モドルジンセイ
青く広がる空に、セミの鳴き声が鬱陶しくも耳に的張り付く夏の風情に、俺は絶望と落胆を覚えた。
本来なら、8月は高校生ならば夏休みであり、どの形であれ皆それぞれ夏を謳歌しているはずだ。そして、刻々と近づく夏の長期休暇の終焉に焦りと苛立ち、また始まるであろう強制された日々を連想し、憂鬱になる。そう、本来ならオレも夏を謳歌していたはずだ。俺は普通の高校生でよかった。平凡で高望みもしなく、目立だつこもなく日々を淡々と送れればそれで楽しかったのだ。
今は8月3日、俺は、6階建て以上で、屋上に登ることが出来る条件を満たしたマンションを真夏の炎天下の中で滴り落ちる汗を腕でぬぐいながら探している。
「一発で死ねるかな」
俺は死ぬことを決めている。出来るなら、確実に死にたい。延命も出来ないほどの即死が良い。周りの人間からオレの存在を消せるほどに。
「俺は悪くないのに、俺は何もしていないのに、俺は悪くないのに。」
忘れもしない、7月22日のことだ。俺は殺人犯になった。この年は22日で学校が終了し、夏休みが始まるはずだった。学生にだけ与えられた特権であるこの長期休暇を意味も無くすごし、縛られた生活からの約一ヶ月半の開放に期待を馳せていた。
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「これから約40日の間、学校は休みとなる。君たちにとっても大事な期間になる。遊びにばかり呆けず来年の受験に備えた行動をとるように。」
面倒くさい担任、笹隠の夏休み前のスピーチは俺たちが遊び呆けることを解っているのか、勉強もしろと釘をさす内容であった。そんなことをいわれても俺は聞く耳を持たなかった。それよりもこのホームルームが終われば晴れて、夏休みが始まると思うと、頭に浮かぶ夏の妄想が膨らむばかりだった。
「俊介、学校終わったら何人か誘ってカラオケにいかね?」
横の席に座る、小林武が小声で夏休み最初のイベントに俺を誘ってきた。断る理由も無く俺は武の誘いを一つ返事で受けた。
担任の笹隠のスピーチが終わると同時に学校終了のチャイムがなる。一斉に生徒が席から立ち上がり教室を後にする。クラスの生徒も早く夏を満喫したいのか、いつもより帰り足が早いように思えた。
カラオケのメンバー集めは武に任せ、俺は所持金を確かめるために財布を取り出そうとポケットをあさった。しかし、ポケットをあされど財布は出てこない。朝、家を出るまでに記憶を遡る。うつらに蘇る光景、玄関の下駄箱に財布を置いて靴を履いて、そのまま、行ってきます。
「あ、財布、家に忘れてきたわ。」
俺は思わず財布を忘れたことを口に出してしまった。
「おいおい、空気読んでくれよ。まぁ、お前家近いからとってこいよ。」
武が俺の財布忘れた発言を聞くなり不機嫌そうに反応してきた。学校の近くのカラオケ屋に集まるらしく、幸いにも俺の家は学校から近くの場所にあった。
「とりあえず、財布取ってきたらサンガリスに集合な。」
近所のカラオケ屋に集合と念を押す武に、俺は申し訳ないと思いつつ、自転車に乗り急いで家に財布を取りに行くことにした。
「これはまずいなぁ。ちょっと狭いけど、近道を通るか。」
武たちを待たすわけにもいけないので、俺は近道の人通りの少ない通りを使い家まで向かうことにした。
この道は人が通らず、草木が茂り太陽の光も入らないため暗く薄気味が悪いから、いつもは避けている道だ。
今はそんなことを考えず進むしかない、進むしかない。そう思いながら自転車を走らせていたが、急に悪寒が背中を走った。
その矢先俺の視界に入ったのは、血まみれで倒れている40半ばの年齢だろう男性が地面に倒れていた。自転車を急いで走らせていた俺でも、衝撃と恐怖が同時に頭を駆け巡り、反射的に自転車のブレーキを最大にかけた。その反動を受け止める力も入らず、自転車から放り投げられた。体の節々に痛みを感じながらも、倒れた体を起こし、今一度目の前に現れた光景が本当だったのか確かめるため顔を上げた。視界に入ってきたのは、血まみれの男性ではなく、おそらく倒れている男性の血であろう赤い液体が付着した包丁を、片手に持った私服の少女だった。