幼馴染が百合だったのだが、どうしよう
「ちゅっ……ねぇ、もっと口を開けて……んちゅぅ……ぬぷっ、ちゅぱっ……」
「んんぅっ!? ……やだ、恥ずかしっちゅううっ……れろっ……ぷはぁっ……」
薄暗い部屋の中、デスクライトの光が二つの影を浮かび上がらせる。その影はベッド上で身体を擦り合わせる一組の少女たち。
着ているものは下着だけだ。他にお互いの存在を阻むものはなにもない。
艶やかな長い黒髪の少女が覆いかぶさって舌で激しく口内を舐ると、一方のブラウン色の髪を肩まで伸ばした少女はそれに応えるように相手の舌を吸い上げる。
「ぴちゅっちゅぱっ……はぁ、とろけた顔すごくかわいいよ……ちゅぅう……」
「ちゅぷうっ……はむぅ……こんなの……私知らないぃぃっ! ぷちゅうぅっ……」
永遠にも思えた深い接吻を終えて口を離すと二人の間にきらめく細い橋が出来上がった。
抱き合ったまま二人は目線を外さずに見つめ合う。心臓がうるさいほど鼓動し、互いに聞こえやしないかと意識することで、その音は更に早く大きくなっていった。
「……私、もう抑えられない。いい……よね……?」
どこか不安げに聞く黒髪の少女に対して、もう一方の少女は頬を朱色に染めて静かにこくりと頷く。それが一線を越える合図になった。
もう二人は止まれない。止まることなど出来ない。激しくお互いを求め合う乙女たち。
醜い欲求をさらけ出しながらも美しい情景がそこにはあった。
「んふあっ……そこはっ……ん、ぁ、はぁっ」
黒髪の少女は口元に妖しい笑みをたたえて、自分の足を相手の太腿の間に滑り込ませる。そして……。
………………。
…………。
……。
「ってなんじゃこりゃぁぁああああああああ!?」
薄い本を握りしめたまま叫ぶ少女。その顔は熟れたリンゴのように赤くなり、本を持った手はプルプルと震えている。
(どうしてこんなものが本棚にあるの!? し、ししししかも女の子同士って!)
激しく動揺している少女の名は花屋敷桃香。高校一年生。花も恥じらう十六歳である。
彼女が動揺してしまうのも無理はない。
――時は数分前に遡る。
桃香は夏休みの宿題を片付けるために幼馴染の家を訪れていた。
中学の頃に比べて高校の宿題は少ない。であるならば二人で協力して一日で終わらせてしまおうという算段であった。
部屋に通されると中央にある足の低いテーブルの側に座って宿題討伐のための準備を始める桃香だったが、幼馴染は思い出したようにポンと手を叩いて「そうだぁ、美味しいケーキがあるんだった! 紅茶も一緒に持ってくるね」とスカートを翻して出て行ってしまう。
準備といってもバッグの中身を机の上に出すだけなので、すぐ終わってしまった桃香は手持ち無沙汰でなんとなく部屋を見渡し、本棚に違和感を見つける。分厚い六法全書が教科書や雑誌に紛れて場違いに鎮座しているのだ。
「あれは?」
なぜ六法全書が……あの子は弁護士でも目指しているんだろうかと疑問を覚える。確かに早貴は弁護士も狙えそうな優等生だが、「将来の夢ははお嫁さんです」などとありきたりな乙女の回答をしていたはずだ。
六法全書を何気なく手に取ると、思いの外軽かった。それは中身の無いケースだけで中からパラパラと薄い本がこぼれ落ちてきたのだ。
なんだこれ? と読んでみたら…………そして、現在に至る。
(あの子真面目なタイプなのにこんなもの隠し持ってたなんて……しかも女の子同士の……そういえばエロ本の隠し場所の定番といえばもう一つあるよね……もしかして)
桃香はベッドの下を探る。……やっぱりあった。今度はDVDや写真集がいっぱい。それも全部レズ物! パッケージや表紙を見ると、どの登場人物もどことなくなく自分と幼馴染に似ていた。
あわわと狼狽して完全に思考停止してしまう。その時。
「み~た~わ~ね~」
ガチャッと扉が開く音に振り返る。ドアの隙間から光る二つの目がこちらを覗いていた。
扉を開けてこちらを見ている幼馴染に、つい部屋の隅まで後ずさってしまう。
比較的落ち着いた足取りで入ってきたのはロングストレートの黒髪を後ろでまとめてハーフアップにした少女。彼女の名は五條早貴という。切れ長なアーモンドアイは見る者を惹きつけ、ぷっくりとした唇は艶やかさを備えている。誰もが認める美少女。白いワンピースを着ている姿は清楚で、どこかお嬢様のような雰囲気さえ感じさせる。一般家庭だけど。
ケーキの乗ったお盆を優雅にテーブの上に置き、こちらに向けて目を細めながら微笑む様子はまるで慈愛の女神のようだが、桃香には何か恐ろしいもののように見えた。
「ひぃっ、勝手に見ちゃってごめんなさい!」
思わず三指付いて土下座してしまう。
「別に謝らなくてもいいのよ? いつバレてもしょうがないと思ってたんだから……」
「え? そうなの?」
「ええ、思春期真っ盛りの中学二年生の時なんて机の上にえっちい本出しっぱなしのまま、この部屋で桃ちゃんと遊んでたことだってあるんだからね」
恥ずかしそうにうつむいてとんでもないことを喋る早貴。見た目だけは美少女だ。
「そ、そうだったんだ……」
「勉強するフリして薄い本を読んでいたこともあったわ」
「へ、へー……」
桃香の中で早貴の真面目なイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
「さっちゃんは女の子が大好きさんだったの?」
「そう! 何を隠そう私は百合だったのよっ!」
幼馴染がレズだったなんて……どうしよう? と戸惑う。
(っていうか「百合」って何?)
まずそこから説明が必要なようだった。
高らかに百合宣言する早貴に「ゆ……り……?」と頭に疑問符を浮かべる桃香。
一般人でノーマルな桃香が知るわけないので疑問に思うのも当然だ。
「女の子が好きな女の子がイチャコラすることを総じて百合と言うの。ガールズラヴとも言うわね……はぁはぁ」
幼子のようにこてんと小首を傾げる桃香に早貴は大興奮である。
無垢な少女にイケナイことを教えているようで段々と鼻息を荒くしていく。
「でも安心して。私が好きなのは桃ちゃんだけだからっ」
「それ全然安心じゃない!?」
貞操の危機を察知して逃げ出そうと立ち上がる桃香だが、逃さないとばかりにベッドの上へ押し倒されてしまう。
「キャンッ」
「もうこうなったらアレをするしかないわね」
「アレって……?」
桃香の頭の中ではさっき見た薄い本の登場人物が自分たちに変換されてピンク色の妄想が駆け巡る。
(お母さんお父さん、わたし今日、大人の階段登っちゃいそうです)
「キ、キ、キ、キ……」
「き?」
「キ、キスよ!」
「へ?」
キッス。口づけ。ちゅー。ベーゼ。マウストゥーマウス。それは唇を触れ合わせる行為。妄想よりもずっとマイルドな内容だった。茹でダコのように顔を真っ赤にしてもじもじとする早貴の姿はまるでウブな乙女のようだ。
さっきまでのHENTAIさんはどこへ行ったのか。
「だって、桃ちゃんは男の子が好きなのでしょう?」
「う、うん。わたしはノーマルだからね」
「もし私が百合だってバレて拒絶されたらきっぱり諦めようと思ってたの」
「話が見えないんだけど……なんでキス?」
桃香に覆いかぶさっている早貴の黒髪からふわりと漂う香りが鼻孔をくすぐる。
同性だが押し倒されているというシチュエーションにドキドキしてしまう桃香。
「キスしてくれたらちゃんと諦められるかなって思って」
「さっちゃんとキスなんて恥ずかしくてできるわけないでしょー! わたし、ファーストキスだってまだなんだよ!?」
桃香は今まで誰とも付き合った経験がない年齢=彼氏いない歴の女だ。かわいらしい外見と明るい性格で実はかなりモテていたのだが、早貴の暗躍によって告白が阻止されていたことを彼女は知らない。
「大丈夫。桃ちゃんは女の子に興味ないんでしょ?」
「そ、そうだね」
「女の子同士ならノーカンだから、ね? それとも桃ちゃんは女の子同士なのに意識しちゃうの?」
「うーん……でもなぁ……」
まだ納得でないご様子の桃香ちゃん。
「ほら、外国では普通に挨拶でするし。それに最近、女の子の友情を深めるのにキスするの流行ってるってネットに書いてあったよ!」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。ちゅっちゅするのは当たり前のことなんだよ!」
「そうだったのかぁ」
うまいこと丸め込まれているが桃香よ、ここは日本だ。加えてネットに書かれていることを鵜呑みにしてはいけない!
「わかったよ。するよ……キス」
「やったぁ~」
いい感じに騙くらか……ゴホッ、説得に成功した早貴は歓喜の声をあげる。
「でもその前に……」
「うん?」
何のかんの言ってもやっぱりファーストキス。初めては好きな人同士と決めていた桃香にはちゃんと確認しておきたいことがあった。
「本当にわたしのこと……好き?」
「はぅわっ……!」
かわいらしい童顔はまだ中学生と言っても違和感のないもので、にもかかわらず顔に見合わないでかい双丘を持っている桃香。所謂ロリ巨乳である。それが上目遣いで瞳を潤ませて、前に握った拳で桃香の桃を押し上げる光景……その破壊力たるや如何程のものか。
少なくとも早貴は完全にノックアウトされたようだった。
「ぶふっ……危うく鼻血の湖をつくるところだったわ。桃ちゃん、恐ろしい子……!」
「それで、どうなの?」
「大好きだよ。むしろ、愛してるよ!」
「……そ、そう」
照れ隠しにプイっとそっぽを向く。
真っ直ぐな好意を向けられて満更でもない桃香であった。
「わたしもさっちゃんのこと好きだよ。親友として、だけどね。だから諦めるっていってもわたしから遠ざかっていったりしちゃダメなんだからね!」
「ありがとう……絶対に離れないよ。私も大好き! もうしてもいいよね? ね?」
二人の距離がゼロになるまであと少し。
「するならやさしくって……んんっ!? ……んむぅ……ぷはっ。ちょっまっ、んむぅぅう……」
「ちゅ……桃ちゃん!……んみゅ、ちゅむ……」
早貴が桃香の初めてを奪う。口唇をただ押し付けるだけのキス。なのに……。
(なんでこんなに気持ちいいの……)
唇から伝わる体温が胸の奥を熱くさせる。相手の「好き」の気持ちが伝わってくるようだ。この感覚にずっと身を委ねていたいと思った。
「んっ……ちゅっ……んぅ……」
一方の早貴も初めて感じる口づけの感触に夢中になっていた。「これが女の子同士のキス……大好きな桃ちゃんとのキス……最ッ高ッ!」とは後の早貴の言。
想像していた以上に柔らかい唇。甘い女の子の匂いが理性を狂わせる。
一分ほど続いたそんな熱い接吻もあっけなく終わりを告げる
「んむぅ、ぷっはああ!」
「ぷはぁっ……ぜーはー、ぜーはー……」
「息継ぎくらいさせてよ……もう」
「はぁはぁ……我が生涯に一片の悔い無し! きゅうぅ……」
急に倒れこむ早貴。
息継ぎせずに桃香の匂いをクンカクンカして軽い酸欠状態になった挙句、叫んだため気を失ってしまったのだ。甘い雰囲気も吹っ飛ぶ残念っぷりである。
倒れかかってきた早貴をどけて、そのままベッドに寝かせる。よく見るとすぅすぅ寝息を立てていた。ずっと暴走状態であったし、なんだかんだ言っても緊張していて疲れたのだろう。
早貴の満ち足りた寝顔を見ながら桃香は自分の唇に手を添えて口づけの感覚を思い出す。
「まさか初めてが早貴とだなんて想像もしてなかったよ。……でも悪い気分じゃなかったな」
幼馴染の頭を一撫でして微笑みを浮かべる桃香。
着実にノーマルの道を踏み外していってるが、本人には全く自覚がないのであった。
女の子がイチャイチャちゅっちゅしてると癒やされます
人生の活力です