序章*2
夢を見ていた。
懐かしい夢。
私の根本である魂が見せた夢。
そして、決して叶えることはデキナイ、その願い――。
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ふと浮上した意識。
次いで、全身を筋肉が引き攣るような痛みが走る。
かろうじて動く重たい瞼を開ければ、目の前に広がる見慣れない天井が少しだけ、本当に少しだけ霞んで見えた。
気怠い身体はそのままに、頭だけを横にしてみれば大きな窓からは暖かな陽が射していた。
ぼんやりとした思考が、徐々に現実を伝える。
そして今の自分が誰なのか、思い出す。
いつもよりも力を入れて、何とか上体を起き上がらせた私は思考を取り戻すために一つ頭を振るう。
その際、目の前を光の線の如くさらさらと金色に輝く髪が過ぎる。
それに驚きもしない私は、この状況を受け入れられたのだと正直ほっとした。
そして、私はここに至るまでの記憶を振り返った。
――それは、本当に突然の出来事だった。
〝私〟こと、〝松永道子〟が覚醒する二日前は、〝彼女〟の三歳の誕生日だった。
まだ夏には早いその期間は、外に出て遊ぶにはもってこいの季節。
当時活発で明るかった彼女は、例外なく外に出たいと言ったらしい。
少女とその両親、そして数人の使用人と共に屋敷の前に広がる庭園を散歩することになった。
楽しげに侍女と共に歩いていた彼女は、少し後ろに見える大好きな両親を時々振り返りながらも散歩道に咲く花々に心躍らせている様子だった。
そのなんの変鉄もない朗らかな光景が続くのだと、誰もが思っていた。
しかし、それは突如として崩れ去ってしまったのだった。
彼女に異変が起きたのだ。
前を何も問題なく歩いていたレベティアナは、突然身体を強ばらせると糸が切れた操り人形のようにその場で崩折れてしまった。
彼女を、傍にいた侍女よりも素早く動いた護衛の一人が抱き止めたので地面との衝突は避けられたのだが、彼女はその後ピクリとも動くことはなかった。
全く意識が戻る気配が無かったため、そのままの状態で部屋へと運ぶことにした。
その後すぐにかかりつけの医師に見せても、原因不明だと匙を投げられる始末。しかしそれに納得いく訳もなく、可愛がっていた娘の容態が悪いのにも拍車がかかり感極まって医師を咎めたのは普段滅多に声を荒げることのない彼女の母親だった。
このとき、普段温厚な女性は怒らせると怖いと言ういい例を彼女はいかんなく発揮してくれたのだった。
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その時、彼女の身体の中では驚くべき事が起こっていた。
彼女が倒れた理由は、医師に見せて分かるような病気の類いではなかったのだ。
原因は、頭の中に入ってくる膨大な記憶と単語、そして情景や風景などが一気に流れ込んで来たことだった。
次々に流れ込んできた情報を一気に処理することが出来ず、まだ幼かった彼女の脳は大幅に許容量を超えてしまった。
結果、彼女は倒れたのだ。
そして、その根本的な原因こそ〝私(松永道子)〟が彼女の中で覚醒してしまったことだった。
夢現ではあったが、彼女の両親を筆頭にして兄達そして使用人までもが部屋を頻繁に訪れてくれたのを覚えている。
みんながみんな心配そうに顔を歪めて甲斐甲斐しく看病してくれたのを、申し訳ない気持ちで見ていた。
この時はまだ、彼女が〝私〟と共に存在していた。
けれども、それも限界が近いことは二人共に気がついていた。
そして、そんな中で彼女が発した言葉は私の思考を停止させるに十二分な威力があった。
『私の残りの命を、貴女にあげる…』
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
すぐに思考を取り戻した私を、正直褒めて欲しい。
その後くどいくらいに問い詰めると、言わない約束だったけれども…と言いながらも、彼女は重い口を開いた。ある人との約束だったのだと。
──ある人って誰なんだろう…。
けれどもその人がだれなのか問い返す間もなく、彼女は満面の笑みでお別れの言葉を言い出した。
時間もないし、と言った彼女は寂し気で。
何故、彼女がここから居なくならなけれぼならないのか。
何故、私がここに残る側だったのか。
疑問は次々に湧いてきた。
そうこうしていたら、彼女はとても優しい笑顔を私に見せて、これから託す家族を宜しくと言い残し、綺麗な光の泡になって消えてしまった。
〝彼女〟の居なくなった〝彼女の身体〟に、一人取り残されたような形の私の魂。
定着するための活動(?)が始まる。
それと同時に、私の意識も薄ぼんやりとしてきたのだった。
そんな中で、彼女の――否、もうこれからは〝私の〟家族の呼びかけが聞こえた。
何度も問いかけるように呼ばれる〝私〟の名前。
しかし混乱を極めたこの状態では返す言葉も出てこない。
何度頑張っても、結果は同じでとうとう諦めた。
そして、少しでも早くそのお礼ができるようにと、そのためにも私は必死で治すことに専念しだすのだった。
序章*2:了