは同性にしか見えない。多分早川とか桜ヶ丘とかは見えるんだろうけど。まだまだ修行が足りないってな。
こんな日常を手に入れることが出来たのも、小豆のおかげなんだよなぁ……たとえこの世界が偽りの世界だったとしても、今だけは楽しんでもいいんじゃないだろうか?
《075》
時は2月、季節は冬。節分だとか暦はほざいているが、まだまだクソ寒いのに変わりはない。放課後、上着にマフラー、ポケットにはカイロと装備をかためていざ教室を後にする。日は微妙に短く、授業が終わればもう空は暗くなり、碧は彩度を落としていく。
「嶺士郎くんは今日もデートですかな? 」
「いや、今日は約束してないよ。久しぶりにゆっくり一緒に帰るか 」
「嶺士郎……お前ってやつは……」
迅は両掌を合わせて喜びを表現していた。せっかくオーバーなリアクションをとっているのに、感動の涙は体に突き刺さる冷たい風でカラカラに乾いていた。さすがの万能人も地球様には勝てなかったらしい。そういえば夏の暑さにも負けてたな……
幸か不幸かこのアオハルクエスト、ジャンルがバトルものじゃないらしいので、これ以上のパワーアップはないだろう。もちろん物理的な面で、だが。
「ん、あれって……」
男子高校生2人仲良く肩を並べて歩いていると、廊下のその先に見覚えのある影が見えた。角にたっているため後ろ姿しか見えないが、あの人工とは思えない明るい茶髪のキャラクターをあいにく俺は一人しか知らない。
「おー、嶺士郎のハニーちゃんじゃん! 」
「ハニー言うなハニー 」
「一緒に帰るかー? いっそ3人で! 」
相変わらず迅はニヤニヤと俺をからかってくる。もう慣れたものだ。ある程度泳がせてからつっこむまでがワンセット。桜ヶ丘の時何回やられたか分からんくらいやられたからな……
「いや、行かねーよ。別に俺と三笠さんはそういうんじゃないし……」
「またまた〜! そういうこと言っちゃって。 とりあえず声掛けに行く……いや、止まれ 」
今さっきまでおちゃらけていた迅の顔が急に暗くなった。咄嗟に左手を伸ばし俺の行く手を遮り前方を睨みつける。
視線の先にいるのは……紛れもなく三笠 露その人だ。一体なぜ……
「どうしたってんだよ迅……? 急にそんな顔して……」
「静かに。ゆっくり離脱するぞ。これはダメなやつだ 」
「はぁ? ホントに何言ってんだお前? 」
仕方なく迅に従い来た道を引き返そうと振り向いた刹那、俺の耳にはいつか起きるんじゃないかと心配していた現実が舞い込んできた。これ以上に望まれない客人がやってきたことがあっただろうか。
「ねぇ露。この前林とあんな所で何やってたの? 」
「そーそー! どしたの? 」
その口調は軽く、中身のない空っぽな言葉だった。当人達もそんな気がある訳では無い。でも、俺と、きっとそこにいるであろう三笠 露には鋭く重く突き刺さった。
オタク特攻600%、こんなバフかけ勘弁して欲しい。




