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#6

#6


PCのエディターソフトに保存をかけると、冬馬はいったん画面を閉じた。ワンルームの部屋にわずかばかりの家具。たった一人の狭っちい空間が今夜はヤケにだだっ広く感じる。

愁の言うとおり、軽いタッチで一本書き上げた。編集部にメール添付で送ればとりあえず仕事は終わる。早いね、と評価され、重宝がられることだろう。

でも、それじゃあ何も変わらない。悪徳事務所の被害はこれからも広がるだろうし、彼女らの夢は一生叶うはずもない。

そしてこの間、聞いたばかりの噂。


…学校に来なくなっちゃった子がいてね…


あゆみはそんなこと一言も言ってはいなかった。浅倉麻美子。


そのあとの追加取材で、どうやら日浦たちは大手カラオケ会社には無断でこの事業をやっているらしい。そこをつつけば勝手に自滅させてやれる。

証拠はいくらでも。そう、証拠は。

愁だって新之介だって、あんなに乗り気だったじゃないか。第一、新の五万はあいつらに取られっぱなしだ。おとなしそうに見えて芯の強い彼がこのまま黙っているなんて。


冬馬は携帯を取り出すと愁にメールを送った。


『僕らにだって、できることがあるはずだよって。せめて学園に乗り込んでいって、麻美子ちゃんの話だけでも聞いてみようよ。記事にするかどうかは別にして。僕らは知ってしまったんだ。このままなかったことになんかできないよ』


返事は早かった。


『おれたちには関係ない』


その反応の早さと冷たさにカッと来て、今度は電話をかけた。冬馬に冷静さを求める方がどうかしているけど、今夜はどうしても我慢できなかった。


「愁!何で関係ないんだよ?相手はあの悪徳業者にだまされて、学校来られないのかもしれないんだぜ?ここはさ、大人が助けの手を差し伸べてやる必要があるんじゃないの?」


いきなり前振りもなく冬馬はまくし立てた。いつもこいつはそうなんだ。相手が今どんな状況かもわかっちゃいなかった。現に愁は何も言わない。一人冬馬はかっかしている。


「何か言えよ、愁!おまえがやらないなら僕一人でやるよ。そんなに友達がいのないヤツだとは思わなかった。いつも言いたいことは言ってもいざとなれば頼れる、そう思ってたのは買いかぶりだったんだな!!」


自分の言葉でヒートアップしていく。一人暮らしの部屋に彼を静めてくれる何もない。

ようやく愁が口を開いた。重く、暗く、とてつもなく怒りを込めて。


「うるせえ、冬バカ。いや、白瀬冬馬。その麻美子って子はおまえじゃない。一緒くたにするな。取材対象に私情を挟むな。素人のおれだってそんなこと知ってるぜ」


ものすごく機嫌の悪そうな声。いつもだったらやばいと思って急いで電話を切るところだ。

しかし、興奮している冬馬には気づかない。


「何とかしてあげなきゃ、彼女は苦しんでるかもしれないだろ!!間に合わなかったらどうするんだよ?」


「一度でも会ったことあるのか?ただの噂だろ?何で苦しんでるなんて決めつける!!いい加減にしろ、白瀬冬馬!!」


「悩んでいるかもしれない子を助けようとして、何が悪いんだよ!!」


一瞬、愁は黙り込んだ。それは冬馬に言いくるめられたというより怒りに近いものだった。


「てめえふざけんな。何様のつもりだ?てめえだけ悩んでる訳じゃねえんだよ。おれは、冬馬のカウンセラーでも何でもねえ!!」


怒鳴り声の余韻を残して、そのまま電話は叩き切られた。


冬馬はしばらく呆然としていた。


普段の愁が何をしていてどんな生活をしているか、僕は何も知らない。そりゃ機嫌の悪いときも山ほどあったけれど、フェリスで会う彼はいつも、僕の一番の理解者だった。不思議なほど興味も似ていて共通項がたくさんあって、信じられないほど波長が合って。口は悪いけれど、言いたいことをわかってくれる、そう思っていた。



愁がダメなら新之介へ、普段の冬馬ならそうしただろう。少なくとも昼間の彼なら。

でも、今は夜。たった一人の夜。冬馬にはしんどい寂しさが押し寄せてくる時間。


冬馬はもう何も考えられなかった。頭の中が真っ白になっているのに手だけが勝手に動く。小さな冷蔵庫の奥に隠しておいたバドワイザーの缶を取り出す。そして、別のカバンに押し込めていた白い袋から四角いシートを何枚も。

冷静に、本当に冷静に一つ一つ錠剤を机の上に並べてゆく。いくつあるんだろう、数えもしない。二十や三十でないことは確かだ。


どうするつもりだ、白瀬冬馬。頭のどこかで醒めた自分が問いかける。

携帯のバイブ音が鳴り響く。出る気も起きなかった。何度も何度もうなる振動音。

飲むのか、これだけの精神科系のクスリを。また同じことをくり返す気か。


冬馬は、しばらくテーブルの上をじっと見つめていたが、不意にその白い錠剤らを腕ですべて払いのけた。床に乾いた音を立てて散らばってゆく。冬馬は缶ビールのプルトップを開けると、ぐいと一本飲み干した。久しぶりのアルコールは一気に効いて、彼はテーブルへと突っ伏した。


もうどうでもよかった。


携帯は相変わらず震え続け、いつしかドアホンの音も聞こえるような気がしたが、きっとそれは夢の中だったに違いない。


「冬馬!冬馬!冬バカ!!」


そんな言葉を聞きながら、いつしかアルコールのせいで冬馬はすっかり眠り込んだ。


(つづく)


北川圭 Copyright© 2009-2011  keikitagawa All Rights Reserved

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