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プロローグ

 ズゥン……と重たい響きを伴いながら床全体が揺れた。それは波紋のように同心円状に伝わる奇妙な揺れだ。

 俺は小さく息を呑み、くうに触れる。

 と、グレーのアイテムウインドウが展開し、『“エインソード”をディアクティブモードからアクティブモードに切り替えますか?』と武器の装備を尋ねてくる。

 慣れた手つきで『YES』を押せば、手元には青いテクスチャの塊が現れ、一箇所に集まって一つの形を成す。それは身の丈もある巨大な大剣、凝った装飾もなくただ鉄板を貼りあわせただけのような無個性な大剣。これが今のところの武器、『エインソード』。

 俺はそれを両手でしっかりと掴み、辺りに神経をとがらせた。


 瞬間。


「ウゴォォォォォォ――――――ッッ!!!!」

 ビリビリと大気を震撼させるかのような咆哮。とっさに振り返れば、二メートルほどの狼男が近くの壁をぶち破り、目の前に現れた。視界を埋め尽くさんばかりに表示される『Warning』のアイコンはボス戦開始を意味する警告だ。

 全身を覆うブラウンの体毛に血走った真紅の瞳、そしてだらしなく垂れ下がった舌から滴る唾液。どれをとっても異常の一言に尽きるその獣人――『スポルコ・ヴォルフ』は俺の存在に気づくと目をギラギラと光らせ睨みつけてきた。

 俺は緊張に強張った身体を動かしエインソードを構え直して前を見据える。

 何度見ても慣れない。

 今まで何度も対峙してきた相手だというのに、目の前にいるものが自分を“死”に至らしめる存在だということを実感すると本能的な恐怖心が蘇ってくる。

「さあ……かかってこい」

 そんな恐怖心を払拭するには常に強気を保つことだ。ハッタリだろうがブラフだろうが、挑発できるくらいに心の余裕を持つことで、戦闘を有利に進めることができる。

 もちろんこいつに俺の言葉は届いてないし、届いたとしても理解できない。しかし俺の舐めた態度だけは理解できたのか、獣人は鼻息を荒くして跳躍してきた。

 鋭い足の爪が空を引き裂きながら走る。爪というよりかは指から伸びたナイフの様な形状のそれは通常のに比べて切れ味は段違い。人間が食らって無事でいられるようなシロモノではない。

 それをかわし、滑るようにして獣人の背後へと回りこむ。その素早さについていけてない背を振り向きざまに十字に切り裂く。

「ォォォォォ――――ッ!!」

 赤い血のエフェクトが宙を舞い地面届く前に結晶化して消えていく。

 獣人、スポルコ・ヴォルフは痛みと怒りで力任せに腕を振り回すが、その時点で俺はリーチ外に出ていて当たることはない。これも何度も同じ戦闘を繰り返してきた恩恵で、相手の行動パターンは既に脳にインプット済みだ。

「ストライクポイント《Sp》は……アーツ一回分ってところか」

 自分のステータスを確認し、これからどのように攻めこむかを模索する。先の一撃でスポルコ・ヴォルフの体力ゲージは二割ほどの減少。単純計算して残り四撃、あと四回攻撃を叩きこめればこの戦闘は終了だ。

「ボォ……」

 その時、スポルコ・ヴォルフは血管がはちきれんばかりに右の拳を強く握りしめた。

 そのモーションは中級モンスターから与えられる専用のアーツ発動のためのものだ。情報によればこいつが使う技は――

「ヴボォォォォォォォ!!」

 その拳が向かった先は俺ではなく、今俺が立っている床そのもの。

 『地鳴らし』。

 初期モンスターがよく使う技でありながら発動の早さから対策が難しいと言われている技だ。それを食らった者は状態異常の『ぐらつき』に陥り、一定時間の行動不能。その一定時間とは大体が二~五秒の間だが、この世界においてその数秒が生死の分かれ目となるのだから馬鹿にはできない。

「しまった……! やられる」

 動かない俺を見てスポルコ・ヴォルフは特攻を仕掛けてきた。巨体による突進が大地を震わし、空気を凍てつかせる。ズンズンという床を踏みしめる擬音は死へのカウントダウンのようにも聞こえた。


 そして。

 

「ゴォオオオオオオオオオオオオオ――――ッッ!!」

 頭上が巨体に覆われ、辺りが影に包まれる。見れば目と鼻の先にはスポルコ・ヴォルフの鋭い鉤爪が流星のごとく降りかかろうとしていた。


「――なんてな」


 ズバン!! と、その鉤爪ごと叩き斬るように、降ってきた球を打ち返すバッターのようにエインソードを斜めに一閃。その剣撃によりスポルコ・ヴォルフは再び元いた場所へと血のエフェクトをまき散らしながら吹っ飛んでいった。

 そう、『ぐらつき』が不能にする行動は『移動』のみ。つまり脚が動かせないだけなので近接戦闘ならばさほど不自由ではないのだ。それにも関わらずわざわざ近づいてきたのはさすがレベル14程度のAIだと言えようか。

 スポルコ・ヴォルフの体力を示すゲージはカウンターを成功させたことにより大幅にライフを削りとり残り三割のところまで減る。

「これでクリア……というのもつまんないから、最後はストライクアーツで決めてやる」

 三つあるアーツスロットから一つを選択し、ぼんやりとした水色の光を刀身全体から放たせる。ストライクアーツ、『ゼータスラスト』の準備は完了。後は間合いを詰め、剣が届く範囲に肉薄すればいいだけだ。

「終わりだ。醜い怪物」

 『ぐらつき』の時間が終了し、俺は一気に駆け出す。鋼鉄の刃をその手に最後の一撃をたたみかける。

「はァァァァ――――ッ!!」

「ボォォォォ――――ッ!!」

 ザン! 左脇から右肩に掛けて一閃。

 ズシャ! 右肩から左の腰骨までで二閃。

 グシュ! 最後に上半身と下半身の境目に沿うように三閃。

 スポルコ・ヴォルフの身体に刻まれた荒々しいZゼータは虹色に輝く。そして次の瞬間には絶叫を残してスポルコは爆散していった。  

「……終わったか」

 再び訪れた静寂。

 それは戦う前のピリピリと張りつめたものではなく、脅威が消え去り一時的とはいえもたらされた安息からくるものだった。

 クエストクリアのアイコンを確認し、ドロップアイテムを受け取る。そして住処となっていた遺跡を後にして町へと向かった。外は既に夜が明け、太陽が山の向こうから少しずつ顔を出し始めている。

「いつになったら……」

 平地の先に広がる町を眺めながら俺は小さく呟いた。誰も聞いてないのはわかっている。いや、だからこそだ。だからこそ俺はこの先の見えない闇に対する不安をぶつけられる。

「いつになったら、この終わらない悪夢から覚めるときはくるんだろうな」

 NPCの門番が俺の存在に気づき、町への通行を許可した。重々しく開かれた門からは小さな風が吹き、その不安を煽るかのように頬を撫でる。

 石の敷き詰められた地面を俺はゆっくりと歩き出した。――この悪夢が始まった経緯をかすれた記憶から呼び起こしながら。


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