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Missing √  作者: 双葉 ミリカ
√C
16/28

fiction


 《050》


「早川くんのこと……ぶっ殺したかったんだ」


 は? ぶっ殺す? 今ぶっ殺すって言った! ?

 一回目を閉じ、目を開き、落ち着いたところでもう一度教室の中を覗いて見ても、そこにいたのはやっぱり神崎千晶の人だった。


 さっきまでロマンチックな雰囲気を醸し出していた朱色の夕日が一瞬にして狂気、殺戮の血を表しているように見えてきた。

 夕日に照らされ赤く染まる神崎さんの笑顔は快楽殺人者を彷彿させる。


 まあまあ関わりのあった友人を快楽殺人者呼ばわりするのは自分でもやばいと思ったが、そんなことを気にする余裕なんて俺にはなかった。皮膚、肉、骨を通り越して心に直接刃物を突き立てられたような感覚がその刹那俺を襲ったのだから。


「私ね、ずっとずっとこの時を待っていたの。この時のために少しずつ準備して溢れ出す感情をなんとか抑え込んで。だからもういいよね…...我慢しなくても」


 薄ら笑いを浮かべたまま神崎さんはスカートのポケットに手を突っ込む。

 取り出したのはやはり鈍い銀色の光を放つカッターナイフ。


「早川くん……恨まないでね? 全部あなたが悪いの。何もかも。だから私は悪くないの。あなたが悪で私は善。あなたから真白を救い出す。真白をあなたなんかに渡さない 」


 一応言葉に放っているが単語単語がブツブツ切れるその話からは正常さを感じることは出来なかった。完全にやべえ奴の目だ。


「じゃあ、バイバイ」


 神崎さんが両手でがっちりカッターナイフを構え早川に向かって真っ直ぐ突き進んでいく。

 にも関わらず早川はいつも以上に涼しい顔をしている。ついにぶっ壊れたか……! ?


「やっぱりこうなっちゃうのか……」


 次の瞬間、獣のように突進していった神崎さんを早川はするりと半身になり避けた。


「まだだ! 」


 何回も何回も神崎さんはカッターナイフを振りかざしは下ろすも、早川は焦る素振りを見せることもなく回避してく。

 わけがわからない。目の前でクラスメイトがクラスメイトを切りつけようとしている光景を想像したことは一度たりともない。こんなの予測できるかってんだ……


 早川を助けないとと心では思っていても、あの神崎さんの目を見ると足がすくんで思うように動けない。自分はビビりだと知っていたがまさかここまで何も出来ないとは思ってもみなかった。情けない。友達の危機をただ見つめることしかできないなんて……


「おまえの! お前のせいで! 真白が! 私の真白が! 」


「神崎さん、もうおしまいにしよう 」


 早川は神崎さんの猛攻を見切り、カッターナイフを持つ右手の手首をがっちり掴んだ。

 半狂乱でも所詮は神崎さん。普通の女子高生が力勝負で早川ほどのガタイの男子に勝てることはそうそうない。フィクションではよくある事だが。


「くそっ! 離せよ! ふざけんな! 」


「もうわかったから。悪いのは全部俺だ。すまなかった 」


 暴れ狂う神崎さんをしっかり抑えつつ早川はお辞儀をした。声のトーン、表情からしてもガチ謝りだ。間違いない。

 俺はこの約半年間早川とかなりの時間過ごしたが彼が本気で謝罪しているところを見たことがない。もちろん彼が自分の非を認めないクズ人間という訳では無い。そもそも人に本気で謝罪しなければいけないようなシチュエーションを作り出さないのだ。

 常に周りに気を配り、不用意な発言は避け、危ないところには絶対に近づかない。

 上手い生き方とはまさにこの事。


 その早川が本気で謝ってる。一体二人の間に何があったんだ……


「さっさと離せって! 」


「もうやめて! 千晶! 」


 突然教室後方の扉から1人の女の子が飛び込んできた。


「真白……なんでここに! ? 」


 バケモノの顔をしていた神崎さんが一瞬でいつもの表情にコロッと戻る。

 早川に掴まれていた右手からはカッターナイフがキンと金属音をたてて床に落ちた。


「待って白百合さん! 今はダメだ! 」


 やっと決心がついたのか、端からきっかけが欲しかっただけなのか、白百合さんの後を追うように教室前方から俺も飛び込んだ。


「林! ? 先に帰ったはずじゃ! 」


「すまん。実は俺知ってたんだ、神崎さんがお前に告白すること。それで気になって見に来たらこのザマだよ。なぁ早川、お前は神崎がどうしてこうなったか知ってるのか? 」


 神崎さん、早川、白百合さん、そして俺。

 小さな教室の中に4人、時間が止まったかのように固まった。さっきまでとは対照的な沈黙が妙に気持ち悪く感じる。

 最初に切り出すのは誰か、4人全員が気を伺い静止する。


「……はぁ。わかった。全部俺が話そう。それでいいかな神崎さん、白百合さん? 」


 静寂を打ち壊したのは早川だった。


 白百合さんは早川の時かけに狼狽えつつも頷いた。一方神崎さんは白百合さんの登場によりだいぶ落ち着いたようで床に所謂女の子座りになったままピクリとも動かない。


「……まぁいいか。じゃあ回答編を始めようか 」




 《051》


「単刀直入に言おう。全ての原因は、俺と白百合さんの関係を神崎さんが誤解したところから始まるんだ 」


「私と、早川くんの? すみません思い当たる節が全く……」


「そりゃそうだ。神崎さんは白百合さんに何も言わなかったからな。なんにも 」


 夕日もだいぶ傾きそろそろ地平線に接しそうになっていた。


「俺は夏休み開けすぐにある噂を聞いた。俺と白百合さんが恋仲ではないかという噂だ 」


「そんな噂が私の知らないところで……あ、でもそう言われれば何度かそんなことをほのめかすような質問をされたような……でもなんででしょうか? 」


「委員会……じゃねえか……? 」


「そうだよ林。やっぱり同じような体験をしてる林にはわかってたみたいだな 」


 ふと脳裏に一学期桜ヶ丘と過ごした日々が浮かぶ。高校生なんて他人の恋愛には興味津々なものだ。


「俺も白百合さんも同じ環境委員。ただそれだけだ。でもそれだけで十分だったんだよ 」


 確かに白百合さんと早川のペアは俺と桜ヶ丘なんかよりよっぽどお似合いだ。眺めていても殺意がわかない。あんな完成されたカップルに嫉妬するだけ無駄だと本能が判断したんだろう。


「でも、それは所詮噂に過ぎない。俺たちみたいな普通の高校生っつーのは噂話とかが大好きなんだよ。勉強ばっかでつまんねー毎日の中に突如訪れるイベントにはすぐにすがりつく。まさに水を得た魚だ 」


「でも、私と早川さんが恋仲じゃないかという噂が流れて……あ、だから千晶は……」


「だったら本来標的になるのは白百合さん。同じ早川迅という一人の男を狙うライバルだしな 」


 あいにくハーレムエンドなんぞリアルには存在しない。いや、存在してたまるか。俺が許さん。


「でも、神崎さんは俺を狙った。林、なんでかわかるか? 」


 神崎さんが早川を狙う理由……

 白百合さんが早川とくっつくことで早川を狙う……? 邪魔なのは…...早川?

 早川を排除する。早川が消えれば神崎さんは何を手にする?

 残ったのは…...


「そうか。わかったよ早川。全部わかった 」


 その時かちりと音を立てて最後のピースがハマり、パズルは完成した。

 文化祭の裏に隠された一つの恋心。

 根も葉もない噂に踊らされた一人の少女のお話。

 愛しているのに、結ばれないロミオとジュリエットのような悲恋のお話。






「神崎さん、本当に好きな人は誰なの……? 」






「え……私? 」


「やめろ……それ以上何言うな…...千晶は何も知らないままでいいの……このままずっと私が隠し通せば良かったのに! ! 」


 電池が切れたおもちゃのように大人しかった神崎さんが急に叫びだした。地に手を付き思いの丈を全て吠える姿はまるで獣だった。


「そう……私が好きなのは真白……早川じゃない……ずっと真白がすきだったの……」


「千晶……」


 思いもよらぬ告白に結論を導き出した俺も、白百合さんも何も出来ずにいる。

 やっぱり早川は全てを見透かしたような目でじっと神崎さんを見つめていた。

 どこか悲しそうな目をして。


「これは完全な推測なんだけど、神崎さんが色恋関係に話を全然しなかったのも……」


「そうだよ……林くんの言う通り。私は真白が好きだったから他に目を向けることは無かった。真白しかいなかったの! 私には! 」


 この時俺は目の前で起きている現実を現実として受け入れられなかった。

 女の子が幼馴染みの女の子に恋し、恋敵の男を殺そうとした。

 こんなことがいきなり起こって信じろ受け入れろと言われる方がイカれてやがる。無理だ。

 俺はラノベの主人公じゃない。あんな判断力も勇気も力もない。本当に普通の高校生なんだ。

 こんな……こんな非現実的なこと俺にどうしろって言うんだよ……


「千晶……ごめんね……ずっと黙ってて。でも怖かったの! ずっとずっと怖かった。もし真白にこのことがバレたら嫌われるんじゃないかって、気持ち悪がられるんじゃないかって。だったら今のままでいいって思ってた。でも、真白と早川くんがいい感じって聞いてもう抑えきれなくなっちゃって……」


 一粒、また一粒、神崎さんの瞳から涙がこぼれ落ちる。


 それを見て俺は純粋に怖かった。

 純愛に感動するわけでも、

 度を超えた感情に憤慨するわけでも、

 報われない気持ちに悲しむわけでもなく、

 ただただ目の前で起こっていることを受け入れられず、未知に対する畏怖で満たされていた。


 フィクションの世界では普通に見れるのに、むしろ好きなくらいだったのに、いざこうして目の前で繰り広げられると迫力も目に耳に肌に飛び込んでくるものはソレとはまるで違う。


 FPSをやるのと実際の戦場に行って殺し合いするの、理屈でいえば同じことだろう。こっちの方が想像しやすいのかもしれない。

 二次元なんて所詮二次元だ。

 やっぱり文字通り次元が違う。

 いい意味でも悪い意味でも。


「ねぇ……真白……もう私どうすればいいかわからないよ……真白が早川くんとくっついてなかったとしてももうこの気持ちバレちゃったし……」


「千晶……」


 泣きじゃくる神崎さんと、それをどうしたらいいのかわからない、そんな様子で見つめる白百合さん。そして相変わらずな早川。


 最初からそうだったけど、もう俺は何をしたらいいのか全く考える余裕がなかった。

 ただただ観客のように黙って見つめることしかできなかった。


 何をするのが正解だったのだろう。

 こんな時主人公達ならどうしたのだろう。

 誰か、誰でもいい教えてくれ……


「くっ……! 」


 《052》


 気がつくと俺は逃げ出していた。

 教室を後にし、ただただ荷物も持たずに昇降口へとひたすら走り続けた。

 怖かった。自分の力の到底及ばない現実が怖かった。

 脇目も振らずに走った。誰もいない廊下を駆け抜け、階段を危なげなく駆け下り、1階を目指した。


 もう一刻も早く逃げ出したかった。


「先輩、待ってください 」


 昇降口の俺の下駄箱には……上野小豆が立っていた。

 珍しく真面目な顔つきで、なにか深刻な話をしそうな口調で。


「やめろ……そこをどいてくれ……」


「ダメです。逃げちゃダメなんです 」


「なんでだよ……なんで邪魔するんだよ! 」


「これが現実、向き合うべき現実だからです 」


「これが現実! ? なわけないだろ! 幼馴染みの同性に恋して恋敵に殺意を抱く? これのどこが現実だ! ちゃんちゃらおかしいだろ! 」


 小豆ははぁと溜息をつき、もう一度俺を睨みつけて言った。


「あのですねぇ、この日本に同性愛者って何人いるか知ってますか? 約950万人、7.6%と言われています。7.6%ですよ? 先輩のやってるスマホゲームの最高レアキャラの排出率何パーセントですか。」


「0.1%……? 」


「ですよね。0.1%出ますよね。持ってますよね? 先輩? もしかして先輩同棲愛はフィクションの中だけの存在だと思ってません? 魔法や異世界やドラゴンとかと同じ目で見てません? 普通じゃないと思ってません? 」


「で、でも……」


「神崎さんみたいに言い出せないものです 」



 そうだ。完全に小豆の言う通りだ。

 何も間違ってない。俺が間違っていた。

 勝手に空想上の物だと思い込んでいた。

 だからあんなにビビってしまったんだ。


「小豆、また俺にやり直させてくれないか 」


「もちろんそのつもりですけど? 」


 小豆はひょいと寄りかかっていた下駄箱から身を起こし、俺に手を差し出した。


「さぁ手を取ってください。行きますよ 」


これからちょっと更新できないのでちょっと駆け足になっちゃったんですけど更新しました。


多分書き直しますw

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