13・超巨大魔晶石のありか
「こちらデス」
シュインと音を立てて扉が自動にスライドして開く。
テクノロジス、凄いな。
入ったその部屋の光景に唖然とする。
「なんだこりゃ」
つい口にしながらも納得もする。
そこには巨大な魔晶石がふたつあった。
ひとつは直径80センチ。
もうひとつは直径120センチ。俺の身長と同じくらいある。
うっすらと青い半透明の巨大な球体は台座に置かれ、何本もの色とりどりの紐が繋がっている。
「遊者の集いからの贈り物デス」
「この魔晶石を動力にすることでテクノロジスの研究が進みまシタ」
「小さい方は赤線蜘蛛で、大きい方は50層ボスの赤き合成魔獣、だそうデス」
確かにじーちゃんたちはここの50層ボスを倒している。その話はじーちゃんから聞いている。それで巨大魔晶石の話も聞いたのだが。
「それがこんなとこにあるなんてな」
地上には持ち帰らなかったんだ。
「我々もこの世界と魔術を調べましたガ」
「法則がいまいちわかりませんでシタ」
「我々の故郷の法則ではこの星で使える動力源が無くて苦労しまシタ」
「手動とゼンマイだけでは、寂しいのデス」
「グリンさんとの3年に渡る共同研究で魔晶石をテクノロジスの動力にすることが、可能となったのデス!」
「テクノロジス!」「テクノロジス!」
「おかげさまで、この50年、研究と開発が素晴らしく楽しかったデスヨ」
「グリンさんもここの研究をもとに錬精魔術を開発なさってましたネー」
そういうことか。この巨大魔晶石となんだかよくわからない道具や魔術回路のゴチャゴチャした部屋と黒浮種。
ここが祖父のオリジナルの魔術系統、錬精魔術の発祥の地か。
「ここでヒントを得てじーちゃんは錬精魔術を開発した。百層大迷宮に潜りながら、3年黒浮種と研究してたってのか」
「そうでス。その後、一旦故郷に帰られて40年前に遊者の集いが再びここに来られまシタ」
「そのときに大きい方の魔晶石を頂きまシタ」
俺が9歳の頃にじーちゃんは帰ってきた。百層大迷宮に挑戦してるときも年に2回くらいは帰ってきてたけど。
新しい魔術系統の研究をしながら俺に魔術を教えてくれた。そして俺もじーちゃんを手伝っていた。
小人はもともと魔術向きの種族では無い。たまたま俺とじーちゃんが希少種の魔性小人として産まれた。
とーちゃんもかーちゃんも弟も普通の小人北方種でじーちゃんは魔術を伝えられる孫の俺を可愛がってくれたもんだ。
アウトドア思考の小人の中でインドア派の俺とじーちゃんは浮いていたけれど。
「ここで開発してできた錬精魔術で、じーちゃんたちは43層から下の雪原を越えたわけだ」
そのときからじーちゃんは『無限の魔術師』と呼ばれるようになった。
「グリンさんは我々が錬精魔術の開発のヒントとお手伝いになったことを、とても喜んでいまシタ」
「我々もグリンさんのおかげさまでテクノロジスの研究が進み、感謝してイマス。セラミクスをはじめ、自動ドア、照明、冷蔵庫、あとは扇風機とかセラミクス加工用の釜とか他にも白蛇女の楽器とか創りまシタ」
「ドリンならこれで解っただろうが、念のために言っておく」
サーラントが重々しく口を開く。
「黒浮種のテクノロジスは軽々しく地上に出してはならない」
「テクノロジスの兵器、砲を使うドルフ帝国のためにか?」
「俺を試すな、侮るな。ドルフ帝国のためだけでは無い」
「テクノロジスを人間に知られるのも使われるのも問題あるからなぁ。それに百層大迷宮はアルマルンガ王国の所有物だ。黒浮種のことを知ったら所有権とか言い出してくるだろうな」
寿命が短くてすぐに数の増える人間は、定期的に侵略をしかけてくる。百年に1回くらい。そのたびにドルフ帝国にエルフ同盟にドワーフ王国が返り討ちにしてんだが。
そろそろまた戦争の時期かという話が出てる。
今でこそドルフ帝国の強さで助かっているが、昔は人間が俺達を亜人と呼んで隷属させようとしていた。
東の方の人間領土では犬人や小鬼といった種族を未だに奴隷として使っているという。
「人間にテクノロジスの兵器を持たせるわけには、いかんよな」
今でこそこのあたりの人間の国々は智者憲章を守ると宣言して表向きはエルフ同盟とドワーフ王国と交流はあるが。
「この百層大迷宮の上にアルマルンガ王国がある限り黒浮種の存在は地上に知られるわけにはいかないな」
「ダメですカ?」
「あれ? 地上に出たいの?」
「地上まで行けなくても、魔晶石の回収には行きたいデス」
「ソレに我々以外の星来者がいるのなら、会いたいデス」
シノスハーティルがサーラントを恨みがましく見る。
「あー、すまん。本当にすまん」
サーラント平謝り。
黒浮種の案内で洞窟内を案内してもらう。みたことも無い道具、謎の装置の群れ、そして巨大な金属の……舟?
「これが星渡る舟デス」
「壊れて直せなくて動きませんガ」
「かろうじて食料合成工場だけ動いてマス」
「これで飢え死に免れまシタ」
「星って、やっぱり夜空の星のことだよなぁ」
「そうですヨ」
「星は遠い遠い太陽ですヨ」
「太陽の近くには世界がありマス」
「ここも同じデスヨ」
スケールがでかい。こいつらの祖先はそんなところを移動してたのか。
黒浮種のテクノロジスやらじーちゃんとの研究の名残やら見せてもらっていると、おもしろい。ここに俺専用の魔術研究室が欲しい。
今では再現できない地下迷宮からでる魔術仕込みの品々をじーちゃんと黒浮種で解析した研究。
俺が作れる魔術回路、過去の技術の簡易版はここで産まれた。
それで俺とじーちゃんにしか作れなかったわけだ。
サーラントは黒浮種にまとわりつかれて骨格やら体毛やら調べられてる。
せがまれて人体部分と馬体部分の境目を見せるために鎧を脱ぐと、白蛇女達が興味津々で見つめて、なんでかキャーとか声をあげる。
時間が立つのも忘れて黒浮種に魔晶石とそれを繋ぐ回路について語りあっていると、
「晩餐の準備が出来ました」
外から来た白蛇女に呼ばれた。
「夜の守り、月の女神、我らが神イツアムナイルよ。我らに加護を、我らの歌が明日に続く糧を与えたまえ」
泉の近く、ドラゴンの紫じいさんが優しい瞳で見つめる前でシノスハーティルが歌い、白蛇女達が祈りを捧げる。
洞窟の外は夜。天井の擬似陽光が明かりを落として、代わりに白い満月を模した明かりが降り注ぐ夜の時。
7つの空樽を前に白い髪をなびかせた下半身蛇の白い女達が裸で歌う。
それを見る黒いてるてる坊主達も空中で歌にあわせてふわふわと身体を上昇下降させる。
その向こうにはかがり火代わりのテクノロジスの白い明かりに照らされた紫色のドラゴンが目を細める。
「……美しい」
「サーラント、また魅了にやられたか?」
「この光景に心を動かされないほどに鈍い輩とは、話す言葉が無いな」
「確かにそうだな、この光景を守るために遊者の集いが誓いを立てたのもわかる」
白蛇女の加護神の恵みは夜でないと駄目らしい。
そしてシノスハーティルの歌に合わせるように空樽の中に赤い液体が満ちていく。
食事の加護。
加護神の加護のひとつ。
1日1回限定ではあるが、加護神のいる種族にとっては当たり前の加護。
白蛇女の主食が異種族の血ということだから、樽のなかは血液なのだろう。あたりに鉄錆に似た血の匂いが薄く漂う。
そして俺が気になるのはひとつの樽。
その樽の前にシュドバイルがいて、その樽にだけ乾燥ハーブやら何かの植物の種を入れながら呪文を唱えている。
シノスハーティルの歌が終わり空樽は全て赤い液体で満たされた。
白蛇女達が樽の中の赤い液体を壷やらグラスに入れて全員に回す。
「ちょっと味見させてもらっていいか?」
好奇心のままに樽に近づいて赤い液体の入ったグラスをひとつもらう。
うん、血、だな。少し生臭いかな。
シュドバイルの前の樽まで行くと、シュドバイルが腰に手を当てて自慢げにしている。
「ドリンが来て私も浮かれてるみたいね。今までの中でも最高のできだわ」
シュドバイルは自分で味見したグラスを俺に差し出す。
色は他の樽の血と同じ、しかし匂いが違う。不思議な爽やかさがある。
口をつければ、血の味がするが生臭い匂いは無く代わりに酒精。
血と酒のカクテル、果物のような香りつき。血が主食では無い俺でも飲みやすいのど越し。
言葉を失う。これは、じーちゃんの。
「これで私がグリンの盟友のひとり、と認めてもらえるかしら? 正確には恋人なんだけど」
イタズラが成功したような顔で嬉しそうにシュドバイルが言う。
じーちゃんの魔術、いや、大魔法。
神の加護に介入する練精魔術の奥義。
「俺とじーちゃんしか、できないと思っていたんだが」
「もともとはグリンが私達の食事の味付けの幅を拡げようとして考えてたものよ。加護の他にはヤギの血、ほかにはヤギのミルクとチーズだけだもの。畑で育てるのも薬草とかだから」
白蛇女達がヤギの肉でバーベキューをしてくれる。
肉を食べるのは俺とサーラントだけのようで、俺達のためにヤギを1頭潰したのならなんだか申し訳ない。
サーラントの前にはボールに野菜が入っているが、量は少ない。畑以外の草原からも食用を集めてくれたとかで、ベリーとか入っている。
「俺のために余計な手間をかけさせたようで、すまない」
サーラントが頭を下げてボールの中の野菜を大事そうに口に運ぶ。
「うまい、ありがとう」
「こっちも食べてみてくださーイ」
黒浮種がもってきたのは、これ、クッキーかな?
薄い黄色で細長い四角形の直方体。薄いオレンジ色のも同じ形の直方体。
「我々が新しく作った食料合成工場の作品デス」
パキンと割って食べてみると、ほんのり甘い。お菓子のようだ。でもお菓子なら、
「もうちょい甘いほうがいいかな?」
「やっぱり味付けは必要でスカ?」
味付けしてないのかよ。
「味覚は我々とはかなり違うようなので、味見してくれる方がいないと、味付けの研究ができませんネー」
「こっちのオレンジ色は?」
ひとつとってかじってみる。
「我々用の味付けしてマス」
「かっ! 辛ーーー!」
慌てて水を飲む。
白蛇女の楽器が奏でる音楽に合わせて酔っ払った白蛇女達と黒浮種達と踊ったりして、夜がふける。
血の味のする酒もなかなか旨い。
いろいろ考えることはあるが、とりあえずそれは明日にしようか。
ミュクレイルの手を握って踊りながらくるくる回る。いや、回される。
血のカクテル。白蛇女種には美味しいお酒。血の味に忌避感が無ければ異種族にも好評。ただし白蛇女種以外では胃もたれに注意。