ほんとう
「きみの事なんか大嫌いだった」
放課後、夕日の見える屋上にて。
きみは言った。
僕は笑った。
……だって、可笑しいんだもの。
「何で笑うの? 僕は今、きみに嫌いだと言ったんだよ。なのに、どうして嬉しそうに、可笑しそうに笑うの?」
「可笑しいんだもん。嬉しいんだもん」
「どうして?」
「僕も、‘僕’が大っ嫌いだからだよ。やっと、ほんとうの‘僕’を視る人が現れた。ああ、可笑しい」
「……」
きみは、思わずといった様子で、僕を見た。でも僕は気にせずに、笑い続けた。
ああ、可笑しい。
ああ、嬉しい。
ああ…………。
「僕は、僕と賭けをしたんだんだ。ほんとうの‘僕’を視る人が一週間以内に現れなければ、僕の負け。現れれば、僕の勝ち。負けたら、死ぬ約束だったんだよ」
「……なんだよ、それ。きみ、おかしいんじゃないの」
「うん。でもみんなは僕の事、おかしいなんて思っていないでしょ? 完璧超人だと思ってる。眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能、性格も良い。誰もが羨むが、憎まれることもない。何故なら、出来過ぎているから」
僕は笑いながら言う。
「けれど、僕はほんとうはこんなおかしい奴。きみは、気付いてくれた」
「きみ、二重人格なのかい?」
「んなワケないじゃん。けれどね、僕の中に違う僕がいると仮定して、ソイツと会話することがあるんだ。それを二重人格と言うのかもしれないのだけれど、自分から作りだしたのだから、違うよね」
僕は知っているよ。
「きみのことなんか大嫌いだった」と言ったきみの眼の奥に、勝ち誇ったような光が浮かんだことを。
きみは、誰彼問わず好かれ、それを自覚している僕を、「きみを嫌いな人がいるんだよ」という「意外な事実」を突き付けて、悪い意味の驚きに落ち込ませようとしたんだろう。
だから、その思惑が外れて、目を見張ったのだろう。
その反応に僕は目を細め、もう一度笑い声をあげた。
「きみは確かに僕を驚かせたけれど、それは良い意味での驚きだ。残念だったね。あはは。ありがとう」
「こっ、この事を学校中にバラされても、嬉しいのかい?」
「あったりまえじゃん。実は僕、死にたかったんだ。でもね、僕のおかしさを知らしめないままに死ぬのは厭だったんだ。だから嬉しかったんだよ。嬉しいんだよ。まあでも、誰も信じないだろうけれどね」
僕は顔を空へ向けた。
太陽は傾き、空をオレンジ色に染めている。
「矛盾してるよ、きみ。賭けで負けたら死ぬ、そうしたんだろう? 負けてしなくてはならないことは、したくないことであるべきじゃないか」
「よく気がついたね。そう、僕にとって、勝ちより負けの方が嬉しいんだよ。だから勝っても嬉しくない。でもね、ほんとうの‘僕’を知っている人がいるのも嬉しいんだ。……ね、可笑しいでしょ」
「狂ってるんだよ」
「ありがとう。これで、誰かが殺してくれたら最高に嬉しいのだけれどね。取り敢えず明日から、ほんとうの‘僕’を見せながら生きるよ。ときに、きみ。希望の最中に死んでいくのは全ての人類の理想とは思わないかい?」
僕の問いかけに、きみはもう答えなかった。
その表情を、憐れみと呼ぶべきか、虞と呼ぶべきか。
兎に角きみは立ち上がり、屋上を出て行った。
放課後、夕日の見える屋上にて。
僕の哄笑は、いつまでも響いていた…………。
「ああ、可笑しい」
******
ザアァー……。
ザアァー……。
ザアァー……。
雨の音をBGMに、僕は屋上の淵に足を乗せた。
持っていた傘をたたみ、その傘を地面に向かって投げ捨てる。
そこを目指して、僕は。
******
『ときに、きみ。希望の最中に死んでいくのは全ての人類の理想とは思わないかい?』
最近狂ってしまった、元優等生の声と、その狂気の笑い声。
それが聞こえた気がして振り返った。
するとなにかが、グラウンドに落ちてきた。
ばさっ。といって落ちてきたのは、青い傘だった。
何故落ちてきたのか、その理由を求めて空を見上げた。
するとまたなにかが落ちてきた。
それは、傘よりずっと大きなもの。
それは、どさっ。という音と、べちゃっ。という音の、二つを混ぜた音で地面に着地した。
それは、着地した直後、赤い液体を広げた。
それは、人間だった。
俺は、叫び声をあげて後ずさった。
雨の降る、寒い夏の日。
空から雨と共に落ちてきたのは、傘と、同級生と、その笑い声だった。
誰にでも好かれた、性格の良い優等生の最期を、俺は目にした。
気を失いそうな俺の耳に、狂った笑い声が聞こえて……。
******
夜の学校、グラウンド。
夏の夜とは思えないほど、からりとした空気。そしてその割に涼しい。
わたしたちは小学生だけど、この高校に通っている従姉妹がいる子が、ある怪談を確かめに行くというので何人かでついてきたのだ。
その怪談とは次の通り。
昔、ここの学校に通っていた人が、突然発狂した。強制的に精神病院に入院させられたが、逃げだして、雨の日に学校の屋上から飛び降りて自殺した。
その人は発狂したとき、ずっとずっと、『ああ、可笑しい』『ときに、きみ。希望の最中に死んでいくのは全ての人類の理想とは思わないかい?』と言いながら、大きな声で笑っていたそうだ。
そして、その声が今も聞こえるらしい。だが条件があり、夏の寒い日の、夕方から夜にかけて、グラウンドで三人以上の人が立って屋上を見上げてないといけないそうだ。
夏の寒い日なんてあるわけないじゃん、そう思ったけれど、雨が降っていたり夜だったり、春や秋に近い時期なら確かに、夏でも寒い時があると思い出した。
そんなこんなでわたしたちは、高校のグラウンドに立ち、屋上を見上げた。
暫く待つ。
だが、何も聞こえない。
「何にも聞こえないね」
わたしが言ったそのとき。
『あはははっはははははっははっはは……』
小さい、ごく小さいものだが、笑い声が聞こえてきた。
気のせいかと思って耳を澄ます。
……気のせいじゃない。
『ああ、可笑しい』
それどころか。
『ときに、きみたち。希望の最中に死んでいくのは全ての人類の理想とは思わないかい?』
どんどん大きくなっていく。
『ねえ、答えてご覧よ』
後ろから声が聞こえた気がして振り返ると。
「嬉しいな、こうやって見にきてくれる人がほんとうにいるなんて」
人のかたちをした湯気みたいなものが、わたしたちの目の前に立っていて。
「あははははっはははっははははは!」
笑っていた。




