#5
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「えっー?別にそれから連絡とか来なかったよねー」
「そーそー、金返せって言ってやりたいよねー」
女子高の門を出たばかりのそばの公園で、冬馬は二人の女の子と会っていた。あゆみと同じくEXエージェンシーと契約したという子たちだ。
「もうさ、サイトに載ったらすぐ仕事来るなんて言ってたのにぃ」
じゃあ何ですぐ警察とか親とかに言わなかったの?冬馬の問いに、でもこれ見てみて、と携帯を取りだした。
例の事務所のサイトは、ここだけは気合いを入れたのかデザインもスッキリとまとまっていた。
「ほらほら、私立T学園って書いてあるとこ。超かわいくない?あたしたち」
そこには小さい携帯の画面に六人ほどの女の子の写真。写メで荒く撮った上にこれだけ縮小されていれば、アラも何も吹っ飛ぶだろう。確かに実物よりずっとかわいく見える。
「文句言うとさあ、これも消されちゃうじゃん?」
一つの写真をクリックする。拡大された目の前の女の子の画像に、名前と愛称、得意な歌。アイコンを押せば確かに微かに聞こえる歌声。契約通りのことは一応やっているという訳か。あとは、仕事が来ないのは本人のせいと。
「ねえ、こんなに個人情報載っちゃって、怖いとか思わない?」
全然!二人は何がそんなにおかしいのかけらけら笑い出した。
「だってえ、これ見たもっと大きな事務所の人がぁ、スカウトしてくれるかもしんないじゃん?普通に街歩いてるより確率高いよね」
「ねー」
じゃあ最初から、大手のオーディション受ければよかったのに。冬馬が問いかけると彼女たちは顔を見合わせた。
「別にあたしたちそんなに本気じゃないしぃ、マジにやって落っこったら格好悪いじゃん?」
「このくらいでいいよねー」
需要があるから供給する、のか。あんな似非事務所が成り立つ訳だ。
「もう一つ訊いていい?末嗣あゆみさん知ってるよね?」
ああ、あの生徒会の子でしょ?
「彼女は真面目に歌手になりたがってたんじゃないの?どうしてこのオーディションに?」
あゆみ様は何だかもっと大きなことやりたいっていつも言ってるから、歌手なんてとっかかりなんだよね。
そうそう、あの子は将来大物になるってセンセーも言ってたし。政治家にでもなるんじゃない?きゃはは!
笑うとこか?冬馬は彼女らの能天気さにため息をついた。でもどうも納得がいかなかった。あゆみの聡明さと、あの事務所の怪しさが。
あんなところに引っかかるような子にはどうしても見えない。
そんなとまどいを彼女たちに話す。どんなにおちゃらけていても同世代でなければわからない感性や感覚はある。僕らが頭で考えても、それがどんなに大人から見てバカげた理由でも、彼女たちなりの理屈はあるのだ。肝心な原則がわからなければ若者雑誌のライターなんか勤まりはしない。
彼女たちから笑顔が引っ込んだ。とまどいとためらい。何かある。冬馬はそう直感した。
「君たちから聞いたなんて言わないよ。雑誌に載せるときも学校名も写真も出さないし。友達のことで何か心配なことがあるんじゃないの?」
こういうときは冬馬のファニーフェイスが威力を発揮する。彼の笑顔はとても十歳も年上とは到底思えないほどの親しみやすさだからだ。
アイラインをしっかり入れてまつげを持ち上げた女の子は、ぼそっと口にした。
「麻美子、浅倉麻美子って子がいるんだけどね、その子がどうしてもオーディションに行きたくてあゆみ様を誘ったらしくて……」
声はますます小さくなっていった。真美子という生徒は、最近まったく学校に顔を出していないらしい。目の前の彼女らとはあまり関係が深いようでもないのに、ばつが悪そうにそうつぶやく。
さすがの冬馬も、押し黙ったまま考え込む。何かがあったんだろうか。彼女たちはもっと知ってるんじゃないのか。
「それとあのお、ひとつお願いがあるんですけどぉ」
何々?意気込んで訊いた冬馬に、表情をパアッと切り替えた彼女たちははっきりと言った。
「雑誌にはあたしたちの顔、ちゃんと大きく載せてくださいね!!」
冬馬は座っていたベンチから、転げ落ちそうになった。
「ハイ、白瀬さん。それじゃまた二週間分おクスリ出しときますから」
年配で柔和な主治医は、冬馬に向かってにっこりした。清潔で明るい診察室。総合病院にもかかわらず、専門の医師がつねに八名も待機して対応に当たっている。威圧感もなければ消毒臭もない。もちろんここには鍵のついた扉も鉄格子もあるはずがなかった。
京成総合病院心療内科。内科とは名ばかりの実態は精神科。目の前の主治医もれっきとした精神科医だ。
「先生、僕は……」
いつになったら治るのか、いつも訊きたいのに言えない言葉。それでも主治医は何でわかっているよとでも言いたげに、笑顔を向けた。
「焦ることはありませんよ、白瀬さん。どんどんよくなってきているじゃないですか。一ヶ月二ヶ月で治るものではありませんが、薄皮をはぐように気づけば楽になっている。そういうものですからね。二週間後、お待ちしていますよ」
強制した言い方ではないが、ちゃんと来いと暗に言っているのだ。それでも前は三日に一度の通院だった。それが週に一度になり、二週に一度へと間隔が空き。
長い時間待たされて、別棟にある薬局でクスリをもらうと冬馬はいつものように地下二階へと下りていった。
喫茶室『フェリス』
診察を終えたヤツからここで待つのが、三人のいつのまにか決められたお約束となっていた。
どうやら今日は冬馬が一番最後だったらしい。よお、と愁が手をあげる。
「ご長男様、いかがですか。取材は順調?」
嫌みったらしい愁の物言いに、今日は珍しく余裕たっぷりに冬馬は言い返した。
「もう完璧だね。僕の取材能力の素晴らしさに自分でも感心するくらいだ。昨日一日でだいぶいろんなことがわかったし、こりゃ本格的に学園に乗り込んでいこうかと…」
それまで黙っていつもの玉露をすすっていた新之介の肩が、ぴくりと動いた。
「待てよ、冬バカ。おまえの今回の取材テーマは何だ?」
「何だ?って言われても『お手軽女子高生のオーディション事情。イマドキはケータイとカラオケで歌手への道へ』だけど」
「だったらもう取材は十分だろ?これで一本記事が書けるじゃねえか」
なぜか今日の愁はいらだちを隠せずにいた。
「書けないよ!あいつらの悪事だってまだ暴ききれてないし、昨日わかった新事実だってあるんだ。あのオーディションのせいで学校へ来れなくなった子がいたらしくて…!!」
「おまえはいつから社会派のジャーナリストになったんだよ!?」
あまりの剣幕に、冬馬は言葉を失った。注文を取りに来た従業員がいつものホットミルクでいいですかとめんどくさそうに言うのに、うなずくのが精一杯だった。
(つづく)
北川圭 Copyright© 2009-2011 keikitagawa All Rights Reserved