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母親、登場。
その室内に居た、誰もが思った。
『あ、転けた…』
レベティアナは、敷地内で良く転ける。
この屋敷ではもう日常と化しているものの一つにこれが上げられるのは、単に一日片手で足りないくらい彼女が転けるているからだ。残念ながら、彼女の運動神経は平均以下だったらしい。
しんと静まり返った室内で、いち早く動いたのは今までの流れをじっと見守っていた母アリステルだった。
彼女はレベティアナからだいぶ離れた三人がけのソファに父ディレストと並んで座っていたのだが、そこから足早に娘へと近づくと床に座りこんでしまった彼女を立たせるために手をさし出した。
「ベティ、こんなところでいつまでも寝ていたら身体に悪いわ。立てる?」
さらりと肩から滑り落ちる銀色の真っ直ぐな髪。それが母の声を聞いて上を向いたレベティアナの視界に揺れていた。
「…か…あ…様?」
「はい、母ですよ。…さあ、お立ちなさい」
「…ありがとう、ございます」
母の優しく綺麗な手にレベティアナはその小さな手を重ねて立ち上がる。
何だか申し訳なくて顔を見られないからと俯いていると、アリステルに顎を持たれて上を向かされた。すると、自分を見つめる一対のアイスブルーの瞳がそこには在った。
一見すれば凍てつく氷を連想させる色。しかしそれが単なる配色なのだとすぐに分かるのは、彼女が持つ優しさがそこから伺い知る事が出来るからなのだろう。現に、ベティへと向けるその瞳には慈愛に満ちた光があった。
「皆、心配していたのですよ。貴方の姿が屋敷にないと使用人が騒いでいたから。」
「…はい」
「それでも、私は信じてました。」
「母様……」
「何せ、貴方は私の子ですからね。」
「…ッッはい!」
さっきの空気から一変して感動の再会を果たした母娘は、少しばかり二人の世界に旅立ってしまったらしい。そしてこれは日常茶飯事なのか、周囲には取り残されたように佇む男性陣。その口から大きなため息がこぼれていた。上二人の兄はさもありなんと苦笑い。三兄はため息を付いてそれでも二人を見守っていた。しかし双子に関しては、不満有り気に膨れっ面をしている。
「そうだな、お前は大切な俺とアリスの可愛い娘だ。何か、なんて在る訳がない。」
そうだろう?
そう言って割って入ったのは、手に手を取り合って目をうるうるとさせている女二人をそれまでウズウズとして見ていた父ディレストだった。しかしその間合いが悪かったのか、そのとき母の額に青筋が浮いたのをベティは見てしまった。
──ああ、また始まる…。
両親の行動パターンを知り尽くしている子供たちは総じて思った。
そうして案の定、事は始まったのである…。
「まあ、あなたっ!また私とベティの間に入りましたね!?やめてって、何度も言ってます!!」
「しかたあるまい。アリスとベティは私のものだから、私とも話をするのが良い。」
「…毎回毎回、意味不明なことをおっしゃるのはおやめくださいませ!それでも侯爵家の当主ですか!!?」
「ふむ、そのつもりではある。…だが、それこそ今回の話と関わりは無いなあ。」
「黙らっしゃいッッ!!あなたはいつもいつもそう言って──!!」
長々と続くこの言い合いは、父ディレストが除け者にされた場合に拗ねて母アリステルをわざと怒らせるという犬も食わせぬ痴話喧嘩のことだ。
彼らの母は、怒らせると手に負えない。歯止めが効かなくなるほど怒涛の様に怒りが湧いてきてしまうらしい。なので、こうなるともう父の思う壺なのだ。そして最終的にはいちゃいちゃしだすから、いつも兄弟や使用人は程々のところで退出しなければならない。
六人も子供が居るのに、万年新婚夫婦の彼らはいつでもどこでもいちゃこらしている。しかし仲が悪いよりは良いにこしたことはないので、誰も何も言わない。言えないではなく言わないのだ。
「さあ、僕らは少し移動しようか」
「…応接間に行こう。そこに食事も運ばせる。」
「そうだな、腹減ったしな。移動しよう。…ほら、ベティ行くぞ」
「あ……え?…はぁ…うん。」
「「ああっシュベルト!姉上は僕らといくんだよッッ!!」」
上から、次兄、長兄、三兄、私、双子の順番にぞろぞろとその場を後にする。その際、長兄は自分の側近に食事の旨を伝えると早々に兄弟を引き連れて応接間へと足を向けた。
そのあとに、大広間に控えていた使用人も次々にその部屋を後にした。多分その後は各々の仕事場へと帰っていくのだろう。
何だか有耶無耶の内にこの騒動は幕を下ろした。
その翌日、私は両親より一ヶ月の間は側近が見張りとしてベッタリと付くという、何とも過保護な謹慎処分を受けることとなったのは言うまでもない。
9:了
これで、漸く一段落。
家族も揃った!\(^-^)/
父親ディレスト
母親アリステル
長兄ウォルヘルム
次兄グレイシス
三兄シュベルト
双子エリクシス、マグリクス
皆愛称があるから今度はそれも紹介します!
それでは。
美々。。。