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2014.12.4
訂正させていただきました。
ご報告、感謝致します。
そしてプラス、加筆させていただきました!
◇
漸く他の視線に気がついた私は、今までの思考を停止させた。
そろりと目線を上げれば、何とも言えない生暖かい眼差しがこちらに向けられているのを確認。
──あ、そうだった!
いっそ清々しいまでに記憶の彼方に追いやっていた彼の存在に気がついた私は、罰悪く視線を他所に泳がす。そんな私を見て、目の前に居座る人物はくすりと笑いをこぼした。
「やあ、おかえり。」
私の性格をよく知っている彼だからこそこうして言ってはくれるが、他人がこんな態度をとられたら蔑ろにされたと、非難されるのだろう。
こんなとき、無性に自分が嫌になる。
いくら身内だからといって礼を欠いていいということは決してないのだから。
「…すみません」
非礼を詫びることは大事なことで、するもしないも本人の品性だと私の父親は口うるさく言う人だ。勿論、私自身もそれは感じることなので重んじている。
位も品性も、所詮優劣を付けるためのものでしかない。真実の品性というのは性根から養われるべきものだという見解が、我が家の家訓に通じている。
「見ているこちらとしては、目を楽しませてもらったから謝らなくていいのだと言っているのに…」
苦笑しながらも、やはりその声音は嬉しそうに揺れていた。
いつもながらこの兄に関しては謝礼が不要なことが多い。
毎回どこかに思考を飛ばしてしまう私は、いつもこの光景を繰り返している。その度に、癒されたから…だの面白いから…だのと理由をつけては私に謝罪をさせてくれないのだ。
使用人から、私のこういった挙動不審が彼のお気に入りだということは最近知らされていた。それも周知の事実だということも。しかし、私のなかではそう言うことじゃないのだ。
「いいえ、これは私のけじめですのでっ」
そう、要はけじめなのである!
私は毎回のことながら今回もきっちりと非礼を詫びることにした。
フンッと勢いよく発してからはっとして、兄との久しぶりの対面だというのに挨拶もまだだったことを思い出した。
私は心をすぐに切り替えると、キリッと背筋を伸ばして座ったままではあったが腰を折り最大限の礼をとる。そして、こほんと一つ咳払い。いざ!
「レイ兄様、突然のご帰宅ではありましたがお帰りなさいませ。…お元気そうで、何よりですわ」
口上も完璧だ、と内心のガッツポーズを決めた私は兄の反応を見るために顔を上げた。
いつもどおりの満面の笑み…かと思いきや兄が何やら変な顔をしていることに気付きガックリ。
──え、どゆコト…??
完璧な筈の、礼儀作法の師お墨付きである今の礼に、まさかのダメ出し!?
しかもそのへんてこな、どうにも言い表せない哀しいやら少し怒っているやら切ないやら愛しいやら…その他諸々含む表情のせいで、せっかくの美形がもったいないぞッ!──と思ってしまった私に、絶対に、確実に落ち度はない。
少し間があって、彼は手を顎に当てて何やら考え始めた。
実際に〝考える人(像)〟になってしまった人を見るのは、前世を含め初めてのこと。そんな希な体験をさせてくれた彼に称賛を贈りたかった。
しかしそんなことよりも、それを見た私はまさか大変なミスをしてしまったのか、と大焦り。だが、考える人──兄はそれとはまるで見当違いの内容を口にしてきたのだった。
「突然の、帰宅…?」
「へあっ!?……は、はい。いつもは先触れを出されるのに、今回は無かったなあと、思って…いま、して……」
最悪だ…拍子抜けして変な声が出てしまった。
しかしすぐに持ち直して返答をする。最後の方は少し尻すぼみになってしまったが、致し方ない。
この私の応えに、どうにも納得のいかなかった彼の眉が跳ね上がった。
「それは、とても、不可解な出来事だね…」
その時、ぼそりと呟かれたその声を運悪く聴いてしまった。
ゆっくりとした平坦な、何の感情も感じられないその声音。
とたんに、私の背筋を氷塊が滑り降りる。
野性的な本能が、警鐘を鳴らした。
見れば、彼は先ほどの無表情を一気に引っ込め、それはそれは輝かしい満面の笑みを浮かべていた。
しかし私は知っている。この表情の時の兄が、とてつもなく怒っているということを。それはもう、魔王も裸足で逃げ出す程の怒り度だということも。
ガタガタと震えだした身体を、自分を抱き締めるようにして何とか押さえ付け凌ぐ。そしてこの場を何とかしようと思考をフル回転させた。がしかし、私の思考はあれよあれよと土壺にハマってしまう一方だった。
『まままさかッ!!私の今までの行いの中で何か逆鱗に触れるような事を言ってしまって、或いはしてしまって彼は優しい人だから言葉には出来ないから態度で…ッあああああ私ったら何て事をーーーッッ!!(云々)』
そうして私の妄想が爆発している頃、しかし一方で兄のグレイシスも─…。
『手紙がベティに届いていないだと?…そんな事が、あっていいのだろうか。否、あっていい訳がないっっ。私の手紙は彼女の為に書いたようなもの、それを渡していない?……これは由々しき自体だな。即刻、この家の管理環境を徹底的に暴き出して、犯人を見つけ出し尚且他の牽制もしなくては…ッッ!!』
…とまあ、こんな感じでお互い様な勘違い(兄に至ってはあながち間違ってはいないが…)を繰り広げていた。
この兄グレイシスは、そうした件が積み重なってシスコンというレッテルが貼られてしまっているのは言うまでもない…。
しかし聡い本人が知らないわけもなく、彼が真っ向から否定しないことが相成って噂には尾ひれがつき、巨大な肴となって社交界を渡り歩いていた。
そして間近で働いているリツァーデン侯爵家使用人は総じて、『お嬢様から教えてもらいましたが、正に〝残念なイケメン〟なのだそうです』という見解がある。
それが、ある意味正しいのかもしれないと言うことは第三者である両親、ほか兄弟の導き出した答えであったのは、悲しいが現実のようだ――。
5:了
全然、話が進まないですね!(笑)
すみません。
今回でお兄ちゃんが一時退場です。
早く他の家族も出したいなぁー。
美々。。。