2・お宝だ、お宝なんだけど?
「おーい、ドリン、サーラント、こっち来いよ」
呼ばれて大蜘蛛がいたところに歩いていく。デカイ図体のサーラントが俺の歩幅に合わせて隣りを歩く。
こういうちょっとした気の使い方はできるのになぁ、こいつは。
てくてくと近づくと、お宝の山が見えてきた。
「ほぉ」
サーラントが思わず声を出す。確かにこの量はなかなかすごい。
金粒と銀粒が小山を作ってる。ところどころに宝石があって、キラキラと輝いている。宝石の中には精石もあるな。色からして土の属性の土精石。
その小山に1本の戦斧が突き立っている。真っ白な戦斧はミスリル銀だな。これだけ溜め込んでるのはかなり長い期間あの大蜘蛛を倒した奴はいないということだが。
金銀宝石の山には大きな魔晶石がででんと座っている。直径50センチといったところか。
「こんな大きな魔晶石は初めて見たぜ」
メッソがはしゃいだ声をあげる。
うん、大きい。直径50センチ、約50センチ……
………………50センチ?
「なんだこれは!? ふざけんなよクソッタレがー!!」
思わず大声で叫んだ。みんなが一斉に引いた。それでも俺の怒りは止まらない。いや、止まるわけないだろ?
「どういうことだ? なんだこのサイズは? くっそ騙された! どこのどいつだチクショウが!!」
喚きながら床を蹴る。なんでだ? いったいいつ、どこの誰がやりやがった?うー!がー!だー!
「落ち着けドリン、みんなが引いてる」
「あぁ!?」
見渡すと全員が距離をとって俺を見ていた。
「え?なんで?なんで怒ってるの?コワイ……」
ボソボソと小声で囁いている。
「さすが『触るな凸凹』キレるところがワカラナイ……」
聞こえてんぞ、おい。
「同じ30階層の骸骨百足と比べて、財宝5倍はあるよね……」
「なんで宝の山を見てキレるんだ?」
「俺、こんなデカイ魔晶石、初めてみたぞ?」
「どこに怒ってるのかぜんぜんわからん」
「おい、サーラントどうにかしろ」
イライライライライライラ
「これ見りゃわかんだろ?これだよ、こ、れ!」
俺は魔晶石を指差すが、みんなは首を捻るだけだ。
全員が俺を遠巻きに見てる中でサーラントが近づいてくる。
「落ち着けドリン。みんなに解るように説明しろ」
あー、みんなは知らないのか?。それなら仕方ないのか。落ち着け俺。
すー、はー、すー、はー、
深呼吸、そして説明、説明ね。
「俺はこの単眼大蜘蛛は未発見のボスだと思ってた。今まで誰も倒したことの無いボスだと。だがそれが違ってた。俺達より前にこの大蜘蛛を見つけて倒した奴がいるらしい」
全員がえー?、と合唱する。
仲いいなお前ら。
「なぜ、それが解る?」
サーラントが代表で質問する。
「魔晶石の大きさだ。ボスの体内で熟成される期間が長いほどに魔晶石に溜め込まれる魔素は増えて大きくなる。暗黒期に地下迷宮が造られて、その時代から1度も倒されたことの無いボスの魔晶石、その大きさは直径1メートルを越えるはずだ」
直径1メートルと聞いてみんなはざわざわとしてる。やっとわかったか。
「魔晶石のサイズで細かいところまではわからんが、ここ100年以内から200年以内にこのボスは1度倒されている。俺達が初討伐じゃないんだ」
口にして説明したことで、少し落ち着いた。俺達が最初で初討伐だと思っていたからこそ、騙された気分になっていたんだが。
どこの誰かは知らんが、先駆者がいた。
「ここの大蜘蛛を倒した奴がいるなら、なぜこの場所を知ってる探索者がいない? この大蜘蛛を倒した探索者の話は噂にも聞いたことが無いが」
「大蜘蛛討伐した探索者がここを秘密にしたんじゃないか? 理由は不明。たぶんそいつらで独り占めしようとしたんじゃないかな。30層ボスなら約30日で復活する。復活したてのボスは魔晶石も小さいし財宝も少ないが、雑魚をチマチマ狩るよりは稼げるからな」
「過去の探索者が稼ぎのために秘密にしていた、と。その探索者は今はどこに?」
「それは知らん。だがそいつらも何十年と大蜘蛛を狩っていないようだから、そいつらはこの場所を秘密にしたまま探索者を引退したか、死んだか、他の地下迷宮に行ったか、そんなところだろう」
改めて財宝の山を見る。たしかにかなりの量ではある。だが俺は1メートルを越える巨大魔晶石を期待していたからがっかりだ。なかなか上手くいかないもんだ。
じーちゃんはどこの地下迷宮で巨大魔晶石を見つけたんだろうな。
この魔晶石は約50センチ、充分にデカイしこのサイズを見つけた奴も少ないんだろうけどな。
パリオーとシャララがその魔晶石にぴとっと抱きついていた。なにやってんだこいつら。
身長50センチの邪妖精と身長30センチの蝶妖精と比べるとその大きさが際立つ。
「でけーすげー、俺の武勇伝がまたひとつ増えちまったぜー」
「おっきー、シャララより大きい。大きいのいいことだねっ」
2人ともニコニコの上機嫌だ。
……ん、まぁ、いいか。
「財宝の仕分けは任せた。カームとパリオーはこっちに来てくれ」
猫娘衆の人間赤種と灰剣狼の小妖精亜種邪妖精を呼ぶ。
2人とも調査探索担当、いわゆる盗掘系。調べものには役に立つ。カームはその上に戦闘もこなせる、パリオーは……ん、まぁ、いいか。
2人を連れてボス部屋の奥に向かう。
「未探索の場所を調べるのに3人で行くな」
サーラントがついて来た。ついでにグランシアとカゲンもついて来た。
「敵は出ないだろうけど、念のためにね」
「このエリアは、少しおかしいからな」
この2人は部隊長だけあって、けっこう気ぃ使いぃなんだよな。
財宝の仕分けは白髭団とみんなに任せてこのエリアを軽く調べてみる。
即席6人部隊、ん、戦闘力だとかなり豪華だなこの面子。
ボス部屋奥にある扉を開けて奥に進む。短い通路を抜けると、見た憶えのある転送陣のある部屋に出た。
「転送陣の部屋の作りは、他の階層と変わりは無さそうだな」
床に転送用の大型魔方陣。壁は磨いたような青い石壁。
「早速、登録登録~と、あれ? 登録できない?」
パリオーが転送アミュレットを転送陣にくっつけているが、まるで無反応。小さな手でペチペチと叩いている。
カームとカゲンも転送アミュレットを取り出して転送陣にくっつけてみるが、これも反応なし。
「どういうことだ?」
あ、この面子、魔術師は俺だけか、
「ちょっとまってくれー」
精神集中、探知、魔力反応、と。
手のひらを転送陣に近づけて探ってみる。えーと、なんだこりゃ? なにも反応が無い? 転送陣を動かす魔力が流れていないようだ。
「この転送陣は死んでる。起動してないぞ」
と、いうことはこの転送陣は地下迷宮の構造からは切り離されていることになるのか。
俺が考えていると、カゲンが慌てて言う。
「まてまて、動いてない転送陣なんて初めて見たぞ?いったいどういうことだ?」
「私も初めて見た。というか同じ階層に転送陣がふたつあるというのも初めてだ」
グランシアの発言にカームもうんうんと頷いている。
どういうことなんだろうなぁ?
このエリアそのものが隠されていたこと、その隠し方も隠し扉とかじゃなくて、壁壊したら見つかったってのもなんだかおかしい。
他はどうかとそのまま歩いて、青い石壁の前まで行ってみる。方向からしてさらに階下に降りる階段があるところ。階段があるべき場所。
だけどそこには階段は無い。それどころかこの部屋の三方の壁には扉も通路も階段も無い。俺達が入ってきたところだけで、どこにも行けない行き止まり。
俺と同じことを考えていたのか、カームが短剣の柄で目の前の石壁をコツコツと叩いている。
「なにも無い。壁の向こう側に空間がある様子も無い」
足元を調べているパリオーの方は?
「隠し階段も隠し扉も無さそうだぞ。てーか、カゲン、ここってあそこになんか似てないかー?」
「あぁ、おれも同じこと考えてた」
俺は地下に降りる階段の無い転送部屋を見るのは初めてだ。いったいどこに似てるって?
「俺達、灰剣狼が昔に潜った地下迷宮に、同じようなところがあった。30層の小迷宮。そこの最深部、ボスを倒したあとの奥の部屋だ」
「ここから地上にお帰り下さいって感じの、転送陣があったぞ。あ、でもそこには石碑みたいなもんがひとつあったっけ」
「なんのための石碑かは、解らずじまい。ただ、その部屋の転送陣は普通に使えた」
「念のため、いろいろ調べてみたけど何にも無いし、どこにも行けない部屋だったぞ」
カゲンとパリオーの話で、他の小迷宮の最深部のことが解った。
俺は小迷宮の最深部まで行ったこと無いからなぁ。というか、小迷宮に潜ったことが無い。60層の中迷宮を26層まで。
「グランシア、猫娘衆で小迷宮の最深部にまで行ったことは?」
「あるよ。行き止まりの転送陣の部屋ってのはここと同じだね。そこから謎石碑を無くしたらこの部屋と同じ感じかな」
「迷宮を管理する仕掛けがあるかと探してみたが、なにも見つけられなかった。そこの転送陣は使えたから、それで地上に上がった」
グランシアに続いてカームが教えてくれる。ふーん、なるほどね。
小迷宮最深部の謎石碑。
製作者の記念碑とか、迷宮管理のシステムの名残とか、古代魔術師の研究室への転移装置とか、魔界に通じる仕掛けがあるとか。
いろんな説は聞いたことがあるが、真相不明の謎の一品。
機会があれば1度調べに行ってみるか。
さて、隠しエリアの隠しボス。その奥には行き止まりの転送陣の部屋で地下に下りる階段は無し。転送陣は魔力が通ってなくて反応無しで使えない。
まとめるとこういうところ。ふむ。
「どうする? この部屋を調べてみるか?」
真面目なカームが聞いてきた。
「それはまた次にしようか。このエリアの謎も少しは予想がついたし、なにより転送陣が使えないと帰りが面倒だ」
「んー? このエリアの謎が解ったのかい?」
グランシアが言うことに、
「おそらくは、といったところだが。それは戻ってみんなに話すことにしよう」