17・グランシア、ちょっと落ち着こうか?
灰剣狼、猫娘衆、白角を促して挨拶させる。それを長のシノスハーティルと、長から一歩下がって……、蛇体だと一歩じゃ無いな。少し下がってシュドバイルが受ける。
白蛇女達も初めて見る種族になにやら楽しそう。
たぶん灰剣狼の虫人と白角の鷹人は見たことないだろう。
「ドリン、ドリン、ドーリーン」
「なんだグランシア? 浮かれているな」
「なんで1ヶ月近く黙ってたの? すぐに教えてって言ったのに。こそこそなにやってたのか、全部吐け」
「準備がいろいろあったんだよ、首を締めるな」
ミュクレイルが来てグランシアの尻尾をつかんで引っ張る。助けてくれるのか?
「ドリンは私とお母さんの、離れて」
「誰? この子」
「ミュクレイル、俺の叔母さんだ」
「あはははは、ドリン全部吐け」
笑いながらも声が怖い。
グランシアが俺の頭を両手で挟んで持ち上げる。足が宙に浮く。首が伸びるような気がする。
グランシアは170センチあるから120センチの俺と目線を合わせるにはこうなる。
いや、他に方法はあるはずなんだが。
ぶらーん。
カゲンがシノスハーティルと話している。
「その目隠しはなんだ?」
「我らの瞳の力を抑えるためのものです」
魅了さえどうにかすれば話もしやすいだろうと用意したんだが。
瞳の力が無くても男連中には全裸美女ってだけでやりにくいか?
平然としてるのは虫人だけだ。少年エルフは赤くなってる。ディグンもなんか緊張してる。
俺とサーラントはなんか慣れてしまったから、連中もそのうち慣れるだろ。うん。
「目隠しをとってもらえないか?」
なに言い出すんだカゲンの奴。
「カゲン。白蛇女の瞳には魅了がある」
「それは聞いた。だが相手を見定めるためには1度目を見ておきたい」
カゲンなりの人物鑑定か。それなら、
「シノスハーティル、頼む。カゲン、意識を持っていかれるなよ」
目隠しを外したシノスハーティルとカゲンが見つめあう。全員がふたりに注目する。
「なるほど、魅了か。だが気を張っていれば耐えられるようだ。それで異種族を捕まえて血を飲む、ということか」
「そうです。それゆえに我らは異種族との交流を危険と考えています。この瞳の力は他の種族にとって脅威でしょう?」
「たしかにな。だがそのためにその美しい瞳を隠させるのはもったいないことだな」
カゲンは牙を見せないように気をつけながら狼の顔で微笑む。
シノスハーティルが言葉を失ってカゲンを見る。
ここにも天然モテ男がいた。サーラントと違って男にも人気があるタイプだが。
ちなみに、暴走しないようにパリオーはヤーゲンに吊るされている。
シャララもゼラファに抑えてもらっている。このふたりが口を開くと話が進まなくなる。
まぁ、シャララとパリオーにはこのあと異種族交流の面では活躍してもらうとして。
目隠しをつけ直したシノスハーティルが先導して泉に向かう。
さて、2回目のドッキリは?
「「「なああああぁぁぁぁぁ!!」」」
全長20メートルオーバーの紫のドラゴン。
これは流石にインパクトあるか。で、
「なんで俺の首を締めるんだグランシア」
「あはははは、今の気分を他にどう表せって? 今までこれを隠してサーラントとふたりで楽しんでたんだ?」
背後からのチョークスリーパーが俺の首に決まる。身長が違うからまたぶら下がっている状態。そのうえ、
「ミュクレイル、助けるつもりかもしれんがこの状態で足を引っ張るのはやめろ!」
さらに首が締まる。
なんだか最近締められることが増えたぞ。
「ずいぶんと賑やかになったもんだのー」
紫じいさんが楽しそうに笑う。
「さて、これからについてなんだが」
紫じいさんの前に全員で車座になって座って話を進める。
「その前に」
ん? 灰剣狼の深ドワーフ、ガディルンノが手を上げる。
探索者の中でも経験豊富、困ったときの知識の倉。だけど口数は少なくて自分からあまり発言はしないのに珍しい。
「ガディルンノ、なんだ? 言ってくれ」
ガディルンノはゴホンと咳払いして、
「ドリンやサーラントほど異常事態に慣れてない。今の現状を受け止めきれない者がいる。慌てて先に進めず少し待ってやってはくれんか?」
「俺とサーラントがトンデモ状況に慣れてて神経が麻痺してるような言い方されてもな」
「「自覚しろよ!」」
見てみると白角の4人は目がうつろになってなんか白くなってる。猫娘衆の方は人間赤種のカームと猫尾のネスファが頭を抱えている。
灰剣狼は大丈夫だろうと思ったが、
「スマン。ちょーっとまだついていけない。ドラゴン? なんでドラゴン? どういうこと?」
闇エルフのスーノサッドが片手を額に当てている。熱でもでたか?
俺はおもわず、
「あれ? みんなそんな精神弱かったか?」
サーラントが、
「意外と軟弱だな」
何人かパタリと敷物の上に倒れた。
「トドメを刺してどうするんじゃ……」
ガディルンノの突っ込みという珍しいものが出るあたり、異常事態ということなんだが。
「しかし、困ったな。この程度でダウンされると」
「そうだな。これからすることを考えれば」
俺とサーラントで作戦会議。それを聞いてたのかディグンが、
「これからなにしようってんだ? なにもかもが解らん。解らんが恐くなってきたぞ」
「これが、触るな凸凹……」
少年エルフがぼそりと呟く。声が震えている。俺達を魔王みたいに言うな。まだやることの説明もしてないのに。
「仕方ない。予定の順番を変えるか。黒浮種達、セプーテン、来てくれ」
「ハイ、ようやく挨拶できまスネー」
紫じいさんの巨体の陰に隠れていた黒浮種達がふよふよふよと現れる。空中を漂うように移動してくる。
「まだなんか出てくんのかよ……」
「小妖精の亜種?」
「いや、あんな黒いてるてる坊主なんて知らないぞ?」
「手も無い、足も無い、羽も翼もない……」
「なんで浮いてるの?」
「地下迷宮には不思議なものばかりですね」
「長年探索者やっとるがの、ワシも初めてみたわ」
さて、と、気合い入れるか。
「説明も後回しにする。まずはみんなにはここのことを知ってもらって、白蛇種とこの黒浮種と仲良くなってもらいたい。それから俺達のやろうとすることに手を貸してほしい。地上で戦争気分が高まって俺達もいつまでこの地下迷宮を探索できるか解らんからな」
みんなを見渡す。ここまで来たからにはここにいる全員には協力してもらいたい。
「これからやろうとすることは、ちょっとばかりたいへんかもしれんが、おもしろくなると思う。なので、ここにいる全員には俺の盟友となってもらうか。報酬にはささやかなものだが、ここでじーちゃんの大魔法を披露させてもらう」
「なんだってー!!」
大声で叫んだのは灰剣狼の闇エルフ。じーちゃんと同じ火系の魔術が得意で実はじーちゃんのファン。
酒が入ると俺にじーちゃんの話をせがんでくる。そのスーノサッドが興奮して、
「『無限の魔術師』グリン=スウィートフレンドの禁断の大魔法! ドリンも使えるのか?」
禁断の大魔法? なんか勘違いしてないか?
少年エルフが、
「禁断の大魔法!? どんな魔法ですか?」
スーノサッドが立ち上がる。
「『無限の魔術師』彼がスウィートフレンドと呼ばれるのは、彼が盟友と認めた者にしか見せない禁断の大魔法がその由来だ」
いや、俺もじーちゃんも小人北方種の生まれで。
灰剣狼のドワーフ、ガディルンノが、
「ワシも聞いたことがある。その大魔法は彼の盟友である遊者の集いしか見たものはいないという」
そりゃまぁ、戦闘用じゃないから、友人相手に使うもんだし。
猫娘衆の灰エルフのアムレイヤまで、
「私も聞いたことがある。なんでもその大魔法の凄まじさに、それを見た遊者の集いはどんな大魔法か、誰ひとり具体的に語った者、口にしたものはいないって。ただ凄いもの、としか伝わってないわ」
どんな広まり方してんだ? 真似されたくないから秘密にしてねってだけのはずだが?
スーノサッドが興奮しながら再び喋る。ほんとこいつじーちゃんのこと好きなんだな。
「俺はその『無限の魔術師』の大魔法を見た、という盟友が酒場で語ったといわれる話を聞いた。グリンの大魔法を1度でも見た者は、2度とグリンに逆らう気は起きない、と」
これからやろうとしてるのと、なんか違う。噂って怖いな。
みんなが俺を見るんだが、
「ちょっと待て、みんな落ち着け」
スーノサッドは興奮したまま、
「なぁ、サーラントはその禁断の大魔法、見たことがあるのか?」
「大魔法についてはドリンに口止めされているが」
へんな期待ばかりでハードル上げられても困る。なので見たことあるサーラントに、
「言ってくれサーラント。そんな派手な噂のもんじゃないって」
サーラントは腕を組みしばし考える。
なんで、へんな間を置いてもったいつける?
「俺はドリンのその大魔法の練習に付き合っただけだが……」
全員がおおお、とどよめく。
「今まで見てきた魔術に同じもの、似たようなものはひとつもない。あれは、神の御業に匹敵するとも言える。大魔法と呼ばれるに相応しい。見れば逆らう気を無くす、という点にも頷けるところがある」
おおおおお、とまたざわめく。
「サーラント! おかしな持ち上げ方をするな、やりにくいだろうが!」
「なぜだ? あれこそ大魔法だろう」
全員が興味津々で俺を見る。
いや、大魔法に自信はあるが、この流れでみんなが期待してるものとはたぶん違う。
「そんなたいしたもんじゃ無いからな。期待し過ぎだお前ら」
とりあえず準備を進めるか。
これで受けなかったら怖いな。
次回、ドリンの禁断の大魔法が炸裂。
ドリン
「これ、無駄に場をあたためられたあとに芸人が1発ネタを不発させる流れだよな……」