chase
《063》
「おーっすおはよー」
「お、来たなお前ら! 」
迅と一緒に久々の教室へ足を踏み込むと、中から元気のいい声が飛んできた。
こんなクッソ寒くて気分も乗らないはずの学期明けにも元気な柳は相変わらずヘラヘラにやけている。
よくまあこのテンションを維持できるな。ここまで来ると感心するレベルだ。
「なんだそのアホテンションは」
「いやーいつも通りだって! 林達のテンションが低いだけだっつーの! 」
やはりこいつはアホだ。まぎれも無く。
長期休み明けのどよーんとした雰囲気の中柳だけが雲の隙間から差し込む光のように俺たちを照らしているような気がした。
冬休み楽しいことして幸福ポイントが高く高ーくなっていればいるほどここの落差は大きい。逆を言えばくっそつまらない冬休みを過ごしていればそこまでショックを受けずに新学期を迎えられるというわけだ。
そんなの到底耐えられないのだが。
「はーい座ってーHR始めるからー」
しばらく恒例の「休み中何してた自慢大会」を行っていると、去年と変わらず黒髪ポニーテールの黒川先生が入ってきた。
先生という役柄上キリッとしていないと生徒に示しがつかない……と言うのはおそらく本人も分かっているのだろう。
「えーっと……なんだっけ…...あぁ、この後始業式だから。ささっと準備して遅れずに行くこと。クラス委員……桜ヶ丘さんよろしくね〜」
この通り明らかに声に覇気がない。いつものキリッとした声音はどこへ行ったのだろう。こたつの中にでも置いてきたのだろうか。
というかナチュラルに俺の名前を外すあたり先生は俺のことを分かっている。見てくれていると言うのはたいそう喜ばしい事なのだが、評価の内容を考えると手放しに喜べないのがもどかしい。
休み明けのどよーんとした雰囲気はクラス内に留まらず、体育館に集まった生徒、教員全体から灰色のモヤが湧き出ているのが見える。(気がする)
そんな中ふと1人の少女に俺の目が惹かれた。
染め直したのか前見た時よりも鮮やかになった明るい茶髪、肩の少ししたまで伸びるセミロング。
校長の滑舌が悪くてなんて言ってるのか分からない話を眠気眼を擦りながらぼんやり聞いている彼女、三笠露だ。
あの時見たコスプレイヤーは、やはり三笠なのだろうか。いやー……確かに似てるかもしれないけどさぁ……
俺はそもそも三笠露という人間をよく知らない。
皆さん知っての通り俺、林嶺士郎は童貞コミュ障陰キャオタクなので女子の友達なんかほぼほぼいない。いたとしてもやっぱり男子と女子の仲。そう親しい仲にはならないのがセオリーというか定石というか。
あの性別という見えない壁がなんがか気味が悪いし怖い。
することも無いのでただただなんとなく、三笠後ろ姿を眺めてみる。
こうゆっくり見てみてもやはり三笠は「そういう人種」には見えない。むしろ前川さんみたいな典型的JKと言う方が正しいだろう。
100人にイマドキのJKとはどんなイメージ? と聞いたら6、7割はこんな感じの女の子をイメージするだろうなーって感じの女の子。特に珍しさ、秀でた特徴はない。
そんな女の子がコスプレイヤーねぇ……ちょっとそそるぜ…...
学校と外でのギャップ、普段はJKを演じるもその皮を剥がせば中身はオタク。
ふと脳裏に三笠が休日ラフな格好でPCをコーラやポテチを貪り食いながらいじっている姿を想像した。やべえ萌える。
……ん? こんなシチュエーション前にもあったような……? デジャヴ……?
まぁ、もうあのコスプレイヤー=三笠で話を進めているが別にそうと決まったわけじゃあない。似てるってだけだ。
全く、妄想がすぎるぜ。
《064》
「で……なんでこうなるんだ。理由をお聞かせねがおう」
「いやー最も古典的で最も有効な手かと……? 」
休みが開け、数日後。もう流石に現実を受け止め始めた頃、俺は何故かまたこうして小豆と一緒に尾行をしていた。
時は放課後、場所は学校から駅までの開けた道。
なんでというか、またかというか、俺は小豆と一緒に尾行に勤しんでいた。
事の発端はついさっき、時間にして30分ぐらい前のこと。
いつも通り学校が終わったので迅と帰ろうとしたところ、
「すまん! 今日この後呼び出されてて……遅くなりそうなんだ。ごめんな! 」
と断られてしまった。迅がこう言う時は決まって女子に告白される時だ。
最初の頃は「ケッ、なんだこいつこれ見よがしに! 」とか惨めに思っていたわけだが、これも回数を重ねればなれるというもの。
直接言わなくても察することの出来るレベルまで俺は鍛え上げられてしまった。
というわけでさっさと帰ろうと荷物をまとめていたところに、待っていたかのごとく着信。無料メッセージアプリのバナー通知に表示されるば名前はあの金髪少女の名前だった。
結局「あのコスプレイヤーの正体を確かめましょう! ! 」とかなんとか言って、校門で俺は捕まり今に至るというわけだ。
「いや……今日尾行したところで何がわかるんだよ…...」
「甘いですね先輩。それでもオタクですか? ん? 」
やっべーすげえイラッとくる。
口調表情ともに高得点の煽り顔。特に目の見開き具合と口元の曲線が半端じゃなくイライラを湧き出させる。
「なんだよ。なんか理由でもあるならお聞かせ願いたいね」
「じゃあ教えてあげましょう! 今日はですね、って先輩! 行かないで! 置いてかないで! 」
やっと尾行の理由話し始めた小豆だったが、なんかもうそこまでの茶番で満足だったのでさっさと歩き出した。
後ろから嗚咽混じりに「行かないでー! 先輩! 」と聞こえてくるが聞こえなかったことにしよう。
「ちょっと待ってくださいよ先輩! 謝ります! ここまでのご無礼お詫び申し上げますから! だから付き合ってください! 」
「へ? 」
「は? 」
完全なる死角からの不意打ちに一瞬思考が停止した。
俺の素っ頓狂な返答に小豆までもが固まる。
「あ! あぁ! ち、違いますよ! ? そういうのじゃなくてですね! 」
「え、あぁそうだよな! ? ったく驚かせんなよ……」
お互いの童貞処女力が露呈したところで話はようやく本題にもどる。
「もう、話戻しますよ! これじゃあどっちがおまけか分かりません! えっと、前あのコスプレイヤーさんと見た時、FGOのラシュのコスプレをしていましたね? 」
「あぁ、そうだったな」
「実は今日fake/great ownerのマンガが発売されるんですよ! 」
「はぁ……」
「そして! 私たちの下校の途中にはアニメ漫画グッズショップアニモイトがある! 」
「となると? 」
「もし三笠さんがホントにあのコスプレイヤーさんならきっとアニモイトに寄るはず! 」
「なるほど」
まあなんか分かるような分からないような理由を自信満々に語られて怪訝な顔をするところなんだろうが、ここまでニコニコ楽しそうに語られるとなんかもう可愛く見えてくる。
無邪気な子供……って感じで。
「というわけでそろそろアニモイトに着くんですけど……」
「いやいや、そんな都合よく三笠が入るわけ……」
物陰からこっそり見ていた俺達には気づかなかったのか、三笠はアニモイトの前で横断歩道を渡る小さな子かのように右を見て、左を見て、ついでに後ろを見てからスッとアニモイトに入って行った。
「「入ったああああ! ! ! ? ? ? 」」
思いもよらぬ綺麗な展開に思わず声を上げる。何故かこうなるだろうと予測していたとなりの金髪女もむちゃくちゃびっくりしてるのは無視しておこう。
三笠がオタクだと! ? 人は見かけによらないとは言うが…...えぇ! ?
この日、三笠露の秘密を知ってしまったことからまーた面倒ごとに巻き込まれるのを僕達はまだ知らない。




