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「ああー、今日もいい天気ぃ~。」
朗らかな日和の良さに、思いがけず仰いだ空は雲一つない晴天。草木が風で揺れ自然の優しい音色を奏でている。陽の光を浴びる花々はそれぞれの美しさを惜しみなく発揮し、それらが放つ香りは私をいつでも癒してくれる。
ここは、私のプライベートガーデン。幼い頃に両親からプレゼントされた想い出の沢山詰まった、大切な場所。
初めまして。
私の名前はレベティアナ。リツァーデン侯爵家の第四子長女として、この精霊世界〝エルファリア〟に産まれた。家族や親しい友人からは愛称のベティと呼ばれている。
そんな私、じつは前世の記憶を持っている。
前世での名前は、松永道子。日本の一般市民として産まれ育った、何の取り柄もない平凡な人間だった。要は、ファンタジー小説で出てくる転生というやつ。しかも驚くことに、それは〝異世界〟という肩書き付きでした。
前世の私はアルバイトとして社会で働き、一人暮らしを何とか成り立たせていた。
家族は両親と兄が二人という五人家族。しかしこの家族はとても仲が悪くそれぞれが別々の生活をしているほどの冷めた家族間。険悪とまではいかないけれど、無関心な両親にこれまた感情起伏の薄すぎる兄たち。そして、私も例にもれず感情は欠如していた。しかし、私は運良く高校生になったと同時に親友とよべる、善き友人が出来たことだろう。彼女のお陰で私は、家族から教えて貰えなかった人間的な感情や世の中の常識を知ることができたのだろうと思う。
おっと、彼女の話になると、どうしても長くなってしまうのでこの辺りで止めておこうと思う。また機会があれば、是非とも語らせて頂きたい。
転生のきっかけは、ちょうどその友人と買い物の最中だったと記憶している。
場所は真昼間の交差点。そこに差し掛かった際、私は信号無視をしたトラックにはねられてしまった。そして気がつけばこの身体に入っていたのだ。
前世での後悔が、無い訳ではない。しかしこればかりはどうしようもないのだと思い至り、今はもう割り切って生活しているつもりだ。
家族や近しい使用人の数人には、ある事がきっかけとなり私がこの世界の人間ではなかったことを大まかにではあるが話をしている(というか話すしかなかった)。
その内容を、少しだけ教えて差し上げよう。
事の発端は、遡ること六年と少し前。
それは以前の彼女と入れ替わってから半年も経たない頃だろうか。私は突然、これまでに味わったことのない猛烈な恐怖を味わっていた。
それは、自分自身に対する違和感だったのかもしれない。はたまた、自分自身の心の問題だったのかもしれない。そんなごちゃ混ぜになった言い表せないものは多分、疎外感とも良く似た感情だったのだろうか。今でもあの時の感情を言葉で表現するのは難しい。しかし突然の形のない恐怖になすすべもなく、私は自身で処理しきれずに混乱していた。
『ここに生きていてはいけないのでは…』
『存在していていいのだろうか…』
どうしようもない感情がまとわりつき、心を埋め尽くす。言葉にしては見たものの吞み下すことも出来なくて、でも勿論それは私の中で芽生えた感情であったのだが、そうしてしまってからより一層の重みを増して私にのしかかってきた。
しかし、この時まだこちらに来てから日が浅かった私は精神的な疲れも相成って、その感情をコントロール出来ず、肉体の年齢に引っ張られてただ泣く事しかできなかった。
そんな状態を家族には絶対に知られる訳にはいかなかった。心優しい今生の家族は、こぞって私を愛してくれている。この状況をみた彼らがどうゆう行動をとるか、分かるくらいには交流は上手くいっていると自負している。心配はかけたくなかったから、だから私は泣き喚いてしまいたいのを必死に堪えた。ただそれだけでは治まらない時もあり、その場合は声が部屋から漏れてしまわぬように寝台の数ある枕やクッションに埋まり、一人恐ろしい闇の中でその感情を涙にして歯を噛み締め耐え抜いていた。
その時は、そうするしか方法が見つけられなかったから。
しかし、それも長くは続かなかった。
私のお世話をしてくれていた、専属の侍女が私のちょっとした行動を不審に思い両親に報告したらしい。
ーー今思い返しても、何が彼女の目についてしまったのかわからない。一度彼女に聞いたことがあったのだが、あくまでもカンだとしか教えてくれなかった。
それを聞いた両親は、直ぐに行動した。回りくどい事などせず、直接私に問いかけてきた。しかし私はその問いかけに、もちろん答える勇気があるわけない。話してしまったら気味悪いと言われるのではないか。可笑しいとバカにされるのはいい。でも、またあの失意をあらわにする視線を向けられたら。あの人達に、要らないとそんな風に罵られたりしたらという、不安と恐怖で。打ち明けるという選択肢は存在していなかった。
そんなことをされれば、今度こそ立ち直れないと私は感じてしまったから。
それでも、そんな私に彼らは何度でも食い下がり問いかけてくれた。そうして結局根負けしたのは、私の方だった。
恐る恐る、前世の私が知りうる全ての、事の流れを掻い摘んで丁寧に、慎重に、端々に言葉を選びながら話を進めた。
彼らは、困惑しながらも真剣に話を聞いていたので、時折混じる英語に引っかかりながらも、私は必死に彼らにわかるように、しかし彼らにとっては頼りない不確かな説明をした。
こうして私は前世であった人間──松永道子を初めて声に出してこちらの世界の人間に打ち明けた。
これは、本当に一世一代の賭けだった。
もしも受け入れて貰えなかったら、私は家族を失ってしまうという事も覚悟はしていたし、最悪は家を出なければならないのだろうと思ってもいた。
しかし、私はそれでも万が一。否、億が一でもいいから、この賭けをすることにしたのだ。
自惚れと言われても、それでも私の今の家族──彼らは、私の事を本当に好いてくれていた。それに加えて、総じてこの人たちは心の広い方たちで、普通の考えでは動かないということはまだ短い期間ではあったけれども理解していたから。
彼らに対するその少しの信頼があったからこそ、打ち明けられたのだろうと私は思う。
そしてその賭けに私は勝利した。
彼らは〝私〟を受け入れてくれた。
孤独な心を、暖めてくれた。
本当に、感謝してもし足りない。
このあと、お礼がしたいと言い出した私を何故だか両親が初めて私を叱ったのでした。
これには、未だに理解していない私がいることは、ここだけの秘密。
余談ではありますが、それから両親が上の兄達と少しの使用人に話してくれたのはいい。
いいのだが、まあ、そのあとの惨状といったら…。
すみません…ちょっと思い出してしまいますので、この辺でやめておきます……。(汗)
え、知りたいのですか?
まあ、そういう方の為に、今後の話で垣間見えることでしょう。…とだけ言っておきましょうかね。(苦笑)
1:了