1・隠しボス、久方ぶりのボス戦で
全身真っ黒、その表面には赤い線が模様のように描かれている。緑色のひとつの目玉を薄く光らせて、身動きせずにそこにいる。
単眼の大蜘蛛。
でかいなー、全長3メートルは越えている。腹の厚み、高さも人馬のサーラントより頭ひとつは高い。
俺たちはボス部屋手前の門の脇から、頭を出して覗いて見てる。
「どうよ?」
部隊、灰剣狼のリーダーに聞いてみる。
「俺らが別の小迷宮の30層でやった奴に、似てはいるな」
「あぁ、だけどそいつは全身黒で赤い模様は無かった」
灰剣狼のリーダー狼面のカゲンとその弟のヤーゲンが応える。
ボス部屋は十分に広くて明るい。壁も床も岩肌で障害物も無いからこの人数でも展開できるし、サーラントも全力でやれるだろう。
その部屋の中央に黒い体毛に赤いラインをおしゃれに決めた大蜘蛛1匹、静かに身動きもしないでおとなしい。その蜘蛛を小型にした全長50センチくらいの子蜘蛛が10数匹。こちらはわしゃわしゃと大蜘蛛の周囲をうろついている。
「単眼大蜘蛛、とでも呼ぶか。まずは回りの子蜘蛛からだが……」
口にしながら後ろを見ると、
「ふー、上がってきた上がってきた、盛り上がってきたねぇ」
「さぁーやろうか」
部隊、猫娘衆のリーダー猫尾希少種コンビ、獅子種のグランシアは2刀を擦るように鳴らして、妹分の豹種のゼラファは槍を回して構えている。
血の気の多い戦闘種はこれだから。
猫娘衆の小妖精亜種蝶妖精とエルフ亜種灰エルフのふたりが防御と攻撃の支援魔術を次々とかけている。
気が早いだろうが。まぁ、40層ボスを倒してからはその先の探索が進まなくて、灰剣狼も猫娘衆もストレス溜まってたみたいだし。
何よりこの隠しボス、これまで見つけた奴はいないようだ。だから情報はカケラも無い。弱点も特技も解って無いのは危険だが、誰も倒したことの無いボスの討伐には、俺も高揚している。
新発見、初討伐に盛り上がる。これに興奮しない奴は探索者辞めちまえ。
「いつでもいいぜ」
灰剣狼のカゲンがミスリル銀の剣を抜いて言う。
「くく、楽しませてもらうよ」
猫娘衆のグランシアが牙を見せて笑う。
「準備万端だ」
白髭団の深ドワーフがメイスを肩に担ぐ。
相棒のサーラントも左肘の小盾の位置を直して両手持ちのフレイルを握って俺を見る。
この場の全員が俺を見る。
ん?
「ちょっと待て、何で俺が指揮するみたいになってんだ?」
「いまさら何言ってんの?」
何を当たり前のようにいってんだ?この獅子種は、
「この隠し通路とあのボスを見つけたのは『触るな凸凹』だろう?」
「カゲン、俺たちは今は白髭団だ。あれを見つけたのは白髭団の手柄だ」
俺は白髭団のリーダー、深ドワーフのメッソを指差す。メッソは、
「しかしなぁ、ここが怪しいから調べてみたいと言ったのはドリンで、偶然とはいえ戦闘中に壁を殴って隠し通路を見つけたのはサーラントだしなぁ。あと、人数集めて策を立てたのもドリンだし」
「白髭団だけで勝てるわけないだろうが! あとお前らが突っ込んで殴る以外の案を出さないからだ!」
「まぁまぁ、ドリンは景気よく開始の合図を出してくれたらいい」
「前から思ってたがな、お前ら面倒なことは俺にやらせとけばいいとか考えてないか?」
全員が目をそむけて壁とか天井を見始める。
こいつら……、
「適材適所、だ。実際ドリンに任せたからこの人数がすぐに集まった。初手に効果ありそう案もドリンが考えた。戦闘でも指揮飛ばすのは、後衛で全体を見て判断できる奴がいい。これを任せられそうなのはドリンだからな。その信頼を受けて、ごちゃごちゃ言わずにさっさと始めようか」
サーラントがまともなことを言ってるように聞こえる。いや、こいつはバトルしたいだけで適当に言ってるだけだ。
確かに面子集めに灰剣狼と猫娘衆誘ったのは俺なんだけど。バトルジャンキーばかりで交渉とか前準備を俺がひとりでやってたような気がする。
ここまできたらやるだけなんだけどな。
改めて全員を見る。
灰剣狼6名
猫娘衆6名
白髭団、俺とサーラントを入れて6名
即席集団の18名は気合十分、やる気満点。40層級の灰剣狼と猫娘衆に30層級の白髭団が集まれば、軍団と言っても通用しそうだな。
おい、グランシア、近い、鼻息がくすぐったい。
「初手のやり口は説明したとうりに、それが決まったら前衛は大蜘蛛を集中だ。後衛で子蜘蛛を潰して前衛を守る。あと、情報がまるで無い相手だからな、何をするか解らん。俺が撤退の合図をしたら全員撤退するように」
ボス部屋の前、全開に開いた門のあったところに並ぶ。俺は服の上から全身のポケットを叩いて、仕込んだ魔術触媒を確認する。
さて、こいつらの気分が上がりそうな言い回しは、
「じゃあ、やるか。俺達は探索者だ。だからお宝は」
「根こそぎいただきだろ?」
「そうじゃあ無い。長い年月ボスの腹の中に閉じ込められたかわいそうな金銀宝石を、解放して優しく地上にエスコートしてやるんだ」
振り向いて見渡せば、みんなケラケラ笑ってる。どいつもこいつも頼もしい奴らだ。
俺は右手を振り上げて、
「そのためにも、独り占めしてるあのボスは?」
「「「ぶっ潰せ!!」」」
右手を振り下ろしながら、陽気に号令、
「解き放て!」
アルマルンガ王国の100層地下迷宮その30層。
隠しボスの単眼大蜘蛛との戦闘開始。
◇◇◇
右側から狼面のカゲンとヤーゲンが、左側から猫尾のグランシアとゼラファが突進。
単眼大蜘蛛も動き出して、子蜘蛛が守るように大蜘蛛の前に並ぶ。
カゲン、ヤーゲン、グランシア、ゼラファの4人は手に持った袋の中身を子蜘蛛にぶっかけるようにばらまいて、転進後退。
すかさず、4人のばらまいた金属の粉と乾燥させた植物の種に俺が錬精魔術の増幅をかける。
なんの金属と植物の種かは、練精魔術のネタとして秘密だ。
灰剣狼の闇エルフが火嵐の魔術を子蜘蛛の群れに叩き込む。
激しく吹き荒れる炎が子蜘蛛を焼き、何体かは炎の勢いにぶっ飛ばされる。
「おー、すげぇ」
火嵐を使った闇エルフ本人が驚いている。まぁ、他人の魔術を支援して効果を上げる魔術は珍しいからな。
これで子蜘蛛がいなくなればいいんだが。
大蜘蛛をみれば腹から下を上に持ち上げている。まるで目玉のように見える赤い模様を俺たちに見せつけるように。
目玉模様が鈍く赤い光りを点す。
「大蜘蛛に気をつけろ!」
俺が叫ぶと同時に大蜘蛛の目玉模様から赤い光線が走る。狙われたのはヤーゲンか。
「なんだ?」
身を捻ってかわそうとしたが間に合わず、ヤーゲンの脇腹を赤い光線が貫く。
「ぐうっあ!」
白髭団の深ドワーフと小人がヤーゲンの両脇を抱えて後ろに下げる。代わりに白髭団リーダーの深ドワーフ、メッソが前に出る。
ヤーゲンの治療は白髭団の小妖精と猫娘衆の灰エルフに任せるとして。
蜘蛛のくせに光線かよ? 蜘蛛なら糸なんじゃないのか? 手前に子蜘蛛を並べるから何かしら遠距離攻撃するだろうとは予想してたが。
「シャララ!」
猫娘衆の小妖精亜種蝶妖精を呼ぶ。
「なに?なに?」
「お前の得意の幻覚系、なんでもいいから蜘蛛の模様の上にかけろ」
「え? 敵にかけるの?」
シャララを見ればその姿は写し身の魔術で3重に見える。敵の狙いを外して回避する為の幻覚系統の魔術だ。
「シャララの幻覚は空間の光を歪めて作ってる。それならあの赤い光線も歪められるかもしれないからな」
「ワカラナイけどわかった! 種、種、つぼみ、咲いて咲いて、お花いっぱい!」
大蜘蛛の体、赤い目玉模様の上に色とりどりの花が咲き乱れて花びらが舞う。大蜘蛛が少しだけファンシーになった。
「創水!」
俺は俺で前衛に道をつけるために水を降らして火嵐を消す。ついでに燃えてる子蜘蛛も水で流す。ほとんどの子蜘蛛が火嵐で死んだようだ。
大蜘蛛が地面につけた脚の先に緑の魔方陣が浮かぶ。
「大蜘蛛に子蜘蛛を召喚させるな! 前衛突撃! 後衛は魔方陣と子蜘蛛の生き残りだ!」
子蜘蛛の守りさえ無ければなんとかなるんだが、まだ数匹がこちらの前衛の邪魔をしてくれる。
ただ、大蜘蛛も子蜘蛛もこちらの前衛を近づけさせないようにして、背後の守りが薄くなっている。
予定どおりの展開で思わずニヤリと笑ってしまうな。さぁ出番だサーラント。
「るぅーるるるるるるるるる!!」
ボス部屋の外周に沿って走って大蜘蛛の背後に回り込んだ人馬のサーラントがいつもの奇声をあげて突進する。
「水弾!」
サーラントの援護に水弾を飛ばして子蜘蛛をひっくり返す。ついでに大蜘蛛の魔方陣に干渉して子蜘蛛召喚を邪魔してやる。
今だやっちまえサーラント。
「るるるらららららぁ!!」
サーラントが咆哮をあげてジャンプする。ガタイの大きい人馬の突進の勢いを乗せた両手持ちのフレイルの一撃は最強だ。一発の破壊力ではこの100層地下迷宮に挑む探索者の中でも、勝てる奴はいない。
跳び上がって大蜘蛛の目玉模様にフレイルを叩きつける。
真上から叩きつけられた大蜘蛛は地面でバウンドして宙に浮く。目玉模様はぐちゃぐちゃに潰れて、幻覚の花束が飛び散って花弁が舞う。
無駄に作りの細かい幻術だなー。
宙に浮いた大蜘蛛はひっくり返って地面に落ちる。巨体が地面に落ちた振動で足下が揺れる。
「今だー!」
「おぅらおらぁ!」
狼面、猫尾、深ドワーフ、人間赤種、虫人、人馬、総勢10名が大蜘蛛を取り囲んで、剣槍斧鎚フレイルとメイスでどつき回す。
これで決まったかな?
ドカグチャメキャバキと物騒な打撃音パーカッションがボス部屋に響いている。
俺は下がってヤーゲンの様子を見る。
「どうだ?」
「生きてるよー」
ヤーゲンに治癒魔術をかけている灰エルフが応える。
「くっそ、俺、出番無しかよ」
ヤーゲンが歯ぎしりして文句を言う。
「傷は塞いだけど、お腹貫通して内臓にダメージあるからしばらくはおとなしくしててねー」
灰エルフの女魔術師はヤーゲンの頭をいいこいいこと撫でながら。
「念のため待機だ。追い詰められた大蜘蛛がなにか隠し技でもかますかもしれんからな。これ飲んで休んでろ」
俺が治癒と痛み止めの黒い丸薬を投げるとヤーゲンは狼の口でキャッチしてそのまま飲み込む。
「うっわ、苦ぁー」
けっけっと咳き込むヤーゲンの背中を灰エルフがポンポンと叩く。
大蜘蛛の方は、と
「ありゃ、起きたか」
なんとか起き上がって反撃しているが、脚が何本か無くなって白い体液をボタボタ、全身ズタボロ。しかも10名が代わる代わる殴って突いて斬りつけているからか、子蜘蛛は召喚できないようだ。目玉模様も潰れて赤い光線も無い。
苦し紛れに糸を吐いているが、闇エルフの火魔術で糸は的確に熱で溶かされている。
「これは、終わったかな」
油断はできないが、
「なんだよ、俺だけ格好つかねぇの」
ぶつくさ文句言うヤーゲンに、俺はすみっこの闘いを指差す。
「あれはどうなんだ?」
そこでは灰剣狼の小妖精亜種邪妖精がレイピアで子蜘蛛と1対1で熱戦を繰り広げていた。
「あれはあれで、ちゃんと子蜘蛛の足止めになってんだろ」
「遊んでるんじゃないのか?」
「パリオーは盗掘担当。探索と罠と鍵が本職で戦闘力はあてにしてないが、それでも自分と同じ大きさの蜘蛛を1対1で相手にできるのは、なかなかすごいことじゃないか?」
言われてみれば、身長50センチの邪妖精がレイピア1本で体長50センチの蜘蛛を相手にしているわけで、自分に置き換えて考えたらすごいことかもしれない。
「パリオーちゃん、がんばってー」
灰エルフが声援といっしょに支援の魔術をかける。
パリオーのレイピアが一閃して子蜘蛛の脚を切り飛ばす。
「おぅ、俺の勇姿を伝説に語り継ぐと俺、嬉しいぞー!」
やっぱ遊んでんじゃねぇか。
「おっしゃあああ!!」
白髭団のメッソの大声が響く。メッソのメイスが大蜘蛛の頭にめり込んで、白い体液が飛び散る。
この一撃で大蜘蛛の動きはピタリと止まった。静かになったボス部屋の中、大蜘蛛はその巨体の端々に光りを灯し、ゆっくりとバラバラに分解してゆく。
大蜘蛛の身体が空中に溶けるように消えていった。
「「やったーーーー!!」」
誰も死なずに討伐成功、か。ホッと一息。
サーラントがこっちに近づいて来る。
「気負いすぎだ、ドリン」
「なんのことだ?」
「ドリンが引っ張ってきたとは言え、こいつらは好きでやって来たんだ。何かあってもドリン1人のせいにしたりはしないだろう」
みんなを見れば拳を突き上げ吠えたり、怪しいステップで踊る奴がいたりと、はしゃぎ過ぎだお前ら。
「そんなこと、気にしたこともねぇよ」
「だったら喜べ、素直にな」
「お前こそ、だ。それにこの面子なら勝って当たり前だ」
「まったくだ」
ヤーゲン以外には目立った被害も無く、単眼大蜘蛛の討伐終了。
誰も死ななくて安心したところをサーラントに見透かされたこと以外は、結果上等、気分上場だ。
18人もいると誰が主人公かわかんないですね。