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#8

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「ごめんなさい。だますつもりなんて全くなかったんです。言わなくてすむならそれでいいかなって」


そう言ってあゆみは下を向いた。わずかに光る水滴。おそらくは純粋な涙。三人は彼女に、それ以上何も言えなかった。


「じゃあ、浅倉さんが学校に来なくなったことも、それがたぶんあの事務所と関係があることも、君にはわかっていたってこと?」


年長者の責任として、いちおう冬馬が口を開く。その言葉にあゆみはそっと首を振った。

しばらく誰も何も言わない。

人のまばらな公園は、年寄りと幼児を連れた母親と、それらをちりばめた風景で彩られていた。けっこう静かなんだな、冬馬は改めて思った。今が平日の真っ昼間だからかもしれない。

もう必要な単位は取ったから、と三人は彼女にこの時間に呼び出された。

あの子たちが麻美子の話を冬馬にしたことがおそらく伝わったのだろう。女子高生の情報網はとてつもなく早いからね。


意を決したのか、あゆみが顔を上げる。もう涙は見えない。彼女の意志の強さが伝わってくる。


「麻美子を見れば誰だってあの子に惹かれる。そう思っちゃったんです。私だって本当に世界に出たい。こんな狭い日本になんかいたくない。この気持ちは本気です。だけど麻美子と私が同じオーディションを受けたって、誰も私には見向きもしないだろうって思ったから。それであんな適当そうな事務所を紹介しちゃって……」


そんなにかわいい子なの?その、浅倉麻美子って子は。愁が優しく問う。


「みんな誰も気づいてないんです、麻美子のかわいさと歌のうまさは本物だって。演技力だって何だって、あの子には他の人にないオーラがあるのに、それを出してないだけだって」


そう言うと、耐えきれずにまたあゆみは大粒の涙を流した。彼女だってこんなに輝いているのに、そのあゆみが嫉妬するほどの子って一体…。


「でも、そのオーラをあなたの前にだけは出していたんですね。よほど彼女はあなたを信頼していたんじゃないのかな。素敵なご友人関係ですね」


新之介が穏やかに言うのを聞くと、あゆみはとうとうハンカチを出して泣きじゃくり始めた。


「こんな嫉妬、醜いですよね私」


声もとぎれとぎれにつぶやくあゆみに、新は優しく声をかけた。


「麻美子さんの才能を見抜く力があるということは、あなたにはプロデュース能力も備わっているのではないですか?自分を魅せることをよくご存じだもの、きっとあなたも成功しますよ」


そうにっこり言われたあゆみは、目を大きく見開いた。


「…そうで…しょうか?」


そうですとも。新之介必殺の天使の微笑み。冬馬はこの笑顔に何人のナースがやられたことかと数を数え始めた。よくもまあ、これほど背中がむずがゆくなる言葉を次から次へと……。



「じゃあさっそく、浅倉さんの連絡先教えてよ。直接当たってみるから」


冬馬はせっかちにもメモ帳と携帯を取りだして、スタンバイしている。それにあゆみは申し訳なさそうに答えた。


「あの子、携帯持ってないんです。家の電話も教えてもらってないし、もちろん住所も知らないし。学園活動のボランティアで一緒だったってだけで、きっと他にも誰も知らないかも。ほとんどしゃべらない子だったし、友達も結局私か、私と一緒に誰かといるかみたいな感じだったし」


休み始めてどれくらい?そう聞くと二週間かな、と答えが返ってきた。微妙だな、冬馬はつぶやいた。


「とりあえず学園に電話して様子を訊こう。話はそれからだ」


「おまえがやることじゃねえ。おれが電話してやる」


愁がなぜか声を荒げた。


「何言ってんだよ!これは僕の仕事だって前からずっと言ってるだろ?だいたい何でおまえら二人までが僕の仕事にこうやって頭突っ込むかなあ」


珍しく冬馬がきつく言い返す。彼なりの仕事へのプライド。ほんのささやかなものではあったけれど。そしてそれはすぐにぺちゃんこになるやっかいなものでもあったけれど。


「おまえそんなこと言っていいのか?東峰学園がどんなところか知ってるのか?女子高だよ、女子高。きゃぴきゃぴの年頃の女の子しかいないんだよ?こうだな、はち切れんばかりの色香を出す寸前の若さはじける少女から女性へと変化する微妙な時期の、女子高生がわんさかと…」


それを聞くなり冬馬の顔色はどんどん青白くなっていった。女子高なんて調べはとっくについていたけれど、愁の物言いに気分は最悪になっていった。

単体はいいんだ。見る分にも話す分にも。それが集団となると…。高校生集団。目眩がしそうだ。


それでもなけなしの力をふりしぼって冬馬は叫んだ。


「うるせー!女子高生に電話する訳じゃない!こういうときはな、渉外担当の教頭か副校長かに連絡をするもんだ!」


あわてて冬馬は調べてあった東峰学園の登録番号を押した。できるだけみんなから離れて、自分の仕事を全うしようと努力した。


しかしどうやらその努力も徒労に終わったようだった。冬馬にしたらかなり粘って十五分。肩を落としてとぼとぼとベンチに帰ってくる。

それににやにやとした顔で、お疲れさんと声をかけるのはもちろん悪魔の愁だ。


大きなため息をついて、新之介は自分の携帯電話を取り出した。一つ一つの仕草が優雅で、どうしても目がいってしまう。他の三人は黙って彼の行動を見つめていた。


ボタンを一つ押す。形のよい耳に当てるポーズまでもが憎らしいほど決まっている。


「…新之介です。おじいさまをお願いします。ええ、学園の方に話を」


会話は一瞬だった。ぱたんと携帯を折りたたみ、初めてみんなの視線に気づいたように新は顔をこちらに向けた。


途端に鳴り響く冬馬の着信音。


「はい!!そうです、先程の白瀬ですが。えっ?取材させていただけるんですか?あの、それはまたどうして。いえ、滅相もない。すぐに伺います。明日ですね。わかりました!!」


キツネにつままれたように冬馬はしばらく呆然としていた。あれだけ個人情報保護を盾に取材などもってのほかだと騒いでいた副校長が、なぜ態度を急変したんだ?


まさか、今の新之介の……電話で?


当の本人、新之介はいつの間に手に入れたのか缶入りの玉露をうまそうにすすりながら、深くベンチに沈み込んでいた。

誰に対しても心から温かいくせに、何をも拒絶するかのような彼の態度。


近寄りがたい新の姿に動けずにいた冬馬の手のひらへ、いつのまにか小銭が置かれていた。


「へっ?」


目をぱちくりさせる彼に、愁とあゆみがにっこりする。


「おれ、ココアね。生クリーム入りの新発売のうまいヤツ。銘柄、間違えんなよ!」


「私はコーヒー、ブラックで。ほらキムパラがCMしてるでしょ?絶対それがいいから、自販機じゃなくてコンビニ行って買ってきてくださいね!」


ね、年長者の僕をパシリに使う気か?何か言い返そうと口を開きかけた冬馬を、愁の手がどんと押す。ほれほれとっとと行ってこい!


ぢぐじょう!!僕はどこに行ったってこうやってパシリ体質で!!


悔しいけれど逆らうこともできずに、やけになって冬馬は走り出した。コンビニでもどこへでも行きますよ!フットワーク軽いのがフリーライターの長所ですから!


冬馬は何も今は考えまいと思った。新の態度にとまどいを感じつつも。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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