12・ちょっとだけ開かされる秘密
「人馬の神、クレセントよ。俺の失言を赦したまえ。この失言で不幸を被る者あれば、俺に罰を与えたまえ」
サーラントが膝まづいて人馬の神に祈りだした。
どうやら星来者について口にしないと過去に加護神に誓っていた様子。
まぁ、人馬の神がどうかはしらないが、神様も杓子定規ではないからうっかり失言くらいで加護を無くすことは無いだろうけど。
この失言で星来者が全滅の危機とか人馬全体の不利益とかなったらサーラントは加護を失うかもしれない。
祈り続けるサーラントの代わりに、
「初めまして、グリンの孫、ドリンだ。こっちの人馬はサーラント」
「お孫サン、ということはグリンさんの子供の子供ですカ。我々は黒浮種。私の名前はセプーテン、デス。ドリンさんも星来者を知ってるんデスカ?」
「いや、初耳だし黒浮種という種族にも初めて会った。星来者って?」
「我々の種族の言葉デス。それを知っているサーラントさんは、我らの同胞を知っているのですネ? 教えてくだサイ、同胞のことヲ」
「どこで会ったのですカ? それはいつのことですカ?」
2体の黒浮種はサーラントに詰め寄るが、
「すまないが話すことはできない」
「なぜですカ?」
「詳しくは話せないが、彼らを守るためでもある。許してほしい」
「それは同じ星来者にもですカ?」
「彼らがどこにいるかを話すことはできない。しかし彼らは無事に安全なところで暮らしている。元気でやっているし、けっして奴隷のような扱いなどされてはいない。それは信じてほしい」
「ということワ、そこにかつての我々の主人ワ」
「それはもういない。だから安心してほしい」
「わかりましタ。ではあなたが再びその我らが同胞と会うときがあれば、我らのことを伝えてもらえますカ?」
「それは問題無い。俺がかのセ……、黒浮種と出会う機会があれば必ずや伝えよう」
ん? 問題あるぞ?
「ちょっと待てサーラント。ここのことを秘密にする誓いを立てたら、伝えるなんてできなくなるぞ?」
「あ、」
俺もサーラントも揃ってシノスハーティルの顔を見る。シノスハーティルは眉を寄せて困っていた。両手で銀の杖を握りしめてかなり困っている様子。
「ほんとにどうしましょう? まさかここ以外にも黒浮種がいるなんて。しかもお知り合いだなんて…………」
監視の4人と伯母さんのミュクレイルの白蛇女がじっと俺達を見る。
ミュクレイルがぼそりと、
「お父さんが族長いじめてる……」
「まてまてまて、お前のお父さんは俺のじいちゃん。俺はお前の甥。お前のお父さんの孫。それにシノスハーティルをいじめてなんかいない、そうだろ?」
見ればシノスハーティルはなんか泣きそう。
「あとで紫のおじいちゃんと相談しないと。まさか私の代でこんな事件が起きるなんて……、どうしましょう?」
「あー、シノスハーティル。俺もサーラントもここに住む者に迷惑になるようなことはしない。それは誓ってもいい。な、サーラント?」
「そうだな、それに俺は黒浮種にも縁がある。悪いようにはしない」
「それにあの紫のじいさんを怒らせるようなことは怖くてできないからな。これは信用してくれとしか言い様がないが」
「心配無いって、遊者の集いが来たときだってなにも無かったじゃない」
シュドバイルが慰めているが、
「シュドバイルがグリン様と仲良くなって子供ができて、長を引退したじゃない」
恨みがましくシュドバイルを見る。
「まぁまぁ、私も恋なんて病にかかるとは思ってなかったし」
「遊者の集いが来てから地上に興味をもつ白蛇女が増えるし」
シノスハーティルがミュクレイルを見る。
ミュクレイルは俺の背中に隠れる。
いや、ミュクレイルのほうが背は高いし尻尾長いから隠れられてないけどな。
シノスハーティルは、
「お願いします。本当にお願いします」
と言って、一粒涙をこぼした。
「あー、甥さんが族長を泣かせた……」
「俺のせいなのかよ?」
「いや、俺達のせいだろう」
シノスハーティルは族長としてしっかりしてる、と思ってたがどうやらいっぱいいっぱいだった様子。
落ち着くまで少し待つ。
「ドリン、族長に謝らないと」
ミュクレイルがなんか言い出した。
「ここで俺が謝ったところで事態は変わらないぞ」
「私がドリンの叔母さん?」
「そういうこと、みたいだな。それが?」
「甥なら叔母さんの言うことを聞くべき、じゃない?」
「初めて会ったその日に頑張って叔母さんらしく振る舞わなくてもいいから」
黒浮種のセプーテン、だったか? 次々出てくるから名前が憶えきれん。と、もう1体「私の名前はトリオナイン、デス」に、連れられて洞窟の奥へと。
「我々は、ここで生活してイマス」
立派な扉がある。白いが、なんだこれ?
「この扉、なにでできてる? 金属じゃ無さそうだけど」
白蛇女の鎧と似たようなもの、あっちもなんだか解らない。石に近いが石の鎧なんてあるわけないし。
セプーテンが胸を張って答える。
「セラミクスでス!」
聞いたこともない。
「テクノロジス!」「テクノロジス!」
黒浮種が喜んで叫ぶが、
「テクノロジス、だと?」
サーラントをじろりと見ると、目を反らされた。ほーう。
「グリンさんのおかげさまで、我々はこの地で新たなテクノロジスの研究が一段飛躍したのデス」
「その成果をお見せしまショウ」
扉が開き奥へと進む。けっこう広い。
「遊者の集いに身体の大きい大鬼さんがいまシタ」
「なので、大鬼さんがしゃがまなくてもいいサイズに作り直しまシタ」
扉と同じセラミクスとかいう素材で作られた通路は、床、壁、天井がきれいな平面。天井には等間隔で明りがある。
丸いガラス状の明り窓。テクノロジス、か。
サーラントの出身地、魔術排斥国家ドルフ帝国。その国が人間の魔術に対向するために作られた技術、テクノロジス。
人馬と浅ドワーフが開発した、ということになっているが異質すぎる技術の出所は謎。
そのテクノロジスは人間に対しての抑止力になり、怖れられている。
テクノロジスで作られたもの、砲などの製造法はドルフ帝国で秘匿されているが。
なーんか繋がってきたな。
「皆さーん、グリンさんの子供の子供がいらっしゃいましター!」
「グリンさんノ?」
「いらっしゃいまセー!」
「ようこソ!ようこソ!」
奥からふよふよふよと飛んでくる黒いてるてる坊主の集団。
頭の派手な帽子以外ではぜんぜん見分けが付かない。
ひととおり挨拶などする。このとき黒浮種と握手もした。
黒い身体からにゅーっと伸びて出てくる黒い細い触手。先端は6つに別れている。
俺達でいうと小指の隣にもうひとつ親指があるような感じ。細い触手状で骨がない手と握手する。
ふにゃふにゃしてて触った感じは意外と気持ちいい。
黒浮種はミュクレイルの頭の上に乗ったりと白蛇女達とも仲のいい様子。
「黒浮種達がいろいろ作ってくれますので、いつも助かっています」
「我々も白蛇女の音楽や歌を楽しませてもらっていマス」
「我々、芸術方面、いまいちですユエ」
「そして我々がテクノロジスで作れるものが増えたのモ」
「グリンさんと遊者の集いのおかげさまなのデス」
「じーちゃん達がなにしたってんだ?」
「お見せしまショウ。我々のテクノロジス!」
「テクノロジス!」「テクノロジス!」
黒浮種達の住みか、その更に奥へと。
黒浮種達がサーラントにまとわりついている。
どうも、かっこいい合体生物が気になるようで、サーラントの許可をとってペタペタと触手の手で触っている。
洗練された独特な建物の中、飾り気はないが明るく清潔。
継ぎ目の無い平面が続く。どうやって作ってんだか。
「黒浮種ってどんな種族なんだ? 俺はじーちゃんからなにも聞いてないし、見るのも会うのも初めてだ。あとテクノロジスにも興味がある」
「では、説明しまショウ!」
「我々は遠い昔、他の星からこの星に来まシタ」
他の、星? いきなり理解不能。
「我々、もとは奴隷でシタ」
「我々の主が遠い昔、この星に降りまシタ」
「というか落ちまシタ」
「なのでこの星の住人に侵略しまシタ」
「我々、侵略戦争を手伝わされまシタ」
なんかでかい話のようだが、そんな歴史は知らないぞ?
「で、我々の主人が負けまシタ」
「そのとき、我々逃げだしまシタ」
「以来、こっそり隠れて生きてマス」
「我々がこの星に来たのワ」
「6千年前になりますネ」
ずいぶんと昔だな、6千年前か……、あ?
「ちょっと待てえーーーー!」
「アハハハハハハ」
「グリンさんとおんなじですネー」
俺達には五千年前より昔の歴史が無い。
暗黒期。
神の使いと悪魔との大戦争があったという。
古代種達、暗黒期より前からいるというドラゴンや各種族、古代種のエルフやドワーフや小妖精達。
神の使いと共に悪魔と戦ったという彼等は、今はひっそりと身を隠し過去のことを伝えてはくれない。
暗黒期以前にあったという技術や魔術は失われた。たまに地下迷宮の中からその時代のものが見つかる、今では再現のできない失われた系統の魔術の産物。
悪魔を封印するために神々がひとつ別の世界を作ってそこに悪魔を追い出した。
その世界を改変する神の奇跡の影響でこの世界も大きく変わった、と言い伝えられている。
ということは、
「黒浮種も古代種、なのか?」
「その時代よりこの星にいるのですガ」
「我々、もともとこの星の住人ではありまセン」
「我々の祖先も意図的に記録を削除しまシタ」
「それに古代種と紫サンとの約束で詳しく話すことはできまセン」
「話せるのは我々の由来と、この星で新たに創り直したテクノロジスについテ」
「この星は我々の星とは法則が違うので、再現したテクノロジスは過去のものとは違いマスガ」
「そうそう、その法則が違うせいで我々の祖先の宙渡る舟がこの星に落っこちたんでスネー」
俺の理解力を越えた話がポンポン出てくる。だがわかったことは、
「つまり、テクノロジスはもともと黒浮種の技術だったってことか?」
サーラントを見ると、
「俺からはなにも話せん、聞くな」
そういうことか、脳筋の人馬と浅ドワーフの技術にしては異質すぎると思ってたよ。
金属加工の得意なドワーフにしても、あれはなにか違う理論でできている。
理論が違うどころかなにやら法則の違うところの技術からできているなら、そりゃ異質なわけだ。
「かつての支配者から逃げた我々の祖先は散り散りになりまシタ」
「ここに住む我々の祖先は、過去に古代種のお手伝いしまシタ」
「そのお礼に隠れて住める場所をもらいまシタ」
「以来、紫サンに守られながら暮らしていマス」
「白蛇女達にも可愛がられて、生きてマス」
「メデタシ、メデタシ」
サーラントの野郎、どこまで知ってやがった?
なんか育ちが良さそうだから、ドルフ帝国の貴族の出身かなーと思ってたが。
ドルフ帝国は黒浮種からテクノロジスを教えてもらい、おそらくは黒浮種の一族をどこかに隠して保護している、と推測する。
それを知ってるサーラントは政治的にかなり上位の貴族か、まさか王族か?。
本人が語りたくないようなので聞いてないし、興味も無かったから知らないことだが。
俺がドルフ帝国とその貴族に関わることなんて無いと思ってたし。
というか、なんでこんなとこでドルフ帝国の国家機密に関わるような話になるんだ?
『地下迷宮では予測不能の事態が起きる。それにどう対処して楽しんで遊べるかが探索者の醍醐味ってやつだ』
わかってるってじーちゃん。
こんなおもしろいものと出会えるなんて。
探索者って最高だ。
宇宙人も種族のひとつデス。みんな仲良シ。