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人魚姫 中

作者: ヰ藤涼太

人魚姫 上の次の作品です。

次回はちゃんと最終話です。

ティアモの悲しそうな顔が頭から離れない。


その残像を振り払うように力強く尾びれを振って深海へと潜る。

先程の傷を自ら抉るような行為だけれど、きっと彼女の足の痛みに比べたら微々たるものだから。


私は彼女の為に泳ぐ。


周りを泳ぐ仲間達が不思議そうな目で見つめるが、そんな事には構っていられない。


早く。

もっと早く。

あの子が泡になる前に。


これ以上深く泳げないという所まで来た。

光はほぼ入って来ず、一日中薄暗さが支配する場所。極めつけは周囲一体に生えている海藻の類いだろうーーまるで何かを捉えるかのように生えているそれらは否が応でも恐怖を駆り立てる。

人魚達が気味悪がって近づかない理由はそこにあり、母がこのような場所に住むのも理由なのだろう。


一瞬家の前で立ち止まり、深呼吸をひとつする。

大丈夫。

私が母の娘として、単なるわがままとして母の前に立てばいい。


「お母さん」


ドアの前でそう呟くと、私の声に呼応するかのようにドアが開いた。

母は私を歓迎しているらしい。

ドアの奥には海底以上に陰湿さを含んだ闇が支配している。

そして、その奥には闇を統べる覇者が。


私はドアを引き、中へと足を踏み入れた。



「遅かったじゃないかい」


声の主の方向に目を向ける。

乱雑に物が散乱している部屋に漂う甘ったるいような腐臭。

暗闇に目を慣らせば、少しずつ中の様子が目に映る。

「……っ」

思わず息を止める私。

彼女の周りには何やら色の付いた液体が入れられた瓶や目玉が入った小箱、薄汚れた食器、人間の生首の剥製などが置かれていた。


何十本もの骨で作られた椅子に座りながらパイプをくねらせる魔女が私の母。


私が嫌い、恐れる、人魚の魔女。


「色々と調べていたから」

私の言葉すら予期していたのか、母はつまらなそうに相槌を打つ。

「ほぉ…あの娘、やっぱりダメだっただろう?」

「可能性はあるわ」

「42時間使って駄目なものが6時間で変わるのかい?」

皮肉な笑みを浮かべる母。

全てを知りながら、彼女は全てを良き方向へは導いてくれない。


むしろ彼女は悪い方向へと引キズリコム。


「どうして…」

彼女の微笑みに抑え込んでいたありとあらゆる感情が放出される。

ティアモの友人としての私が牙を向く。


「あの子の声をとったの。どうしてあの子の恋を応援してやらないの。どうして足に痛みなんて与えたの。どうしてあの子は!」


「うるさいねぇ」

「だって!このままだと死んじゃうんだよ…どうしてそんなことを…」


「声と引き換えの人間の足。陸で生きる力を手に入れる為に声を手放すーーそれはティアモ自身が決めたこと。

生きる事には痛みが付き物だ、足の痛みなんざ擦り傷と一緒さね」


「……」


正論だと思った。思ってしまった。

ここで言い返せない私はやはり。


「望んでないんだろう?お前だって」

「何が、言いたいの」


「ティアモが死ねばいいと思っているんだろう?声を失って尾を失って恋をして死んでいくあの子が哀れで仕方ないんだろう?」


「哀れまない馬鹿がどこにいるの」

「同情と憐れみは別物だよ、クリュウ」

母の言う通りなのだろう。

自覚してないけれど、自覚していない分達が悪いと自分でも実感してしまう。


きっと私はティアモを同情していたわけでも友情で助けていたわけでもなく、いい気味だと思って気取っていたのだろう。


魔女に敵対する私を。


ティアモを助ける私を。


傷を負っても気にしない私を。


ティアモの救世主を。


「私が出来ることはもうない…ティアモの姉は髪を差し出し、私は呪いの短剣を与えた」

「あとはティアモ次第。そう言いたいの?」

「その通りさ」

母は美しく微笑した。

何年経っても変わらない容貌の彼女は十六になる私より少し年上の容姿を保ち続けている。

不気味な彼女は間違っていない。

自分の生き方を曲げず、信念を持っている。

それがどんなに歪んだ物であっても。


「クリュウとしてはティアモをどう思っているんだい?」

「……分からない」

「私はお前のそういうところが嫌いだよ」


グズで一人では何も出来ず、

誰かを助けたような気になって、

誰かに依存してしか生きられないお前が。


私は何も言えず、ただ床に目をやっていた。

赤や青といったペンキで塗りくられた床には軽くウェーブしたブロンドの髪の毛が散乱している。

…ティアモの姉たちの髪の毛だ。

このタイミングで母の家の床に落ちている見覚えのある髪の毛は十中八九姉達の物だろう。

自分の妹の為に自身の自慢の髪を切って、この冷血な魔女に渡したのだと推測する。

具体的な事は何も出来なかった私と、髪を切りティアモを助けようとした姉達。

ティアモへの無償の愛を目にして、私は更に俯く。


目を合わせようとはしない私に、母は深い溜息をつく。

「そんな娘にはこれをやろう」

何やら硬いものが頭にぶつかる。

キャッチ出来なかったそれは足元をコロコロと転がった。

「これは?」

「お守りさ、持っていれば良い事がある」

「お母さんにとっての良い事なら、私にとっての悪い事でしょうね」

「お前次第だよクリュウ」




私はとぼとぼと海中を泳いでいた。


右手には母が渡したお守りだという小さい縦巻き貝のが握られている。

綺麗なピンク色をしているそれは海底に落ちている貝と大差ない。

だからと言って海底に投げつける気力も無く、私はそれを力強く握った。


段々血の気を失う右手を見つつ、私は小さな決断をする。


「ティアモのところに行こう」


そう決断する。

確か彼女がいるであろう王宮は海が見渡せる立地にあり、どのかの壁は海の真上にあったはずだ。


何も出来ない私だけれど、ティアモに依存する事しか出来ない私だけれど。


彼女に無償の愛を捧げたい。

上・下ですのーと詐欺をしました、誰にも望まれない中が挟まれます。

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