Killer
《046》
昔、こんな話をされたことがある。
「ねぇはやっしー、正義の反対ってなんだと思う? 」
「そりゃあ……悪じゃないのか? 」
「やっぱりそう答えると思ってた。違うんだなそれが」
✕✕✕はいつもよくわからないことを言うが、やっぱりこの時も俺は何を言っているのかさっぱりだった。
「正解は……『別の正義』かな」
「はぁ……? 」
「つまりね、はやっしーが思っている正義だけが必ずしも正義であるとは限らないんだよ。はやっしーの中の常識、価値観、判断が全てじゃない。もしかしたらはやっしーの思う常識は常識じゃないとてつもなく異端な考えかもしれない。そう思うとちょっと面白くないかな? 」
そう言うと✕✕✕はニコッと俺に微笑みかけた。普段穏やかで言ってることも雰囲気もミステリアスな印象の彼女の爽やかな笑顔はとても新鮮な感じがした。
あの笑顔、面白くもよくわからない話、俺はそんな彼女の全てが好きだった。
それが恋愛感情とか男女の『好き』だったのか、はたまた友情とかお気に入りの『好き』だったのかはもうわからない。
それでも彼女が突然失踪したあの日、「失いたくない」と心から願った気持ちはくっきり今も刻まれている。
《047》
文化祭当日、なんのひねりもない我らが月見原高校はいつもの数倍もの人が数倍高いテンションで敷地内を闊歩していた。
右を見ても左を見ても人装飾人装飾とあたりはまさにお祭り騒ぎ。
普段は教室の隅で本を読んで大人しくしているあの子も、常にねむそうにしているあの子も、今日に限っては雰囲気に感化されいくらか楽しそうに見える。実際どうかは知らんが。
もちろんクラス一の無気力人間と名高い俺も例外ではなく、校門を潜ってから、いや、正確には昨日の夜あたりから正体不明のワクワクが抑えられずにいる。なんか負けた気がするのはなんでだろう。
「いやーすっげえなあやっぱり、うちは文化祭だけはなかなかのクオリティなんだよなあ」
「知ってたのか早川? 」
「入学する前に1回な。学校見学って感じで」
さすが、周りの勧めにそのまま乗っかった俺とは訳が違う。
「んで、これからどうする。俺達の公演は……1時半からだから……」
「もちろん日陰で寝る! 」
「はやしんさぁ……文化祭だよ文化祭? 文化の! お祭りだよ! ? なんでそこで『日陰で寝る』って選択肢が出てくるのさ…...」
だってめんどくせえし? こんなクソ暑い+人の熱気の合わさった空間の中にわざわざ突っ込むなんて得るものと失うもののバランスが狂ってやがる。
え……? コミケ? あれは別だ。苦難を乗り越えた先に宝が待ってる。人が動く理由なんて実は単純明快で、当然みんな知っているようなことだったりする。
「故に我は休息をとりたい! 1時半の公演でベストを尽くすため、これは必要なことで……」
「お前は裏方で本番はほとんど仕事ねーだろ」
「あうっ」
100点満点の完全論破をかまされたので、ここは仕方なく早川の思惑に乗っかることにした。きっとそれが賢者の選択だ。個人的には納得いかないのだが。
結局俺は抵抗するまもなく秋とは言い難い日差しの下、早川に手を引かれあっちへこっちへ足を運び、準備を始める公演45分前まで思いっきり文化祭を堪能した。
なんとこれがまた行ってみると面白い。行くまではもうめっちゃくちゃめんどくさかったが、いざ無理矢理にでも連れていかれ一つ一つの出し物を見てみると、クオリティはともかくそこにいる生徒達は楽しんでいるということがひしひし伝わってきた。
大切なのは出来栄えなんかじゃなくて楽しむ気持ち。気持ち次第でもしかしたら大体のことは楽しくなるんじゃないか、今ならそう思える。
「案外文化祭ってのはいいものなのかもしれないな」
「な? 俺に着いてきてよかっただろ? 」
「着いてきたと言うにはいささか強引な気もしたが…...まあ楽しかったよ。ありがとう」
口からなんの引っかかりもなくするっと感謝の言葉が滑り出た。俺が思っている以上に俺は文化祭を楽しんでいたらしい。自分の事なのになんだかよくわからなくてモヤモヤする。
「そろそろ時間だな。控え室行こうぜ」
「そうだな! よし! はやしん競走しようぜ! 」
「やだよめんどくせえし、くそあちいし」
早川はたまによくわからないことを言う。
それもわりかしぶっ飛んだやつを1発。
その後俺達は控え室に向かい準備を整え公演に臨んだ。結果をいえばなんとか成功。
裏から照明をいじりながら見てた限り、みんな練習の成果を出せていたのではないかと思う。
主役の早川や神崎さんを始め、もb……脇役
のみなさんも己の役割を全うしたと言っても差し支えないだろう。きっと。
こうして特筆することもなく文化祭1日目は幕を閉じた。
思ったより文化祭は面白く、公演も上手く行き、俺以外のクラスメイトも皆テンションは高く明日の公演も頑張ろう! と指揮が高まっていた。
あんなにめんどくさかったのに、いざ始まってみると祭り事の雰囲気に乗せられ楽しいと感じる自分を思うとなんだか負けた気がしない訳では無いが、結果的にプラスでしかないので良しとしよう。
性根からひん曲がった俺もついに青春パワーに当てられてしまったというわけだ。
《048》
「じゃあ今日も張り切っていこー! 」
「「おー! ! ! 」」
一夜明け、文化祭2日目。今日も機能と同様に1時半から公演を1回し、とりあえず俺達のが発信する側に立つのはおしまいだ。
昨日特に大きなトラブルもなく、順調にものが運んだ故誰もが「今日もまあなんとか上手くいくだろう」なんてことを頭のどこかで思っていたに違いない。俺も思っていた。
「早川くん! 今日も頑張ろうね...! 」
「あぁ! 頑張ろうね神崎さん! 」
「よし...気合十分! いけるいける! 」
「も〜綾は気合い入りすぎじゃない? 」
「あ...そ、その! 気合は多いに越したことはないよ! いいのいいの! 」
二度目とはいえ各々緊張が表情言動に見え隠れする。桜ヶ丘もどこか忙しない。可愛いなぁ。
「じゃあ今日も皆さんよろしくお願いしますね! 」
「「はーい! 」」
もちろんこちら白百合姫と愉快な臣下たちも気合十分準備万端。裏から表支えるのも楽じゃないんだぜ?
俺は昨日と同様照明係。舞台の正面、観客の脇からステージを照らすという地味だけど重要な役割を担っている。
責任とか練習とかアドリブとかが嫌だから裏方へ行ったのに何故俺は今照明というミスったらその場の空気がぶっ壊れること確定な立場に席を置いているのか。過去の自分にもうちょっと真剣に役割分担の話し合いに参加しろと叱咤したい気分だ。
「あの〜林くん。今、ちょっと大丈夫でしょうか……? 」
「白百合さん? えっと、全然構わないけどなんかあった? 」
くるくるーっとスポットライトの色を変える円盤を持ち場で回していると、我らがプリンセス白百合さんが神妙な顔つきで話しかけてきた。
「今日この後の事なんですけど……何か聞いてませんか? 」
「この後って言うと……公演後ってこと? 」
「もうちょっとっと後です! えっと……文化祭自体が終わって下校するくらいの……」
白百合さんが頑張って何かを伝えようとしているがどうも俺にはわからない。心当たりがない。文化祭の後の予定は綺麗に白紙だ。強いていえば家にさっさと帰ってゲームにネットって感じだ。たとえ文化祭だろうがなんだろうがそういう所は揺らがない。
「ちょっと心当たりないんだけど…...? 」
「え、千晶もしかして林君に言ってないの……! ? いや、いいよね! ここまで林くんは千晶に協力してくれたんだし! 」
どうやら白百合さんの中で何かが上手いこと完結したらしい。
「あのね……今日の公演のあと千晶、早川くんに告白するんだって。私も千晶に聞いてなかったんだけどたまたま携帯のカレンダー機能に書いてあったのを見ちゃって……本人に聞こうかとも思ったんだけどなかなか言い出せなくて……」
「それで俺にこう打ち明けたと……っつってもなぁ….」
神崎さんは俺に「文化祭で告白する」と言った。けれど細かい日程も時間も場所もそういえば言ってこなかった。それも、幼馴染みの白百合さんにさえ何も言わなかった。
まあ告白の細かい内容を他人に言わないなんてことはおかしくない。恥ずかしいし。
でも何か少しおかしい。ここまで俺や、きっと白百合さんにも頼ってきた神崎さんがいざ決戦の時になって独り立ち……?
最終的に告白をするのは本人と言ってしまえばそれまでだがどうも引っかかる。
人はそんなに簡単に変われない。特に強くなるのは非常に難しい。
逆に弱くなるのはいくらか簡単だ。
いや、元々俺には関係の無い話。神崎さんの恋愛がうまく行こうがなんだろうが、俺はお礼のケーキを楽しみに待っていればいい。ただそれだけなんだ。
「白百合さん。これはきっと彼女なりの配慮だよ。文化祭を楽しく終えた白百合さんをその直後に自分の面倒ごとに巻き込みたくない、そういうことなんじゃないかな? 」
「そう……ですよね! これ以上突っ込むのも野暮ですよね! ありがとうございます! では。」
白百合さんはそう言って舞台裏へ駆け足で戻っていった。
そう、俺達はそんなこと気にせず今は目の前の公演の成功だけを見ていればいい。
今は。
《049》
「……てことで後片付けは明日の一、二時間目を使って行うこと。決して休みじゃないからちゃんと来るように! じゃあ解散! 」
何を心配することもなく、案外あっさり公演は終了し、同時に俺達の文化祭も騒がしく幕を閉じた。
文化祭となると何か面倒事が起きるものだと思っていたのも完全に杞憂で、平和に楽しくちょっと不気味なぐらい綺麗なまま上手くいった。改めてアニメ飲みすぎなんだなあと思い知らされたな……。オタクの辛いところだ。
ラノベマンガの類の舞台で最も多いのが高校。もちろん登場人物で多いのも高校生。
ラノベなどの世界に落ち始める中学時代にそのようなものに触れることで出来上がる高校のイメージというのはそれはもう夢と希望の理想郷。そんなアホなものを作り上げるんだから実際進学した時「思ってたのと違う! 」
ってなるんだよ。
勝手に勘違いして勝手に落胆するのはオタクの得意技だ。他にも事例はたくさんある。
思い出すと自分にどんどん突き刺さるのでここで挙げるのは控えておくが。
「なあなあ! この後打ち上げ行かね! ? 」
「お! いいじゃん! 」
「いいねいいね! 」
「じゃあこの後7時に駅前のバイキング行こうぜ! 俺あそこの割引券持ってるしよ! 」
ムードメーカー柳の提案により早速打ち上げの開催が決定した。ここまでテンプレ。
こういう流れになるかなーとは思っていたけどほんとにそのまんまとは驚いた。
俺ごときに行動を完全予想されるなんて単純にも程があるんじゃないか現代的高校生。
「じゃあさっさと帰って準備してこなきゃ。帰ろ帰ろ〜」
TheJK前川さんを皮切りにプチHRを終えた教室からぞろぞろと生徒が出ていく。
もちろん俺もさっさと帰って、高校生活始まって初めての楽しいと打ち上げの準備をしたいところなのだが…...
「早川、さっさと帰ろうぜ」
「あー...すまん! 今日は先に行っててくれないか? 打ち上げには間に合うからさ! 」
「そっか。じゃあ先帰るわ、また後でな〜」
やはり手は打ってあったか。
おそらく告白イベントはこの後すぐ。神崎さんがわざとらしく机でもぞもぞ何かやっているあたり場所は教室が濃厚だろう。
別に成功失敗に興味があるわけじゃない。
ただ、ここまで関わってきたことの顛末をこの目で見ないと気がすまないだけだ。
そう自分に必要ないのに言い聞かせた。
荷物を持って一旦教室から出て、タイミングを見計らって教室へ戻る。もちろん気づかれないように。
夕日で朱色に照らされる教室での告白だなんて、なかなかいいロケーションを選択したもんだ。心の中で褒めておこう。
教室から1人、また1人と生徒が減っていき、とうとう二人きりの空間が完成した。
見守るは太陽(と俺)だけ。
さぁ、神崎千晶。思いっきり思いの丈をぶつけるがいい! もし失敗しても大丈夫! 早川はそんなことで態度を変えるような器の小さい人間じゃあない!
「呼び止めちゃってごめんね…...」
「大丈夫大丈夫! 俺は問題ないよ。何か用事があるんでしょ? じゃあしょうがないさ。」
「う、うん……ありがとう。」
夕日のせいか、神崎さんの頬がほんのり紅く染まってる気がする。
声も震えどこかたどたどしい。
これが告白……生で見たのは初めてだ……
もちろんしたこともないしされたこともない俺にとって、初めて告白という文化に動画でもアニメでもマンガでも小説でもなく直接触れた瞬間であった。
「あの……私ずっと……早川くんのこと、」
くるか……王道のあのセリフ……! ?
こっちまで心臓が高なってくる。くっそ、あんなにどうでもいいとか言ってたのに……ラブコメの波動にやられるとは…...くっ、殺せ。
「早川くんのこと……ぶっ殺したかったんだ。」
え?
一瞬で恋する乙女からシリアルキラーへとジョブチェンジした神崎さんと、何故か涼しい顔をしている早川を俺は口をだらしなく開けて見つめることしか出来なかった。




