38・ドワーフの街、鉄センドー
翌日、今日も晴れ。
ローゼットに手伝ってもらってサーラントの馬体に旅荷をくくりつけて固定する。
ミトルの紅茶を木製の水筒に入れて飲物も準備良し。
まぁ、水についてはいざとなれば俺が魔術の創水で出せばいいんだけど。
サーラントがセルバンとローゼットとミトルに、
「では、行ってくる」
ミトルがサーラントに、
「たまにはお兄さんと親御さんに顔を見せてやってくださいねー」
と言うとサーラントはわかった、と言いながら目をそらす。ミトルを相手にしてるときのサーラントってガキっぽいのな。
ローゼットは、
「大草原に人間の偵察部隊が来てるから気をつけろよ」
セルバンは何故か俺に、
「若のこと、よろしくお願いいたします」
「あー、まぁ、俺ができる範囲でなら」
と答えておくと、セルバンもミトルもローゼットも『えー?』というような視線で俺を見る。シャララまで、なんでだ?
ローゼットが、
「ドルフ帝国から手配されて追われるようなことも、その範囲内におさまってるんだよな?」
「そんなのはなんとかなるだろ? 神の加護とかは俺の手に負えない事柄だから無理だけど」
「ゴメン、ドリンの言う範囲内がどこまでなのか、シャララにはぜんぜんワカンナイ」
ノスフィールゼロが隠れたリュックを背負ってサーラントに乗る。
シャララが飛んで来たので上着の襟を開けると潜り込んで顔だけ俺の顎の下に出す。
蝶の羽根をもぞもぞされるとくすぐったい。
ローゼットとその部下がそんな俺たちを見ながら、あれ、いいなーとか可愛いなーとか小声で言ってる。
魔術排斥国家ドルフ帝国では魔術の得意な種族は少ないということで、小妖精やエルフはほとんどいないという。
なので昨日の夕方の食事のときもシャララはドルフ帝国兵士に、可愛い可愛いとちやほやされて調子にのっていた。
ドルフ帝国の中で1部の者は対人間との百年に1度の戦争も、異種族連合でエルフや小妖精や珍しい種族に会えるイベントとかお祭りみたいに楽しみにしているのもいる。そんな話をローゼットから聞いた。
なるほどなー。その上に人間に恨みがあるという人熊のように、力をもて余した種族も大暴れできるいい機会ともなるわけか。
シャララが、
「じゃあねー、みんながんばってねー」
出発、サーラントが駆け出す。
見送るドルフ帝国兵士の人馬と小人が、御武運を、とかそっちもがんばってー、とかシャララちゃん可愛いよーとか言って手を振ってる。
その顔が妙な期待感に溢れてキラキラしたいい笑顔なのが、ちょっと気になる。
俺たちになにを期待してやがんだか。
大草原を駆けるサーラントに乗っての移動中、ノスフィールゼロはリュックから頭を出して景色を眺める。ついでに、
「ドワーフの国とドワーフについて教えてくだサイ」
とノスフィールゼロが聞いてきたので、俺とサーラントとシャララで説明する。
俺達は知ってて当たり前のことでも白蛇女の里から何千年と出たことの無い黒浮種は知らないか。
ドワーフ王国について、浅ドワーフと深ドワーフの違いとかも話しておく。
「心配してたけど大丈夫みたいね」
シャララが言うのでなんのことか聞いてみる。
「ドリンとサーラントのこと。昨日、あんな言い合いして頭突きとかしてるのに、ご飯食べて寝て起きたらいつもどおりなんだもの。ねぇノスフィールゼロ?」
「そうでスノ。安心しましタノ」
なんだ、気にしてたのか。俺は、
「やってしまったことをグチグチ言っても結果は変わらんだろ。俺は昨日の時点でサーラントに言いたいことは全部言ったからな」
サーラントが、
「今回のことは俺がドリンの覚悟を甘く見てたことが原因だ。だがこれでドリンの決意のほどが知れたから、次からは遠慮なく頭から巻き込んでやることにする」
「そうしてくれ。それに覚悟なんて大げさな言い方するようなことでも無いだろ」
「言ったなドリン。後で後悔するなよ」
「すると思ってんのか? そうならないように俺が頭を捻ってんだろうが。俺を侮って『あのときドリンの知恵を借りれば良かった』と後悔すんのはサーラントの方だ」
「ならば証明してもらう。しっかりと俺についてくることだ」
「は? 俺がお前についていけるわけないだろ。足の長さが違うんだから。サーラントが俺を乗っけて走るんだよ、今のように。落とさないように気をつけて走れ」
「なぜ俺がドリンに気をつけてやらねばならん? お前が落ちないように必死にしがみついていれば問題無い」
「突進以外に能が無いなら荷物くらいきっちり運べよサーラント」
「荷物なら無駄口開かず黙って運ばれろ。舌を噛んで呪文を唱えられなくなった魔術師など運ぶ価値が無い」
シャララが呆れたように、
「ぷぅ。なんだか心配して損した気分」
途中の休憩でノスフィールゼロが人馬の神に祈りを捧げる。俺もついでに祈っておく。シャララも真面目に手を組んで祈っている。
サーラントは、
「ちょっと辺りを見てくる」
と俺達の祈りの邪魔にならないよう離れていった。なにを照れているのだか。
これといったアクシデントも無く順調に旅は続く。
翌日、マルーンの街を出てから3日目の夕方、目的地に到着。
人馬の脚力って凄いな。道の無い大草原を駆け抜けてドワーフ王国の入り口の街、鉄センドーまで3日で着いた。
ここを抜けて銅マンソーの街をこえてゼファト山の中に入れば、深ドワーフが誇る世界最大の地下都市、王都白銀ケイライン。
王族に会おうとするなら王都まで行かなきゃならないが、今回はその時間は無い。
部隊白髭団の深ドワーフ、メッソとボランギの故郷がこの鉄センドー。地上と地下の二階層構造の街。
ここでトンネル工事のできるドワーフを雇って灰エルフのアムレイヤのおねーちゃんに届けないとな。
その前に白髭団と合流しないと。
街門の前の列の最後尾につく。俺のリュックにはノスフィールゼロのために覗き穴を作った。
ドワーフの街を見たいのかリュックに隠れているノスフィールゼロが中でこそこそもぞもぞしてる。
ドワーフと小人が数人並ぶ列は次々と街の中に入っていく。
門の近くには武装した深ドワーフと肩に小妖精を乗っけた光エルフが街に入る者を検査している。
深ドワーフの中には火系とか土系の魔術師もいるが、もとが魔術師むきの種族じゃ無い。
探知ができる魔術師を雇っていて、それがあのエルフと小妖精のようだ。幻覚系の魔術で正体をごまかして入ろうとするのがいないか調べている。
さくさくと進んでゆくようで、さして待たされることも無く俺達の順番に。
「ようこそ、鉄センドーに。種族と名前をどうぞ」
帳面を手にした深ドワーフの戦士、街の衛兵が聞いてくる。その間、エルフとその肩に乗った小妖精が小声で探知の魔術の呪文を唱える。
「人馬のサーラントだ」
「小人北方種、希少種魔性小人のドリン」
「小妖精亜種、蝶妖精のシャララよ」
深ドワーフの戦士は帳面にカリカリと書き付けて、きょとんとした目で俺とサーラントの顔を交互に見る。
「サーラントにドリン? もしかしてあんたら、触るな凸凹か?」
シャララが、
「え? なんで知ってるの?」
ほんとになんで知ってるんだ? サーラントが、
「俺とドリンはマルーン西区ではそんなあだ名で呼ばれてるが、何故知っている?」
深ドワーフの戦士は右手をサーラントに伸ばして、
「メッソとボランギから聞いた。握手してくれないか?」
「俺、みんなを呼んでくる!」
エルフの肩にのってた小妖精が門のわきにある建物に飛んでいく。
メッソの奴、なんて言いふらしてんだ?
建物から出てきた衛兵達に好奇の目で見られながらひとりひとりと握手して、歓迎される。その中のひとりの小人が、
「メッソに知らせてくる!」
と駆け出して行った。
衛兵のひとりの深ドワーフに案内してもらってメッソの家に行くことに。道中、そのドワーフから聞いてみると、
「白髭団が触るな凸凹のおかげでアルマルンガの百層大迷宮、その30層で誰も見つけたことの無い隠されたエリアを見つけたってな。そこにいた隠しボスの単眼大蜘蛛を討伐して、あのミスリルの戦斧を持ち帰った。あれはいい斧だ」
あのときは仮称、単眼大蜘蛛って言ってたっけ。その後は紫じいさんに聞いた赤線蜘蛛って呼び方に変えたけれど。
「間違っちゃいないが、あの蜘蛛は白髭団だけじゃ無くて灰剣狼と猫娘衆と共闘してる」
「それも聞いてる。だがそれも探索者として凄腕の触るな凸凹だから40層級の部隊ふたつを引っ張ってこれたってな」
「ドワーフ王国にも60層中迷宮はあるから、30層ボスを倒した奴なんて珍しくないんじゃないのか?」
「中迷宮と大迷宮じゃ規模も難易度も違うだろう。しかもここ百年近く誰も見つけたことの無い隠しボスで、魔晶石も今まで誰も見たことのない大きさだったって。地上の査定でもその大きさの例が無いって困ったくらいなんだろ?」
「間違ってはいないんだが、大げさに伝わってるみたいだな」
「メッソとボランギはガキのころ遊んでた仲で俺の兄貴分てとこだ。今では白髭団はこの街で迷宮に挑もうって奴には、目標となる先輩って有名だぜ」
そのドワーフはメッソから聞いた話、俺の練精魔術で増幅したスーノサッドの火嵐が子蜘蛛を全滅させた、とか、サーラントの一撃で巨体の単眼大蜘蛛が宙に浮いてひっくり返ったくだりを嬉しそうに語る。
うーん。嘘ではないんだけど、なんか派手に脚色されているような。むずがゆいな。
「で、メッソからはドリンとサーラントが来たらすぐに知らせてくれって頼まれてる」
メッソの家は地下ということで階段を下りて地下の街に。深ドワーフ以外の種族のために貸し出してるランプを借りたが、地下は意外と明るい。
「地下迷宮から出る灯りの魔術仕込みの道具と、あとはここに住んでるエルフや小妖精の魔術師に明かりをつけてもらってる。ドワーフだけなら闇視で暗くても問題無いけど、ドワーフ以外の種族も増えたから」
そのドワーフはサーラントの方を見ながら、
「なんでもドルフ帝国には明かりについてテクノロジスでなんとかなるってことだが?」
「ドワーフ王国からドルフ帝国のテクノロジス研究者に依頼があって、研究中だ。まだ製品にはなってはいない」
「そうか。この街では暗いところでドワーフ以外の種族が困ることがあるんだ。昔よりは改善されてはいるんだけど」
ドワーフだけなら問題ないのか。
「ドワーフ以外でここに住もうって物好きがいるのか?」
「俺も物好きだとは思うが、それでも生まれ育ったところを『気に入った!』とか言われると嬉しいもんだ。ドワーフの金属加工に興味のある異種族とか、それを研究したいって魔術師とかな。メッソの姉貴の旦那は闇エルフで夫婦で陶芸家だぞ」
着いたところは一軒の家。石造りの建物。
「メッソの姉貴の家だ」
家から出てきたのは、なんだか着飾った部隊白髭団リーダー、メッソだった。こんなに早く再会することになるとはな。しかし、正装なのか襟のパリッとした洒落た緑の服に白い髭も三つ編みにして綺麗なブローチでまとめている。
「ドリン! サーラント! それにシャララ! 久しぶりだなぁ」
「そうだなメッソ。で、なんだその似合わない正装は?」
「似合わんか? お前らが来たことをここの貴族に伝えてくるためにちっとはましな格好にしたんだがな」
「貴族に?」
「この街を仕切ってる深ドワーフの貴族だ。リックルはその屋敷にいる」
白髭団の小妖精のリックル。地下迷宮の冒険談を語って聞かせる講談師みたいなことしてお屋敷にいるとは聞いた。
メッソは顔を近づけて、そこにしゃがんだサーラントとシャララも近づく。
「ネオールの持ってきたドリンの手紙で事情は知った。詳しい話は後にするが、お前らドワーフ王国の貴族を味方につけたいんだろ?」
「それはそうだけど、ガディルンノの手紙の相手は?」
部隊灰剣狼の深ドワーフ、ガディルンノがもと部隊仲間に宛てた手紙。
「見つかった。今、ここの貴族の屋敷に王都、白銀ケイラインの貴族のお嬢さんが遊びに来てる。で、そこのお嬢さんの家に仕えているのがガディルンノのもと部隊仲間。お嬢さんに頼んでこの街に呼んでもらっている」
「よく見つかったもんだ」
「そのお嬢さんがガディルンノの名前を憶えていた。リックルの話で思い出したんだと。手紙は俺が預かっててまだ渡してはいない。で、俺は今からその貴族のお屋敷に行って、お前らがここの貴族とそのお嬢さんに会えるように話をつけてくる」
「上手くいくのか?」
「リックルが気に入られているから、会うことはできるだろう。そこからどう話をつけるかはお前らに任せる。じゃ、家の中で休んでてくれ。姉さんと兄貴に話してあるから好きに使ってくれ」
そう言ってメッソは走り出した。
俺達を案内してた衛兵がメッソを追いかけながら、
「おーい、メッソの兄貴、なーにこそこそ話してたんだ?」
「ふっふ。新たな冒険の作戦会議だ!」
メッソの奴、たのしそうだな。
手紙ひとつでそこまで根回ししてくれてるとは思わんかった。
ノスフィールゼロ
「夕焼け、大草原が橙色に染まっていた。光線の屈折と理屈は知っていてもその景色に身体が震えた。夜、星空を見る。あの星の向こうに遠い故郷があると思い出して涙が出た。サーラントさんのお腹を枕にドリンさんとシャララさんと眠る。温かく頼りになる方に囲まれて安心して眠る」
シャララ
「ノスフィールゼロ、日記書いてるの?」
ノスフィールゼロ
「里の同胞にこの旅のことを伝えようト。表現が難しいでスノ」
シャララ
「そうねー、ちょっと貸して、夜の満天の星空の中でドリンとサーラントが語っていた。それは今の計画とこれから先の未来について。静かに語り合うふたりの男は、しかしその瞳を熱い情熱に輝かせていた。昨日のケンカもお互いがお互いを想い合った末のすれ違い、激しい言い合いの後にふたりは相手の胸の内を知った。その想いは友情という名の熱く固い絆。地下の白蛇女と黒浮種の未来を願うふたりの気持ちは同じものだと。そして今では言葉にせずとも解る、信頼を越えた理解を共有するふたりは熱く静かに未来を語る。夜はその計画の秘密を守ろうと優しくそっと包み込み、星はふたりの未来を祝福するように夜空に輝やいた。こんな感じでどう?」
ノスフィールゼロ
「素敵でスノ!」
ドリン
「そーいうのが他の奴らにホモくさく伝わってんのか?」
サーラント
「シャララ、ちょっとこっちにこい」
シャララ
「ぴ?」




