中編
「なにしてんの? こんなトコで」
聞き慣れた声に、気だるく目を開けると、そこには若干赤みを帯びたショートカットの少女が、俺を眼鏡ごしに覗き込んでいた。
――古川飛鳥。
明希が記憶を無くす前に通っていた中学の同級生で、当時の明希の親友でもあった。
中学の途中で転校したので、疎遠になってしまった古川だが、高校は偶然にも同じになり、すぐに明希と交友を戻した。
いや、新たに明希の友人になったと言ったほうがいいのだろうか?
俺と明希の事情を知る、数少ない友人である。
「何って、日向ぼっこ?」
「もう風も冷たいのに? そんな真っ赤な目で何いってんの……」
古川は呆れた声で言った。
まぁ、古川と明希は今では『また』親友だ。当然、もう明希から、恋人が出来たと報告されたのだろう。
「――あんま見るなよ……格好わりぃ……」
寝返りを打つ。
塔屋のコンクリートからは既に熱は奪われ、硬い感触だけを返してくる。
「彼氏出来たって報告メール来たのは二回目だね。今はアドレス変わっちゃったけど」
「……あの時、携帯を契約ごと新しくしたからな、下手に誰かがあいつに連絡を取って、あいつに本当のことを知られたくなかったし」
「んだねぇ」
明希の身辺整理は容易ではなかった。明希の私物ですらも、名前が書いてあるだけで今と名字が違ってしまっているのがバレてしまう。
彼女の当時の私物、及び秋山家の品は、今でも貸倉庫に保管されている。秋山一家が住んでいた所は賃貸マンションだったので解約した。
つまり、秋山明希を全て隠蔽し、新しく守田明希を作り上げる必要があったのだ。
俺の私物も、秋山明希が関わりそうなものは、全て自宅から待避させた。
何かの拍子に、彼女の目に留まる可能性もあったからだ。
「……辛い?」
「訊くなよ……アホ……」
古川は俺の隣に体育座りをすると、かけた眼鏡のツルをくいっと直した。
「ま、しょうがないよね。あんたは明希のお兄ちゃんなんだもんね。――それって、ずっとそのままなの?」
「いや——卒業したら教える事になってる。そうなったら妹の前に『義理の』、って単語がつくだろうな」
「待つしかなかったわけか」
「さいです」
「それより先に、本当のことを教えようとか思わなかったわけ?」
「事実を知って、あいつがどうなるか分からねーしな。家に居るのが息苦しくなっても、大学生にもなれば、その気になりゃ家を出ていく事も出来るだろう?」
「だぁね。その上兄貴だと思ってたオトコにコクられたりしたら、それこそ居場所ないもんね」
「そゆことです。ま、今さら何を言っても栓ないことですがね」
時期を見計らっている間に、相手に恋人が出来てゲームオーバー。
実に分かりやすい失恋方法である。
「……はぁ、大学とか、どうすっかなぁ」
俺の志望校は家から通える近場の大学だった。
そして、明希の志望校も同じ場所……俺の学力だと、ちょっとキツいとこだったが、明希とのキャンパスライフを夢みて、なんとか喰らいついていた。
だが、もうそんな必要もないわけで……
「――家、出るか」
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