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雨風でぼろぼろに朽ち果てているこの家には、僕ら二人以外誰もいない。
おじいさまは今頃村長のところで、明日の『祭』のことでも話し合っているのだろう。不毛だろうに。どうせやることは同じであるはずなのに、なぜつまらないことばかりこの村では起こるのだろう。
僕の隣にいる、部屋の隅で壁に寄りかかりながらうずくまっている彼女に目を向ける。
自分の存在を周りからだけではなく、自分からも消え去ろうとしているように顔を伏せて、見えなくしている。
手を握り合って見せた笑顔も、この家に帰ってきてからは押し寄せてくる本能の警告と圧迫する胸の痛み、どこからともなく死という実体の無い存在に覗かれている感覚、そして何回も去来する想像力の種が脳内にばらまかれ劇薬に犯されて、もう心臓麻痺でも起こしているのではないか、と思うほど静かだった。
美咲の右手も震えず、ただ時が停まったように両膝の上に置かれている。
ただただ僕は何も出来ず、必死に美咲を落ち着かせようと、無駄に頭の中を検索し、知識を構成し、解決策を思いつこうとあがいていた。
でもどうやっても、慰めにはならない。明日が来る限り、僕らは現実が放つ事実を受け止めなければならない。どんな事実であれ。
「……」
「……」
沈黙が静かに僕らを優しく覆ってゆく。
この部屋一体が歪みだし、その歪みから淡い黒が徐々に侵食してゆき、漆黒へと変わりつつある姿を僕は眺めていた。
夜だ。
あと丁度一日で視界が永遠に暗転することになる美咲。
軽く力をいれるだけで壊れてしまう人形である彼女の体を右手で覆い、僕の体へ引き寄せる。
それでも顔を上げることは無かった。
彼女の抑えようとして漏れ出していた、嗚咽に近い荒い呼吸が鼓膜に響いてゆく。
きっと若干無表情気味な顔には、涙が頬を走っているのだろう。
再びの無力感に苛まれながら、少し右手に力を込め直す。
逃げ出せるものなら、逃げ出したい。
さっきから僕の意思とは無関係に考え出していること。
でも、逃げ出したところでどこに行って生きてゆけばいいのだろう。
森ならば、山菜は豊富に取れるだろうし、動物もいるし生きてゆく分の食料は足りるだろう。
でもそんな生活を耐えることは出来るのだろうか。
少なくとも死ぬことよりはずっと素晴らしく思える。それでも病気の心配まで考え出すと、きりがない。
「お……がす……た」
隣から久しぶりに耳にするような声が溢れ出す。
「で……た……く……ない」
すすり泣きとしゃがれ声。
「う……こ……いよ、ゆ……う」
再び彼女の右手は震えだした。
どんな言葉をかけてやればいいのか、思いつかない。
不意に、逃げ出そうよ、と口に出しそうになる。
逃げ出してどうにかなるのか。
もう寿命も半分過ぎていても未熟すぎる僕らが、生きてゆくためにはどうすればいいのか。
彼女に聞いてみたい。
『生きたい?』
もし生きたい、と言えば、沈殿してゆく心に一筋の光をおぼろげでも差し込めるのなら。
手を伸ばせば、捕まえることができるのならば。
掴んで離さないようにするためには。
差し込んでくる月の光を見る。
少し欠けた月だ。満月は明日ぐらいか。
もう僕の決意は揺るぎないものになった。
「よし」
僕の声で下のまつ毛が見えるほど顔を上げ、瞳孔周りを真っ赤に染めた眼で僕の顔を眺める。
「……?」
きょとん、とした彼女に僕は少し笑みを浮かべゆっくりと言い放った。
「――逃げようか」
そして、僕らはこの村から逃亡を図ることにした。
Fin.
※これで終わりです。なんか中途半端だな、と思われる方がいると思いますので、説明します。
この作品にはちょっとした思いがありまして、わざとこう区切りました。彼らがどのように逃げ、逃げ切れたのかそれとも捕まってしまったのか、ハッピーエンドかバッドエンドなのかは、僕でも想像しておりません。まず最初から最後の部分まで書く気は全くありませんでした。
小さな作品ですが、どうしてもまだちゃんと描ききれていない部分が多々あります。元々僕の書きたい作品はこういったものなのですが、その中に含まれている神秘性を壊したくないがために、このような形になってしまいました。申し訳ありませんでした。




