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私、レベティアナ・リツァーデンは今月でちょうど十歳を迎えます。
正確に言えば次の満月の日に、ですが。
そして今年も、私はこの世界…否、領地民の異常さを改めて思い知ることとなる。
この時期どの家にも張り巡らされたレベティアナの誕生を祝う言葉の短冊。そして街並みを彩る煌びやかな装飾の数々。もはや、国をあげてのイベントじゃねぇだろうなコレ、と思われんばかりの仰々しさ。まさに、天晴れ。
──え?なんじゃこりゃ、って?…こんなの毎年の事なので、もう慣れましたが。…なにか??
しかしさすがに始めの頃は羞恥で死んでしまうのではと思ったほどだったのは、しようがないことだ。
ただ、未だ解せないのは領主の娘だからという理由でこんな大々的にやるものなのかということ。
王族であるのならば、そこは義務的な何かの為に成される事だという結果になるが、レベティアナの場合は侯爵と言えども王族とは隔たりがあり、貴族は王族には及ばない。そんな貴族が王族並のイベントをやらかしていいのだろうかと。
そんな彼女の葛藤などどこ吹く風。毎年恒例のこの行事は、今年も例外なく執り行われるらしい。街に一歩出てみれば、そこかしこで宴会やら何が関係するのかバーゲンの準備がいそいそと始められていた。そしてそれは、我が家でも同じ事だった。
両親を筆頭に、使用人一同が休みなく屋敷内を般若の顔をして右往左往している。
それはそれは、とっても恐ろしい光景だった。
『触らぬ神に、祟りなし』。
何も『見申、言わ申、聞か申』です。
皆様もこの諺、しっかりと心の辞書に書き留めることをお勧め致します。
人生で幾度となくお役に立つことでしょう。
一方、当の本人はと言えば、こちらも例外ではない。
むしろこっちが主役なので、新調ドレスの採寸やらダンスのレッスンがどうので、一人駆り出されている。
しかしこれが十分に堪えていた。
心身共に疲れのピークに襲われたレベティアナは、我慢できずに逃げ出してしまった。
そして只今絶賛癒されモード展開中。
ちなみに今居るここは、彼女の『回復場所その壱』だそうだ。
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前話にもある通り、レベティアナ専用のプライベートガーデン。
この庭園を贈られたのは、レベティアナがこちらに来てからちょうど一年が経ったある日。
こちらの世界に慣れず、塞ぎがちになってしまった少女を、見かねた両親が笑顔を取り戻す為に造らせた庭であった。
たったそれだけにと思われるかもしれないが、彼らにとってそんなことをしても可笑しくないと思える程、娘を愛していたからだ。
しかしこの庭園、只の庭園とは訳が違う。
何が違うのか、それは規模ではない。
大きさではこの屋敷の中では一番の小規模庭園であった。違いを言えば、我が家の雇っている庭師の腕である。
彼は、かつて王都で名を馳せた有名な庭師であったらしい。その名声は勿論王宮にも上り、数年前までは王宮お抱えになっていた程だった。しかし彼は突如、その職を辞して忽然と姿を消してしまった。
気に入っていた庭師の行方を執拗に探させた王だったが、誰もその彼の足取りを追えず断念したほど。
しかしその時彼、実はリツァーデン侯爵の領地内、それも侯爵の住まう屋敷に潜り込んでいたそうな。
彼とリツァーデン侯爵は親友であり幼馴染だった。その侯爵家に居候として居着いた彼は、ちょうど親友の娘のその問題に居合わせた、という具合だったのだ。
こうして造られたこの庭園、名を〝ウォーラル〟という。
庭園のモチーフとなる水精霊にちなんで付けられた、特別な名前。
その庭園全体は、水精霊を連想させる白や水色を基調とした花で構成されている。
静かに弧を描いて流れ落ちる噴水を中心に置き、様々な花がお互いを潰すことなく且つありのままの美しさを以て咲き誇る。
普通これほどの花がある庭園では、どれか一つを主としてその花を引き立てるように構成されるものだが、しかしここはそうではない。全ての花やそこに植わる木々も全てが主役になっているのだ。
この芸当が出来る、本物の腕利きは中々お目にかからないのだと長年公爵家に使えてきた侍従長のオグマットにある日聞いたことがあった。
そんな貴重な程の腕前を、彼は親友の娘というだけの私に惜しみなく発揮してくれたのだった。
彼の造ったその庭園が出来上がったころには、レベティアナは既に四歳。それは〝わたし〟が、異世界に飛ばされてちょうど一年が経った頃だった。
レベティアナの心は、緊張と慣れない生活で極限まで擦り切れていた。
何も考えたくなくて、自分の部屋から極力出なくなってしまっていた。
そんな時に突然、両親からプレゼントがあるのだと、賑やかな兄弟ご一行様にその閉じこもっていた部屋から連行された。
連れて行かれた場所は、屋敷のすぐ外。しかも敷地内、というより家の目の前の庭の隅っこだった。
何やら大きな樹に囲まれた一角。その一部は、白と薄い桃色の薔薇が絡まるメルヘンティックな鉄の格子戸があり、いつの間にか私はそこの前に立っていた。
数日前までは確かに無かったはずのそれを、ぼーっと見つめる。
後ろに居た兄の一人が私の目を隠し、左右にわかれて腕を掴んでいたすぐ下の双子が、私の手を各々握りしめてそのまま前進を促すように優しく引いた。
それに私は抗うことも出来ぬまま、足は自然に前に進みだしていた。
それから数秒後、一気に視界が広がる。
──そして私はこの時に飛び込んできた光景を、そこに広がる風景を、心の底からわいてきた感動を、生涯忘れることは決してないだろう…。
2:了
短くてスミマセン。
続きます。
早く続けます!( ; ゜Д゜)
美々。。。