語り部最強伝説!?
メフィタショクン。
僕らが生きるこの世界の名前だ。
この世界は今危機に瀕している。
異界から魔を統べる災厄の王が現れたからだ。
災厄の王が現れたのは北の最果ての地。
そこには雪に覆われた厳しい環境ながらも、雪の宝石と呼ばれる特産物によって栄えていた国があったのだが、災厄の王が現れたのとほぼ同時にその国は異界の門から溢れでた瘴気によって滅んでしまった。
この事実は神託によって次の日には世界中に知らされて打倒災厄の王の旗印のもとに各国から精鋭の戦士たちが集められこれの討伐に乗り出した。
そうして集まったのが『勇者』イズミ、『聖女』シーラ、『無敗王者』セン、『大賢者』ユナ、『千里眼』ルル、『戦渡り』ログといういずれも世界にその名を知らぬ者はいない実力者たちだ。
そしてそこに『語り部』たる僕を加えた七人に世界は託されたのである。
僕の名前?
語り部の名前なんてどうでもいいだろう。
それにしても奇妙な話だね。
僕以外の人たちは皆女性なんだから。
これじゃまるで僕を主人公にしたハーレム物語じゃないか。
僕は語り部だから主人公にはなれないのにおかしな話だよ。
ああ、そうそう。
このメンバーの中に語り部の僕が混じっていることを彼女たちは気にしない。
それが当然だと彼女たちは認識しているのさ。
だって僕は語り部だからね。
僕が居ないと……っと、語り手が自分について語るのはタブーだよね。
まあ、とにかく僕らの世界を救う物語は始まりを告げたのである。
「さて、私たちは災厄の王を倒すため集まったわけだが、これから共に行動するにあたってリーダーとなるものを決めないか?」
それぞれの自己紹介が終わった後で、勇者イズミがそう告げる。
確かに僕たちはこれから仲間となるのだからリーダーを決めたほうが円滑に事は進められるから彼女の案は悪く無い。
しかし、そのリーダーを決めること自体が仲間の間にヒビを入れかねないことを彼女は分かっていないのだろう。
ここに集まった者たちはいずれも世界に名を轟かせる実力者たちだ。
そんな実力者である彼女たちの中には誰かの下に付くことを好まない者もいる。
このメンバーでは『聖女』『大賢者』『千里眼』の三人は問題なくリーダーに従うだろう。
だからこの場合問題なのは他の三人だ。
僕?
僕は語り部だからね。
当然リーダーになんかならないさ。
さて、まずは勇者イズミ。
彼女は実に誠実で、他者の意見もしっかりと尊重することができる人格者だ。
けれど、彼女は勇者故か無意識に自身が率いるのが当然だと考えていてその態度がにじみ出ている。
その態度を『無敗王者』と『戦渡り』はよく思わないだろう。
無敗王者のセンはその呼び名の通り闘技場で負けたことのない凄腕の戦士だ。
彼女は常に王者として讃えられてきた。
彼女の在り方はまさしく戦いの王だった。
そんな彼女が誰かの下に付くことなど良しとするはずがない。
それは彼女が王者であるがゆえに。
戦渡りのログは傭兵だ。
災厄の王が現れる以前の各地で起きていた紛争へ常に参加していた。
紛争から紛争へ移りゆくその様から戦渡りと呼ばれるようになったわけだけど、彼女のすごいところは現地で出会った人たちをあっという間に従えてまるで一つの生き物のごとく隊を動かすそのあまりにも高い指揮能力にあった。
そう、彼女は傭兵でありながら天性の指揮官であったのだ。
そして上層部からの命令違反常習犯でもあった。
命令違反を繰り返しても彼女が咎められることはない。
彼女の行動によって、彼女の隊は誰よりも高い戦果をあげるからだ。
傭兵でありながら自身の考えを押し通す事ができる彼女は誰かの下に付くことを必要としなかった。
だから勇者イズミの案は確実に揉めるものであるのだが、僕としてはそんな面倒な物語を語りたくはない。
「まあ、イズミがリーダーでいいんじゃないかな? 勇者なんだし」
語りたくないから語り部たる僕が介入する。
すると、聖女シーラも同意するように頷き、大賢者ユナは興味なさげに軽く手を振り、千里眼ルルは微笑んだ。
懸念であったはずの無敗王者センと戦渡りログもそれで問題ないと納得する。
「む、そうか。では、ひとまず私がリーダーを引き受けよう」
普段であれば勇者イズミはこの時それが当然だというばかりの態度を示しただろうに今回はそんな態度は少しも見せず、リーダー役を引き受けた。
どうしてそんな簡単に話がまとまったのか。
そりゃ僕は語り部だからね。
この結果はさしておかしいこともない当然の結果なのさ。
パーティとしてまとまり始めた僕ら一行は北を目指して歩み続ける。
道中ではいろいろな街で災厄の王に付随する問題を片付けていった。
いろいろなことがあったけど僕としてはこの物語は短くまとめるつもりだから深くは語らない。
「何でしょうか。いろいろあったはずなのにここまで来るのにあっという間だった気がします」
「ボクも変な感じだけどね。けど街を大勢の魔物から守ったりしてきたから、目まぐるしくてそう感じるだけなんじゃないかな?」
そのせいか違和感を感じた聖女シーラがふと首を傾げて呟き、その呟きに千里眼ルルも同意するが、それも色々あったせいだろうとすぐに納得する。
会話に入ってこなかった他の面々も同じように頷いて納得した様子を見せていた。
「そんなことより災厄の王はもう目の前だ。集中しよう」
その様子に頷きつつ僕がそう言って指した方向には漆黒の禍々しい城がそびえ立っていた。
「ようやくここまで来たな! ウチ燃えてきたぞ!」
「ふん……このバカと同じ思いを抱くのは癪だけどアタイも燃えてきた」
「ん。さっきまでなかった? ……違う。気づかなかっただけ」
それをみて無敗王者センが拳を合わせて獰猛な笑みを浮かべる。
その横で戦渡りログもまた笑みを浮かべた。
パーティの後方、僕の隣にいた大賢者ユナは漆黒の城が急に現れたように感じていたようだけどすぐに首を振ってそれを否定していた。
「さあ、行こう、皆」
最後に勇者イズミが僕らの顔をひとりずつ見てそう告げたのを合図に僕らは漆黒の城へと乗り込んだのである。
勇者イズミが。
聖女シーラが。
無敗王者センが。
大賢者ユナが。
千里眼ルルが。
戦渡りログが。
名だたる実力者であるはずの彼女たちは災厄の王によってボロボロにされて倒れている。
死んではいない。
僕はバッドエンドは嫌いだから。
だから彼女たちはボロボロになり意識を失ってはいても死んではない。
僕が語らなければ彼女たちは死なないのだ。
「……こいつらが何をやっても死なないのは……貴様か?」
災厄の王が僕に語りかけてくる。
語り部たる僕に。
本来はあってはいけない。
僕が語りかけることはあっても僕に語りかけるなどあってはならないのに。
それだけ災厄の王の存在は強大なものなのだろう。
「貴様からは何か……何か奇妙な力を感じるな。……何者だ?」
「僕はただの真実を告げるだけの語り部さ。それ以上でも以下でもない」
災厄の王の圧力を一身に浴びながらも僕は平然と正直に答える。
僕は語り部だからね。
例え災厄の王がどれだけ強大であろうともそれは変わらない。
だからそんな圧力では屈しない。
「ふ……語り部か。それも真実を告げるだけ……と? これは面白い。真実を告げるだけと言いつつ貴様は真実から目を背けているではないか」
やはり災厄の王は凄まじい。
僕が語る確かな真実に真っ向から対抗してくるなんて。
あらゆる事象は僕が語ることによって初めて成立する。
だから世界を救うために集まった彼女たちは僕が語らないから死なないし、いつの間にかラスボス戦だ。
けれども目の前の災厄の王は僕が語る前に彼女たちを倒してみせた。
僕が語らずとも事象を成立させてみせた。
このままじゃ本当に世界は終わってしまう。
僕は語り部だ。
語り部は物語を伝える為の存在だから僕は主人公になり得ない。
なってはいけない。
「やはり脅威だよお前は。けどだからどうした」
「何?」
けれど。
僕はバッドエンドが大嫌いだ。
だから、僕はタブーを破ろう。
僕は語り部だからね。
僕が語りたい物語を語らせてもらうよ。
「僕がお前を倒してこの物語はハッピーエンドさ」
「お前が我を倒すだと? クク……貴様の『語り』など我には効かない。こいつらの力が我に通じなかったようにな!」
そう言って災厄の王は足元に転がる勇者イズミを蹴り飛ばす。
いや、蹴り飛ばそうとした。
「――何!?」
「……む、これはどういうことだ? 私は……災厄の王に負けたはず……」
「いいや、君は負けてないよ、勇者イズミ。君の力はあんな奴に屈しない。君だけじゃない。聖女シーラも無敗王者センも大賢者ユナも千里眼ルルも戦渡りログもみんなあんな奴に負けてなんかない。君たちの力はあんな奴に屈するものじゃないのだから」
災厄の王に彼女たちは負けていない。
そんな事実は存在しない。
僕の語りに世界が塗り替えられ、僕の後方で無事な姿で彼女たちはそこに現れた。
倒れていた者など一人もいやしない。
僕が語ったことこそが真実。
それが絶対の理。
災厄の王如きに覆されてたまるか。
「どうした、災厄の王。お前の力はそんなものなのか?」
「貴様! 我を見くびるなよ!」
今だ困惑の中にいる彼女たちを背に、僕は災厄の王へと近寄りながら煽り口上をぶつけていく。
その言葉がほんの僅かに災厄の王の力を削る。
それを感じたのだろう災厄の王が激昂し目にも留まらぬ速度で距離を詰めてきた。
そうして災厄の王はそのまま薙ぐようにその右腕を振るってくる。
「っ!?」
「僕は語り部だからね。君がどんなに速く動こうとも僕がそれを認識できないわけがないのさ」
僕は周囲の時間を引き伸ばし、攻撃を仕掛けてきた災厄の王に笑顔を向けながら親切に説明してあげる。
僕が語るためなら世界は如何ようにも流れを変える。
それから僕はおもむろに災厄の王に手を当てる。
「っ?」
僕の動作に眉をひそめる災厄の王だった、次の瞬間凄まじい衝撃が災厄の王の身体を突き抜けた。
災厄の王はその痛みに悶絶し、震えている。
「ぐっ!? バカなっ!?」
「これがタブーを破った語り部の力さ。物語に介入し世界を作る力だ。その力に災厄の王、君程度の力で真に対抗できると本当に思っていたのかい?」
「そんなっ! そんなわけがあるか! 貴様の力なんぞに我は屈しない! 語られずとも我は存在するのだ!」
そう言って災厄の王は憤怒の表情で僕を睨み、立ち向かってきた。
なるほど。
お前は存在したかったのか。
それがお前の原動力だったんだね。
「大丈夫さ。僕は間違いなく君を語ったから。だから君は確かに存在しているよ。そしてこれからも誰かの記憶にずっと存在し続ける。だから安心して逝くといい」
「―――――!」
その存在を知ることで僕の語りは力を増す。
災厄の王の原動力をようやく知ることができた僕はそれはもうあっさりと僕の真実で奴の存在を打ち消した。
けれど災厄の王という存在は完全に消え去るわけではない。
少なくとも。
僕の記憶にはずっと存在し続ける。
――――ならばその言葉、守れよ?
当然さ。
なんたって、僕は語り部だからね。
物語に登場する全てのキャラクターを僕は愛しているんだ。
こうして世界を救うために集まった七人の物語は幕を閉じたのである。