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2014.12.4
誤字訂正いたしました。
報告、本当にありがとうございました。
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これ以上はないと思える程の、確かな自然美。それは未だかつて無い程の鮮烈な光景がそこには在った。
ここは何処だと、疑いたくなるほどの異空間がそこには在り、私に見せつけていた。
──なんて美しく、素晴らしいのだろう。
出てきた想いは、ちんけな台詞。
私はこんなにちっぽけだっただろうかと思い知らせるほどの、圧倒的なその存在感。
つらつらと途方もなく考えていたら、一瞬にして今までの私の悩みは吹き飛んでしまっていた。
次いで、私の頬を一筋の涙が伝っていく。
傍に居た兄弟が慌てふためく中、私はボンヤリと他人事のようにその様子を見つめていた。流れる涙もそのままに。
そんな私を両親は少し離れたところで静かにこちらを伺っていた。
レベティアナは、ふと我に返り先程の連行の理由である両親の言葉を思い返していた。
確か、私にプレゼントがあるからとここに連れてきてくれたのだということを。
──ま さ か … 。
最初は、受け入れていなかったかもしれない。
こんな素敵な空間が、私に贈られるものだなんて。
しかし、確かに連行される際に兄弟が口走っていた〝プレゼント〟という単語。
──まさか、そんな…。
この素晴らしい庭園が、私のものに。
考えるだけで、全身に鳥肌がたった。
そして思考を停止させていた私のもとに、両親は静かにそっと近づいてきた。
『君の一年目のお祝いに、私たちからのささやかなプレゼントだよ…』
父親の優しい声音。
ともすれば、語尾にハートが付きそうな囁きだった。
その言葉に、脆くなっていた私の涙腺が完全崩壊した。
もう感情とかそんなものは後回しと言わんばかりに止めどなく流れ出した涙。
はたまた動揺を現す年近い兄弟たちはどうしていいか分からずにその場に棒立ちになる。
そんな彼らを押しのけて私を抱きしめてくれたのは、面倒見の良い一番上の兄・ウォルヘルムだった。
その温もりに、涙を止めようと必死だったのに、それのせいでついに爆発してしまう。声を出して、子供のようにウォルヘルムにしがみついて、わんわんと泣き出してしまった。
この後の記憶は曖昧で、泣き出した時に抱きついたウォルヘルムに部屋へと連れて行って貰ったことは覚えていた。
それからは全く記憶がなく使用人に聞いた話だが、泣き疲れて眠った私はしっかりとウォルヘルムの服を握ったままだったそうで。彼は、仕方なく──というか嬉々として、そのまま寝台に横になる事にしたらしい。しかし、前後不覚だった私がその事を知る由もなく、その翌日に目が覚めたときには羞恥で真っ赤に染まったのは未ださめやらぬ封印したい記憶である。
この事件がきっかけで私と彼らの家族としての絆が深まったのは、不幸中の幸いといえようか。しかし彼女にとってはモヤモヤが消えない複雑な心境であることは間違いないであろう。──これが彼女にとって一生の思い出になるということは、まだ知らぬことであった。
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「あ~、癒されます~。最高ですー…」
この空間に癒されながら、昔の事を思い出していた。そしてこのまま時が止まってしまえばいいのに、と半ば本気で思っている彼女。今では、この庭園は彼女の癒しの定番場。ここ数年で、家族以外にも素の自分を出せるようにはなったが、まだそれも敷地内にとどまっている。
両親には、魅力的なのだから自分をどんどん出していきなさいと言われているが、彼女にはまだその勇気はなかった。
レベティアナは、これでも貴族高位の侯爵家令嬢であるので、当然のことながら世間は放っておいてはくれない。
数年前から、女性の嗜みとして母親から紹介された師に色々なことを教わってきた。
それは、女性に不可欠である身だしなみから作法、ダンスのレッスンに勉学について、それに加えて見られることが多い令嬢の所作から言動も。
ありとあらゆる知識の応酬。
何を隠そう、この師の教鞭はやたらにスパルタで、しかし一歩教鞭を離れると、母性溢れる魅力的な女性だった。
それはもちろん、私はその光景に衝撃を受けざるを得なかった。あんなに厳しかったのに…。などと、何度思ったことやら。
陽の光のもと、そんな懐かしい記憶を反芻していた。
そんな時、不意にまわりの木々にとまってさえずり合っていた数羽の鳥が、何かを察知して一斉に飛び去ってしまった。
なんだろう、とあたりを見回すとちょうど横手あたりの生垣がわさわさと音を立て揺れだした。その直ぐ後に、向こう側から人影が現れた。
十代後半に見えるその青年は、金色に輝く髪をなびかせ、クールな印象をもった瞳は、さまようことなく彼女の姿を捉えた。
すると、一瞬にしてその相貌が崩れた。
「私の愛しいベティ。朝から君に会えるなんて、これは運命だね…」
──蝶、乱舞。
呆けた彼女の頭にぱっと浮かんだ、その言葉。
先程の印象が嘘のような、情熱的で妖艶な光を含んだその微笑みに、堕ちない女性など居ないだろう。まわりに人がいてその台詞を聞いて正気でいられたのならば、正に言い得て妙だ、と頷いたであろう。
そしてその唇から発せられたのは、恋人に囁くような甘美な言葉だった。
まるで天から舞い降りた、その大天使のような神々しい出で立ちに。
この庭園すべての花たちが揃って蕾になりそうだった…。
3:了
ようやく、第三者登場しました。
さて、誰でしょうかね?(笑)